《10》勘違いと思い込みが九割の気持ち
牧田菜穂子さんが私と同じ仲良しグループにいなかった、とはいっても同級生だ。
私が牧田さんに連絡を入れることはそう難しくない、花山女子大学に進学した私が直接連絡できる友人たちに声を掛ければいいだけ。
しかも、私の通う信湊大学と花山女子大は最寄り駅が同じで、駅南に信湊、駅北の山上に花山女子があって近いのだ。時間の調整も難しくない、はず。
面倒事は早めに片付けるに限るとすぐに友人に連絡をいれ、彼女を介して牧田さんと信湊駅のカフェで待ち合わせ、石川くんと再会する場を設けた。
食事会で石川くんを軽く躱すような態度や物言いだった牧田さんだけど、石川くんとの再会を喜んでいて私が先にカフェを出る頃にはすっかり打ち解けている様子が見えた。あれなら大丈夫だろう。
初対面の男の子に対してちょっと過剰に警戒していただけで、再会出来たのなら〝大丈夫〟という気持ちになったんだろうか? 私には牧田さんの気持ちは分からなかったけれど、二人が良しとしているのならいいか……と二人を引き合わせるという役目を終えたのだった。
***
「汐里、この間はありがとな! おかげで……その、菜穂子と付き合うことになったから」
二人を引き合わせて二週間くらいたってから、石川くんからそう報告された。
正直に言えば、二人がどういう関係になろうが私には関係ないと思っていたので「……あ、そうなんだ。良かったね」と素っ気ない返事をしてしまった。
「色々、悪かったな。でも、やっぱり好きな相手と付き合いたいじゃん?」
「うん、そうだね」
「だから、汐里には本当に悪かったと思ってる。……これから先、俺たちの間にある友情は変わらないよな? 俺、おまえのことは友達だと思ってるからさ」
「別に大したことはしてないから、気にしなくていいよ」
「ありがとう、汐里!」
石川くんは頬を赤くして、舞い上がった様子だ。よっぽど牧田さんと付き合えたことが嬉しいのだろう。ふわふわとした足取りで私に手を振り、スマホ片手に教室から出て行った。
「……汐里」
「なに、どうしたの?」
大学に入ってから出来た女の子の友人たちが集まって来て、石川くんの浮かれっぷりについて聞いてきた。なので、二週間前に高校の同級生を紹介して二人が付き合うことになったという報告だったことを説明する。
すると、友人の一人が微妙な顔をして口を開いた。
「汐里、あなたはそれでいいの?」
その言葉に他の友人たちも同意なようで、私を心配そうに見る。
「それでいいって?」
「え? だって、あなた……石川のことが好きなんじゃないの? 好きな相手を他の女の子に紹介するなんて」
「え? ええええ!?」
私は驚いて、思わず大きな声を出してしまった。すると友人たちは私の荷物を勝手に纏めると、警察に連行される犯罪者のように左右を固められて、教室から学食の隅っこにある席にまであっという間に連行された。
丸テーブルに四人で座り、目の前には自動販売機で売っている紙パックの果物ジュースがそれぞれに置かれる。私の前には季節限定ミックスフルーツジュース。
「どういうこと?」
私が訊ねると友人たちが「それはこっちのセリフ!」と詰め寄って来る。
「まず根本的な確認ね、汐里は石川をどう思ってるの?」
「知り合い寄りの友達。保育園と小中の同級生で幼馴染、高校は別で大学でまた同じ学校になったって関係だけど?」
それ以上でもそれ以下でもない。保育園から中学校まで同じ学校に通っていた同級生で友達だ。同じクラスになって、一緒にクラス委員をしたりしてそれなりに話はしたように思う。
「……男として好きとか、そういう恋愛感情は、ないの?」
「え? 全くないけど」
そう答えれば友人たちは丸テーブルに突っ伏したり、頭を抱えたり、首を左右に振ったりとそれぞれに動いてからため息をつく。
「あ、ああー、そうなんだ~。そうかな~とは思ってたけど」
「なんかかみ合ってないなとは思ったんだよねー」
「だよね、私も話が合わないなって感じてたんだ。でも、汐里が我慢してるのかなとも思って」
「なに? どういうこと?」
紙パックにくっ付いているストローを外して、ストローをパックに突き刺す。
フルーツミックスジュースの甘酸っぱい味が口の中いっぱいに広がって、私はこの限定のジュースは当たりだなと思った。
「石川が言うには、汐里は子どもの頃から自分のことがずっと好きなんだって。でも、自分は友達以上の目で汐里のことは見ることができない。汐里の気持ちは嬉しいけど、友達としての付き合いを続けたいんだって」
「えー? 私の気持ちって、私石川くんのことは中学まで一緒だったけど高校で別になって、大学で再会した同級生。それだけ。恋愛的な感情は全く持ってないよ」
中学を卒業して石川くんとはそれきりだった、別々の高校に進学して関係が切れたのだ。別にそれって珍しいことじゃないと思う。同じ学校に通う友達ができて、そちらとの繋がりが重たくなっただけ。会えば話はするけど、わざわざ連絡するほど私は彼に用事がなかったし向こうもそうだろう。
「……でしょうね。汐里の態度を見てたら、そうだねってなった」
「石川の思い込み? 妄想? 虚言?」
「なんにせよ、石川の中では汐里に男として惚れられてるってなってるわけ。で、俺は汐里を女の子としては見られないけど、汐里が可哀そうだから友達ではいてあげてる……みたいな?」
そう言われて、私は急に納得した。牧田さんとの間を取り持って、とお願いしてきたときの石川くんは、やたら私に「悪いけど」とか「ごめん」とか言って謝ってきたのだ。お礼を言われるならともかく、どうして何度も謝ってくるんだろうって不思議だった。
「でもさ、自分が本命の女の子への橋渡しを自分のことを好きな女の子に頼むとか、ゲスじゃん。クズじゃん。現実としては、汐里は石川のことを男としては見てなかったけど」
「最低―、石川本気で最低なんですけど! 汐里も石川もお互い友達って認識なら、仲立ちもありだけど、石川の中では惚れられてるんでしょ? 最低」
そう、石川くんがやたら謝罪したり友達だからと強調したりしてきたのは、本命の女の子とお付き合いするから私の気持ちには応えられない、でも友達だから! という意味だったのだ。
石川くんとお付き合いしたいとか、過去に一度も思ったことないけどね。
「汐里、今後の石川との友達付き合い考えた方がいいよ。クズと一緒にいたらダメだから」
「……まあ、今の話を聞いて友達から顔を知ってる人になろうかなって思ったわ。でも、そもそも私に構ってる時間なんてないんじゃない? 彼には可愛い彼女ができたんだから、そっちに夢中になるでしょ?」
それもそうかーと皆で納得し合い、もしまた石川くんがクズな発言をしてきたら絶縁したらいいよね、と言い合った。そもそも、大学で再会するまで私と石川くんはリネア一つも入れない関係だったのだから、ここで切れても問題ない。
「ねえ、学食のデザート食べない? プリンパフェが先日から発売になったのに、まだ私味見ができてないの!」
話は終わりだ、と大きく話題が替えられる。その友人のひと言により、私たちは学内カフェに対抗して学食が売り出した〝季節の果物プリンパフェ〟を買ってみんなで楽しむことにしたのだ。
果物と生クリームとプリンの美味しさに、私は石川くんのことなどすっかり忘れてしまった。
本当に、すっかり忘れてしまったのだった。
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