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(09)ジリアンのお仕事事情

「今日から期間派遣職員として庶務課で仕事をして貰うことになりました、ジリアン・エヴァンスさんです。皆さん、よろしくお願いします。彼女には過去書類の更新作業をして貰いますので、基本的に書類保管室での勤務になります。邪魔をしないよう、また自分の仕事を手伝って貰おうとしないように」


「ジリアン・エヴァンスです。書類の更新作業が完了するまでの間という限られた時間となりますが、よろしくお願い致します」


 リグリー課長は朝礼時に私を庶務課の人たちに紹介してくれた。


 庶務課は女性が多く所属していて、私が庶務課の事務室に入ったときに感じた鋭い視線は挨拶をしたと同時にすぐ消えた。恐らく、私が期間職員であり長くても二年で居なくなること、書類保管室という奥まった部屋で仕事をするだけで、表に出て来ないと分かったからだ。さらに平民の中でも短い髪に髪色も瞳の色も濃い色で地味な顔立ち、自分のライバルにはならない女だと認識したのだと思う。


 セシルさん曰く、庶務課と経理課、司法事務課に在籍している女性たちの多くは法務庁舎に結婚相手を探しに来ているらしい。


 法務庁舎には若く将来有望な司法官や司法事務官、司法代理人などの司法関係者が大勢出入りしているから、その中から少しでも条件のいい(身分とか学歴とか将来性とか収入とか顔立ちとか)結婚相手を見繕おうと躍起になっている、らしい。


 あくまでこれはセシルさんの見解なので百パーセントそうとは思っていなかったけれど、ほぼほぼ言う通りだったと思ってよさそうに思う。ここにいる多くの女性が婚活戦士らしい、ギラギラとした目をしているのが確認できた。


「ではジリアンさん、書類保管室へ案内します」


「はい」


 庶務課の人たちに頭を下げ、私はリグリー課長の背中を追いかける。そんな私を庶務課の人たちは見送り「新人が来るっていうからちょっと心配になったんだけど、大丈夫そうでよかった」とか「書類保管庫から出て来ないんでしょ? それも長くても二年って間の勤務って聞いたわ」とか「大丈夫よ、平民だし、大した子じゃないわ。地味だし派遣社員だし」とか「表に出ないのなら、なんでもいいわよ」とかコソコソと言っているのが聞こえた。


「…………気にすることはありませんし、構う必要もありません。あなたはあなたの仕事を熟すだけでいいのです」


 そう言って、リグリー課長はコソコソとお喋りを続ける職員さんたちを振り返って見て大きくため息をついた。課長にとって、結婚相手を探しに来ている肉食系婚活戦士の扱いは頭の痛いことなのだろう。


「分かりました」


 リグリー課長の深いため息を聞いて、せめて私くらいは真面目に仕事をして安心して貰おうと思った。



 ***



 書類保管室は法務局庁舎の北側奥、半分地下に降りた場所にある。窓は天井付近にあるけれど、書類管理のためにあまり自然光が入らないようになっているようだ。


 室内は書棚が林立していて、そこには厚さ様々なファイルが年代別にぎっしりと入っていた。


「ここの机と椅子、文房具を使って下さい。写し取って貰う紙とインク、ファイルはこちらの棚に入っていますので、自由に使って貰って大丈夫です。不足がありましたらいってください」


「はい、ありがとうございます」


 大き目な事務机とクッションの利いた椅子、机の上には薄黄色がかった紙と大きなインク壺と紫がかった色のガラスペンが用意してあった。


「書類の更新ですが、古い年代の物からから順にお願いします。書き写した物はファイルに閉じて、ボロボロになっている元の書類はファイルごとに封筒へ入れてから、こちらの箱へ入れて下さい。1079年からは年号が書かれていますが、それ以前の物は書類が少ないためにこの二冊に纏めて綴じられている状態です」


「この通りに写してファイルすればよろしいですか?」


「はい、この二冊のファイルから1119年までの書類をお願いします」


「1119年、までですか」


 リグリー課長は1120年のファイルを手に取ると、私に見えるように開いた。そこにある書類は私の手元にある薄黄色の紙に、緑がかったインクで文字が記されている。


「十年前からこの虫食いや劣化に強い紙と退色しにくいインクが導入されたのです。直近十年分の資料は書き写すという更新作業をする必要がないのです」


「分かりました」


 1079年から1119年、四十年分の資料を書き写すとか……気が遠くなりそうな作業だ。でも、それが今の私の仕事だ。


「……あなたの勤務時間は八時から十七時まで、お昼の休憩は正午から一時間です。食事は職員食堂の利用も出来ますし、近所にはレストランもあります。持参されるのなら、休憩室や中庭、庁舎の前にある公園を利用されるのも良いでしょう。ただし、この書類保管室は飲食禁止です」


「分かりました」


「不明なことがありましたら、自分に聞いて下さい。他職員から仕事を押し付けられたり、無茶なことを言われたりしたときは、職員の氏名と日時と内容を報告して下さい」


「分かりました」


 私を残してリグリー課長が退出し、書類保管室に一人になった。


 人がいることを現わすため、書類保管室のドアは開けっ放しになっている。事務所に居る人たちの気配や、人の声が遠くに聞こえる。程よい騒めきだ。


「さて、始めますか」


 私は事務机の下に自分の鞄を入れ、羽織ってきたコートを椅子の背もたれに掛けると最初のファイルを手にする。中からは日に焼けて茶色に変色し、虫に食われて所々に穴の開いた埃っぽい匂いのする書類が出てきた。幸い文字はやや薄くなっているものや、染みに覆われてしまっているものもあるが読み取りには問題がなさそうなものばかり。


 こつこつ地道に続けていく、それが大事になる仕事だ。私は新しい紙を手元に広げ、インク壺を開ける。室内には図書館のような紙とインクの匂いが広がった。




 壁に掛けられた時計の針が正午を回り、私は鞄の中から昼食に用意してきたサンドイッチの包みと紅茶の入った水筒を持って書類保管庫を出て、中庭に向かった。


 中庭の隅っこには白い木製のベンチが置いてあり、私はそこに座って包みを開ける。中からは今朝自分で作ったサンドイッチが顔を覗かせた。薄切りの食パンにレタスとキュウリとハムとオムレツを挟んだだけ……朝ごはんの一部が形を変えただけのものだ。


 毎月支払われる給料からは借金を返す分のお金が引かれるため、私が貰えるお給料は少なめだ。だから節約が欠かせない……外食など夢の又夢。


 いつか借金を完済したら、ワイルダーステーキハウスの〝ステーキとハンバーグの合い盛りプレート・メガサイズ〟をオニオンソース増し増しがけで大盛りライスと共に食べることを夢に掲げている。


 だから、今日も私は自作のサンドイッチを口に運ぶ。量的に物足りないサンドイッチを少しずつ口に入れて、何度も咀嚼して薄い紅茶で膨らませて腹持ちをよくしようとしていると、誰かが近付いて来る足音がした。


 中庭は誰にでも解放されている場所なので、人が来ることはおかしなことではない。私と同じように昼食をここで食べる人だろう。


「……」


 その人は一直線に私の座るベンチまでやって来ると、足を止めた。他にもベンチはあるし、空いているのに。


「?」


 もしかして、この隅っこのベンチでいつも昼食を食べている人だろうか? だったら、悪いことをしてしまった。新人の私が別の場所に移動するべきだろう。


「あ、すみません。すぐに退きますから……」


 食べかけのサンドイッチを強引に包みなおし、水筒を手にする。


「……チッ」


 舌打ちが聞こえ、顔を上げるとそこに立っていたのは……コルディフの街で高価な革靴にミルクコーヒーをかけてしまった青年だった。



 ======



 オルダール王国歴1129年 3月25日


 ■本日より法務庁舎庶務課に派遣され、書類保管室にて勤務開始。


 新しい職場にあの男性がいた。法務庁舎はあの男性の勤務先であったようだ。

 お昼を食べていたらいきなり舌打ちをされて「そんな粗末なものを食べているなんて」と呟かれた。

 挙句、断りもなく隣に座ってローストビーフを何枚も挟んだ大きなサンドイッチを大量に食べていた。とても、不快だ。明日からランチの場所を変えようと思う。

お読み下さりありがとうございます!

イイネ、ブックマークなどの応援もありがとうございます、いつも有難く頂戴しております。

★マークにて評価して下さった皆様もありがとうございます!! 感激です……!!!!!

次回の更新は週明けの月曜日です、よろしくお願いいたします。

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