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運び屋9

「こちらです」


 案内された先の扉には、応接室と書かれたプレートが掲げられており、扉の前に立つと職員がノックをして扉を開けてくれる。


 応接室には三名が待っており、その内の一人は先日会った覚えがある。


「えっと、シルビアさん、でしたっけ?」


 曖昧なのは、自己紹介もしておらず人伝に名前を聞いたからだ。

 あの日、キャサリ自治区の魔法部隊を指揮していた女性。エリナが彼女について知っている情報は、それだけだった。


「ええ、シルビアで結構です。今は家名は名乗らないでおきましょう、あくまでも私的な用事ですので」


「はあ」


 初めて出会った時と比べて、棘が抜けたように優しくなっている気がする。職務に忠実なだけで、仕事とプライベートは分けているのだろう。


 応接室にいる三人の服装は高価ではあるが、デザインは一般人が着用している物と大差ない。

 三人のうち二人の装いが似合っておらず、違和感を覚える。だが、本人達は気にしていないようで、特に問題ないだのろう。


 応接室で待っていたのはシルビアを始め、三十路くらいの男性一名と、薄紫色の髪を持つ若い男性がいた。


「こちらがキャサリ自治区総統、エルデモット様です。その隣が従者のロータスになります」


 シルビアに紹介された男性二名、エルデモット卿と従者のロータスは立ち上がると頭を下げた。

 突然、自治区のトップが頭を下げたことに驚く。


「ここは公式の場ではない、だから先ずは謝罪をさせて頂く」


「謝罪、ですか?」


「ああ、先ずは今回の騒動に巻き込んでしまった謝罪を。それと、不死者を倒してくれた事への感謝の気持ちだ」


 男二人が頭を下げており、それに続くようにシルビアも頭を下げた。


「エリナ・ビスケット殿、こちらの事情に巻き込み申し訳ない事をした。謝罪する。 また不死者の討伐助かった。もし貴殿等が居なければ、我らは全滅していただろう」


 また深々と頭を下げる三人を前に、エリナは段々と冷静になれた。

 確かに、自治区のトップが頭を下げたのには驚いた。しかも、独裁者と呼ばれるエルデモット卿がである。

 噂話は当てにならないなと思い直したが、それ以上に気になる事も出来た。


「頭を上げて下さい。謝罪は受け入れます。ただ、幾つか尋ねたい事があります」


「ああ、何でも聞いてくれて構わない」


 頭を上げた三人がエリナを見る。

 エルデモット卿とロータスは自然体だが、シルビアは眉を顰めている。エリナの勝手な発言を不快に思ったのかも知れない。


 しかし、そんな反応を気にするほどエリナは弱くない。

 伊達に運び屋はやっていない。度胸だけなら、誰にも負けない自信はある。


「では、あの夜、エルデモット様も居られたんですか?」


「……そうだな、ロータス頼む」


「はっ」


 エリナの問いに考える素振りを見せたエルデモット卿は、手短にロータスに声を掛ける。

 それで意思が通じたのか、ロータスは杖を取り出すとエルデモット卿に魔法を掛けた。


 すると、エルデモット卿の姿が歪み、次に現れたのは、あの日、天幕で会話をした若い男の隊員だった。

 黒髪に黒い瞳、顔付きも違っており、これがエルデモット卿だと言われても誰も信じないだろう。


 その姿の変化に驚いて、エリナは目を見開く。


「あの夜は助かった。魔法が通じないモンスターなんて初めてだったのでな、判断を誤ってしまった」


 あの時は撤退するべきだったと呟き、判断の誤りを反省しているようだった。

 だが、エリナからしたらそんなのはどうでも良くて、もっと確かめる事が出来たのだ。


「何故、わざわざ魔法で姿を変えてまで、テロリストの検挙に参加されたんですか? 貴方が出るまでもなかったのではないですか?」


 どうして森まで、しかも独裁者と呼ばれるエルデモット卿が危険な場所に出て来たのか、その理由が知りたかった。


 エルデモット卿は、言葉を選ぶように話を始める。


「復讐のため、と言ったら納得出来るか?」


「復讐、ですか?」


「そうだ。私情ではあるが、昔、大切な人を奪われた」


「その人は……」


 聞いて良いのか分からなかった。人の事情に首を突っ込むような気がしたからだ。

 幾ら好感の待てない人物が相手でも、暗く辛い過去を掘り起こすような真似はしたくなかった。


「構わないよ、君達には助けられているからな。 話は聞いていると思うが、昔の恋人だ。 テロリストの中に引き裂いた張本人がいてな、その復讐を果たしたかった」


 その言葉にピンと来なかった。

 あの夜、天幕で会話した彼からはその片鱗を感じなかったから。だから、今の話は嘘ではないだろうが、全てではないと思った。

 もっと言えば、彼の態度が嘘っぽく見えた。


「それだけ、ですか?」


「ああ、それで十分だろう」


「ヒスルちゃんは、どうするんですか?」


「あの子には申し訳ないことをした。君達と同じく巻き込んでしまったからな、補償は十分にしよう」


「引き取る、とは言わないんですか?」


「……私の子供ではないからな」


「あの子、泣いてましたよ」


 エルデモット卿は、感情を感じさせない態度で淡々と応える。しかし、ヒスルの内容となると、少しだけ言葉を詰まらせた。


「父親に会えるのを、楽しみにしてましたよ」


「……そうか」


「ヒスルちゃん、孤児院でいじめられてたみたいです」


「……」


「お母さんの話を聞きました。とても明るい人だったみたいです」


「ああ……」


「あの子はまだ子供です。父親が必要な年齢なんです」


「……何が言いたい」


 下を向いたエルデモット卿の表情を窺うことは出来ない。だが、声音が感情を感じ取れるものへと変わっていた。


「一度でいいんです。あの子と会ってくれませんか?」


 エルデモット卿はゆっくりと顔を上げる。

 その表情は悲しそうで、それでいて嬉しそうなものに見えた。


「……それは出来ない」


「どうしてですか? ヒスルちゃん、ここまで頑張って来たんですよ!?」


「あの子は、私の子供ではないからだ」


「そんなはずないでしょう! じゃあ、どうしてあの森にいたんです!? 復讐ならテロリストが戻って来るのを待てば良かったでしょう! ヒスルちゃんを助けるためじゃないんですか!?」


「違う、君の思い過ごしだ。あれは私の復讐だ。それ以上でも以下でもない」


「じゃあ、あの天幕で、ヒスルちゃんに向けていた思いは、何だったんですか?」


 エリナは、どうしてエルデモット卿が頑なに認めようとしないのかが分からなかった。

 本当に違うのなら、どうしてそんな悲しい顔をしているのか分からなかった。

 だから言葉を続けるしかなかった。

 それでも認めないのなら……。

 そう考えていると、思わぬ所から助け舟が出された。


「あれは罪悪感から……」


「エルデモット様」


「なんだ」


「ここは説明するべきです」


「黙れシルビア」


「彼女は、御息女を預かると決意してくれた方です。 万が一を考えるべきです」


「そうならない為の処置だ。 分かっているだろう?」


「大将」


「……」


「俺もシルビアに賛成です。 やっと会えたんだ。これで終わりにする必要もないでしょう」


 シルビアとロータスの進言に、エルデモット卿は黙り目を瞑る。

 どうするべきなのか、今一度考えていた。


 目の前のエリナは、ヒスルがエルデモットの子供だと確信している。天幕での会話と、テロリストへの不自然な対応。そして、わざわざ会いに来ている現状を見れば、一目瞭然だった。

 それでも、否定し続ければ、認めなければ曖昧なまま終わっていたはずだった。だが、それもシルビアとロータスの進言によって不可能となってしまった。


 では、このまま認めたとしよう。

 そうすると、今度は本格的に狙われるだろう。テロリストではなく、エルデモット最大の政敵に。


 独裁者であるエルデモットにも敵はいる。


 まだ若いエルデモットが今の地位にいるのは、協力者が居たからだ。その協力者とは目的が合致しており、良好な関係を築いていた。

 そのおかげで、キャサリ自治区を食い物にする無能な指導部や傲慢な裏社会の者達を、追放する事が出来た。

 追放した者の中には、エルデモットの父の顔もあったが、躊躇することはなかった。


 キャサリ自治区の為にエルデモットは居るのだと、父が言っていたのだ。だからその通りにしたまでのことだった。


 多くの者を追放し、残されたエルデモットと協力者はこれからも手を取り、キャサリ自治区の発展に尽力するものだと思っていた。

 実際、エルデモットの協力者もそう思っていただろう。


 だが、そうはならなかった。

 協力者であるシルビアの父、ファウス侯が倒れ急遽したのだ。

 代替わりした息子のロレンツが跡を引き継いでからは、全てが一変した。


 ロレンツがキャサリ自治区を牛耳ろうと動き出したのだ。

 勿論、それを許すはずもなく、何度も妨害を行い、話し合いで解決できないかと模索して来たが、ある出来事がその考えを改めさせた。


 コトノハが殺されたのだ。

 ヒスルの母であり、エルデモットの最愛の人物が殺された。


 遠く離れた自治区で暮らしており、居場所を知っているのはエルデモットと近しい者だけのはず。それなのに、居場所を特定された。そして、エルデモットへの脅しのためだけに殺された。


 離れた自治区だったというのもあるが、ロレンツの妨害もあり、コトノハの死を知ったのは、死後一年が過ぎてからだった。

 それも、部下からの報告ではなく、ロレンツ本人の口からである。


「やあ、冷血なる独裁者君。 君の大切な人がどうなっているのかご存知かなぁ?」


 殺すべきだった、この醜悪な男を。

 後で咎められようとも、早急に排除するべきだった。

 ファウス侯への恩義もあり、見逃していたが、この男はその範疇に入れるべきではなかった。

 冷血な独裁者らしく、早急に……。


 しかし、それは叶わない。

 分かってはいたが、今、ロレンツを失うことは新たな争いの火種となる。

 キャサリ自治区の商業を牛耳るロレンツ。

 司法と軍を取り仕切るエルデモット。


 一見、後者が圧倒的に有利に見えるが、残念ながらそうはならない。

 商業の中には、裏社会も含まれており、新たな手法でその勢力を広げていた。また、その手と司法に軍に伸びて来ていたのだ。

 何処に奴の目が、耳があるのか分からない状況だ。

 下手なことは出来ない。


 今回の騒動の元凶も、ロレンツにある。


 エルデモットは、ヒスルを連れて来る気などなかったのだ。こんな危険な地に、我が子を連れて来たいとは微塵も思っていなかった。

 それを、ロレンツが連れて来たのだ。

 態々、エルデモットの名前を使い、実の娘として招待したのである。

 出来た事と言えば、信頼できる運び屋に頼むよう郵便屋に手を回すことくらいだった。


 何処までも、執拗に迫って来るロレンツ。

 奴から守れるのか……。




「今じゃなくても良いんです」


 考え込んでいたエルデモットに、エリナが声を掛ける。

 エリナも、エルデモットの深刻な表情を見て、自分の失言に気付く。

 何故、頑なに否定するのか、事情を知らない自分が踏み込むべきではなかった。


 だから、いつかヒスルに会いに来てくれたらと、考えを改めた。


 エルデモット卿はゆっくりと息を吐き出すと、何かを決意したかのような目をエリナに向けた。


「少し、話が長くなるが良いか?」



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