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運び屋8

 キャサリ自治区に到着して二日が経過した。

 あの日の戦いでは、奇跡的に死者は出ておらず、負傷者が数名出た程度だった。


 到着してからのエリナ達の扱いは、寛大の一言に尽きた。

 この自治区の最高級のホテルを利用させてもらい、食事もこれまで食べて来た中でも最も高級な物だった。

 勿論、ノーライフキングとの戦いの調書で、魔法部隊のある宿舎に向かったり、キャサリ自治区の郵便屋に到着の報告をしたが、それ以外は観光をして過ごしていた。


 キャサリ自治区を観光した感想は、活気がある平和な街だなぁというものだった。エリナ達のホームであるセントール自治区と比べると、やや劣る印象を受けるが、経済は発展しており治安も悪くない。大抵の自治区にはあるスラムも見当たらず、住民の顔には希望が宿っていた。


 これが独裁者の手で作られたのかと疑ってしまうほどだ。


 喫茶店に入ったとき、それとなく店員さんに尋ねたのだが、


「うちでエルデモット様の批判はしないで下さい」


 そう言って注意を受けてしまった。

 謝罪して、他の自治区から来ており、この自治区について詳しくないと説明すると、いろいろと教えてくれた。


 話の内容は、エルデモット卿がいかに名君であるかというものだった。

 彼がこの自治区のトップに立ってから、自治区の治安は改善し、無法者が去ったとか、自治区の土地が一割増えたとか、インフラの整備が進み住み心地が良くなったとか、小一時間長々と説明されてしまった。


「ヒスルちゃんのお父さん、凄い人みたいだね」


「うん」


 エリナに言われたヒスルは、どこか嬉しそうな表情をしていた。

 


 そんな二日間を過ごして疲れを癒した三人だが、今日がお別れの日となる。


 午前中に郵便屋でヒスルの引き渡しがあり、その足でセントール自治区に帰る予定になっていた。

 もう一泊しようかとも思ったが、このホテルの宿泊費だけで今回の報酬が飛んでいきそうなので諦めた。なので、ここでの、夢のような生活も終わりである。


「行きたくない」


「我儘言わないの。私だってここに居たいけど、けど、お金が無いのよ」


「世知辛い世の中」


 ソフィアは世界のあり方に落胆した。

 世の中、金、金、金である。どんなに楽がしたいと願っても、お金がなければそれも許されない。

 誰かお金を恵んでくれないだろうか、そう思うと自然とエリナと目が合った。


「なによ?」


「……なんでもない」


 お金無さそうだなと、自分の事は棚に上げて思った。



 ヒスルのおめかしをして、と言ってもエリナのお下がりだが、フリルの付いた水色のワンピースを着せて、髪を三つ編みにする。


「うん、可愛い。似合ってるよ」


「うん」


 鏡に映る自分を見て、笑みが溢れる。

 ヒスルのこれまでの人生に父親は居なかった。それが、これから新しい家族として過ごせるかも知れない。

 受け入れてもらえるだろうか、違うと引き離されるだろうか、期待と不安な思いが混ざりあっていても、それでも期待してしまう。

 ママが選んだ人だ。きっと優しい人に違いないと。




「え? 依頼達成? まだヒスルちゃんのお迎え来てないけど?」


「ああ、これで終わりだ」


 先日、郵便屋に来た時は、後日連れて来て欲しいと言われてキャサリ自治区に数日留まる事になったのだが、いざ来てみると、ヒスルの迎えはなく、依頼達成と言われしまった。

 状況が飲み込めず聞き返しても、受付の太った男は終わりを告げるだけだった。


「ちょっと待って! 私達が引き受けた依頼は、ヒスルちゃんを送る事よ。何の説明無しに、依頼達成って言われても意味が分からないわ!」


 もしこれで終わりなら、ヒスルはどうなる。

 父親に会えるかもと期待して、遠くから何日も掛けて来たのに、何も分からずに終わりを告げられる。

 納得出来るはずがない。


「あー、それだがな……」


 受付の男はヒスルを横目で見て、どう説明しようか迷っているようだ。だが、どう言葉を選ぼうとも内容は変わらないと諦めて説明を始める。


「最初に言っておく、これは上からの指示だ。俺達もこの前聞かされた。だから落ち着いて聞けよ」


「それは納得出来る理由なの?」


「ここに住む住人ならな。だが、よそ者のお前さん達には酷な話だ。特に、そこのお嬢さんにはな」


 受付の男に言われて、エリナは少しだけ悩む。

 説明はしてもらいたいが、ヒスルにとって酷い話なら聞かせたくはない。それなら、ソフィアと一緒に離れていてもらおうと考えるが、ヒスルが自分の意思を示した事で考えが変わる。


「私、知りたい、教えて、下さい」


 つっかえつっかえの言葉だが、その言葉には強い意志を感じた。

 エリナは受付の男を見ると、頷いて説明を促した。

 受付の男は手で顔を洗うと、ひとつ息を吐き出して説明を始めた。


「ああ、今回の依頼はな、言ってしまえば治安維持の為の作戦だったんだ」


「作戦?」


「そうだ。 最近、エルデモット卿の情報が外部に流出する事案が増えていてな、その尻尾を掴む為に、ある情報を流したらしい」


「……それが、エルデモット卿に子供が居るって情報だったの?」


「ああ。だから実際に郵便屋に仕事の依頼が来た。俺達も本当の事だと思っていた。エルデモット卿の恋愛の話は、一部では知られていたからな」


「だとしても、どうして自分の子供を危険な目に合わせる必要があるの?」


「違うからだ」


「え?」


「そこのお嬢さんは、確かにエルデモット卿に似ている。だがな、居ないんだよ。実際には、エルデモット卿に子供は居なかったんだ」


 ヒスルは目を見開いて固まってしまう。

 何を言われたのか理解出来なかった。

 母が亡くなり、孤児院で虐められ、父という希望を見せられて、それが幻想だと教えられて頭が理解を拒んでいた。


「俺が聞かされているのはここまでだが、後の事は推察出来る。というより、お前さん達の方が分かっているんじゃないのか?」


 そう言われて、襲われた出来事を思い出す。

 あれは、情報に踊らされた誰かが襲って来たのだろう。

 出発前に郵便屋に忠告を受けていたし、実際に襲われた時も狙いはヒスルに向いていたので、そう驚きはしなかった。だが、それら全てがテロリストを炙り出す為の作戦だったというなら、それは余りにも酷いのではないだろうか。


「子供を使って何様よ!? 何が治安維持ってのよ!」


「落ち着けって、俺に怒鳴られても困るぜ。この作戦は自治区トップが主導で行ってたんだからな。 エルデモット卿はここの住人から支持を集めているが、外で何て呼ばれているか、知っているだろう?」


 冷血の独裁者。

 その名に違わぬ男だと言いたいのだろう。


 クソボケカスと心の中で悪態を吐き、目の前の男を睨む。

 郵便屋の職員は関係ないのは分かっているが、今の話を聞いて苛立ちを隠し切れなかった。

 だが、自分の感情よりも優先すべき者がいた。


「ヒック、ヒック、ヒック」


 ヒスルは静かに泣いていた。

 何が悲しいのか自分でも分からなかった。

 父親に会えると期待していたのはあるが、違うという心構えはしていた。じゃあ、騙された事に悔しくて泣いているのかと言うと、それも違う。

 ただただ悲しかった。

 涙が勝手に溢れて来て、我慢出来なかった。


「ヒスルちゃん」


 何やったんだ私!


 エリナは自分の至らなさに気付く。

 ここで一番ショックを受けているのはヒスルだ。

 まだ幼いヒスルの心を気遣ってやらなかった自分を叱責する。


 ただ泣くヒスルを抱きしめて優しく頭を撫でる。

 何も言わない。今話し掛けても、きっと何も届かないと思ったから。

 だから抱きしめて、堰を切ったようように泣き出したヒスルをそっと撫で続けた。


 ソフィアはその光景を、お菓子を食べながら見ていた。




 受付の前から移動してベンチに座り、ヒスルが落ち着くのを待つ。かれこれ半刻ほど経っており、段々と落ち着いたのかエリナの服を握っていた手が緩んできた。


 受付の男はヒスルに同情したのか、三人分の飲み物を持って来てくれた。

 エリナは思わず睨んでしまったが、本来は気の良い男なのかも知れない。

 気遣い一つでエリナの中では、好感の持てる人物だなと評価は上がり、ソフィアの中では「お菓子くれ」とねだったのに、奢ってくれなかった心の狭い奴になってしまった。


 そんな心の狭いソフィアの話は置いておくとして、エリナはヒスルに話し掛ける。落ち着いて来た今なら大丈夫だと思ったのだ。


「ねえ、ヒスルちゃん」


「ん?」


「これからの話なんだけどさ、私達と来ない?」


「え?」


「私達とセントールで暮らさない? 家、部屋余ってるから安心して。ベッドもあるし、テレビも部屋に置いてる。漫画とかならソフィから借りて、沢山持ってるから」


「私の自慢のコレクション見せてあげる」


 ヒスルに向かってVサインを出すソフィア。

 エリナの膝の上に座り、二人の顔を見ていた。

 どうしたらいいのか分からない。これからの事なんて考えたこともなかった。父親が居ないとなると、また孤児院に帰るのだと思っていたのに、別の道を示されて戸惑っているのだ。


「そうだ、勉強机も揃えなきゃね。基礎学校に入学するまでに、勉強教えて上げる。ヒスルちゃん可愛いから学校でも人気者になれるよ! セントールの学校の制服ね可愛いんだよ、きっとヒスルちゃんに似合うと思うな……」


 言葉を続ける。早口ではなく落ち着いて、ヒスルの目を見て安心するように。

 今のヒスルに必要なのは、慰めの言葉ではない。どんなに言葉を並べても、父親を否定された現実は変わらない。ならば、ヒスルの思考を未来に向けて、楽しい事を考えさせるべきだ。


「家に着いたらパーティしようよ、ヒスルちゃんの歓迎会しよう。私、結構料理得意なんだよ、腕によりをかけて作っちゃうよ」


「賛成」


「ソフィは食べたいだけでしょ!」


 小さく手を上げて同意するソフィアに思わずツッコんでしまった。


「あはっ、あはははっ」


 今のやり取りが面白かったのか、ヒスルから笑みが溢れた。その表情は泣き笑いではあったが、少しでも元気が出てくれたのなら、それは成功だったのだろう。


 それに、一緒に暮らそうという話は嘘ではない。

 本気でセントールで暮らそうと思っている。

 ヒスルの事情に同情したからと問われたら否定は出来ない。だが、それだけではない。


 もしも、この場で別れる事になれば、ヒスルはキャサリ自治区の孤児院で預かる事になるだろう。それは、保護者の居ない子供にとって当然の流れで、この世界では珍しい話ではない。

 じゃあ、この子はまた一人になるのか?

 孤児院で、心を閉ざして暮らすのか?

 自分の境遇と似ている上、自分の時よりも更に幼いヒスルがどうなるのか考えると、居ても立っても居られなかった。


 じゃあ同じ境遇にいる子供を救うのかと聞かれたら、それは不可能だ。だから、せめて縁のあった子には手を伸ばしたいと思ったのだ。

 それは、ソフィアの時と似たような状況だったのかも知れない。


 行き場のない二人が出会って始めた運び屋に、新たに小さな女の子が加わる。

 きっと悪い事にはならないはずだ。そう思いながらヒスルの頭を撫でる。


 それに気になる事もある。

 どうして嘘を吐くのか分からなかったのだ。


 だってヒスルは……。


 そう考えていると、郵便屋のカウンターから一人の職員が近付いて来る。


「失礼、代表者の方、応接室までお越し頂けないでしょうか?」


 

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