運び屋7
天幕で待っていると嫌な予感がした。
エリナの勘は良く当たる。それも悪い方へ特に当たる傾向にある。
父親が亡くなったときもそうだった。母親が失踪したときもそうだった。とにかく、良くない出来事が起こりそうなとき、胸騒ぎがするのだ。
その予感に従い寝ていたヒスルを起こして、ソフィアにミネルヴァの所に行こうと言って移動する。
その直後に天幕が吹き飛び、辺りは炎に包まれた。
「間一髪ってやつかな」
「ファインプレー」
「んにゃ?」
嫌な汗を流してほっとするエリナに、良くやったと賞賛するソフィア。ヒスルはまだ夢の中だ。
「エリー……」
「なに?」
「あっちにノーライフキングがいる」
ソフィアが指差す方向は、天幕があった場所の向かい側。そちらに死者の王が居るそうだ。
マジっすかと呟いて、また厄介なのが現れたなぁと嫌気がさす。
「大丈夫、まだなり損ないだから」
「じゃあ、声聞いただけで死にかけたりしないよね?」
「大丈夫……たぶん」
「まあ、ヘッドギアは持って来てるから良いかな? ヒスルちゃんにはヘルメットもあるし、目を合わせなければ何とかなる?」
「その前に倒すから、任せて」
「じゃあ、ソフィアさんよろしくね」
「おうよ」
ミネルヴァに魔力を流し、スロットルを回す。
ついでにバイクグローブにも魔力を込めて、いつでも防御出来るように備えておく。
「ヒスルちゃん!舌噛まないようにね!」
「ふにゃ?」
眠気まなこのヒスルに声を掛けて走りだした。
天幕の裏側では、雷が落ちたような激しい音が鳴り響いており、ノーライフキングとの戦闘が始まっているのだと理解する。
だがと思う、ノーライフキング相手に魔法の攻撃は効果が薄い場合が多い。
それは、不死者となる者には魔力保持者が多く、それがキングともなると保有魔力量が多く、その扱いに精通している者の可能性が高い。そういった人物がノーライフキングに成ると、魔法に高い耐性を持つことが多いのだ。
ある意味、魔法使いの天敵。
特定の属性でしか倒せない。
それがノーライフキングという存在だった。
迂回して到着した先では、若い男に飛び掛かる黒く醜い存在がいた。
更に加速して土嚢を使って飛び、空中でノーライフキングを轢くと、着地と同時にソフィアが魔銃を使い攻撃を加える。
「やれそう?」
「楽勝」
ソフィアはミネルヴァから降りると、二丁魔銃であるカタストロフィをくるくると回して強く握る。
「カタストロフィ、悲劇を終わらせに行こう」
ソフィアのオッドアイの瞳に変化が起こる。
青と赤の瞳だったものが、両目とも青色に染まり澄んだ色へと変わった。
それと同時に、ソフィアの纏う雰囲気が変わる。
気怠げだったものが、清涼で清浄なものへと変わり、それでいて力強く、救いの者のような神秘性を兼ね備えていた。
その変化を見ていた者達は、ソフィアから目を離すことが出来なかった。それなりに長い付き合いになるエリナでもそれは同様だった。
だが、一体だけ他の者を見ていた。
「え゛え゛エ゛ルデモッドーーーッ!!!」
絶叫したのは、ソフィアにノーライフキングと呼ばれた黒い存在。黒い体に付いた顔が一斉に同じ方向を向き、黒い体に大きな口が生まれた。
そのノーライフキングが見ているものはソフィアではない。視線の先にいる者は、まだ幼いヒスルだった。
「ひゃっ!?」
黒く大きな化け物に敵意をぶつけられたヒスルは、悲鳴を上げて泣きそうになる。
それを見たエリナは魔道バイクを動かして、庇うように前に出る。
「安心して、私達が必ず守るから」
振り返りヒスルを見やり、大丈夫だよと微笑んで言葉を紡いだ。同時に、絶対に守るとエリナは心に誓う。
エリナも初めて不死者のモンスターを見た時は、酷く怯えたものだ。
人が不死者となるには二つ条件がある。
一つはモンスター化する為の相応の魔力を保有している事。
二つ目が自治区の外で、その命を終えることだ。
本来なら、人の亡骸はモンスターに食い荒らされて何も残らない。それが、奇跡的に残るか、目の前にいるように自ら望んで不死者と成った者しか存在しない。
だから数が少なく、一生遭遇せずに過ごすのが普通なのだが、ソフィアと出会い運び屋の仕事を始めてから、何度も遭遇していた。
その経験があったからこそ、対処法も理解している。
ノーライフキングが細い足に力を込めると、跳ねるようにエリナに、いやその背後に居るヒスルに向かい駆けていく。
巨体だというのに動きは素早く、初動が遅い魔道バイクでは逃げ切れないだろう。
だが、エリナは動かない。
何故ならソフィアが居るから。
鈴の音のような凛っとした音が鳴り、青い軌跡を残した魔弾がノーライフキングの顔の二つに突き刺さる。
『あああァァァァーー……』
ノーライフキングは魔弾を受けた事で横に倒れ、その体に張り付いた顔が絶叫を上げた。そして撃ち抜かれた顔は、白く変色すると、霧のように霧散した。
その時の撃たれた筈の顔の表情は、喜んでいるようにも見えた。
「お前の相手は私」
一度魔銃を手の中で回転させ、カタストロフィに魔力を込めると、再びノーライフキングに向かって青い軌跡の魔弾を放った。
普通の魔弾ならば、ノーライフキングにダメージを与える事は出来ない。だから無視していたのだが、ダメージがあると分かった以上、ノーライフキングも対処せざる負えない。
魔弾を避ける為、その射線から飛び退く。しかし、魔弾はノーライフキングを追尾して体を貫いてしまう。
『ギャァァァーー!?!?』
無様で情け無い悲鳴が夜の森に木霊する。
今度は顔を狙わずに、ノーライフキングの体そのものを狙った。
撃ち抜かれた箇所は、穴が空き青い光を放ちながら、その体を侵食して行く。
青い魔弾に恐怖を覚えたノーライフキングは、本能でその箇所を切除し難を逃れた。
「うん、やっぱり弱い」
ソフィアはノーライフキングをそう評価する。
以前に戦ったノーライフキングは、百発の魔弾を撃ち込んでも倒れなかった。それなのに、目の前のノーライフキングは、たった二発の魔弾を受けただけで消耗している。
これなら、あと十発も撃ち込めば討伐出来るだろう。
しかし、ノーライフキングも一方的にやられる訳ではない。
一刻も早く憎いエルデモットを殺したいが、その前に障害を超えなければ達成は不可能だ。そう理解したノーライフキングは、標的をソフィアに定める。
黒い体から五本の黒い触手が伸びる。
その触手の先に魔力が集まると、火球が生み出され、一斉にソフィアに向かって放たれた。
火球は様々な軌道を描き、ソフィアに襲い掛かるが、その軌道を全て見切ったソフィアは、最小限の動きで避けて行く。
一回でダメなら二回目を、二回目でダメなら三回目を、こうして次々と放たれる火球を避け続けるソフィア。
その動きは美しく、まるで舞っているかのようだった。
「きれい」
その光景を見ていたヒスルは見惚れて、そう溢した。
恐ろしい火球が高速で飛ぶ中を、青い光が踊るように走っている。その幻想的な光景に、ヒスルだけでなく、倒れている魔法部隊の面々も目を逸らせなかった。
火球の雨を避け続け、カタストロフィに魔力を込める。
面になって迫る火球の間を、横に飛んで躱し、引き金を引き、連続して青い魔弾を撃つ。
幾つもの魔弾が走り、ノーライフキングに付いた全ての顔を貫く。
『アアァーーー!?』
『ギィギャーー!?』
『キャーーー!?』
辺りに絶叫が木霊すと、ノーライフキングに付いていた顔は一つ残らず消えていき、魔弾を受けた衝撃で倒れる。
全ての顔を失ったノーライフキングから、先ほどまでの圧力は感じられず、まるで萎んでいくように力を感じなくなって行った。
「やったのか?」
その声は魔法部隊の隊員からのものだった。
あれだけ魔法を受けても、傷一つ負わなかった化け物が、一人の少女の手で倒された。
戦闘を生業とする隊員からすれば、受け入れ難い現実だが、それでも脅威が去り、生き残ったという現実に安堵する。
「まだ終わってない」
しかし、隊員の希望はソフィアによって否定される。
カタストロフィを回転させ魔力を込めると、魔弾を撃ち込む。本来なら、力を失った不死者はこの魔弾で消滅する。
だが、撃ち込まれたノーライフキングの体は何の反応も示さない。
おかしい。
そう思い、もう一度と魔力を込めようとすると、突然ノーライフキングの体が大きく跳ね上がった。そして、背中が割れた。
黒い体が割れ、その中から出て来たものは、黒い人型の何かだった。
全身が真っ黒な上に頭部には顔は無かった。
その姿に眉を顰めるソフィアは、魔弾を撃つ。
青い軌跡を残して飛ぶ魔弾は、黒い人型に直撃するが、体に接触するとガラスが砕けたように弾かれてしまった。
その結果を見た黒い人型。
新たな姿を手に入れたノーライフキングの顔に大きな口が生まれ、弧を描いて笑った。
『カッカッカッカッ!!』
先程まで苦しめらた魔弾が効かなくなった。
ノーライフキングは勝ち誇ったように笑い、自分を痛めつけたソフィアに向けて手を伸ばす。
そして、これまでの仕返しをするように、不可視の風を操りソフィアに向かって飛ばす。
風の刃が走る。
連続して放たれた不可視の刃は、空間を切り裂き、憎い対象を刈るために突き進む。
「ふっ」
不可視の凶刃をソフィアは難なく避ける。
まるで見えているかのように、火球と同様に全てを避けて行く。
風の刃が見えている訳ではない。だが、魔力を感じ取る事の出来るソフィアにとって、魔法の軌道を見切るのは容易だった。
次々と放たれる凶刃を避け、火球の時と同じように魔弾を撃つ。だが、結果は変わらず、青い魔弾の耐性を得たノーライフキングにダメージを負わせることは出来なかった。
「ふう」
風の刃の魔法が止み、一旦息を吐くソフィア。
青い魔弾が封じられたが、特に焦った様子は無い。寧ろ、余裕さえ見て取れた。
それが気に食わなかったノーライフキングは、その澄まし顔をぐちゃぐちゃにしてやろうと疾走する。
その動きは速く、瞬く間に肉薄し殴り倒さんと拳を振り上げる。
魔法がダメなら接近戦で、そう考えたノーライフキングの選択は間違いだった。
ソフィアは顔面に迫る拳を軽く避けると、腕を掴み、背負い投げの要領で地面に叩き付けた。ほぼ顔面から地面に落としたが、ノーライフキングにはダメージは無い。
その程度の物理攻撃では通じないのだ。
それを理解していたソフィアは、何でもないようにカタストロフィに指を掛けて、至近距離でノーライフキング目掛けて引き金を引いた。
何度やっても無駄だと不死者の王は思っていた。
しかし、残念なことに腹と胸に風穴が空き、どくどくと黒い何かが溢れ出して来た。
『ギィーーーーー!?』
腹を押さえて転がるノーライフキング。
おかしい、こんなもので傷付くはずがないと混乱する。先程まで、大量の魔法を食らってもダメージを受けなかった体が、痛みを訴えて来る。
痛みで纏まらない思考。そんな中で、再び魔銃が向けられる。
魔銃を構えたソフィアと目が合う。
その目は、先程までの青い瞳から、赤と青のオッドアイに変化していた。
「貴方は間違えた」
普通の魔力を込めて、普通の魔弾がノーライフキングを貫く。
再び上がる悲鳴。
通じなかったはずの魔弾が、体を貫いてダメージを与える。
何故?と思考するノーライフキングだが、その疑問に答えてくれる者はいない。ソフィアも教える気はなく、ただ終わらせようと魔銃を撃った。
ノーライフキングに普通の魔弾が通じるのは、単純な理由だった。
対不死者用に改良された魔力への耐性を得るには、相応の代償が必要になる。それを得る為に、ノーライフキングが差し出したものは三つ。
魔法耐性と物理耐性、そして再生能力だ。
ノーライフキングの無敵とも呼べる主要な能力を代償にして、対不死者用の魔力を無効化したのだ。
だから、今のノーライフキングには、普通の魔法にさえ耐えられない。
『カッ!?』
魔弾が首と腹を貫く。
生者ならばこれで終わるのだが、仮にも不死者であるノーライフキングは動いている。
勝てない。この女には勝てない。そう悟ったノーライフキングは、自身の望みを叶える為に動き出す。
ノーライフキングは邪魔な女をどかそうと、ソフィアに向けて爆炎の魔法を放つ。
これで倒せるとは思っていない。事実、ソフィアは攻撃魔法に反応して大きく後退していた。
だが、それで良い。
ノーライフキングは立ち上がると、目的に向かって走り出す。ダメージを受けて先程までの速さはないが、それでも十分だ。
走る振動で首が落ち、腹と胸から落ちる黒い液体は勢いを増すが、それでも足を止めない。
不死者なのに痛覚を失わず、復讐の為に人間味を残してしまったが故の失態。
人であった頃の思い出を忘れてしまえば、その体は完成し、強力なモンスターに成り下がる事が出来ただろう。
だが、エルデモットへの恨み、失った絶望、嘗ての栄光を忘れられず完全な存在には慣れなかった存在。
全てが中途半端で、最後には人の形を選んだ人間味のあるノーライフキングは、恨みを晴らすべくヒスルに向かって飛び掛かった。
「させない!」
しかし、その望み叶わない。
エリナはミネルヴァを動かし、降り掛かる脅威から逃れる。
『カッ!』
ノーライフキングは着地すると同時に、無数の火球を放ち追撃を行う。しかし、その魔法は無駄に終わった。
ミネルヴァの前方にシールドが展開し、襲って来る火球を全て塞いでしまったのだ。
ならば、もっと強い魔法を使おうと魔力を込めていく。
しかし、その魔法が放たれる事はなかった。
『ギィ!?』
魔弾がノーライフキングの腕を貫き、落ちた頭部を貫いた。その衝撃で魔力が霧散してしまう。それでも、復讐をと手を伸ばして、雷撃に焼かれてしまう。
雷鳴が轟き、ノーライフキングを焼き払う。
消えてしまう。そう悟ったノーライフキングは、必死に手を伸ばす。
『エ…デモ……ト』
虚空に伸ばした手が灰に変わり、順番に体が落ちて行くと、最後に転がっていた頭部が何も出来ずに灰となり消えてしまった。
独裁者の手により追放された魔法使いが、恨みを抱えて不死者へと成り下がり、人の手によって討伐された。
ただそれだけの話だった。