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運び屋6

 警報が鳴り響き、それが異常事態が発生した知らせだと言い残して、若い男は天幕から出て行った。

 異常事態……それはモンスターの襲撃のようだった。


「抑えて! ここは魔法部隊の人達に任せましょう!」


「いや」


 二丁拳銃である魔銃カタストロフィを手に、天幕から出てモンスターを倒しに行こうとするソフィア。それを必死に止めるエリナだが、如何せんソフィアの力が強く引き摺られてしまう。


 ソフィアはモンスターを見ると、無性に倒したくなるのだが、何も無差別に倒したい訳ではない。スモールラットやクレイジーラビットなどの比較的弱いモンスターは対象とはならず、強力で歪な存在に狙いを定めているのだ。


 そして、それに対する感覚は鋭敏で、近付けばその存在を察知することが出来る。


 だから、こんなにソフィアが行きたがっているという事は、居るのだろう、その歪な存在が。


「ダメだって、私達がしなきゃいけないのはヒスルちゃんの保護でしょ」


「むぅ、仕方ない」


 ソフィアは立ち止まると、横になっているヒスルを見た。そして、護りたいものを考えて進む足を止めた。

 行きたい、行ってモンスターをぶちのめしたいという思いに変化はないが、今の自分の仕事は運び屋だと自覚している。


 だから、無理にモンスターと戦う必要はない。

 それでも、ソフィアは自身の胸騒ぎを鎮める事は出来なかった。





「引き付けろ! 魔法使用後は銃手と交代せよ! 放てぇー!!」


 モンスターの大群に向かって多様な魔法が飛び、その数を減らして行く。

 魔法使いが魔法を放ち終えると、即座に下がり、魔銃を持った隊員が前に出て、モンスターを狙い連続して引き金を引く。


「準備が完了したのち、即座に交代して放て! 敵は決して強くない!数が多いだけの低級モンスターだ!落ち着いて、確実に数を減らせ!」


 魔法部隊の指揮官を務めるシルビアは、まだ23歳と若いながらも、周囲を常に見ており、判断能力にも優れており優秀な指揮官と言えた。

 魔法使いの魔力切れにより、手薄となった箇所に向けて、自ら魔法を放ち穴を埋める。


「魔力が尽きた者は魔銃を待て! 弾倉は全て使い切って構わない!」


 シルビアは必死に声を上げる。

 指揮官が弱気になれば部下の士気にも影響が出る。モンスターの大群を前に、そのような状況に陥れば、一気に瓦解しかねなかった。


 魔法が放たれる。

 多くのモンスターを葬り、数を減らして行く。

 魔銃が撃たれる。

 沢山のモンスターの足を止め、背後から迫るモンスターに踏み潰されていく。


 それでも、モンスターの数は減らない。

 決して強力なモンスターではない。通常であれば、難なく圧倒出来るモンスターの種類だ。それでも、モンスターの数が多過ぎるのだ。

 まるで、森のモンスター全てが襲って来ているように感じるほどに。


 数匹のキラーエイプという猿のモンスターが、木から木へと飛び移り、指揮官であるシルビアに狙いを定めて飛び掛かる。


 モンスターの中には知恵の回る者もいる。

 人間の行動を見て、どこから指示が出されているのか理解し、頭から潰そうと動いたのだ。

 人でも判断出来るのだ。

 魔力を得て、力を得たモンスターが出来ない道理はない。


「くっ!?」


 シルビアが杖を構えて魔法を使おうとするが、間に合わない。

 キラーエイプの鋭利な爪と牙が、涎を撒き散らしながらシルビアに襲い掛かる。自らの勝利を確信して、その肉の味を想像して、醜悪に顔を歪めてその爪を振り下ろして、


 雷撃に打たれて絶命した。


 倒れたキラーエイプからは、バチバチと帯電した音が鳴る。


 何が起こったと考えるよりも先に、流石はと感心して、雷撃の魔法を使った若い男を見て、心の中で頭を下げた。


 ここでの立場は自分が上だと理解している。

 そして、それは、ここにいる者に知られてはならないことだから。


 シルビアは氷の魔法を使い、更に襲ってくるキラーエイプを凍らせ、その命を終わらせる。

 奇襲でなければ、モンスターに早々遅れは取らない。


 更に魔力を高めて広範囲に魔法を使い、前線にいるモンスターを全て凍らせる。


 本来、ここで魔力を使いすぎるのは悪手だが、状況を整理する為に時間が欲しかった。


 モンスターの数は減ったようには見えない。

 今も続々と森の中から集まって来ている。簡易結界は機能しているおかげで、一定の範囲に入ったモンスターの動きは阻害されている。

 物資の残りはどれくらいだろうか?

 エルデモット卿の家族を狙ったテロリストを捕まえに来たのであって、モンスターとの長期戦を想定した物資を準備していない。

 既に、いつ底をついてもおかしくない状況だろう。


 そもそも、どうしてモンスターが集まって来ている?

 簡易結界が働いてるのに、モンスターが襲って来る。本来、結界にはモンスターを追い払う機能と、範囲内に入ったモンスターの動きを阻害する機能が備わっている。

 使用時間は半日と短いが、それでも自治区から出て安全を確保する能力に間違いはなく、これまでに襲われた事例などなかったはずだ。


 じゃあどうして?


 それに後方はどうなっている?


 今は前面からしかモンスターは押し寄せていないが、四方に連絡員は配置しており、異常があれば直ぐに報告するようにしている。


 思考が巡り、有効な手段が思い浮かばずタイムリミットが来る。


 凍り付いたモンスターを乗り越えて、新たなモンスターが迫って来たのだ。

 もう隊員の魔力量は少なくなっている。

 まともに魔法を使えているのも、若い男の雷撃くらいだ。弾倉も残り少なく、後がない。


「次が来ている! 構えー!!」


 必死に声を上げて指示を出すが、魔銃を手にした者の中で構えた者は半分もいなかった。

 もう、弾倉は残っていなかったのだ。


 最後の抵抗に魔銃で撃ち、雷撃が飛び、多くのモンスターを葬るが、それでも足りない。

 結界内はモンスターの能力が低下すると言っても、それは微々たるものだ。肉弾戦で必死に抵抗して、蜘蛛のモンスターを倒すが、次のモンスターに飛び掛かられて噛み付かれてしまう。


 他の隊員が近接武器を手に助けるが、負傷者が続出している。


「負傷した者は下がらせよ! 衛生隊員は治療に当たれ!」


 一瞬、見捨てるべきかと迷ったが、結界内のおかげで近接戦でも優位に立っているのを見て、即座に治療に当たらせる。


 まだ大丈夫。

 簡易結界があるうちは、まだ何とかなる。


 その希望は、突然の爆音と共に霧散した。


 天幕がある場所が、爆発し吹き飛ばされたのだ。

 その隣には、簡易結界を張る装置が設置されており、そこを中心に展開されていた。


 そして何より、


「ヒリスッ!?」


 どこからか悲鳴が上がり、普段は冷静沈着な彼が取り乱していた。


 彼がここに居るのは、彼の立っての願いからだった。

 孤独で気弱な彼の唯一の願い。

 多くのモノを背負い過ぎた彼に、一時の幸せを味わって欲しかった。


 それが、このような結果になるとは。


「貴様がー!!」


 彼は激昂する。

 この惨状を生み出した存在が、そこに居たのだ。

 それは黒く暗いヘドロのように気持ち悪く、ドロドロに溶け出した飴玉のような形をしている。ただし、そのサイズは見上げるほどに大きく、四本の細い足に支えられていた。

 そして、その体には無数の顔が張り付いており、その顔には見覚えがあった。


「叔父様?」


 直後に雷撃が放たれ、黒い何かが全身を焼かれた。

 すると、全ての顔が苦痛に歪み、悲鳴が上がる。

 その声はまるで断末魔のように響き渡り、心を掻きむしられ、体から力が奪われて膝を突いてしまう。


「一体、なに、が?」


 シルビアは動かない体で、必死に目だけを動かして周囲を見回した。そこには一人を除いて、多くの隊員が倒れており、それだけではなくモンスターも同様に倒れていた。


 何が起こっているのか分からない。


 分かるのは彼が魔法を使い続けており、その顔見知りの醜悪な存在が雷撃に焼かれている事だけ。

 そして、その存在はダメージを負っている気配がない。

 悲鳴は上げているのは、痛みからではなく、ここにいる者への攻撃なのだろう。


 彼は怒りに任せて魔法を使い続けている。

 この調子では、たとえ一流の魔法使いでも魔力はあっという間に尽きてしまう。


「はぁはぁはぁっ! うおーーーっ!!」


 かなりの回数の魔法を使い、通常の魔法では効果が無いと悟った彼は、自身の最大の魔法を放つ。

 その雷撃は獅子の牙を形作り、恐ろしいまでの魔力が込められたそれは、敵を滅ぼす顎となり瞬く間に黒い存在に牙を突き立てた。


 そして何も出来ずに霧散した。


「―くっ!」


 あれだけの魔法を食らっても、ダメージを受けた様子が見られない。

 彼は魔力が切れたのか、悪態を吐くとその場で膝を突き動けなくなっていた。それでも、その目には闘志が宿っており、憎しみの思いと共に黒い存在を睨みつけた。


 彼を見た黒い存在はケタケタと笑いだす。

 体に付いた沢山の顔は苦しみに満ち溢れているが、黒い体が弧を描くように割れ、そこから馬鹿にするような笑い声が漏れ出していた。


 悍ましい。


 シルビアは動けない体に力を込めて、それから少しでも離れようと身動いだ。それは他の者達も同様で、例外は未だに闘志を燃やしている彼くらいだ。


 黒い存在は笑い止むと、弧を描いていた口を大きく開き、その黒い空洞の口で彼を取り込もうと、四本の細い足で高く飛び上がった。


 だめっ!?


 シルビアはそれだけはいけないと必死に手を伸ばす。


 彼は必要な存在だ。

 彼は、ここにいる全員の命を引き換えにしてでも守らなければならない人物だ。

 彼がキャサリ自治区で成した事で、多くの命が救われ、多くの人の人生が好転した。

 暗かった住民の顔が笑顔で溢れるようになったのも彼のおかげだ。

 キャサリ自治区の土地が拡大したのも、彼だから成せた事だ。


 たとえ冷徹な独裁者のレッテルを貼られても、彼は心を殺してキャサリ自治区を良くしてくれたのだ。


 そんな彼が、こんな最後を迎えて良いはずがない。


 だから、誰か助けてと奇跡を願う。


 そしてその願いは、風が吹き抜ける音と共にやって来た。


 一台の魔道バイクが駆け抜けると、土嚢を土台にジャンプすると、黒い存在を跳ね飛ばしたのだ。


「ギャ!?」


 いきなりの衝撃に驚いたのか、黒い存在は悲鳴を上げる。


 その横を通り過ぎる魔道バイク上から、魔弾が連続で放たれその注意を引き付けた。


「やれそう?」


「楽勝」


 魔道バイクに乗るのは、赤毛の女性と白髪のオッドアイの女性と薄紫色の髪の女の子だった。

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