運び屋5
「我らはキャサリ自治区所属の魔法部隊だ! 貴様らは、こんな夜更けに何をしている」
昼間のように明るい照明に照らされて、ミネルヴァを停止させる。
声の主は女性のものだったが、その物々しい雰囲気から一般人ではないのだろう。事実、魔法部隊と名乗っており、それはセントール自治区で言う所の警邏隊に当たる。
つまり、キャサリ自治区で治安維持を担当している部隊がここに来ているという事だ。
「私はセントール自治区所属の運び屋です! エルデモット卿の依頼を受けて来ました!」
エリナはミネルヴァから降りてゴーグルを外すと、手を上げて無害であると主張する。
そして、自身の身元とここに来た経緯を大声で伝えるが、彼方からの反応は芳しくない。
「エルデモット卿が依頼? 運び屋か……積荷はなんだ?」
魔法部隊の女性が手を上げると、照明の光が弱まり彼方の詳細が見えるようになった。
魔法部隊と言うだけあり百人近くの人がおり、エリナと話している女性を除いて、全員が紺色の制服を着用していた。
一人だけ違う服装、白く目立つ制服を着用した女性は部下を引き連れて近付いて来る。
その手には、魔法使いらしく杖を握っており、何か不審な動作をすれば直ぐにでも魔法が使われるのだろう。
「……この子です。 エルデモット卿のお子様と伺っています」
女性の年齢は二十代前半くらいだろうか、彼女の眉がぴくりと反応すると、なんと言おうかと逡巡しているように感じる。
「……そんな話は聞いていない。だが、テロリストではないようだな、身体検査の後、貴方達を保護させて頂く」
簡潔にそう言うと、こちらに来いと誘導してくれる。
一般人だと認めたからか、最初の警戒した態度が緩和している。
そういうものだろうかと疑問に思うが、先ずは彼らに保護してもらおうと後に着いて行く。
既に魔力が切れかけており、早く休みたいのもあるからだ。
とりあえず安心かなと思っていると、ソフィアが女性の部下だろう男性をじっと見ていた。警戒しているとかではなく、単純に関心している様子だ。
「どうかしたの?」
「彼、結構強い」
「そうなの?」
女性に着いて来ていた部下は二人、髭面の男性と若い男性だった。ソフィアは、その内の若い男性を見ていた。
帽子を目深に被り、その顔をはっきりとは確認出来なかったが、少しだけ振り返りヒスルを見た気がした。
持ち物検査をされて、魔銃に付いて少し質問されただけで、特に取り上げられるような事はなかった。
それから天幕に案内されて、ひと息付いていると、ヒスルが眠いのかうつらうつらとし始めていた。
そう言えば、まだ夜中だったなと思い出してヒスルに手を伸ばす。
「寝てて良いよ、膝枕して上げるから横になって」
「……うん」
長椅子に横になり、瞳を閉じるヒスル。
その小さい頭はエリナの膝の上に置かれており、ジャケットを布団がわりに掛けて上げる。
薄紫色の髪が顔に掛からないようにどかして上げると、その安らかな寝顔が顕となり、短い時間だが心を許してくれてるのかなと思う。
「なにか?」
「いや、なんでもない失礼した」
エリナが話し掛けたのは、保護されてから天幕に付いて来た魔法部隊の若い男性だった。
見張りの為に着いているのだろうが、さっきからこちらを見ている気がして、気になったので話掛けたのだ。
ただでさえ目深に被った帽子を更に深く被り、こちらを見ないようにと配慮をしているようだった。
「信頼されているのだな」
男の声だ。こちらを見ずに、ただエリナに話し掛けているのは分かった。
「ええ、まあ、出会って数日ですけど、この子とはたくさん話しましたから」
「話をして信頼されるものなのか?」
「さあ、信頼されているかは分かりませんけど、この子の境遇や思いは理解しているつもりです。 勿論、全てを理解しているとは思いませんけど、大切な人を失う気持ちは分かりますから。それが、どんなに辛いのかも……」
「失礼した。踏み込んだことを聞いたな」
「いえ、勝手に話しただけなので」
「……最後に一ついいか?」
「なんですか?」
「その子を、冷血のエルデモット卿に渡して大丈夫なのか?」
「それが、私達の仕事ですから」
「……そうか」
「ただ……」
「?」
「ただ、ヒスルちゃんが不幸になるような相手なら、一発ぶん殴って改心させてやりますよ」
シュシュとヒスルの頭を動かさない程度に拳を繰り出す。
その様子を見ていた若い男は小さく笑い出した。
「……何ですか、失礼ですね。こう見えても結構力持ちなんですよ」
「ああ、すまない。まさか、そんな命知らずな奴がいると思わなくてな」
「分かってますよ、そんなの無理だって事くらい」
「まったくだ。独裁者で親や親類まで容赦なく粛清するエルデモット卿を殴るには、命を投げ打っても足りないだろう」
「まあ、そうでしょうね」
独裁者であり、自治区のトップならば、それ相応の護衛が付いているはずだ。
それを殴るなんて、近付く前に殺されてしまう。不審人物ならば尚更だ。
エリナの戯言を聞いて、男はクツクツと笑い続ける。
「だが、面白い」
「……何を言っているんです?」
笑う男の姿に不信感を覚えるが、それと同時に既視感を感じた。
この若い男の目が誰かに似ているのだ。
誰だっただろうと思い出そうとすると、突然、地面に座って眠っていたソフィアが飛び起き、周囲を見回して口を開いた。
「何かが来る」
それはずっと彷徨っていた。
怒りや憎しみの感情はあれど、その目的が分からない。
新たに何かを取り込めば思い出すかもしれないと、生前の自分達とよく似た存在を取り込んで行ったのだが、効果は無かった。
それには、幾つもの意思が存在していた。
最初の始まりは罪を犯した魔法使いが追放され、怒りのままに自害した事がきっかけだったが、結果としてそれはどうでもいい。
取り込んだ数だけ意思が存在していた。
ただ、それだけの話しだった。
それには、多くの顔が体表面に浮き出ており、それらは嘗て人であった者達だった。
顔の其々が苦しみの声を上げ、終わりを願いながら、新たに取り込む存在を探し回っていた。
矛盾した願いと行動をしながら、もう嫌だと助けを求めて新たな存在を発見した。
そこに居たのは男ばかり十五名ほどだったが、本能の従うままに、嘗ての息子や仲間達を捕食して体の一部に加えていく。
それで終われば、また彷徨うだけの存在だった。
だが、今回取り込んだ存在は、それに当初からあった目的を達成しうる標的を知っていた。
歓喜した存在は無様に叫ぶ。
ブオーーッと大きく叫び、取り込んだ男の魔法を使用する。
それは弱いモンスターを使役する程度の魔法でしかなかったが、その彷徨う者が使えば、効果は格段に上がり、近くにいるモンスター全てを操って見せた。
こうして彷徨う者、死者の王は多くのモンスターを操り、勢力を拡大しながら魔法部隊が展開しているキャンプ地に襲い掛かった。
「なんだか騒がしいな」
見張りをしていた魔法部隊の一人が呟いた。
先程までより、ざわざわと音が鳴り出し、何か異変でも起こっているのかと不安になる。
「モンスターが多く生息する森にキャンプ張ってんだ。そりゃ騒がしいに決まってるだろう」
「そうだが、簡易結界を張っているのに、ここまで騒がしいのは初めてでな」
「……確かに五月蝿いな」
耳を澄ますと、何処からかモンスターの鳴き声が聞こえて来る。モンスター同士で争っているだけなら問題ないが、今は夜間で多くのモンスターが活発に動いている時間帯だ。
争いに負けたモンスターがこちらに来ないとも限らない。より一層警戒する必要があるかと、魔銃を手に哨戒に立った。
このキャンプ地に来ている全てが、魔法使いではない。
物資を運搬する部隊員もいれば、現地で料理を作る調理班もいる。魔法使いでは足りない戦力を、魔銃を使える者達で補っており、百名以上からなるこの部隊の中でも、魔法使いは三十名しかいなかった。
それでも今回の任務では十分な戦力なのだが、未だに任務の達成には至っていない。
「なあ、もしかして、テロリスト共はモンスターにやられているんじゃないか?」
「ああ、そうだな。だとしたら俺たちは無駄な時間を過ごしている事になるな」
「この時間があれば、酒の十杯や二十杯行けたのにな〜勿体無い」
「何が勿体無いだ。ちゃんと見張りしろよ」
二人の会話に乱入して来たのは髭面の男だった。
見た目はまだ若く見えるが、疲れた雰囲気のせいで中年のおっさんのようにも見える。その男、ロータスは煙草を取り出し咥えると、魔法で火を付けてスーハーと心を落ち着けるように吸った。
「分かってはいるんですけど、テロリストは本当に来るんですか? この危険な森を抜けて」
「来るさ、それだけの装備をしているらしいからな」
「そうですか。 ところで、エルデモット卿のお子さんがいらしたという話は……」
「職務に関係無い話は慎め。って固いことを言う気はないが、ありゃデマだ」
「デマ?」
「テロリスト共を炙り出す為のな、市井で広まっている噂も同様のものだ。ここに連れて来たと言うのも、リアリティを出す為に運び屋に依頼したそうだぞ。関係ない孤児を使ってな」
「そんな……」
「そういう事だ。エルデモット卿は冷酷なお方だ、目的の為なら手段は選ばない。そして、働かない奴らも同様に切り捨てる。だからしっかりと働けよ」
それだけ言うと離れて行く髭面の男は離れて行く。
「損な役回りだなぁ」という呟きが微かに聞こえたが、男を見送ると見張りに戻った。
何処からか見られているかも知れない。
簡単だと思っていた哨戒の仕事が、途端にプレッシャーを感じるようになってしまった。
モンスターという脅威と、背中に人という脅威の板挟みになり、その緊張感からいつも以上に見張りの仕事に集中し、結果的に彼等の命を救う事になる。
「あれはなんだ?」
「っ!? 下がれ!!」
木々の隙間から見える六つの赤く光る物を見て、訝しむ見張りは、同僚に引っ張られ、そこから伸びる白い糸を避けれた。
その糸は、背後にある土嚢に着くと、もの凄い勢いで森の中へと消えていき見えなくなってしまった。
「モンスターだ!警報を鳴らせ!」
モンスターを近付けない簡易結界があるのになぜ?
そんな疑問を抑えて、仲間にモンスターが襲って来た事を知らせるべく、近くの警報を鳴らす。
モンスターが一匹だけなら問題なかった。
しかし、森の中からこちらを覗いている目が無数に見えるのだ。一匹だけじゃない、夥しい数のモンスターが、この野営地に迫って来ていたのだ。