運び屋4
「おい、どうすんだよ!? 行っちまったぞ!?」
「追うのか? 通報されたら俺達お終いだぞ!?」
「ここまで歩きで来たのに、追えるわけねーだろうが!?」
「ダリンデル!どうすんだ!?お前が言うから皆んな集まったんだぞ!?」
「五月蝿え!今考えてんだよ!」
ダリンデルと呼ばれた男は激昂し、杖を掲げて周囲を威嚇する。
こんなはずじゃなかった。
従兄弟であるエルデモットの子供を運び屋から奪い取り、それを材料にエルデモットを権力の座から引き摺り下ろす計画が、初っ端から破綻してしまった。
運び屋と言えば、乗り物を使うか、飼い慣らしたモンスターに乗って移動するかの二択だ。モンスターに襲われる可能性がある為、ある程度の自衛能力があるとは踏んでいた。
だからこそ人数を揃え、魔銃を用意して、野営をするだろう場所を選び、魔法を使ったのだ。しかし、あの運び屋は、こちらの想定を軽く超えるほどの能力を有していた。
ダリンデルの魔法で連れて来たスモールラットの大群を、何らかの手段で全滅させた。
失敗したと悟り、皆で魔銃で仕留めようとするが、初撃から反応されて避けられてしまう。
狙いを魔道バイクに変更しても、途中から自治区を守る結界のようなものに阻まれてしまう。
焦りながら魔銃をリロードしていると、暗闇の中だと言うのに、魔道バイクを走らせて行ってしまった。
何もかもが上手くいかない。
「おい!俺は下りるぞ! あいつらに顔は見られてないはずだ。今なら取り返しがつく!」
「なに言ってんだ!? ここまで来て諦めるのか?」
「じゃあどうすんだよ!? これ以上、深追いすればエルデモットに殺されるぞ!」
仲間の一言でこの場にいる十五人の男達が騒つく。
そうだエルデモットだ。
あいつのせいで碌な事がない。
ダリンデルはエルデモットと比べられて生きて来た。
エルデモットより二つ歳下のダリンデルは、学校に入学した当初から成績を比べられ、容姿を比べられた。
共にキャサリ自治区の議会に所属する親を持ち、血統も良く、歳が近かったせいで比べられたのだ。
優秀なエルデモット。
落ちこぼれのダリンデル。
いつしか、そう言われて定着して行った。
別に成績が悪かった訳ではない。
平均以上の成績を出していたし、運動も出来た。
ただ比べる相手が悪かっただけだ。
基礎学校を卒業してから魔法学校に進学してからも、その評価は変わらなかった。
寧ろ大きくなった。
容姿端麗、成績優秀、人当たりも良く誰からも愛され、一流の魔法使いであるエルデモット。
容姿そこそこ、成績平均、卑屈で嫌味な性格のせいで嫌われ、魔法も弱いモンスターを操る事しか出来ないダリンデル。
周囲からの比較に耐えられなかった心は折れ、卑屈になり、親の権力を利用して同級生を虐めた。
それを知ったエルデモットに注意された事もあり、一時は止めていたが、エルデモット卒業と共に更に苛烈に虐めた。
何人も魔法学校から追い出し、その不祥事を親に頼んで揉み消してもらっていた。
親も一人息子が可愛いらしく、繋がりのある裏社会の人間を動かして黙らせていた。
そんな卑屈で卑怯な日々を過ごしている時に、ある場面に遭遇する。
あのエルデモットが、使用人の一人とできていたのだ。
最初は遊びなのかと思い、揶揄ってやろうと観察していたのだが、それが本気なのだと分かり楽しくなって来た。
エルデモットには許嫁がいる。
名家の女性で、エルデモットの両親としても、この縁談は絶対に成功させなければならないものだった。
ならば、この関係を暴露したらどうなるだろう。
ニヤニヤの止まらないダリンデルは、早速、エルデモットの両親に告げ口をする。
すると期待通りに、直ぐに行動を起こしてくれた。
使用人の女を解雇して、端金を渡してキャサリ自治区から追い出したのだ。
どんな顔をするだろう。
悲しくて泣き崩れるだろうか?
激昂して、怒りに任せて暴れるだろうか?
はたまた女を追って出て行くだろうか?
そんな期待を胸に様子を伺っていると、予想通りに取り乱してくれた。
「何故です!? どうして彼女を解雇したんです!?」
「エルデモット、それはお前が一番分かっているだろう。お前は、いずれキャサリ自治区を背負って立つ男だ。そんな男の隣に立つ女が、あんな下女であって良いはずがないだろう」
「何を……!?」
「話は聞いている。あれの事は忘れなさい。お前にはシルビア嬢がいるだろう、よそ見をしていては嫌われるぞ」
「だからと言って、なぜキャサリ自治区から追放したんですか!? 彼女は身重の体なんですよ!?」
「おーそうか、お前もよくやるな。まあ、これで憂いは無くなったんだ。これからは真面目にやりなさい、何せ私の跡を継ぐのだからな」
「っく!?」
「待ちなさい、話は終わってないぞ!」
苦渋に満ちた顔のエルデモットが部屋を出て行く。
その様子を聞いていたダリンデルは、とても楽しく、そして、これまでになく満ち足りた気持ちになった。
あのエルデモットが苦しんでる。
俺が話したからこうなった。
その現実が、どうしようもなく嬉しかった。
自分があのエルデモットを追い詰めているのだと思うと、どうしようもなく興奮してしまう。
そして、この時こそがダリンデルの人生最良のひと時だった。
それから二年後、粛清が始まった。
自治区の有力者が多く取締られ、それと繋がりのあった裏社会の人間が炙り出された。
そして、そいつらと繋がりのある議会の大半の人間が捕まり、キャサリ自治区より追放されたのだ。
その中には当然、ダリンデルの両親も含まれており、果てはエルデモットの親すらいた。
血も涙もない粛清は淡々と行われ、それを成したエルデモットは冷血の男と呼ばれるようになる。
ダリンデルは罪を負っていたが、学校でいじめをしていたという以外の悪事はやっておらず見逃された。
これは唯一の幸運だったのだが、父親のコネで入隊した魔法部隊を追い出されてしまい、下水の処理などの仕事に就く事になってしまう。
プライドの高いダリンデルにとって、底辺がやっているというイメージのある仕事をするのは許せなかった。
肉親を死へ追いやったエルデモットを許せなかった。
恨んで恨んで恨みを募らせて、機会を伺っていた。
そして、その時がようやく来たのだ。
エルデモットにより職を失い、恨みを持ったロータスから、エルデモットの子供が見つかったとの情報があった。
復讐だ。
あいつを権力の座から引き摺り下ろすのだ。
その気持ちを胸に行動を開始したのだが、結果がこれだ。
集めた烏合の衆は所詮は素人の集団で、せっかくロータスが集めてくれた魔銃を使い熟せていなかった。
「くそっ!急いで追うぞ! ロータス!お前は失敗した時の隠し通路を確保し……て……ロータスはどこだ?」
ダリンデルは仲間の一人が居ないことに気が付いた。
同じ職場で働く気さくな男だ。
前職をエルデモットのせいで失い、ダリンデルと酒場で恨み節を吐いていた髭面の友人だ。
そいつが居ない。
仲間達もロータスが居ない事に気が付き辺りを見回す。
そして、ある仮説を誰かが呟いた。
「……なあ、もしかして、俺達、はめられたのか?」
それは仮説であり、確信のない言葉だったが、誰もがそうなのだろうと悟る。
「嘘だろ」
誰かの声には絶望が溢れていた。
「ふざけるなよあの野郎!!」
誰かの声には怒りと殺意で満ちていた。
「……なあ、この魔銃ってどこから持って来たんだ?」
その問いかけに、魔銃の紋章を見ると、キャサリ自治区の旗と杖が交差する徽章が印されてあった。
「おいおいおいおい!! ふざけるな! 俺は上手く行くって言うから参加したんだぞ!? ダリンデルよぉ!テメーどういうつもりだ!? このままじゃ、俺達が粛清対象になっちまうぞ!」
「分かってんだよ、そんなこと! くそぉ!ロータスの野郎!!」
姿の消えた仲間、準備された武器、詳しい情報がもたらした存在。
そう考えると自ずと裏切りしか思い浮かばなかった。
仲間の裏切りを知り、絶望する仲間達。
ここからの行動を考えるべきなのに、ダリンデル達の怒りに染まった頭では、冷静に次の行動を選択する事も出来なかった。
だから、モンスターの接近にも気付かなかった。
最初は、離れた場所で潰れる音が鳴った。
辺りに生暖かい何かが飛び散り、頬を汚す。
そして、生臭い臭いと血の臭いが漂い、異常が発生したのだと理解する。
モンスターかと顔を上げて確認すると、そこにはダリンデルの見慣れた顔が浮かんでいた。
「あっ、おやじ」
それがダリンデルの最後の言葉になった。
「あーっもう!最悪っ!!」
暗闇の中、魔道バイクであるミネルヴァを走らせ絶叫するエリナ。
ミネルヴァの車体には魔銃で撃たれた疵が付いており、怒りが湧いて出て来ているのだ。
あいつら、許さん!?
アクセルを鳴らしてヒュインヒュインと迫力のない音が響く。
「エリー、モンスター来ちゃうから落ち着いて」
魔道バイクの走る音に釣られて現れたモンスターを撃ち抜く。
ソフィアが急に発砲して、パチクリと目を瞬かせるヒスル。
夜目の効くソフィアだからこそ、暗闇の中でもモンスターを発見できるが、普通の目のヒスルではモンスターを把握する事は不可能だ。
「くーっ!?」
一度大きく唸ると、スーハースーハーと深呼吸して心を落ち着かせる。
ミネルヴァを疵付けられはしたが、装甲の厚みのおかげで表面だけで済んでいる。だから大丈夫。
そう考えると、冷静に物事が考えれる。
そうだテントを残して来てしまったが、また買えば良いのだ。ミネルヴァの装甲も修理すれば良いだけだ。
そうだ。そうだ。
別に問題はない。
少しだけお金が掛かるだけの話だ。
少しだけ……少しだけ?
「もーーー!?!?」
ヒュインヒュインとアクセルを鳴らして怒りを表現する。
考えれば考えるほどドツボにハマってしまう。
どうやったら冷静になれるんだろう、戻って襲撃犯をしばき倒せば少しはスッキリするだろうか?
甘い物をやけ食いすれば少しは落ち着くだろうか?
いいや無理だ。
一刻も早く修理しないと気が済まない。
ついでに原因となったエルデモット卿に、修理費用を請求するのだ。
そんな事を思っていたからだろう。
上空から虫のモンスター、火食い蛾の接近を許してしまう。
とはいえ、ソフィアはバッチリ気付いていたので、魔銃を使い撃ち落として行く。
それでも数が多く、全てを撃ち落とすのは困難だった。
「くっ、面倒」
こと戦闘センスにおいては飛び抜けて優秀なソフィアだが、数の多い群れを相手にするのを苦手としていた。
一人ならばまだ良い。
自分の身だけを守り、モンスターを倒せば良いのだから。
だが、今は相棒のエリナと護衛対象であるヒスルがいる。どちらも守りながらの、しかも魔道バイクの上でというのは、先程のスモールラットを相手にしたとき以上に厄介だった。
シールドを全方位に張れたら良かったのだが、シールドは一方向にしか展開出来ず、今は前方に張っている。
いっそのことミネルヴァを飛ばして振り切るのも手だが、暗闇の中、整備されているとはいえ少なからず凹凸のある道を飛ばすのには勇気がいる。
だからと言って止まるには騒ぎすぎており、他のモンスターが来かねない。
ならば、ひたすらに走り抜けるしかなかったのだ。
一匹の火食い蛾を見逃してしまい、エリナに取り着こうとしていた。
火食い蛾の能力は、触れた存在の体温を奪い麻痺させるという、かなり厄介な能力だ。ここで取り憑かれたら、エリナの動きは止まり事故に繋がってしまう。
「しまっ!?」
珍しくソフィアが焦りの声を上げる。
その隣で、軽い音が鳴り、エリナに取り着こうとしていた火食い蛾を消し飛ばした。
「あっ、あっ、わたし……」
火食い蛾を魔銃で撃ち抜いたヒスルは、震える手で構えたまま動かせない。
初めて魔銃という殺しの道具を使い、モンスターの命を奪い、どうしたら良いのか分からなくなっている。
その心情を理解しているのかいないのか、ソフィアは親指を立てて、
「その調子」
と宣い、ヒスルは口を開けて唖然とし、震えを止めていた。
「ちょっと!? ヒスルちゃんありがとう、後でハグしてあげるから!」
エリナの言葉で、これで良かったのだと思えてホッとした。
ヒスルは元来明るい性格の子だが、母親との死別と、孤児院で冷たくされた経験から自分に自信が持てなくなっていた。
そこで感謝されるという経験は、この上なくヒスルの自尊心を回復させ、私でも出来るのだと自信を持てるようになる。
「うん」
状況に変わりはないが、ヒスルの表情には笑みが浮かんでいた。
……ちょっと不味いかも。
それとは打って変わって焦っているのは、当のエリナだ。
魔道バイクのミネルヴァの燃費は悪い。
重量が500kgを超える上、ヘッドライトで前方を照らし、シールドを展開して走行しているのだ。
ただ走行するだけなら問題ないが、シールド展開が加わると途端に魔力の消費量が増えて、運転しているエリナの魔力が残り少なくなっていた。
少しの間、寝て魔力を回復させたとは言え、昼間に消費した量を回復させるには足りず、ぶっちゃけあと十分も走らせれば魔力不足により止まってしまう。
どこかで休まないと、と考えるが、残念ながら道は森の中に入っており、魔道バイクの音に反応したモンスターが動き出していた。
ようやく火食い蛾を追い払ったというのに、状況は改善しないどころか悪くなっている。
どうしようと本格的に焦っていると、前方が妙に明るくなっているのに気が付いた。
「そこの魔道バイク止まれ!!」
拡声器を使用したのか、大きな声が離れたエリナ達の元まで届いた。