運び屋3
「ねえ、聞いた?エルデモット卿のお子さんが見つかったんだって」
「聞いたわよ、相手は元使用人だって言うじゃない。凄く素敵よね」
「禁断の愛よ、禁断のあ・い」
きゃーとおばちゃん達が黄色い声を上げる。
エルデモット卿の話は、井戸端会議でおばちゃん達が話題にしているくらいには、キャサリ自治区で噂になっていた。
〝冷血な独裁者のエルデモット卿に子供がいた”
それは衝撃であり、娯楽の少ない住人にとっては、有名人の恋愛話は、それはもう盛り上がるネタだった。
浮いた話が一切聞こえて来ない独裁者。
もしかしたら、別の性癖の持ち主なのではないかと噂にもなった程だ。
そこに、実は子供がいたという話が舞い込めば、人々の関心は当然そちらを向く。
エルデモット卿は権力者には不人気だが、自治区の住民達からは強い支持を受けており、とても人気のある人物である。だから話が広まるのも早かったし、その真偽を確かめる者もいなかった。
もしも、本当に子供がいるのなら、自分の子供とお近づきにと考える者はいるが、いなかったらそれはそれでといったスタンスだ。
では、権力者はというと、お近付きになりたいと考えるのが普通だろうが、相手がエルデモット卿なると話は別だ。関わるにはリスクが大き過ぎ、様子見をしている状況である。
それはそれとして、この噂はエルデモット卿に恨みを抱いている者たちにも届く。
かつて、キャサリ自治区の裏社会にいた住人達。の親族達である。
残念ながら、追放された方々は全滅している。
当初、何名かは生き残っていたが、終わりのないモンスターとの戦いに絶望して自ら命を絶っていた。
他の自治区に辿り着いた者もいたが、悪行が他の自治区にも周知されていて入れなかった。
そこで心が折れてしまい、モンスターの餌となっていた。
例え生き残っていたとしても、自治区に入る事の出来ない彼等では情報を仕入れるのも不可能だっただろう。
だから今回の件で、脅威と郵便屋で忠告を受けていた情報だが、全く当てにならないものだった。
「おい、聞いたか? あのクソ野郎に子供が居るんだってよ」
「ああ、何でも運び屋に連れて来させているらしいぜ」
酒場で話をしているのは、三人の労働者だ。
一人は昔に裏社会で下っ端をやっていた男。
一人は粛清により仕事を無くした男。
一人はエルデモット卿の従兄弟に当たる人物だった。
「親父を殺っといて、自分だけのうのうと家族ごっこでも始めようってのか、あの野郎っ!?」
「どうする? 今動くなら人数集められるぞ?」
「やるぞ、復讐だ。 それで、この自治区を俺たちの手に取り戻すんだ」
彼等は機会を伺っていた。
この境遇に陥れた復讐をする為に、自分こそがこの自治区を治めるのに相応しいと信じている為に動くのだ。
若干一名は別の目的だが、参加するならば同罪だろう。
彼等は今後、罪を犯さないと誓い見逃された者達だ。
下っ端は罪が軽く、従兄弟は父親が悪事に手を染めていたが、親族は見逃されていた。法の下に裁いていったエルデモットには、これが限界だったのだ。
このまま大人しくしていれば良かった。
それが唯一の、彼等の生き残る道だったのだから。
ヨモリ自治区を早朝に出ると、ひたすらに魔道バイクを走らせる。
道中でどうしても一泊しなければならないのだが、泊まるにしても場所は選びたい。
一応、セントール自治区を出発する前に、ボッツからおすすめの野営場所を聞いているが、夕暮れまでに到着するにはかなり飛ばす必要がある。
「よもぎ餅美味しい?」
「うん」
背後の二人は、ヨモリ自治区名物のよもぎ餅を食べていた。
悪路が続いているのに、よく食べれるなぁと思っていると、エリナのお腹がグゥと私にも食わせろと主張する。
気のせい気のせいと言い聞かせて、流石に後ろと横の二人には聞こえてないだろうと思っていた。
「エリー食べる?」
「……一個ちょうだい」
背後から口元に回された手には、緑色の丸いふっくらしたものがあった。それを一口飾ると中にある餡子が顔を出し、口の中ではもちもちした食感と、甘い餡子の味が支配していた。
二口、三口と食べてよもぎ餅は姿を消す。
もう無くなったのかと、少しだけ残念そうな顔をするが、その様子をミラー越しに見られていたので、キリッとした表情でスロットルを回した。
野営予定地に到着したのは、予定よりも早い時間帯だった。
飛ばしたというのもあるが、途中からの道が整備されており、比較的走り易かったのも理由の一つだ。
このままキャサリ自治区に行けないかとも考えたが、夜間の移動になる上、到着が深夜では入れてくれない可能性があり、当初の予定通り一泊する事にした。
野営地は見晴らしの良い丘になっており、比較的緑も少なくモンスターが襲って来ても直ぐに発見出来る場所だ。それは反対に、隠れる場所が無いということを示しているが、ここに現れるモンスターに強い個体はおらず、いてもバーサクラビット程度なので問題ない。
「珍しい、整備されてるなんて」
「うん、多分だけど、魔法使ってる」
道から上がる魔力の残滓が、その整備方法を知らせてくれる。
「流石、魔法使いを多く輩出しているだけはあるのかしら」
「魔法使い?」
ヒスルが首を傾げて、魔法使いという単語に疑問を持った。
絵本に登場する魔法使いは知っていても、現実に存在する魔法使いは知らないのだ。
「ええ、キャサリ自治区は魔法使い専門の学園があるの。そこを卒業すると、魔法使いに認められるそうよ」
「……魔法使い」
ヒスルは珍しく興味を持ったようで、目をキラキラとさせていた。だが、魔法使いと言っても、ヒスルが思っているものとは違う。
この世界の魔法とは、モンスターが特殊能力を使えるようになったように、人も生身で特殊な能力を使えるようにと確立された技術を指す。
火を発生させ、水を生み出し、大地を操り、風を吹かせる。光を灯し、闇で覆い隠し、暖かな空気が傷を癒す。
他にも変わった能力があり、その種類の中にも様々な形がある。
それを使い熟す者を、魔法使いと呼んだ。
「聞いた話だけど、エルデモット卿も凄腕の魔法使いらしいわ」
「……わたしも使えるかな?」
「うーん、適正によるって聞いたことあるけど、適正の調べ方も分からないからなぁ」
「やめた方がいい、魔法使いはよわよわだから」
「魔法使いって弱いの?」
「よわよわもよわよわ、集まらないと何も出来ない」
「やめなさい! 別に弱くないわよ、魔法でモンスターを倒したり、土地を守ったり、こんな風に道を整備してくれるから、とても人気のある職業だよー」
錬金術師には敵わないけどね。
副音声はエリナの心の中だけで呟かれた。
魔法使いは個人によって引き出される能力が変わる。
その特殊能力を発動するのに時間が掛かる事が多く、一人でモンスターと戦えるような存在は少ない。その代わり、集団になった時の強さは凄まじく、一斉に放たれる魔法は圧巻で、モンスターを一掃する。
また、戦いに向かない特殊能力は、自治区の整備にも大きく貢献してくれるし、植物を急速に成長させて農業の手伝いもしており、とても便利な技術なのだ。
物語のように一瞬で敵を倒したり、お城を建てたり、お菓子を出したり出来なくても、しっかりと人の役に立っていた。
何も、モンスターと戦うだけが全てではないのだから。
「興味あるなら、キャサリ自治区で聞いてみようよ」
「うん」
ヘルメットを両手で持ち、やや下を向いた表情は、嬉しそうに微笑んでいた。
野営用のテントを張り、食事を行って寝るまでの一時を星を見上げながら話をしていた。
本日の天気は快晴。
雲ひとつなく、空には満天の星が広がるでしょう。
「うわぁーっ!」
自治区の中からでも星空は見える。
だが、自治区から出て見る星空はとても輝いて見え、流れ星も多く流れており、初めて見る人ならば見惚れてしまうのも仕方ないと思える光景だった。
例に漏れず、ヒスルも星を見上げてはしゃいでおり、その様子を見てエリナはホッとした。
これまで、塞ぎ込んでいる事の多かったので、子供らしい一面が見れて安心したのだ。
もしかしたら、これが本来のこの子の姿なのかも知れない。母親との死別を経験し、孤児院での扱いは分からないが、少なくともヒスルが明るく振る舞えるような環境ではなかったのだろう。
これから、この子に幸多いことを願いながら、カップに入ったスープを啜った。
満天の星空の下、周囲を焚き火を絶やさないようにしながら周囲を警戒する。
白銀の髪が夜風に揺れて顔に掛かるが、気にせずぼーっと焚き火を見る。
それで警戒しているのかと言われても、これでも十分に周囲を把握しているので問題無いのだ。
薪を焚べて、パチパチと音が鳴る。
赤と青のオッドアイは、火の揺らめきに心が奪われそうになっていた。
だが、その目も乱入者によって強制的に中断させられる。
「何か来る」
見張りをしていたソフィアが呟き立ち上がると、腰にある拳銃を引き抜き警戒する。
エリナとヒスルはテントの中で就寝中なので、可能なら起こさずに処理をしたい。
だが、その何か達はそれを許してくれなさそうだ。
ここは見晴らしの良い丘。
現れるモンスターもそんなに強くない。
だが数が揃えば、そうも言っていられなくなる。
「エリー!! ネズミの大群が来た!!」
テントの中で寝ていたエリナは、フヘッと間抜けな声を上げて目を覚ました。
背の低い草むらがザワザワと激しく揺れて、その間をネズミの最弱モンスターであるスモールラットが疾走してくる。
所々でクレイジーラビットの悲鳴が上がるのは、最弱であるスモールラットに狩られているからだろう。
たとえ弱いモンスターでも、悍ましいほどの数が揃えば、格上のモンスターを倒してしまえる。
それは人に対しても同様に言えた。
ソフィアは片膝を突き、草むらに向けて引き金を引く。
その魔弾は草むらの中にいるスモールラットを貫き、さらに背後にいる個体もまとめて貫き、五匹仕留めたところで魔弾は霧散した。
照準はそこそこに、連続して魔弾を放ちスモールラットを仕留めて行くが、数が減ったように感じない。
生憎と魔銃の一つはヒスルに渡しているので、今は一丁だけだ。
可能ならショットガンタイプの魔銃が欲しいところだが、残念ながら家に置いてきてしまっている。
「ちっ」
舌打ちをして魔銃に魔力を込める。
魔銃には、魔力を込めた弾倉をリロードするタイプと直接魔力を流し込むタイプがある。
ソフィアの使う魔銃、カタストロフィは後者のタイプだ。
それでも、使い慣れた魔銃ならば三秒もあれば魔力を補充出来る。
しかし、この状況での三秒の価値はとても大きかった。
草むらから飛び出した無数のスモールラットは、その小さな牙でソフィアの柔肌を噛みちぎらんと襲い掛かる。
ソフィアはスモールラットを認めると同時に後方に飛び、一定の距離を保ちながら、魔力補充が完了した魔銃を連続して撃ち抜く。
軽い音と共に放たれた魔弾は、前方のスモールラットを始末するが、数が多過ぎて次が迫って来ており、脅威が去る気配はない。
左手でマントを外すと、横薙ぎに振り払い、スモールラットを叩き落とす。そして魔力の補充を終えた魔銃で撃ち抜いて始末する。
背後に下がりながら何度か行うが、このままでは囲まれて傷を負うだろう。
そして何より、テントの中にいるヒスルに被害が出るかも知れない。
早くと願いながら魔銃の引き金を引く。
その願いがようやく届いたのか、魔道バイクの起動音が微かに聞こえた。
「ごめん、遅れた!」
「大丈夫」
魔道バイク、ミネルヴァの前輪ブレーキを掛け、後輪を旋回させてスモールラットを薙ぎ払う。
エリナの魔道バイクであるミネルヴァには、様々な機能を搭載している。
それは運び屋をやる上で、より快適に走行する機構であったり、荷物をより多く積めるよにリヤボックス以外にもサイドに取り付けたり、モンスター撃退用の能力だったりする。
「行くよ!」
エリナの掛け声と共にソフィアは大きく後退して、ミネルヴァから距離を取る。
ミネルヴァに魔力を流し、カバーが取り付けられたボタンの一つを押した。
そして音が鳴った。
キィーンという甲高い音だったが、モンスター側ではそれだけではなかった。
音と共に激しい振動が波のように駆け抜けていき、スモールラットの体内を破壊して行ったのだ。
大量のスモールラットが動きを止め、その命を終わらせる。
これは戦闘能力低スペックのエリナが、自分を守る為にミネルヴァに搭載した機能のひとつだ。
クレイジーラビットならば、多少ダメージを与えて追い返す効果があり、頭が二つある犬のモンスター相手では少し怯ませる程度の効果しかないが、最弱のスモールラットが相手ならば致死のダメージを与える事が可能だ。
錬金術師の学校に通い、メカニックの父から技術を学んだエリナの能力は、自分専用のアイテムを数多く発明していた。
「もう一丁!」
再び激しい振動が発生し、追加で迫るスモールラットを絶命させて行く。
まさに地獄絵図のような光景だが、モンスター相手に容赦をしていてはこちらの命が危ない。
やるなら徹底的に、だ。
二度目の振動で大半のスモールラットが倒れると、残ったスモールラットが逃げて行く。
もう勝てないと判断した、というのは考え難い。
「……おかしい、スモールラットは群れても百匹くらいのはず。どうして……きゃ!?」
「伏せて」
スモールラットの脅威が去り、状況に対して考察しているとソフィアに引っ張られて、ミネルヴァから転げ落ちた。
すると、先ほどまでいた場所に、光の線が走る。
「撃たれてる。シールド出して」
「へ?」
「早く」
「撃たれてる!?ミネルヴァ!?はい!シールド展開っ!?」
状況が飲み込めなくてソフィアの顔と星空と、そこに走る光の線を眺めて、ようやく自分が狙われたのだと察した。
慌ててミネルヴァを操作してシールドを展開させると、半透明の幕が現れ、誰かから撃たれてる魔弾を防ぐ。
ふうっと落ち着いて、大事なことを思い出した。
「ヒスルちゃん!?」
「問題ない、あいつらの狙いはヒスル。先に私達の排除しようとしてる」
「姿は見えないけど、エルデモット卿に追放された人達よね?」
「追放?」
エリナの問いに、首を傾げるソフィア。
ああ、これは聞いてなかったなと理解して、エルデモット卿が恨まれてるというのを簡潔に説明した。
「撃ってる人、エルデモット卿に追放されて、恨んでる」
「理解」
ほんとぉ〜?
きらりと目を輝かせ、親指を立てて任せとけとアピールするソフィアに不安を覚えるが、これを理解したところで何も変わらないので切り替える。
「どこにいるか分かる?」
「木の影に隠れてる。何人か撃つ?」
「隠れてるなら必要ないわ。さっさと行きましょう」
「らじゃ」
そう言うと、シールドを展開した状態でミネルヴァに跨り発進させる。
そして、テントの隙間から様子を伺っていたヒスルを回収して逃走を開始した。
「待てーーー!!!」
後方から襲撃犯の声が届くが、無視して走り抜けるのだった。