錬金術師の依頼10
錬金術師からの依頼が終了して、報酬を受け取りに郵便屋に訪れていた。
「……あの」
「なんだ?」
「こんなに貰っていいんですか? 間違って、ない、ですよね?」
エリナ達が郵便屋に訪れると、ボッツから別室に連れて行かれた。そこで、報酬を渡すと言われたのだが、渡された額が思っていた額の十倍近くあったのだ。
だから、本当にいいのかと尋ねるのだが、ボッツは頷いてから告げる。
「先方から、今回は余計な仕事をさせた上に、命まで救ってもらったと感謝の言葉も届いている。報酬も、それ関係なんじゃないのか」
ボッツは、エリナ達が受けた依頼で、何をやったのか把握していない。
それでも、これまでの経験で、この二人なら何かするだろうな、とは思っていた。
もちろんそれは、良い意味でだ。
エリナとソフィアの運び屋としての実績は、かなり高い。
達成率は100%で、依頼主からの評判も良い。
しかも、プラスアルファで行動してくれるので、指名依頼では、報酬も必然と割高になっていた。
経験が短いという点を除けば、間違いなくセントールの運び屋の中でもトップクラスの存在だった。
これを本人が知っているかは不明だが、ボッツはエリナ達に期待していた。
これからの郵便屋を盛り上げてくれるのではないかと。
「そうですか……じゃあ、遠慮なく」
エリナは畏まりつつも、満面の笑みを浮かべながら懐に収めていく。
これでミネルヴァの強化が出来るな〜、なんてニヤニヤしながら、頭の中で設計図を引いて行く。
壊れた箇所を、ただ戻すだけでは終わらせたくなかった。どうせやるのなら、更にカッコよく強化させるのだ。
もちろん、報酬は自分の為だけに使わない。
「ヒーちゃん、何か欲しい物ある?」
「ほしいの?」
「うん、何でも買ってあげるよー。ぬいぐるみとか、お人形さんとか……そうだ、これからみんなでお買い物に行こう! そこで欲しい物を選んだら良いよ!」
「さんせー、ちょうどチュロスが食べたくなってきたところ」
「いいね、みんなでチュロスも食べよう! ヒーちゃんも食べたい物があったら言ってね!」
「う、うん」
お金が入って、ややテンション高めのエリナに圧倒されるヒスル。
ソフィアは相変わらずのんびりとしているように見えるが、チュロスが食べられると聞いて、少しだけ腰を浮かせていた。
報酬を受け取り、三人は部屋から出て行こうとする。
それを、ボッツは「ちょっと待て、渡す物はまだある」と引き留めた。
そんなボッツに対して「はやくして」とソフィアが愚痴をこぼす。
既に口がチュロスを求めているのである。
つまり、邪魔すんなという意味である。
だけど、そんなソフィアに臆するボッツではない。
だって、仕事はきっちりとこなすプロなのだから。
「倉庫にあるやつを持って行ってくれ。先方から預かっているんだが、場所を取ってかなわん」
「荷物? 倉庫?」
ボッツに連れられて、郵便屋の倉庫に向かう。
倉庫の大きさかなりのもので、限られた土地しかないセントール自治区の中心地では、異例の広さと言えた。
「入るのは初めてか?」
「はい、というより、普通入れないでしょ?」
「まあ、そうだな……これだ、これを持って行ってくれ」
「え、これって……」
そこに置かれていたのは、あの遺跡にあった黒いパネルと、軍用アンドロイドの繊維の肉体の一部。それから……
「手紙?」
ジース教授からの手紙も添えられていた。
開いて中身を確認すると、今回の遺跡調査に協力してくれた感謝の言葉と、送った物をどう活用するのか楽しみにしているという内容だった。
「何を楽しみに? ていうか、こんなの渡されても困るんですけど⁉︎」
黒いパネルはまだいい。
だけど、軍用アンドロイドの一部とはいえ、肉体を渡されて何をしろというのか。
「じゃあ持って行ってくれ」と言って、ボッツは去って行った。
「持って行ってって、これを……?」
どうやって?
もちろん、人力でだろう。
ミネルヴァも乗って来ているし、そこまで運べばいい。
だけど、そしたら、きっと汚れてしまう。
汚れたままで、出かけるのは嫌だ。
ミネルヴァが汚れたままなのも嫌だ。
でも、着替えたり、洗車してると時間が無くなっちゃう。
「エリー……チュロス……」
ソフィアが、子犬のようなつぶらな瞳で、早くチュロスを食べようよと訴えて来る。
……仕方ないなぁ。
「後で取りに来るって、ボッツさんに言って来るから、先にミネルヴァの所に戻っておいて」
「ラジャ」
エリナは一人離れて、ボッツの元に向かう。
残されたソフィアは、しゃがんでいるヒスルをそっと撫でる。
エリナは気付かなかったが、ヒスルは軍用アンドロイドの一部に触れて、回復魔法を使っていた。
「大丈夫、この子達は天に帰れたから」
「てん?」
「次に向かう場所の事だよ」
ヒスルは、ソフィアが何を言っているのか分からなかった。
でも、その微笑む姿が、とても綺麗だと見惚れてしまった。
◯
場所は、セントール錬金術師会本部。
この建物は、セントール自治区の中央付近に位置しており、三十階建てという、この世界では屈指の高さを誇る建物だった。また横にも広く敷地を占有しており、実験場が多く用意されていた。
そんなセントール錬金術師会本部の一室で、怒号が飛び交っていた。
「ジース教授! あなたは何を考えているんだ⁉︎」
「何を言われようと、私の考えは変わらない! これに価値を見出しても無駄だ!」
「分かっているんですか⁉︎ これは大発見なんですよ! 生命を生み出す秘術! 自動で動く人形! 土くれのゴーレムとは違うんですよ!」
そう訴えるのは、ジース教授と同年代の錬金術師。
彼はゴーレムを専攻しており、将来は自立した意思を持つゴーレムを作るのが目標だった。
その彼が、ジース教授の判断を否定する。
「それを破棄するなど、何を考えているんですか! この技術を活用すれば、この自治区の土地を広げる事だって可能なんですよ!」
そう、ジース教授は、今回の遺跡調査で得た成果の大半を破棄しようとしていたのだ。
「これは倫理のかけらも無い所業だ! こんな物を参考にしなければならない研究など、辞めてしまえ! セントールの土地を広げる? その為に、どれだけの生命を犠牲にするつもりだ! 分かるか、これは越えてはならない一線なんだぞ。これを踏み越えれば、その者は錬金術師ではなく、ただの罪人だ」
「何を言う! 研究に善悪などと……」
いつまでも、平行線の議論が続いて行く。
結局の所、ジース教授が開示しなければ、他の錬金術師が資料を見るのは不可能だ。
だが、方法が無い訳ではない。
この調査に参加した者を抱き込めば、全てとは言わずとも、かなりの情報を得られる。
だからこそ、この機会に、他の教授に取り入る者が存在していた。
「ヤン、どういうつもりだ? 今回の調査の内容は、誰にも口外しないと誓約したはずだぞ」
ラルトルは、廊下を歩いていたヤンを呼び止め、責めるような口調で告げる。
それに対してヤンは、何でもないようにごく自然に振り向き、ラルトルにいつも通りの微笑みを向ける。
その微笑みが、まるでナイフでも向けられているようで、ラルトルは苦手だった。
「おかしな事を言うね、私は別に口外した覚えはないよ。ただ、私の力を正しく理解してくれる教授の助手になるだけさ。これに、何か問題があるかな?」
よくも抜け抜けと……。
「バーグ教授はゴーレム開発における第一人者だ。彼のもとに行くというのが、何を意味するのか、分からないとでも思っているのか?」
「おかしな事を言うね。私は、バーグ教授から好きなように研究するようにも言われているだけで、それ以上の事は何も言われてないよ。あの遺跡での知恵を、誰かに喋るだなんて、絶対にないよ」
舌打ちをしたくなった。
たとえ口にしなくても、近くでその研究を見せれば、それは言っているも同然なのだ。
それを、よくもこいつは……。
「……それを良く思ってない人達がいるのを、分かって言っているのか? ヤン、君は多くを敵に回したんだぞ」
「それこそおかしな話しじゃないか。私は、錬金術師として正しい事をしているつもりさ。真理の追求。ラルトルは、あの遺跡での調査で、何も感じなかったのかな?」
「感じるも何も、あれは踏み越えてはいけないラインを超えていた。嫌悪感しかない」
「そうかな? 私は、あそこに真理を見たよ。何を持っても成し遂げる人の覚悟、それが必要なのだとまざまざと見せ付けられた」
「……」
「話は終わりかい? じゃあ行くよ、私は忙しいからね」
「待て、最後に一つだけ確認したい……」
行こうとしたヤンは足を止めて、ラルトルの言葉を待つ。
「あの遺跡で、魔力変換装置を起動させたのは君だな? 使うのを待てと言われていたのに、どうして使った? ヤンは、エリナがどこにいるのかも把握していたな?」
遺跡での調査中、ジース教授とラルトル、そしてヤンと三人で行動していた。
暗闇というのもあり、明かりがとても重要な物になる状況。そんな中で、一つの部屋を調査していると、動力の供給元が見つかった。
早速、魔力変換装置を使って起動させようとしたのだが、ジース教授から待てが掛かった。
無闇に起動すると、何か起こるかも知れないと警戒したのだ。だからこそ、まずは全員に周知して、問題がないか調べてから起動するつもりだった。
皆に知らせる為に、ラルトルとヤンは別れて行動する。
ラルトルは数名に知らせて、次に向かおうとした。すると、中央に立つエリナ達に気が付く。
あの三人にも知らせようとすると、突然明かりが点いた。
誰がやったのかと魔力変換装置を見ようとしても、ラルトルの位置からでは確認出来なかった。
それから一連の出来事が起こり、皆の命が危険にさらされた。
実際に、もしも回復魔法を使える少女がいなければ、警邏隊の隊員の命は危なかっただろう。
だからこそ、ラルトルは無闇に魔力変換装置を起動した者が許せなかった。
落ち着いたら、犯人を特定しようと考えていたのだが、その必要もなくなった。
それは、ヒスルという少女を慰めるエリナを、憎しみが宿った目で睨んでいるヤンを見たからだ。
こいつがやったんだ。
ヤンの目を見て、ラルトルは確信した。
「ヤン、君は、エリナを殺そうとしたのか?」
問いかけたラルトルに、ヤンは再び振り返る。
それは、人の警戒を解くような屈託のない笑みだった。
「そんな訳ないじゃないか、私とエリナは親友だよ」
ラルトルには、その笑みがとても気持ち悪い物に見えた。
今回の投稿は、これで終わりです。




