運び屋2
ヨモリ自治区まで道は遠く、昼食のため一度休憩することになった。
道は旧時代の物が残っており、走り易くはあるのだが、それでも年月の経過と共に道は劣化し、穴が空いている。
一応、避けてはいるのだが、全てを避ける事は不可能な話だった。
見晴らしの良いところに停車させて、魔道バイクから降りると、三人は思い思いに伸びをする。長時間運転していたエリナもそうだが、慣れないバイクの旅に疲れたのか、ヒスルもぐったりとしている。
元気なのはソフィアくらいである。
「ご飯は?」
「後ろのボックスにサンドイッチが入ってるから出しといて。 ヒスルちゃん大丈夫? 疲れてない?」
「うん、大丈夫、です」
「無理しないでね。休憩終わったら、同じくらいの時間走る事になるから」
ヒスルの頭からヘルメットを取ってやり、長い癖っ毛の薄紫色の髪が姿を現す。その髪は光沢を帯びており、昨日の薄汚れていた姿はどこにも無かった。
ソフィアがレジャーシートを広げている間に、エリナはモンスター除けのアイテムを設置して行く。
そのアイテムは棒状のようになっており、獣系のモンスターが嫌う臭いを発する。一応、昆虫型のモンスターにも効果はあるのだが、獣型ほど遠ざけてはくれない。また、効果時間も半刻と短く、せいぜい食事の時間を確保するくらいしか持たない。
「エリー早く」
レジャーシートをバンバンと叩いて、早く食おうぜと主張するソフィア。その隣でちょこんと座っているヒスルは、キョロキョロと周囲を見て落ち着かない様子だ。
今行くと言って、二人の元に向かう。
レジャーシートの上には様々な具が入ったサンドイッチが準備されており、どれも美味しそうだと自画自賛する。
女性三人には多い量だが、大食漢のソフィアさんがいるので問題ない。
「じゃあ食事にしましょうか」
エリナの音頭で食事が始まるが、ヒスルはサンドイッチに手が伸びていない様子だ。
「どうかした? お腹空いてないの?」
「あ、あの、お外で、大丈夫なんですか?」
ヒスルが不安そうにしてエリナに尋ねる。
外には人を襲うモンスターがいるのに、こんなにのんびりして大丈夫なのかという事なのだろう。
「モンスター除けを設置したからね。それにモンスターがやって来ても、ソフィがやっつけてくれるから」
「任せて。エリーはよわよわだけど、私強いからハグ」
サンドイッチを摘みながら、力瘤を作るソフィア。
弱いと言われても否定出来ないエリナは、苦笑を浮かべて、だから安心してとヒスルを宥める。
「えっと、エリナさん、は、弱いんですか?」
「よわよわ、小さいネズミのモンスターにも負けるレベル」
「失礼ね、スモールマウスくらいなら火炎放射器があれば倒せるわよ」
「それは倒したとは言わない、迷惑なレベル」
スモールマウスとは、世界が受けた恩恵を自己の繁殖能力と成長速度に全振りしたネズミのモンスターだ。
生まれて一日で成長し、次の一日で出産し、次の一日で別のモンスターの餌になると言われている最弱のモンスターである。
エリナの生身での戦闘能力は、スモールマウスに引けを取らないほどに弱い。
「あっそうだ。ヒスルにこれ渡しとく」
ソフィアは腰から一丁の魔銃を取り出すと、ヒスルに差し出した。
「ちょっと!? ヒスルちゃんに何渡してるの!?」
「外にいる以上、自衛手段は必要。子供だからって理由は通じない」
百年前の大戦から、世界は人類に厳しくなった。
弱肉強食の世界が、より強く出ている以上、たとえ子供と言えども身を守るための牙は必要になる。
ソフィアが側に居れば問題ない。魔道バイクに乗ったエリナが居れば問題ない。
じゃあ、ヒスルが一人で居たら?
誰も助けてくれないのだ。
人類の生存圏から出れば、人は、戦う術を持たない者は真っ先に死んでいく。
だからソフィアは、ヒスルに魔銃という牙を渡したのだ。
珍しいソフィアの真剣な表情に押されて、エリナは黙った。世界の厳しさを理解しているから。
「使い方は食事の後に教える」
差し出された魔銃を両手で受け取り、ずしりと手に乗る重さがとても冷たく感じた。
青い瞳で積み上げられた石に照準を合わせる。
「魔銃に魔力を込めて。呼吸を整えて。照準をあわせたら引き金の遊びを殺して。息をゆっくり吐きながら指に力を込めて」
ぐぐっと引き金が引かれ、軽い音と共に魔銃から魔力の弾が撃ち出される。
撃ち出された弾は石の的に掠り、石を倒して先にある木にぶつかり消滅した。
「はあ、はあ、はあ、はあ」
ソフィアの指導の下、魔銃の使い方を習ったヒスルだが、一発撃っただけで肩で息をしていた。
「大丈夫?」
「問題ない。ヒスルの魔力量はエリナ並みに多いから、魔力切れとかじゃないから」
「でも、辛そうだよ?」
「初めて魔力を消費して、体が驚いてるだけ。直ぐによくなる。私もそうだった」
「そうなの?」
ソフィアに言われて、エリナは自分はどうだったかなと思い出す。
初めて魔力を消費したのは、父親の魔道バイクのスロットルを回した時だが、そんな事はなかったような気がするが自信がない。
かなり幼少期の事だったので、何とも言えないが、そういうものなのだろうと一人で納得した。
「まだやれる?」
「だい、じょうぶ、です」
息も整って来たようで、再び魔銃を構えるヒスル。
その側に立ち、指導を再開する。
ソフィアの指導は的確で、膝撃ちでとはいえ近距離なら的に当てれるようになった。
まだ7歳のヒスルがである。
ヒスルは幼く内気な性格だが、なかなかにセンスがあるのかも知れない。
このまま指導を続けてみたいなぁと思うソフィアだが、どうやらモンスター除けの効果も薄まって来ており、獣型のモンスターが集まって来ていた。
「ここまでだね、バイクに乗ろう」
「はあ、はあ、はい」
既にエリナは出発の準備を済ませていた。
モンスター除けを作ったのは自分であり、効果の時間も正確に把握しているのだ。だから、そろそろだろうと魔力を流して起動していた。
「さあ、行くわよ!」
「おー」
「うん」
エリナはスロットルを回して、ヨモリ自治区に向けて魔道バイクを走らせた。