錬金術師の依頼8
エリナはミネルヴァを操り、真っ直ぐに軍用アンドロイドに向かって加速する。
加速とはいっても、その距離は短く、とてもではないがトップスピードまで上がらない。それでも衝突すれば、いくら軍用アンドロイドでも、多少のダメージは与えれるだろう。だが、その分ミネルヴァも深刻な傷を負う。
それはつまり、ミネルヴァが傷付く、という事だ。
エリナにとってそれは、とても悲しい出来事だ。
だけれども、今回はそれを許容した。
「シールド展開!」
前方に楕円形の透明なシールドが展開する。
その規模は魔道バイクよりも高く、前回の物よりも更に強固な物になっている。
軍用アンドロイドが足を止め、拳を振りかぶる。
どうやら、エリナを迎え討つつもりのようだ。
望むところよ!
そう意気込んで、エリナは一気に加速。
荒れた遺跡で、ミネルヴァと軍用アンドロイドが衝突する。
重量物が衝突し、辺りに衝撃が走る。
ミネルヴァの装甲の破片が飛散し、軍用アンドロイド自体も宙を舞う。
衝突した結末は、軍用アンドロイドの拳がシールドを貫通して、ミネルヴァの車体を傷付けた。しかし、その本体への攻撃はそれだけに止まり、ミネルヴァに轢かれてしまった。
「くーーーっ⁉︎⁉︎」
フィンフィン! とミネルヴァが唸る。
唸らせているのは、もちろんエリナだ。
大切な愛車に傷が入った。せっかくカスタマイズして強化したのに、一ヶ月も待たずに傷を負ってしまった。
「ごめんねミネルヴァ! 帰ったら、直ぐに綺麗にしてあげるから! だから、もう少し我慢して、ね‼︎」
謝罪を口にしつつ、倒れた軍用アンドロイドに向かってスロットルを回す。
接近すると、前輪を軸に後輪だけを旋回させ、倒れた軍用アンドロイドを弾き飛ばした。
それでも終わらない。
一気に押し潰すべく、ミネルヴァをウィリーさせ軍用アンドロイドに向かう。
ミネルヴァの重量は三百キロを超えており、踏み潰されたらただでは済まない。更に今は、勢いを付けている。人程度の大きさしかないモンスターならば、確実に仕留められる。
はずだった。
「……そんな」
押し潰すはずだったのに、軍用アンドロイドは起き上がり、ミネルヴァを両手で支えていた。
顔が動き、乗車するエリナに向く。
「ググッ……ケテ……ロ……テ……ガガッ……リ……ボクヲ、コワシテ」
「え?」
何かを聞いた。
その瞬間に、ミネルヴァごとエリナは投げられてしまう。
信じられないような力で投げられて、宙を舞う。
しかしそれは、勢いや回転が加わった物ではなかった。
エリナはバランスを上手く取り、空中でミネルヴァを立て直して、無事に着地する。
フィーンと魔道バイクが唸り、そして動きを止めた。
「今、なんて……」
唖然とした表情で、軍用アンドロイドを見る。
今、あの軍用アンドロイドから感情の乗った言葉が出て来た。懇願するように、終わりを求めている。そんな悲しい言葉だった。
「ガガッ……シンニュウシャヲハイジョスル」
だが、その感情が消えた機械音が鳴る。
軍用アンドロイドは、エリナに向かって歩き出す。
その歩みは至って普通で、ミネルヴァに轢かれてもダメージになっていないようだった。
そんな軍用アンドロイドに向かって、またしても魔弾が飛ぶ。
魔弾は、トンッと軽い音を立てて霧散する。
軍用アンドロイドは動きを止めて、魔弾が飛んで来た方向に頭部を向けた。
そこには銀髪の美女がおり、服は汚れているが、無傷の状態で立っていた。
「お前の相手は、私」
それは、先程殴り飛ばされたはずのソフィアだった。
「ソフィ! 大丈夫なの⁉︎」
「平気、こいつ雑魚だから」
「そうじゃなくて、体の方よ!」
「体? うん? うん、平気」
体をキョロキョロと確認して、キョトンとする。それから、なんでもないかのように答えていた。
あっ、いつも通りのソフィだ。
そう思い、どこか安堵してしまう。
これまでのソフィアとの付き合いで、敵を雑魚と言った時は、難なく倒してしまうのを知っている。
だからこそ、今回も安心して見ていられた。
「ねえソフィ」
「なに?」
「この子を終わらせてあげて」
「……ラジャ」
二丁魔銃カタストロフィを構えて、ソフィアは頷き、一気に動き出した。
同時に室内の照明が落ちる。
魔力変換装置に残っていた魔力が尽きたのだ。
暗闇の中で、フラッシュが焚かれるようにソフィアと軍用アンドロイドの姿が映る。
軍用アンドロイドの攻撃を避け、引金を弾くソフィア。
その瞬間瞬間が、まるで写真のように映り、皆の視線を釘付けにした。
美しかった。
美女と無骨な武人。
そんな相反する二人が、交差するように舞い、殺し合う。
美と死が混在する一瞬を、誰もがその目に焼き付けていた。
だが、この時間も長くはなかった。
魔銃の発砲音が無くなり、ドウッと重い物が落ちた音がする。
それから暗闇が続き、ハッとなったエリナがミネルヴァのライトで照らす。
「……終わった」
そこには、倒れた軍用アンドロイドと妖艶にも見えるソフィアの姿があった。
◯
あれから再び魔力変換装置に魔力が送られ、照明が点けられる。
倒れた軍用アンドロイドには、装甲の隙間や関節部に魔銃が撃ち込まれた形跡があった。関節が撃ち抜かれ破壊され、体を動かせなくなっていたのだ。
あの暗闇の中で、そんな芸当をやってのけたソフィアに、誰もが驚愕した。
しかし、ソフィアにはそんな驚きの反応なんかどうでも良くて、「ふぁ〜」と欠伸をして眠そうにしていた。
軍用アンドロイドの側には、ジース教授やラルトル、調査員である錬金術師達が集まっており、じっくりと観察していた。
「次は胸部の装甲だ。腕は後で良い、胸と頭部を優先するんだ」
今やっているのは、装甲の取り外し。
軍用アンドロイドの装甲の下に、人に似た肉体があると気付いて、その中身を確認しようとなったのである。
「ヒーちゃん、これから感じるんだよね?」
「……うん、今も泣いてる」
エリナはヒスルを連れて、動かなくなった軍用アンドロイドの近くに来ており、装甲を外す作業を眺めていた。
胸部の装甲が外されると、何かの繊維で構成された肉体が姿を現す。
「まさか、これほどとは……。たった二百年前だというのに、その大半の技術が失われているという話を、こうも実感させられるとはな……」
今では再現不可能な技術の結晶。
それを目の当たりにして、ジース教授は嘆く。それに同意するように、錬金術師達は悔しそうにしていた。
「……凄い」
反応したのはエリナも例外ではなく、その技術力の高さに感嘆の声を漏らしてしまった。
次に頭部の装甲が外される。
そこにあったのは、体と同じ素材で作られた能面。
少しすると、それがひとりでに解けて行き、中身が姿を現した。
「これは、まさか! 馬鹿な! こんな事が許されるのか⁉︎」
狼狽えるジース教授。
その視線の先にあるのは、容器に入った人の脳だった。
その容器には、幾つもの線が繋がれており、これが軍用アンドロイドを操っていたのだと推測される。
エリナは咄嗟にヒスルの目を覆い隠す。
子供に、こんな物を見せるべきじゃない。
これは、余りにも残酷な所業だった。
「ヒーちゃん、向こうに行こう」
ここから離れよう。そう思ったのだが、ヒスルはエリナの手を掻い潜って軍用アンドロイドの元へと走り出してしまった。
「ヒーちゃん⁉︎」と驚きの声を上げるエリナだが、ヒスルが軍用アンドロイドの頭部に触れたのを見て、その様子を見守る事にした。
「君、だよね?」
ヒスルがそう語りかけると、軍用アンドロイドの指が微かに動く。
「私、どうしたらいい?」
何も分からず、ヒスルは首を傾げる。
それに対して、脳が微かに脈動した。
「痛いの? 怪我してるの? 私、治せるよ。えへへ、回復魔法使えるんだ。うん、治せるよ。痛くないようにしてあげるね」
軍用アンドロイドに向かって、会話をするようにそう言うと、ヒスルは優しく回復魔法を発動した。
癒しの光が脳に灯される。
きっとこうなる事は、誰にも予想出来なかった。
それにこれは、きっと幻だったのだ。
癒しの光は形を変えていき、人を形作る。
それは銀髪の少年で、どことなくソフィアに似ている気がした。
その少年は涙を拭うと、ヒスルに笑みを向けて、
『 ありがとう 』
そう告げると、姿を消してしまった。
同時に、容器に入った脳も機能を停止して、軍用アンドロイドの肉体もバラバラと崩れて行く。
この戦いの結末は、皆に物悲しい気持ちを抱かせた。
ただ、それだけの話だった。




