錬金術師の依頼7
階段を下り、下の施設へと向かう。
階段の途中には、幾つもの扉が設置されており、これまでの物と比べて頑丈な作りをしていた。
「まるで、何かを閉じ込めていたみたいだな」
警邏隊の小隊長であるミックが言うと、この先に怪物が待っているような気がして、皆が不安になってしまう。
それでも、前進していれば終わりはあるもので、階下に到着した。
扉は倒れる事なく開き、ギギギィと重い金属音を上げていた。
全員が階下に到着すると、バタンと大きな音を立てて扉が閉まる。
「閉じ込められたりしないよね?」
「……大丈夫だ。ちゃんと開く」
エリナの不安に、ラルトルが扉に手を掛けて確かめる。
扉は重くても、しっかりと開いていた。
ほっと安堵すると、ジース教授が指示を出す。
「ここからは三班に別れて調査を行う。警邏隊の面々は、護衛を頼む。エリナは、魔力変換装置を動かせるようにしておいてくれ。使う者は、事前に知らせるように」
「はい」
実験施設は思っていた以上に広い。
ここにあるのは、何に使うのか不明な数々の設備。
特に中央に立つ物は異様で、まるで何かを閉じ込めているかのような檻にも見えた。
実験施設の壁には幾つか扉の姿も見えており、他にも何かがあるのだろう。
「生活空間があるって図面にはあったけど、あそこがそうなのかな?」
黒いパネルには、確かに生活空間が記されていた。
ここまで見て来た限り、そのような場所はどこにも無かった。だとしたら、あそこにあると考えるのが自然だろう。
一度覗いてみようかな、そう思ってミネルヴァから降りる。すると、サイドカーに乗っていたヒスルも降りて来た。
そして、ヘルメットを脱ぐと同時に、何かを見つけたのか「あっ」と声を上げた。
「どうしたの、何か見つけた?」
「男の子が、あそこにいた」
そう言って指差した場所は、中央に聳え立つ檻のようにも見える箱だった。
そこに男の子が居たと言うが、それはとてもではないけれど考えられなかった。場所が場所なのもあるが、真っ暗闇で、エリナがライトで照らさなければ、そこは見えないからだ。
だから、そこに居るという事は……。
「行ってみようか」
「うん」
足元を照らしながら、ヒスルと手を繋ぎ中央に向かう。
下には、何かのケーブルが続いており、それが中央の物に繋がっているのだと気付く。
転ばないように注意して進むと、特に障害も無くたどり着いた。
「これは……なに?」
近付かなければ分からなかったが、箱の中には人型の何かがいた。
体は光沢のある無骨なプロテクターで覆われており、頭部も同じような素材の物で包まれていた。
生き物ではない。
「もしかして、これがリンダ教授が言ってた物?」
軍用アンドロイド。
それが何なのか不明だったが、言葉の響きからして、とてもまともな物とは思えなかった。
これが危険な物だとエリナの直感が告げる。
「ヒーちゃん、離れよう……ヒーちゃん?」
「……この子だ」
ヒスルはエリナの手をぎゅっと握って訴える。
「この子が、助けて欲しいって言ってる」
「これが……?」
ライトを照らして、再び軍用アンドロイドを見る。
無骨な印象を抱くボディに、他者を威嚇するような頭部。その目元は鋭くなっており、怒っているようにも見えた。だけど、その頬に流れる水滴があった。
「泣いてる?」
そんな馬鹿な、そう思った時、階下に明かりが灯る。
全てが照らされる。
それは、沈黙していた動力が息吹を吹き返した証でもある。
前時代に使われていた動力が、ケーブルを伝って各所に届けられた。
その中には、軍用アンドロイドに向かう物もあり、エネルギーが補充され機動してしまう。
「エリナ、ヒスル、逃げて!」
「え?」
珍しく声を荒げるソフィアに驚いて、キョトンとしてしまう。
だけど、次の瞬間にその声の意味を理解する。
近くで、何かが動き出す音がする。
その音の方である、軍用アンドロイドを見ると、目元に光が宿っており、真っ直ぐにエリナ達を見ているのに気付いた。
咄嗟だった。
エリナはヒスルに抱き付くと、怪我するのも構わずに力いっぱいに横に飛んだ。
ドンッ! と衝撃が走り、軍用アンドロイドを閉じ込めていた檻が激しく吹き飛ぶ。檻の扉は、その先にあった設備を巻き込み、破壊して止まった。
調査を行なっていた錬金術師達は、何が起こったのかと中央に視線を向ける。
全員がその姿を見ていた。
檻のような物から出て来る、無骨で凶悪な姿を。
その場にいるだけで、震えるような威圧感を感じてしまった。
重量があるせいか、ドスンドスンと足音を立てており、歩く度に空気が震えているかのようだった。
重量感のあるメタリックなダークグレーの装甲。
それを難なく身に付けて動き回る軍用アンドロイド。
形は人と同じだが、二メートルを越える大きさと、その身の重厚感のせいで、まるでモンスターのようにも見えてしまった。
『シン……ハ……ジョ……ル、……ハイ……ル、シン……スル、……侵入者ヲハイジョスル』
巨軀が暴力を持って動き出す。
拳を振り上げ、起き上がろうとするエリナに接近して振り下ろしたのだ。
それを見て、エリナ起き上がるのをやめて、慌ててヒスルを抱えたまま横に転がる。床に当たった拳は、大きく地面を抉り、凄まじい轟音を立てた。
余りの威力に、顔が青ざめてしまう。
こんなの擦りでもしたら、死んじゃうじゃない!
ここの責任者、なんて物残してんの⁉︎
そう内心喚き散らしているが、それどころではない。
このまま動きを止めていると、待ってのは死のみだ。
それが分かって必死に体を動かしてはいるが、はっきり言って間に合わない。
軍用アンドロイドは、地面に突き刺ささった拳を引き抜くと、大振りのフックを放ち、エリナとヒスルの命を刈り取ろうとする。
だが、それを止めるために魔弾が走った。
「させない」
ソフィアの二丁魔銃は、正確に軍用アンドロイドを狙い撃つ。
鈍い音を立てながら魔弾は直撃するが、まるで効いていない様子だった。
だけど、気を逸らすのには成功する。
軍用アンドロイドは、顔をソフィアに向ける。
そして、クラウチングスタートを切るように走り出し、信じられないようなスピードで、ソフィアに肉薄する。
「っ⁉︎」
強烈なボディが打ち抜かれ、ソフィアは避け切れずに設備に殴り飛ばされてしまう。
「ソフィ⁉︎」
相棒を心配して名を呼ぶ。
しかし、ソフィアは設備に埋もれてしまい、無事かどうか判断が付かなかった。
心配で駆け寄りたい所ではあるが、エリナにそれだけの時間は与えられない。
ソフィアという障害を排除した軍用アンドロイドは、再びエリナ達を標的に定めてしまったのだ。
「ヒーちゃん、しっかり掴まっててね」
「うん」
エリナはヒスルを抱えたまま走り出す。
残念ながら、エリナ自身に戦う力はほとんどない。
体力は人一倍あるのだが、こと銃や鈍器などの武器を持った戦闘のセンスはからっきしだった。
因みに球技も苦手で、ボールを投げてもほとんど飛ばない。
そんなエリナが、自治区の外に出ても生きていけるのは、ソフィアと愛車であるミネルヴァのおかげだ。
ソフィアは、今し方軍用アンドロイドに殴り飛ばされてしまい、安否が確認出来ない。
生きているだろうけど、ダメージで動けなくなっているかも知れない。
だから、ソフィアには頼れない。
ならあとは、愛車のミネルヴァしかなかった。
「いっ⁉︎」
ミネルヴァに向かっている最中に、軍用アンドロイドから設備を投擲される。
身を屈めると、ギリギリ頭上を通過する。
動きが鈍った所に、続けて設備を投げられてしまう。
真っ直ぐに向かうのは無理と、方向転換する。
ミネルヴァまで、それほど離れていないというのに、果てしなく遠い気がしてしまう。
「くっ!」
投擲された設備がエリナの前に落ちる。
道を塞がれ、また方向を変えようとすると、そこに軍用アンドロイドが走って来ていた。
「やばっ!」
このままでは、あの拳に潰されてしまう。
エリナは、ソフィアほど頑丈には出来ていない。そして何より、それよりも弱いヒスルはまず助からない。
守らないと!
包むようにぎゅっとヒスルを抱きしめて、軍用アンドロイドの脅威から守ろうとする。
迫る脅威。
だが、その勢いを止めてくれる存在がいた。
複数の魔弾が軍用アンドロイドを撃つ。
魔弾は分厚い装甲に阻まれてしまったが、気を逸らすのには成功していた。
「早く逃げろ!」
魔銃で軍用アンドロイドを撃ったのは、ミック率いる警邏隊の面々だった。
攻撃された事で立ち止まった軍用アンドロイドは、標的をエリナ達から警邏隊へと変更する。
「来るぞ! 狙いを外すなよ!」
ミックが叫び、軍用アンドロイドに銃口を向けた。
それを見て、エリナはここにいると邪魔になると急いで離脱する。
やる事が変わった。
まずはヒスルの安全が第一だ。
「早く外にっ⁉︎」
ここよりも上の階の方が安全だ。そう判断して、行動しようとしたのだが、扉の前で留まる人の姿を見て嫌な予感がした。
「どうしたんですか?」
扉を押したり引いたりしている錬金術師達。
「開かないんだ! 扉が開かなくなっている!」
錬金術師の一人が、焦ったように告げる。
「そんな……。原因は何ですか? 開かなくなった原因は……まさか、動力が復旧したから?」
調査員に尋ねようとして、扉が閉じた前と後を考えてその結論に至る。
「最悪だ……」
「じゃあ、供給を止めれば、魔力変換装置を!」
「待ってください! 今止めたら、みんな死にます!」
供給を止めるというのは、この明かりを失うという事を意味していた。
それで、あの軍用アンドロイドが止まるのなら問題ない。だが今の軍用アンドロイドは、何かに繋がれているという状態ではなく、完全に独立していた。
たとえ魔力返還機を止めたとしても、あの軍用アンドロイドは動き続けるだろう。
「うおーーっ!!」
警邏隊から雄叫びが上がる。
そちらに目を向けると、すでに立っているのはミックだけになっており、他の隊員は倒れていた。
小太りな体型だが、ミックの動きは俊敏で、軍用アンドロイドの攻撃を何とか凌ぎつつ魔弾を撃ち込んでいた。
しかし、というか、やはりその分厚い装甲に阻まれてしまい、効果はまったく無かった。
「くそっ!」
ミックの動きもやがて鈍り始め、避けるのも難しくなる。
魔弾も底をつき、攻撃する事も出来ない。
それを理解しているかのように、軍用アンドロイドが大きく拳を振りかぶる。
その拳はまるで巨大なハンマーのように見え、相手を確実に仕留める為の物だった。
絶対絶命。
「ミックさん!」
そんなミックに向かって、エリナはミネルヴァを走らせる。
サイドカーを外し、本体だけの走行。
ミックは咄嗟に通り過ぎるミネルヴァに捕まり、ギリギリの所を離脱する。
同時に軍用アンドロイドの拳が床に突き刺さり、遺跡を激しく震わせた。
「マジっすかー……」
ミックが青ざめた顔で恐怖していた。
今の一撃は、部下達に放った物とは違い、確実に死ぬレベルの威力があった。それどころか、原型すら残らないかも知れない。
たとえ死ぬにしても、あそこまで理不尽な一撃を受けたくはなかった。
「ミックさん、降りて下さい」
「まさか、俺を見捨てるつもり……」
「違います! どうやら標的は、また私が選ばれたみたいです」
軍用アンドロイドから、真っ直ぐに見つめられ、狙われていると悟った。
ここは五十メートル四方という魔道バイクにとっては、狭い空間だ。ミネルヴァのポテンシャルを引き出すには、とてもではないが狭すぎる。十分な力を発揮する事は不可能と言えた。
そこに魔銃を使えず、他に戦う手段を持っていないミックが加われば、どう足掻こうと負ける運命しか見えなかった。
スロットルを回し、ミネルヴァに活力を与える。
それで、ようやく理解したのか、ミックはミネルヴァから降車してゆっくりと離れ始めた。
「武運を祈る……」
ミックからのせめてもの言葉だった。
「武運って……私に戦う力は無いんだけどね」
そう、エリナには無い。
だが、このミネルヴァには力が備わっている。
「やるよ、ミネルヴァ」
愛車が頷くようにフィーンと高音を鳴らし、軍用アンドロイドを威嚇する。しかし、それに怯むような敵ではない。
エリナはスロットルを回し、ミネルヴァを発進させた。




