錬金術師の依頼6
一階を全て調査し終えると、階段の前でどうするかという話になった。
地下に行き、更に調査を行うのか?
一階でも十分な成果を得られたと、引き返すのか?
地下に向かおうにも、そこに明かりはなく、暗い空間が広がっていた。
ソフィアに明かりは無いかと尋ねても、「知らない」という。暗闇を照らすライトは持って来ているが、やはり視界が悪いのは怖い。それに、エリナからもたらされた情報も、悩む原因になっていた。
実験施設。
ここが義手や義足を制作する施設だったのなら問題無かった。
だが、一階を調査していると、ある資料を発見したのだ。
「危険です、引きましょう。『軍用アンドロイド』というのが何を示すのか分かりませんが、明らかに戦いを想定して作られた物じゃないですか!」
「むう……」
そう進言したのはリンダ教授で、腕を組み悩んでいるのがジース教授だ。
この資料を発見したのはリンダ教授のチームで、その危険性を考慮して帰還を提案していた。
「だが、それも二百年以上前の物、起動するとは限らないのではないか?」
「そうは言いますが、この遺跡の明かりは点いているんです! もしも、があるではないですか!」
もっともな意見に、ジース教授は口籠る。
だが、この調査隊の責任者で隊長はジース教授だ。意見は聞いても、その決定権はジース教授にある。
「……明日、地下の調査を行う。強制はせん、希望者だけで調査を実施する。参加せずとも評価には響かない、参加しようとも評価に加算しない。希望する者だけが来てくれ」
「あなたはっ⁉︎」
怒るリンダ教授だが、それ以上何も言わなかった。
ここから先は、自己責任になってしまったからだ。それに、錬金術師という研究者である以上、未知への探究心という物を理解してしまっているから、何も言えなくなってしまった。
この日は、元のキャンプ地に戻り夜を過ごした。
夕飯も食べて、ホットミルクで一息ついていると、ソフィアが尋ねてきた。
「明日、どうする?」
「参加しないよ。私達は運び屋であって、調査員じゃないからね」
「でも、行きたいんでしょ?」
「……少しだけね。でも、興味があるって程度だよ」
恐らく、エリナが調査員として参加していたのなら、間違いなく参加していた。でも、今は運び屋なのだ。仲間がいるのだ。わざわざ、危険に飛び込むような真似をするつもりはない。
「……私、行きたい」
だけど、隣に座るヒスルから否定するような声があがる。
「ヒーちゃん?」
「……男の子、いたもん。助けてって、言ってたもん」
小さな手がマグカップをギュッと包む。
ヒスルが見た物は、白い布を羽織った少年だった。
あの角から顔を出して、泣きそうな顔で口を動かしていた。
『助けて……』
そして、何かに怯えるように消えて行ったのだ。
自分とそう変わらない年齢の男の子。
もしも、過去の自分と似たような境遇にいるのなら、助けてあげたかった。
自分が救われたように、男の子を助けて上げたかった。男の子がどういう存在だろうと、助けて上げたかった。
だから、無茶を承知でエリナにお願いした。
そんなヒスルの頭を撫でて、エリナは微笑む。
「そっか……じゃあ、助けに行こうか」
「うん!」
優しい子だなぁと嬉しくなりながら、明日の調査への同行を決めた。
その旨をジース教授に伝える為に、エリナは立ち上がる。それと一緒にヒスルも立ち上がり、流れでソフィアも立ち上がった。
「え、参加するって伝えるだけだから、座ってていいよ」
「一緒に行く」
「流れで」
その理由はどうなんだとソフィアに言いたかったが、そんなものかと三人でジース教授の元に向かった。
三人で向かうと、ちょうどジース教授が前を通ったので「明日、私達も参加しても良いですか?」と尋ねると、笑みを浮かべて「君ならそう言うだろうと思ってたよ」と頷いていた。
どういう意味だろう?
頭を捻っていると、また別の人から声を掛けられる。
「あらヒスルちゃん、お姉ちゃん達と遊びに来たの?」
それは、腰をヒスルに治療してもらったリンダ教授だった。それに合わせるかのように、他の錬金術師達もやって来て、ヒスルを構っていた。
「あっ、えっ」と戸惑っているヒスル。
それを微笑ましく見ていると、ヤンが近付いて来た。
「ヒスルちゃんって可愛いね」
「うん。でも、可愛いだけじゃないよ。優しい子だし頑張り屋さんなんだ」
「そうなんだ。エリナに似てるね」
「あはは、お母さんじゃないけどねぇ」
「そうだったら、驚くよ。逆算すると学生時代になっちゃうからね」
エリナの返しに苦笑するヤン。
そんなヤンが、「二人で話せない?」と何気なく聞いて来た。
ソフィアに目配せすると、こっちは大丈夫と頷いてくれたので、ヤンと二人で移動する。
余り離れ過ぎると、簡易結界から出てしまうので、それほど離れてはいない。
「それで、話って?」
そう問い掛けると、ヤンはいつもと同じ笑みを浮かべてエリナを見た。ただその顔には、いつもと違って余裕が無いように見えた。
「知ってる? 同期で錬金術師を志した仲間達は、私を含めて三人しか残っていないんだ」
「そうなんだ。そんなに大変なの?」
「大変だよ。毎日研究研究研究、レポートを提出してはつき返されて、成果を上げなかったら才能が無いって罵倒される。ここにいる人達はね、そんな中でも成果を出して、実績を積んで来た人達なんだ。みんな、私が尊敬する人達だよ」
「凄いんだね」
「そうだね、本当に凄いよ」
「それは、ヤンもだよ」
「え?」
「ヤンもここにいるって事は、誰かに尊敬されるくらい凄いんだよ」
ポカンとした顔で、ヤンはエリナを見ていた。
そして、くすくすと笑い出して、「そういう見方もあるね」と嬉しそうにしていた。
「私は、エリナに人誑しって言われるけど、エリナも十分に人誑しだよ」
「えー、私は誰かれ構わず言ったりしないよぉ」
「そういう所だよ」
ふふっと、ヤンはまた笑う。
「時々思うんだ。もしも、エリナがここに居たらって。きっと、いろんな物を発明して、最年少で教授になっていたんだろうなって考えてしまう」
「それは素敵な考えだとは思うけど、実際はこれだからね」
両手を開いて、自身の姿をアピールする。
錬金術師のようなローブも、身分を証明するピンも持っていない。どこにでもいる、しがない運び屋の格好だ。
どうにもならない現実。
でも、エリナに後悔は無い。
あの日、試験に落ちたおかげで、相棒のソフィアに出会って、ヒスルという可愛い妹に出会えたのだ。
自慢はしても、卑下するつもりは無い。
ヤンに姿をアピールしたのも、もう私は錬金術師にはなれないと主張する為だった。
それを察してか、ヤンは告げる。
「エリナはやっぱり凄いね。だから、私は……」
「ヤン?」
「ごめん、なんでもない。明日は参加するんだよね?」
「うん、ヤンは?」
「私も参加する。ここで何か見付けないと、来た意味がないからね」
夜のせいだろうか、この時のヤンに、暗く危ない雰囲気を感じてしまった。
◯
地下の調査を志願した者は、半数以上と思いの外多かった。
警邏隊四名も参加しており、合計十六名で地下へ降りる事になった。
地下に続く階段は、一階のフロアと違いボロボロになっていた。
それでも、ミネルヴァの重量には耐えてくれており、ゆっくりと動きながら階段を下って行く。
下っている最中もシールドを前面に展開しており、多少の攻撃ならば問題無い。
階段を下りた先には大きな扉があり、それをソフィアが開けようとする。
しかし、扉は劣化していたのか、バタンと前方に倒れてしまい、多くの埃を舞い上がらせた。
「……怒らない?」
「怒らないわよ」
誰にだとツッコミたかったが、後ろがいるのでつっかえているので、黙って先に進む。
扉の先にあるのは、腰まである壁と下に広がる暗闇の空間。左右に伸びる廊下には、腰の高さの壁が続いており、所々にガラスの破片のような物が見えた。
ライトで暗闇を照らすと、階下には五十メートル四方の空間が広がっているのが分かる。そこには、何らかの設備が置かれており、ここからではよく見えなかった。
ただあの黒いパネルには、実験施設と記されていた。
もしかしたら、ろくでもない物の可能性もあり、エリナは気を引き締めた。
廊下を左に進み、警戒しながら進んで行く。
突き当たりを曲がると、扉が設置されていた。
その扉も、先ほどと同じようにボロボロになっており、ソフィアが押すとバタンと倒れてしまう。
警戒しながら部屋の中を覗くソフィア。
「何かいそう?」
「大丈夫、モンスターとかアンデッドの類はいない」
「そっか、罠は?」
「動いてないから大丈夫」
「そう、じゃあ行こう」
ゆっくりと前進して行き、扉を潜り部屋の中に入る。
そこには、一階にあった黒いパネルが数多く設置されており、ボロボロになった机と椅子が陳列されていた。
「ここは?」
「まるで、何かを監視しているかのような場所だな」
エリナの後に入って来た錬金術師達が、辺りをライトで照らしながら呟く。
その疑問に答えるように、ジース教授は口を開いた。
「実際にそうだ。ここは何かを監視、或いは観察していたのだろう。その場所も、階下にあるのだろう。動力が無い以上、ここでの調査は意味がない。先に進むぞ」
その言葉に頷く錬金術師達。
再びエリナが操るミネルヴァを先頭に進んで行く。
どうして私が先頭なの? と今更ながらに疑問を抱いたりしているが、とにかく前進する。
いや、分かってる。
確実な安全を確保するなら、ミネルヴァが先に行くのが良いのは分かってる。でも、警邏隊の人達は何やってんだと言いたくなる。そもそも、広いとはいえ廊下を走っており、荷台に魔力変換装置を乗せているのだ。
危険はあなた達が請け負いなさいよ! と言いたくなるのも仕方ないだろう。
結局、この階を一周する事になる。
見付けたのは、階下に続く扉とボロボロの絵本。
絵本は所々欠けているが、一匹の魚が旅をする内容のようだった。
落書きされた痕跡もあり、ここに子供がいたという可能性が高まった。
「アンデッドはいないからね」
「分かってるって。これって、少なくとも二百年以上前の物なんだよ。アンデッドが最初に確認されたのが、百五十年前。前時代の人達は、魔力に囚われる事なく成仏してるよ」
死者がアンデッドになるのは、魔力により遺体や魂が変質されるからだ。
魔力が存在していなかった前の時代では、アンデッドどころかモンスターだって存在していなかった。
だから、ヒスルが見たという子供も、ただの幻覚ではないのかと思えてしまう。
「……いたもん」
それを察したのか、ヒスルが俯いて抗議する。
「そうだね、泣いてたら助けてあげないとね」
俯いたヒスルにそう告げると、顔を上げてエリナを見る。
「ひとりは寂しいよ」
「そうだね。うん、ひとりは寂しい」
ヒスルは過去の自分と、その少年を重ねているのだろう。
そして、エリナも孤独になった日を思い出してしまい、同意した。




