錬金術師の依頼3
警邏隊の隊長として紹介されたのは、ミックという小太りの男性だった。
この体型で戦えるのか?
そう疑問に思ったが、背中にある小銃を見て、まあ大丈夫かと一応納得した。
それに、太った体型は隊長のミック一人で、他は普通なので大丈夫だろう。
「警邏隊第六小隊体長のミックだ。護衛は我らが受け持つから、安心してくれ」
胸をドンと叩くと、お腹が震えて素晴らしい体型を披露してくれる。
それに対して「よろしくお願いします」と返して、顔合わせは終わった。
エリナが戻ると、そこにはヤンの姿は無かった。
もう少し話したかったと残念に思うが、あちらも忙しいだろうから、我儘は言えない。
「今のミートボール」
「ミートボール?」
いきなり訳の分からない事を呟くソフィア。
スッと指を差した先には、ミックがいた。
「いやいや! 初対面なのに、失礼にも程があるでしょう!」
というより、ソフィアは顔を合わせてすらしていない。そんな人物にいきなりミートボールはないだろう。
だけど、そんなエリナの訴えは聞かずに、ソフィアは言葉を続ける。
「結構強いよ」
「え?」
そう言われてミックを見る。
見た目で言うのなら、とても強そうに見えない。
どちらかというと、部下の方が体格も良く強そうに見える。
本当に? そう疑った目で見ていると、ソフィアはミックに向けて弱目の殺気を飛ばした。
すると、警邏隊の中でミックだけが反応して、辺りをキョロキョロと警戒していた。
「ね?」
「ね、じゃないの⁉︎ 何やってんのよもう!」
警邏隊は言い方を変えると、セントール自治区公認の武装組織だ。
そんな人物に喧嘩を売るような真似をすれば、今後セントールで暮らしていけなくなる。
それだけ、警邏隊に目を付けられるというのは厄介で、避けたい行為なのだ。
「エリナお姉ちゃん、大丈夫?」
「大丈夫だよぉ、ヒスルちゃんがいてくれて良かった。ああ、私の癒し」
ギュッと抱きつくと、荒れた心を癒してくれる。
自称ライバルだったうざい学友に会い、ソフィアの突破な行動に頭を悩ませる。
それも、ヒスルに抱き付く為だと考えたら、多少は心が軽くなった。
そうこうしている間に、出発の時間となる。
それぞれがトラックに乗り込んでいき、運転手がその扉が閉めらているか確認して、自身も車両に乗り込んで行く。
エリナ達もミネルヴァに乗り後に着いて行く。
その様子を見て、ヒスルは疑問に思った。
荷物もトラックに乗せれば良いのではないかと。
それをエリナに言うと、
「ああ、あのトラックね。かなり振動が凄くて、物を乗せておくと壊れる恐れがあるのよ。このミネルヴァは、私が改良した物だから、振動も最小限に抑えられるのよ。だから、あまり感じないかも知れないけど、自治区の外は凸凹ばかりでね、普通の車両は走るのには向いてないのよ」
セントール自治区から外に出る。
すると、トラックの荷台がガタガタと揺れて、そこに乗っている人達が辛そうにしていた。
その点、ヒスルが乗っているサイドカーには殆ど振動が無い。本を読んでも平気なくらい、安定した走行をしていた。
それどころか、前を走行するトラックを見て、道が悪路だと気付くくらいだ。
それだけ、このミネルヴァという魔道バイクは優れているのだろう。
「……凄い」
「でしょ!」
そう言って自慢げにしているエリナが、ヒスルには凄い人のように見えた。
「エリー、おやつ食べていい?」
「駄目、まだ出発したばかりでしょ」
ちぇと残念そうにするソフィアが、ヒスルには情けなく見えてしまった。
「なに?」
視線に気付いたのか、ソフィアが尋ねてくるが、首を振って何でもないと答えておく。
三人はインカムで会話をしつつ、のんびりとした速度で走って行く。
速度は前方を走るトラックに合わせるしかないので、この速度も仕方ない。
約一時間置きに休憩時間が計画されており、その度にトラックの荷台から人が降りて来て、ググッと背伸びをしている。
中には、振動で腰を痛めたのか大変な事になっている人もいた。
ポーションを飲めば、それもある程度は和らぐだろう。だけど、また移動を開始すれば、再発してしまうので、あまり意味は無かった。
「……エリナお姉ちゃん」
「どうかした?」
「使ってみても良い?」
「それって、回復魔法?」
「うん」
ヒスルがずっと読んでいる本は、回復魔法について記された教本だ。
本来なら、キャサリ自治区から出してはならない物だが、特別にヒスルには渡されていた。
この一ヶ月間、回復魔法の教本を読んで勉強していた。
回復魔法を使った事は一度だけある。
エリナが料理の最中に指を切ってしまい、咄嗟に使ってみたのだ。その結果、傷は塞がったのだ。
これは、回復魔法は成功したと言って良かった。
だから、腰痛に対してはどうかというのを試してみたかった。
だって、周りに腰痛持ちがいないから。
だって、エリナもソフィアも十代で若いから、腰痛とは無縁なのだ。
「聞いてみようか」
「うん」
腰痛で苦しんでいるのは、調査員として参加した錬金術師の年配の女性だった。
「歳には勝てないわねー」と言いながら苦しんでおり、とても辛そうだった。そこに「あのー」と声を掛けてみる。
事情を説明して、試して良いかと許可をもらい、早速ヒスルは回復魔法を使用する。
「おおー、凄いわね……痛みが無くなったわ」
女性は痛みが無くなったのか、すくっと立ち上がり驚いた表情をしていた。
この結果に喜んでくれており、ヒスルに感謝を述べて「飴ちゃん食べる?」と飴とお菓子を貰った。
その様子を見ていた他の人達が、ヒスルに回復魔法を頼むようになる。その部位は、腰、ではなく主にお尻だった。
一応、クッションで守っているようだが、振動が激し過ぎて、お尻へのダメージが深刻だったのだ。
この時、ヒスルは後悔した。
何故なら、回復魔法を使う時は、その部位に触れなければならないからだ。
え、お尻、触るの?
フルフルと頭を振りながらイヤイヤと主張する。
それにソフィアが近付いて来て、助け舟を出す。
「ヒスル」
「ん?」
「触れないで使えばオーケー」
それが出来ないから困っているんだ。
エリナは事情を説明して、お尻はちょっと……と断って行く。
流石に幼い子供に、しかも女の子にお尻は無い。
これはもう、いろいろとアウトだろう。
この騒動を聞きつけてか、ジース教授がラルトルを引き連れてやって来た。
「何の騒ぎだ」
「これは、その……」
やって来たジース教授に説明すると、ふむと顎に手を置き考え始めた。
「その回復魔法は、触れなければ使えないのだな?」
「はい、そう聞いてます」
教本があるとは言えない。
それは本来、キャサリ自治区から外に出してはいけない物だからだ。
「そうか……ラルトル、予備のケーブルを取って来い」
「は、はい」
何をしようとしているのだろうと訝しんでいると、ジース教授が説明してくれた。
予備のケーブルというのは、魔力変換装置で使う物で、それを使いヒスルの魔法を延長出来ないかという事だった。
元々、そのケーブルは、既存の物よりも効率よく魔力を流すようにしたかったそうだが、それが上手く行かず、変質した魔力も流れるようになったという。
「だからこそ、魔力変換装置として使えているのだがな」
失敗作。
けれど、その失敗作は、様々な用途で使える物だった。
「持って来ました!」
そのケーブルは二メートルくらいの物で、接続する場所が平になっていた。
「そこの小娘、こっちに来なさい」
視線を向けられたヒスルは、エリナの影に隠れてしまう。
知らないおじさんが、怖いのだ。
しかも、ジース教授は眉間にシワが寄っており、怒っているようにも見えて、見た目から苦手だった。
そんなのはどうでもいいと、ジース教授は腰を落として、ケーブルの先を差し出して、「魔法を使ってみなさい」と言う。
エリナとジース教授を交互に見て、エリナにやってみてと言われて前に出る。
ケーブルの先端を持って、回復魔法を使用すると、反対側から同様の効果が現れた。
「うむ、上手く行ったな。ラルトル、これも記しておけ」
「はい!」
このケーブルを使って、みんなの尻を治療していく。
もちろん、尻にケーブルに当たるのは、自分でやれと言っている。
ヒスルのおかげで、皆の尻の安全は守られた。




