錬金術師の依頼2
「やっちゃったー……」
本日の運び屋の依頼を終えて、帰路に着く。
仕事中も、エリナは反省しっぱなしだった。
ボッツの話を聞いて、勢いで依頼を受けるハメになってしまった。
もっと内容を確認して、引き受けるべきだったのに、前時代末期と遺物という言葉に惑わされてしまい、正常な判断が出来ていなかった。
「ごめんねヒーちゃん、お留守番してもらう事になるけど」
遺跡の調査期間が一週間とかなり長く、とてもではないが、ヒスルを連れて行けなかったのだ。
引き受けてからそれに気付いて、断ろうとボッツに掛け合ったが、「うちで面倒見てやるから安心しろ」と言われてしまったのである。
ボッツは既婚者で、美人な奥さんがいる。
それなら安心かなぁと思っていたのだが、思わぬ所で予想外の反応があった。
「いや、一緒にいく」
そう、ヒスルが一緒に行くと、駄々をこねたのだ。
まさかの反抗に驚く。だけど、それが嬉しくてついつい頭を撫でたくなってしまった。
反抗したという事は、それだけ心を開いてくれているという証明だ。だから、余計に構ってしまう。
「エリー、お願いだから前を向いて運転して」
ソフィアから、本気で怯えた感じの声音でお願いされてしまう。
仕方ないなぁ、もう、と自分の命も危なかった状況を楽観視しつつ、ヒスルをどうしようかと考える。
まず、連れて行くのは、いくら何でも危険すぎる。
どんなにソフィアが強くても、どれだけエリナが魔道具を使って防御を固めていても、突破されたらそれまでだ。
そもそも、一週間という探索期間を外で過ごして、体力の無い子供が堪えられるとは思えなかった。
「…………あれを使えば大丈夫かな?」
思えなかったのだが、そう言えばと前に改良したキャンプ用のアイテムを思い出した。
そのキャンプ用品は、使うのに大量の魔力を消費するので、お蔵入りしていたが、ヒスルが保有する魔力量がソフィアの言う通りなら、十分に使える物に変化する。
「でも、やっぱり危ないよね……」
モンスターに襲われて無事に済むかというと、かなり難しい。さっきも言った通り、ソフィアがどんなに強くても、弾薬が尽きれば戦闘能力は落ちる。魔力が無くなれば、動けなくなる。
だけど、弾薬が尽きなければ……。
ミネルヴァの装甲も厚くすれば……。
費用は全部あっち持ちだって言ってたし……。
……いけるかな?
そこまで考えて、いやいやと首を振る。
やっぱり無しだと思い直して、その可能性を否定する。
だけど、その可能性を後押しするようにソフィアが呟いた。
「ヒスルは足手纏いじゃない」
「ソフィ?」
「ヒスルは仲間だよ」
それとこれと、話は別だろう。そう言いたかったが、どうにかなる可能性を見つけてしまい迷ってしまう。
サイドカーに座るヒスルを見ると、頑張る! と目を輝かせていた。
この顔は、一ヶ月前までは見れなかった表情だ。
駄目だと言えば、この顔を曇らせる事になるだろう。せめて、どうにもならないという考えがあればよかった。
「辛いけど、我慢出来る?」
「できる」
グッと手を握るヒスル。
でも、可能性を見つけてしまったのだから仕方ない。
「じゃあ、一緒に行こう」
「うん!」
こうしてヒスルの同行が決定した。
一緒に行く以上、全力で守るつもりだ。
そう決心したのだが、終わってみれば今回の依頼で一番活躍したのは、ある意味ヒスルだったのかも知れない。
◯
「……なあ、この請求書ってマジか?」
昨日は物資の準備に当て、当日の朝にボッツに請求書を渡した。
その金額は、一般家庭の二ヶ月分の生活費はあり、依頼主に渡すのが戸惑われた。
「マジですよ。この物資見て下さいよ! 危険な場所に、非力な女子が一週間も寝泊まりするのなら、これくらいは当然です!」
これに文句があるのなら、私達に依頼した自分に言え!
そういう態度で胸を張る。
「分かった分かった、依頼主には渡しておく。まあ、向こうもプライドがあるからな、嫌とは言わんだろう。じゃあ、依頼主が来るまで、待機しておいてくれ」
頭を掻きながら下がっていくボッツ。
奥の部屋に行き、三人で椅子に座って待つ。
しかし、ただ待つのも暇なので、ヒスルは本を読み、分からない文字はエリナが教えて行く。ソフィアは、まあ、寝ている。
そうして時間を潰しているうちに、来客を告げるノックが鳴る。
それに立って待ち、「どうぞ」と告げる。
ソフィアは「ふぁ〜」と欠伸をしているが、気にしてはいけない。
入って来た依頼主を横目で見ながら、上座に来るのを待つ。
その中に見知った顔があり、内心「ゲッ」となる。
向こうもエリナに気付いたようで、驚いた顔をしていた。
「お前、エリナか? どうしてここに……?」
「何だラルトル、知り合いか?」
「はい、学校の同級生です……ここにいるって事は……」
目の前にいる依頼主は二人。
黒髪長髪の中年の男性と、緑色の髪のラルトルと呼ばれた青年である。
ラルトルの反応を見るに、中年男性は上司に当たる人物なのだろう。
「今回の依頼を引き受けますエリナ・ビスケットです。隣にいるのが、仲間のソフィアとヒスルになります。よろしくお願いします」
頭を下げて自己紹介をする。
その様子に訝しんだ中年男性が、疑問を投げ掛ける。
「おい郵便屋、今回は腕の立つ運び屋を頼んだはずだが、どうなっている」
近くにいたボッツを睨みながら問う。
その態度が嫌いで、なんだこの野郎と反論したくなる。だけど、それに対してボッツは言ってくれた。
「ジースさん、彼女達はまだ若いですが、運び屋の中でも屈指の実力者です。もし、エリナ達でも駄目なら、うちから人は出せません」
ボッツさん……!
まさかこんなに評価してもらえてたなんて! と感動してしまう。
チッと舌打ちをしたジースという人物は、諦めたのかエリナ達を見る。
「セントラル錬金術師会のジース・プレラーだ。今回の遺跡調査団の隊長を任されている」
「ジース教授の助手をしているラルトル・エンテだ。エリナ……どうして運び屋なんかを……」
ラルトルが眉を顰めて、憐れむようにエリナを見て来る。
それに対して、エリナの返答は簡単なものだった。
「生活の為よ。それで、今回運ぶ物は何ですか?」
冷たくあしらい、ジース教授に話しを聞く。
同情される覚えはない、この道は自分で決めたのだ。その眼差しは、エリナだけでなく、仲間にも無礼な物だった。
「ふん、外に置いてある。着いて来い」
ジース教授はそれだけ言うと部屋から出て行った。
それに続いて出て行こうとすると、ラルトルに呼び止められてしまう。
「待て!」
「なに? 貴方の上司に呼ばれているんだけれど」
「どうしてあの時、抗議しなかった。もう一度、チャンスは貰えたんじゃないのか?」
「あの時?」
「卒業試験の話だ! よくよく考えたら、おかしかった。あんな簡単な試験、お前が落とすはずがない! 何かあったんじゃないのか?」
ラルトルの言葉で、当時の事を思い出す。
父も母も居なくなり、メンタルが参っている中での卒業試験。その中で、明らかにおかしな事があった。でも、それもどうでもいいと、何も言わずに受けてしまったのは自分だ。
だから……。
「何もないわよ、早く行かないと怒られるよ」
ここにこうしているのも、自分の選択なのだ。
◯
外に出ると、そこには人が入りそうな大きな箱が置かれていた。重量もそれなりにありそうで、これを運ぶのは、少々骨が折れそうだった。
「あの、これは?」
「魔力変換装置だ。簡単に説明すると、この中にある物に魔力を流すと、旧世代が使っていた遺物を起動する事が出来る」
「お、おお! つまり、魔力を電気に変換するんですね⁉︎ それは直流も交流も行けるんですか⁉︎ 設備を動かすともなると、高電圧が必要になると聞いた事があるんですけど、それも可能なんです? どれ程の変換効率なんですか? 実験しました? 資料とかありましたら、是非見せて頂きたい!」
「エリー落ちついて」
ジース教授に詰め寄るエリナに、チョップで正気に戻すソフィア。
新しい技術を目にすると、その構造が知りたくて、ついつい質問攻めにしてしまう。
おかげで、ジース教授もドン引き……はしておらず、ほうっと感心した様子だった。
「そうだったな、錬金術に知識のある者を頼んでいたんだったな。錬金術師ではない者に、詳しくは教えてやれないが、そうだな……今の変換効率は60%だ。いずれは80%まで行かせるつまりだ」
「つまり、これはジース教授が作ったんですね⁉︎」
おお! と再び興奮するエリナ。
それを二度目のチョップで正気に戻す。
このままじゃ、話が進まないと、ソフィアはエリナの背中を押して荷物を運ばせる。
「かなり重いよ」
「これくらいなら、大丈夫!」
エリナはグローブを装着すると、魔力を流す。
そして、箱を挟むようにして掴むと、一気に持ち上げた。
この魔力変換装置は、男性二人分くらいの重量があるが、グラビティグローブを使えばこれくらいどうとでもない。
それを感心したように、ジース教授は見ていた。
「そのグローブは普通の物ではないな、お前が作ったのか?」
「え? はい、運び屋をする以上、荷物は運ばないといけないので……」
「ふむ、両手で挟んだ物の間を、限りなく無重力にしているのか? 無駄な労力だが、中々に興味深い……これを起動するのに、どれほどの魔力を消費している?」
「はい! この大きさですと、5mp〜7mpになります」
「大きさ? 重量ではなく? いやそうだな、無重力にするのならば、それは重量ではなく大きさでっ⁉︎ 何をする⁉︎」
ジース教授は、正面からのソフィアのチョップをまともに受けてしまい、狼狽えてしまった。
「難しい話はいいから、あっち」
中年男性にも臆する事なくチョップが出来るソフィアさんは、集団の方を指差していた。
そちらには武装した者達がいる。
それは、服装を見るにセントール自治区の治安を守る警邏隊だった。
それを見てジース教授は、「ああ、来ていたのか」とどうでも良さそうな態度で対応していた。
今回の調査隊は、調査員として錬金術師が十六名、遺跡の専門家が二名、護衛として警邏隊から五名が配属されていた。
他に荷物の運搬係が他にも二名と、今回雇われたエリナ達の計二十五名で遺跡に向かう。
エリナが荷物を固縛していると、また別の人から話しかけられる。今度は誰? と顔を向けると、懐かしい顔があった。
「エリナ久しぶり」
「ヤン⁉︎」
声を掛けてくれたのは、学生時代親しかった友人。
艶のある黒髪、凛とした顔立ち、身長も女性にしては高く、男性よりも女性にモテた友人だった。
「元気してた? あれから、一度も顔を見ていなかったから心配で……」
「元気元気! ヤンも今回の調査隊に参加するの?」
「うん、と言っても、ほとんど雑用だけどね」
そう微笑む友人を見て、相変わらずカッコいいなぁと思ってしまう。
「でも、今回は参加して良かった」
「どうして? 何か昇進とか掛かっているの?」
「エリナ、貴女に会えたからよ」
「ヤン⁉︎」
嬉しい言葉に、思わず抱き着いてしまう。
こういう所が、男性よりも女性にモテた所以である。
恥ずかしい言葉を平気で口にして、そのイケメンっぷりにみんな落ちて行くのだ。
「相変わらず人たらしだね」
「ありゃ、やっぱりエリナには通じなかったか」
それもこれも、ヤンの計算の内である。
それが分かっているから、エリナは友達でいられた。そうでない子は、ヤンに取って都合の良い同性にしかならなかった。
「運び屋、頑張っているみたいだね」
「ええ、順調よ。頼もしい仲間も出来たしね」
そう言ってソフィアとヒスルを紹介すると、えっこの二人が? と驚いていた。
少しだけでも会話したかったが、
「おい小娘。エリナと言ったな、警邏隊を紹介するから、こちらに来い」
とジース教授から呼び出しがあり、諦めるしかなかった。
じゃあ行って来る、と離れるエリナ。
その後ろ姿を見て、ヤンの拳に力が入るのをヒスルは見ていた。




