運び屋10
「準備はいい?」
エリナは愛車であるミネルヴァに跨り、背後にいるソフィアとサイドカーに乗るヒスルに尋ねる。
「おけ」
「大丈夫、です」
返事を聞くと、出発するよと声を掛けてスロットルを回し発進する。
フィーンという魔力エンジン特有の音を立て、段々と加速して行く。
少しの間過ごしたキャサリ自治区を離れ、セントール自治区へ帰る道を進む。
舗装された道を進み、やがて凸凹のある道が現れミネルヴァにも振動が伝わるようになる。
エリナやソフィアは慣れているので酔わないが、二度目のヒスルはどうだろうかとサイドミラーで確認すると、ぼーっと流れる景色を見ており、どうやら大丈夫のようだ。
ヒスルを見て、午前中の話を思い出す。
冷血な独裁者と呼ばれていたエルデモット卿と面会を行い、その境遇を聞いてしまった。
独裁者と呼ばれているのだから、何でも思い通りにしているのかと思っていた。だが、実際のところは、かなり危い状況なのだと聞いて驚いた。
それなのに、ずけずけと物を言い、責めてしまった。
まったく情けない限りだと反省する。
『全てを終わらせたら、必ず迎えに行く。それまでは、ヒスルを頼む』
冷血な独裁者と呼ばれた男の覚悟と願いが、その言葉には込められていた。
エリナにはエルデモットがどのような気持ちなのか、理解する事は出来ない。可能なら、全てを捨ててヒスルと共に過ごしてほしいとすら思っていた。
しかし、エルデモットを見ると、彼にとっての大切なものは、なにも子供だけではないだと気付いた。
隣にいた二人や、キャサリ自治区に住む住人全てが、彼にとって大切なのだろうと、何となく理解出来た。
出来たとは言っても何となくで、正直、エリナには理解出来るような規模ではない。
これ以上の追求は不躾じゃないのかと思い、エリナは口を開いた。
『私達に任せて下さい』
ただ、頭を下げて、彼の覚悟を了承した。
道を走っているとソフィアが魔銃を取り出し、クルクルと手の中で回すと、突然草むらに向かって発砲する。
パスッと軽い音が鳴り、その音でソフィアが何かを撃ったのだと気付く。
「なに? モンスターがいたの?」
「うん、ごくあく非道のモンスターがいた」
「何か素材が取れそうなやつ?」
「無理、何も無いから諦めて」
「そっか、じゃあ仕方ないね」
「そう、仕方ない」
いつものソフィアとのやり取りをして、ミネルヴァを走らせる。
過ぎていく着弾点には、草に扮した魔銃を持った男が倒れていた。
「ねえ、ヒスルちゃん」
「んっ?」
「魔法は扱えそう?」
「たぶん、大丈夫、です」
エルデモットとの面会を終えたあと、ヒスルの魔法の適正検査を行っていた。
すると、回復魔法の適正があると分かった。
ヒスルは分かっていないようだったが、かなり有益な属性であり、能力を高めれば不治の病でさえ治療してしまうという噂さえある属性だ。
検査を行った際に、係員にヒスルを引き留められたが、キャサリ自治区に留まる訳にもいかず、教本だけを貰って出て来たのだ。
本来なら、魔法に関する教本を貰うことなど出来ない。
一応、他の自治区でも魔法の教育が行われている所はあるが、キャサリ自治区のそれは頭ひとつ抜けたものになっていた。
その技術を他所に出すなど、本来ならあり得ないのだが、シルビアから手渡されたのだ。
『ヒスル様をお願いします』
手渡された時の彼女の顔は、慈愛に満ちているような気がした。
何はともあれ、ヒスルは教本を手に、魔力の操作を覚えようとしている最中で、何となく手応えはあるようだ。
そんなヒスルに、エリナは提案をする。
これは、嫌ならやる必要はないかなとも思っている。
「そっか……ねえ、錬金術も習ってみない?」
「れんきん、じゅつ?」
「そう、錬金術。いろんな物を創造して作り出す技術だよ、試しにやってみない?」
自分の得意分野である錬金術を、ヒスルに教えようと考えていた。勉強や家事も教えるつもりだが、そのついでにという軽い気持ちである。
やりたくないと言われたら、それでも良いかなぁとも思っいた。
そんな誘いに、敢えて水を差す者もいるが。
「やめた方がいい、きっと頭がパンクするから」
それは、後ろにいるソフィアだ。
過去に一度、錬金術を教えているのだが、教え初めて一分で寝始め、五分後には退出していた実績を持つ猛者でもある。つまり、ダメな子である。
「えっ?えーと、えーと」
「ヒスルちゃん、ソフィの言葉を間に受けちゃ駄目。戦い以外は怠け者だがら」
「え?」
「それは言い過ぎ、単にやる気が出ないだけ」
「えっ?ん?」
インカムから届く会話に、頭を混乱させるヒスル。
結局はどうなのだろうと頭を悩ませて、エリナとソフィアを行ったり来たりと目を移している。
その様子を横目で見て、クスリと笑ってしまう。
小動物のようで可愛いかったのと、ヒスルの新しい表情が見れたなぁと嬉しくなった。
「これから楽しくなりそうだね」
何となく、二人に話かけていた。
これから新しくヒスルが加わり、三人での生活となる。
きっと、色々とあるだろうが、それも含めて楽しくなったら良いなと思ったのだ。
「そだね」
「う、うん」
二人の反応はこんなものだが、エリナは賑やかになるだろう生活を楽しみにしていた。




