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運び屋1

 山道を大型の三輪バイクが駆け抜ける。

 そのバイクは運転者の魔力を燃料に動いており、魔道自動走行車という通称『魔道バイク』と呼ばれている物である。

 この世界では、運び屋と呼ばれる職業の者達が愛用している乗り物であり、大型ともなるとかなりの値段がする物である。


 その魔道バイクを運転しているのは、まだ二十歳前の女性。赤毛の髪をショートボブにしており、黄金の瞳にはゴーグルが装着されている。

 顔立ちは幼さを残しているが、美少女と呼んで差し支えない造形をしている。但しひんぬー。


「一直線に出るから、そこで引き離すよ!」


「任せて」


 後部座席にいる女性は一つ頷くと、腰に携えてある二丁拳銃を取り出し、背後から迫る頭が二つある狼のモンスターに備える。


 拳銃を持った女性はロングの白銀の髪を靡かせて、赤と青のオッドアイの瞳でモンスターを見据える。

 そして道を曲がり、一直線の道に出るとその瞳で照準を合わせると、連続で引き金を引いた。

 魔法の弾丸が飛び、モンスターに着弾する。

 合計十発の魔弾が当たり、ギャンと悲鳴を上げるが、モンスターは足を止めるどころか怒気を抱き、顔付きが凶悪になってしまう。


「ダメ、威力が足りない」


「逃げ切れば良いから、無理しないで!足を狙って!って聞いてる!?」


 サイドミラーを見ていた運転手の女性は、驚いて思わず絶叫する。その理由は、後部座席の女性がライフルの魔銃を取り出したからだ。


「止めて!?それじゃ赤字になっちゃうって!!」


「大丈夫」


「何がよ!?」


 ライフルの魔銃を構えた女性は、仲間の悲鳴を無視して引き金を引いた。





「ほら、今回の成功報酬だ」


「あのー、ボッツさん、もう少し色付けては頂けませんか?」


 場所は変わり、セントール自治区にある郵便屋。

 多くの運び屋がここで仕事の依頼を引き受け、危険な自治区の外を走り抜けて、別の自治区に荷物を届けている。


 その郵便屋で赤毛の女性であるエリナが、職員である筋骨隆々の男性、ボッツに報酬の値上げを懇願していた。


「ダメだ」


「そこを何とか〜ねっ?」


 懇願はあっさりと却下されるが、それでも引き下がれないと無い胸で谷間を作ったように見せかけ、ウィンクで色仕掛けを仕掛ける。


 だが、残念ながらボッツには効かない。

 何故ならエリナの色気が足りないから、何故なら奥さんLOVEだからだ。


「ふん。よく聞けエリナ、お前達が引き受けた仕事は、隣のリートン自治区の薬師会に薬品を運ぶだけだ。時短を狙わずに正規の道を通っていれば、その日暮らしの収入には十分だったはずだ。それを、モンスターが徘徊する山越を狙ったからこうなった。 つまり、お前達の責任だ」


「それは、早く届ければボーナスが出るって言うから……」


「貰ったんだろう? 薬師会特性のポーション」


「こんなの、薬局で300Gで販売してるやつじゃないですか!? 生活費の足しにもなりませんよ!?」


「モンスターも討伐したんだろ? 警邏隊に持って行けば買い取ってくれるだろう」


「もう持って行きましたよ、損耗が激しくて買い取ってくれませんでしたけどねっ!」


「そりゃ残念だったな。だからと言って、うちが金を出す事は無い。仕事はあるんだ、金が欲しいなら働け」


 ボッツは依頼書が張り出された掲示板を指差して、さっさと行けとエリナを追い払う。

 恨めしい思いを視線に乗せてボッツを見るが、ボッツはどうでも良いと職務に戻っていた。


 分かっている。

 ボッツはただ仕事をしているだけで、無茶を言っているのは自分だと。


 エリナは掲示板には行かず、郵便屋さんを出る。

 その先には、エリナの相棒である白銀の髪の女性が柵に繋がれた犬と戯れていた。

 彼女の名前はソフィア。

 腰まである白銀の髪と、赤と青のオッドアイが特徴的な女性だ。幻想的な雰囲気を纏っており、普段はやる気が無いのか半眼で過ごしている。


「お〜よしよ〜し。ほら、これでお前は自由だ〜」


「何やってんの?他人の犬を勝手に自由しないでよ」


「……だってパトラッシュが自由になりたいって言ってるし」


「死んじゃいそうな名前付けないであげて。それに、パトラッシュなら飼い主と一緒にいたいでしょ」


「なぬ?そうなのか?」


 ソフィアは小型犬であるパトラッシュ(仮名)に尋ねると、首を傾げて可愛らしさをアピールしている。

 その様子を見たソフィアは、よし持って帰ろうと抱き上げた。


「よし、じゃないわよ!何やってんのよ!? お婆さんが困ってるでしょ!?」


 ソフィアはエリナの方を振り向くと、エリナの隣で年配の女性がパトラッシュ(仮名)にオドオドと手を伸ばしていた。




「お金貰えた?」


「貰えた。赤字だったけどね」


 パトラッシュ(仮名)をお婆さんに返して、涙を流しながらお別れを済ましたソフィアは、仕事の成果を尋ねる。

 そして、赤字と聞いて、何故?と首を傾げた。


「どこかのソフィさんが、人の忠告を聞かずにライフルぶっ放したからじゃないかしら?」


「それは許せませんなぁ」


「そうよね、食事抜きにしてもいいと思わない?」


「それはやり過ぎ。そのソフィさんもきっと反省してる。だから、許して上げるべき」


「じゃあ言う事があるんじゃない?」


「ごめんなさい」


 素直に謝るソフィアを見て、もういいわよと腰に手を当ててため息を吐く。

 モンスターを見ると、どうしても倒したくなるソフィアの習性は理解しているので、これ以上責めるような事はしない。

 お金が無いなら稼げば良い。

 ボッツも言っていた通り、仕事はまだまだあるのだから。


「明日はお休み?」


 許しを頂いたソフィアは期待を込めた表情で尋ねる。これまでは、仕事をした次の日は休みとなっていたのだ。

 だから今回もと思い聞いたのだが、エリナは良い笑顔で、


「仕事、頑張りましょうか」


 と死刑宣告を行った。




 この世界は、二百年前の大戦により人類の生活圏は大きく失われていた。

 別に戦争のせいで、世界が荒廃したという訳ではない。

 実態はその逆で、戦争で初めて使われた魔導兵器により、世界に大量の魔力が降り注ぎ、多くのものに恵みをもたらしたのだ。

 その恵みは、砂漠を緑豊かな世界に変え、汚染されていた空気は浄化された。海のゴミは綺麗に分解され、人の手によって汚された世界は、人の兵器によって正常な世界を取り戻してしまった。


 そして、その恩恵を受けたのは世界の環境だけではない。


 世界に生息する動物達にも影響が出たのだ。


 野生の動物達は、魔力の影響を受けて強靭な肉体を手に入れ、特殊な能力も手に入れた。

 特殊な能力とは、火を吐いたり、水を操ったり、風を武器にしたり、大地を盾にしたりと様々だ。

 なかには人以上の知能を獲得した生物もいる。

 その生物は森に閉じ籠り、賢人として独自に生態系を形成している。知能は高いが森との共存を選択している為、原始的な生活を送っているらしい。


 まあ、それは別の話として、知能が動物のままだった生物はモンスターと呼ばれる化け物に進化して、人を襲い始めた。


 その強靭な肉体には、鉛玉を飛ばすだけの原始的な武器は効果が薄く、兵器を使用しても倒すのには苦労した。

 大量の動物が人を襲うモンスターへと姿を変えて、人類の生存権を大きく奪って行く。

 特に特殊な力を使うモンスターには、手も足も出ずに万単位の人の命が奪われた。かつて動物だったモンスター達は、これまでの恨みを晴らすかのようによく暴れたのだ。


 ただでさえ大戦で減っていた人類は、国という形を保てなくなり、狭い範囲を守る自治区を形成していく。

 壁を作り、モンスターが入らないように結界を張り、モンスターの生存圏から隔離したのだ。


 食料問題や物資の問題は、豊かになった世界のおかげで困る事はなかったが、安全というモノがとても重要な価値を持つようになった。


 自治区から一歩でも外に出れば、そこは人を襲うモンスターの生存圏。

 その外で活動する職業は、命をベットして報酬を得ているようなものである。


 そんな世界で、アルケミストのエリナとクルセイダーのソフィアは、二人で自治区間を行き交う運び屋として生計を立てていた。




 エリナは早朝から、ガレージで魔道バイクであるミネルヴァの整備をしていた。

 タイヤは前回交換したのでまだ大丈夫だが、シャフトと魔力を動力へと変換する回路の整備が必要だ。可能ならもっと強化したいのだが、昨日の収入がマイナスだったので後日に見送られた。


「エリ〜ご飯は?」


「テーブルの上に置いてるでしょ、パンは自分で焼いてね」


「あ〜い」


 ガレージの扉が開かれ、寝ぼけ眼のソフィアが腹減ったぞとたかりに来る。それを振り返らずに、スパナで指差してリビングに行くように誘導する。


 私はいつからお母さんになったんだろうとエリナは逡巡する。

 ソフィアとの出会いは二年前になる。

 錬金術師としての道を断たれたエリナは、力無く家路に付いていた。外は雨が降っていたが、傘を差す気にもならず、濡れながら誰も居ない家に向かう。


 そんな時だ。

 建物の隙間に女の子が座って、雨に降られているのを見つけたのは。

 白銀の髪を濡らし、自分と同じように沈んだオッドアイの瞳を見て、まるで捨てられた猫みたいだなぁという印象を受けた。

 そして、気が付いたら手を伸ばしていた。

 もしかしたら、捨て猫拾うような気持ちだったのかも知れない。

 もしかしたら、失敗した自分を彼女に投影して、救おうとしているだけなのかも知れない。


 それでも、エリナが手を伸ばした事でソフィアは救われ、頼れる相棒を手に入れる事になる。




 魔道バイクの整備が終わり、シャワーを浴びて汗を流すと、早速出掛ける準備を始める。


 白いシャツにブラウンのジャケットを羽織り、黒のショートパンツにブラウンのブーツを履いて完成である。

 化粧や髪はささっと済ませてある。

 どうせ魔道バイクに乗れば乱れるのだ。

 それなら、人前に出れる程度に整えておけば問題はない。


「ソフィ、行くよ」


「分かった」


 リビングから出て来たソフィアの格好は、白のシャツに黒いロングパンツを着用し、腰には魔銃を携えた黒いベルトを装着し、上から紺のマントを羽織っている。

 黒のロングブーツを履いて、とんとんと履き心地を確かめるとエリナの元に向かった。


 二人は魔道バイクであるミネルヴァに跨り、魔力を流して起動させると、風が吹き抜ける音が鳴り、走る準備が完了したと知らせてくれる。

 そしてゴーグルを装着すると、バイクグローブを嵌めた手でスロットルを回し、郵便屋に向けて魔道バイクを走らせた。




「急ぎの仕事がある。出来ればお前達に頼みたいんだが、時間はあるか?」


 郵便屋に到着して、扉を開いた先で待っていたボッツに、開口一番の言葉がこれだ。

 一体なんなんだと驚いていると、他の職員に誘導されて応接室まで案内された。そして、目の前にお茶を出されたのだが、ソフィアはジュースを所望してオレンジジュースが置かれている。


「それで、なんなんですか? 急ぎの仕事って?」


「お前達はキャサリ自治区と言う場所を知っているか?」


「キャサリンのチクビ?」


「キャサリ自治区だ。誰も俺の嫁の話はしていない」


 ソフィアのボケにボッツがツッコム。

 いつもなら無視していたが、ボッツの奥さんの名前はキャサリンだったので思わず訂正してしまった。


「確か、魔法使いが力を持ってる場所でしたよね? そこがどうかしたんですか?」


「あそこの支配体制がどうなっているか知っているか?」


 ボッツの言葉に首を振る二人。

 大方、各界の有力者が集まっているか、住民から支持された人物が政治を行なっているかだろうが、ボッツの言い方だと違うようだ。


「一応、選挙という方式は取ってはいるが、実質、独裁体制だ。 最近、キャサリ自治区に郵便屋が開店した。それで、早速厄介な依頼が舞い込んで来やがった」


「お断りします」


「……まだ何も言ってないだろう」


「いやいや、厄介って言ってたじゃないですか!? そんな言い方されたら、誰も受けませんよ!?」


「三百万だ」


「……はい?」


「三日間で三百万Gの依頼だぞ? 受けないのか?」


「仕事の内容はなんでしょうボッツさん」


 エリナの瞳がきらりと光る。

 決してお金に釣られた訳ではない、困っている人を助けたいという善意の心からの言葉だ。決して三百万あれば、あのパーツが買えるなとか、あの薬品の材料が買えるなとかそういうのではない。


 ギラギラと光る目を見て、頼む奴間違えたかと悩むボッツだが、実力があり信頼出来る女性の運び屋が彼女達しか居ない以上、どうしようもないと諦めた。


 少し待ってろとボッツは告げて応接室を出て行く。

 そして、次に応接室の扉が開かれたとき、ボッツの隣に居たのは、汚れた服を着た小さな少女だった。


「今回の依頼は、キャサリ自治区の統治者、エルデモット卿にこの少女を届ける事だ」




 本来、人の運搬は、自治区が管轄している警邏隊が担当している。

 自治区間の人の移動には、相応の数の護衛が付き、時間も金額もそれなりに高くなる。


 それなのに人の、少女の運搬を頼まれてしまった。

 これは何かある。

 きっときな臭い何かがある。

 と思っていたのだが、ボッツの説明によると、この少女はエルデモット卿の娘の可能性があるから連れて行ってほしいと言うものだった。

 思いっきりキナ臭かった。


 何でも、少女の母親は嘗てエルデモット卿の家に使用人として勤めており、ご主人様と使用人との間で熱い熱い恋が繰り広げられていたらしい。

 その結果、使用人は少女を妊娠するが、エルデモット卿の家族がそれを許さず、端金を渡して放逐したらしい。


 それからのエルデモット卿は荒れた。

 荒れたと言っても不良になったとかではなく、全ての事に対して容赦しなくなったのだ。

 それは誰に対しても、自治区に住む民だろうが、自治区の有力者だろうが、たとえ家族であっても容赦せず法の下に罰したのだ。


 それでキャサリ自治区の治安は良くなり、多くの人に支持されているのだが、裏でコソコソとやっていた連中は面白くない。

 長い年月を掛けて、有力者と繋がり関係を築いて来たのに、その有力者と関係が切れたのだ。これまでの上がりが頂戴出来なくなってしまう。

 ならばと、新しい人物と繋がろうと考えても、粛清を恐れて話に乗って来ない。


 ならばとまた考えた裏社会の馬鹿な幹部が、直接エルデモット卿に話を持って行ったのだ。


 その幹部は、当然のようにエルデモット卿に取り締られた。

 そして、その幹部が全てゲロって全員捕まる事になる。


 どんな世界にも、たとえ人類の生存圏が減少したとしても、人々が必死に働く裏で甘い蜜を与ろうとする者は必ずいる。

 その裏社会の住人が、一斉に自治区から追い出された。


 彼等は、それはもうエルデモット卿を恨んだ。

 ゲロった幹部は即刻処刑されたが、エルデモット卿を恨んだ。

 恨んで恨んで大半がモンスターに殺された。

 残念ながら、世界は人類に厳しくなったのだ。裏でコソコソしているだけで、モンスターに立ち向かえるような力を持った者は少数しか存在しなかった。


 かくして平和になったキャサリ自治区は、エルデモット卿の下、恐怖政治が敷かれているそうだ。

 尚、普通の住民にとっては居心地良いもよう。


「で、その生き残った裏社会の方々から襲われる可能性があるらしいわ……って聞いてる?」


「大丈夫。近付く奴撃てばOKだよね?」


「違うから!一般人にまで銃向けないで!?」


 魔道バイクに乗り、近距離用のインカムを使って二人は会話続ける。


「目的地のキャサリ自治区まで、ヨモギ自治区で一泊して、外で一泊するから、そのつもりでいてね」


「え?やだ、ベットで寝たい」


「却下、別のルートを行くと倍の時間掛かっちゃうわ」


「それでもやだ、ヒスルも嫌だよねー?」


 ソフィアに急に話しかけられたのは、今回の輸送する人物である。

 少女の名前はヒスルと言い、自己紹介をする時もおどおどとしており、不安そうな表情をしていた。


「あっあっ、わかん、ない、です」


 サイドカーに乗せられたヒスルは、自信無さげな表情でそう答える。

 薄紫色の髪の上にはヘルメットが被せられており、これは少しでも怪我を防ぐ為の処置だ。

 最初の自己紹介の時に着ていた服は破棄しており、今はエリナのお下がりを着せている。


 薄ピンク色のワンピースに白いソックスを履かせ、足には赤いリボンの付いた黒い靴がある。魔道バイクに乗るので、その上から防寒用の白いコートを着せている。


「コラッ、ヒスルちゃんも困ってるでしょ。それに、早くお父さんに会いたいだろうし、急ぐに越した事はないわよ」


「えー」


 非難の声を上げるソフィアは、唇を尖らして不貞腐れる。

 外で一泊、それはつまり野営をするという事であり、交代で見張りをする必要があると同義だった。


 ……睡眠時間がいつもの半分になる。


 ソフィアにとってそれは、食事を半分に減らされる程にショックな出来事だった。

 そんなアホなショックを受けていると、インカムから小さな声が届いた。


「……じゃないです」


「えっ?」


「まだ、お父さんって、決まった訳じゃないです」


 サイドカーに座るヒスルは、手を強く握り、期待をしないようにしていた。

 怖いのだ。

 父親だと期待して、実は違ったと裏切られるのが。

 否定された時の事を考えると、どうしても怖くて信じられずにいた。それなら、最初から違うと思おうとしていた。


「それは……」


「エリー待って」


 そんなヒスルの思いを理解しているのか、ソフィアはエリナの言葉を遮り、隣に座っているヒスルを元気付けようと声を掛けた。


「お腹、空いてるんだよね?」


 ソフィアには、少女の葛藤を理解するのは難しいかもしれない。

 息を大きく吐き出したエリナは、前方を見ながらヒスルに話し掛ける。


「ねえ、ヒスルちゃん」


「ん?」


「ヒスルちゃんのお母さんってどんな人だったの?」


「ママは……」


 昨日、郵便屋で依頼を受けて、その日は依頼の準備に当てていた。その関係でヒスルを自宅に招き一緒に過ごしたのだが、その中で、ヒスルの身の上話も聞いていた。


 ヒスルの母親はとても明るい性格をしており、人前では決して暗い顔は見せず、いつも明るい笑顔を浮かべ周囲を明るく照らす太陽のような人だった。

 その人柄もあり、多くの人達から愛され、言い寄って来る男も多く居た。


 名家で使用人をやっていた経験から、要人への対応も出来るため、ある商会の受付をしていたらしい。


 誰からも愛される女性。

 それがヒスルから聞いた母親の印象だった。


「優しいママ、でした。ママがいなくなってみんな悲しんでた」


 その母親は、一年前に亡くなっている。

 ヒスルが家で待っていると、突然扉が開かれ、母親が亡くなったと告げられたそうだ。


 亡くなった原因は分からない。

 病気を患っていたのか、はたまた事故なのかも分からない。

 ただ冷たくなった母親と対面させられて、葬儀が行われ、悲しむ間もなく孤児院に預けられた。

 それから塞ぎ込んだように過ごして、急に父親が探しているという話が舞い込んできた。


「素敵なお母さんだよね」


「うん」


「じゃあ、素敵なお母さんが選んだ人なんだから、きっと素敵な人なんだよ。もしも、エルデモット卿がお父さんじゃなくても、どこかに居るヒスルちゃんのお父さんは、素敵な人だと思うな」


「……うん」


「エルデモット卿が本当の父親じゃなかったら、お祝いしようよ」


「お祝い?」


「うん、お祝い。だってエルデモット卿って独裁者なんだよ。沢山恨まれている人だから、ヒスルちゃんがエルデモット卿の娘だと、危険な目に遭っちゃうかもしれないじゃない。 だからさ、エルデモット卿がお父さんだったら、親子の再会にパーティして、違ってたら安全になったってお祝いしようよ」


 言ってて苦しいなとエリナは思う。

 それでも、この言葉でこの子の心が軽くなれば良いなと思い、言葉を紡いだ。

 その効果はあったようで、サイドミラーに映るヒスルの表情は幾分和らいでいた。


 ついでに他の物も映ってしまうが。


「ソフィ、背後からバーサクラビットが来てる!」


「はーい」


 エリナの声に反応したソフィアが、腰のホルスターにある拳銃を抜き放ち、速射で背後にいるモンスターを撃ち抜いた。

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