今日見た夢を話したいコミュ障無口SS級冒険者
とても面白い夢を見た。王都の中心、高級宿にて。
俺はふわふわのベッドから上半身だけ起こし、渋面で夢を思い出す。技術屋の男が仲間の男女に金を騙し取られ、愛猫も売られた。技術屋は過去と未来を行き交って、男女に仕返しして、猫を取り戻すという夢だった。
寝るだけなのに無駄に広くシックな部屋を見渡して深呼吸。ベッドから降りカーテンを開く。
目に映る家々の壁は白く、屋根は花のように色とりどり。清潔な石畳に美しい衣服の人々。ここは王都の中心地。故に上流階級が集う。
俺はルイス。SS級冒険者。元は農村のガキだったがひと旗あげようと魔物どもを狩って、今となっては貴族と肩を並べられるほどの冒険者。冒険者ギルドの人々とも仲が良い。だが……俺自身会話は得意ではない。だけど、今日の夢はウケるハズだ。
まずはイメージトレーニング。
俺はいつものようにギルドの酒場エリアに行く。あそこはA級以上の冒険者しかいない。ふるまいで不安はない。そこで、俺はよく話しかけてくれる金髪の青年にまず話しかける(ちなみに同年代)。酒を振る舞って(朝だけど)、夢の話をするのだ。技術屋が成功するところでは盛り上がらせ、男女の裏切りは緩急をつけ、仕返しはハイスピード。みんな自然と集まってきて、会話を聞いて楽しんでくれる。
よし、イメトレ成功だ。
俺は装備を整えて大剣に布を巻き、街へ繰り出す。向かうはギルド。道中人々から尊敬の眼差しと雑談(俺は相槌を打っただけ)をし、ギルドに着いた。子供からは顔を見て怖がられたが。酒場からは仲間たちの笑い声。今日こそ、その雑談のなかに入ってやる。
開け放たれたギルドに入る。
みんなが見てくる。シンとなる。
俺が入るといつもこうだ。いじめなら怒ることもやり返すこともできる。だが彼らの目は上官が来て姿勢を正す兵士のそれ。いくらSS級が世界で数人といっても、同じ冒険者だ。気にせず仲良くしたいのだが。
いやに緊張しながら金髪青年の近くに座る。彼は健気に寄ってきて、「おはよう」と挨拶してくれる。返事をしようと口をモゴモゴさせていると、
「装備を整えるとは、流石耳が早い。北方のドラゴンだろう?」
なんのことか聞こうとしても、
「本来はA級の、オレたちの仕事だ。だがキミに頼むということは、相当ヤバいやつなんだろうな」と遮られた。
ドラゴンはA級異常の冒険者しか討伐が許されない。それ以外が戦っても無駄死にで、それぐらい危険……なのはいい。俺は夢の話がしたい。
給仕の女性が運んできた水に口をつける。これをひと口飲んだら夢の話をしよう。
「あの、ルイスさん」
声をかけてきたのは受付嬢。深刻な表情だ。
「きっと」金髪青年が肩に手をかける。「出番だぞ」
俺は立ち、受付嬢に付いていく。夢の話はできなかった。俺とは同年代の金髪青年にすら年上にみられ、みんなからは寡黙な奴なんて思われている。オレも酒場でペチャクチャ喋りたい。できないけど。
そういえばあの金髪の名を知らない、と思いつつ案内された部屋に入る。キレイな調度品に掃除の行き届いた応接室。窓から入る太陽を後光にして、ギルドマスターが座っている。
「来てくれたか」
彼は渋い面に渋い声で俺に言う。眼帯なんて着けているから威圧感が凄まじい。
「クエストの説明をする」
夢の話はできそうもない。
……曰く、北方の寒村にドラゴンが襲撃をかけた。普段ならA級の仕事。だがそこは吹雪が舞う冬の山。しかもドラゴンは風と雪を操り追いつめてくるという。吹雪く山での戦いは危険すぎる。そこで俺が出る、と。
「あそこは私の領地でもある」貴族らしい発言。「頼むぞ」
ギルドマスターは立ち上がり、部屋から出ようとドアノブに手をかける。
「何か質問は?」
聞き忘れていたのだろう。彼は振り向かずに言う。
よし来た。ここで「夢の話がしたい」と小粋なジョークを言おう。いつも無表情なあの男も、クスリとするかも。
その話の前に、咳払い。
「失礼。キミには無用の問いだったな」
微笑を携えた声が耳に残った。……席はそんなつもりじゃないのに。
……馬車。外は曇天。屋根まである豪華なこいつの中で、俺は不貞腐れている。
ギルドから出発してからしばらく。霜がかった荒野を進みながら御者の男が語る。
「ルイスさん。ここは元々、村があった場所なんですよ」
画期的な返しを考えていても、すぐ続きが来る。
「しかし見渡して御覧なさい。草もちょっとしか生えていない。すでにおかわりでしょうが、魔物の仕業ですな。しかもたった一匹でここまでにした。元は豊かな農村でした」
道がガタガタで車が跳ねる。馬がいなないて不満を表す。
「そう、A級以上の魔物ですな。そいつはとんでもなくデカい亀で、腹の下から樹木みたいに根を張っていた。土地の栄養を吸い尽くしちゃったんですな。いやはや迷惑な話で」
「あの……」俺は話をしようと口を開く。「そう!」御者には相槌に聞こえた様子。
「そうそう、あの魔物を討伐したのはルイス、貴方様なんですな。あっしはここの出身で、いやもう例をしてもし足りなくてですね。今日はあの時の返礼として、たとえタダでも運んでみせますよ!」
ひげを揺らしながらおだてられて、話すタイミングを逃す。
馬車で数日過ごした。道中の宿では御者が話をつけてくれて、とてもよい接待を受けた。美人さんに囲まれた時は緊張で吐くと思ったし、ベッドで鼻の下を伸ばしていたがそういうことはなかった。ずっと無表情だったせいでいらないと思われたらしい。クソ、俺はSS級の冒険者なのにまだ童貞だ。チクショウ、夢の話もできなかった。
そして、村に着いた。
寒空には雪が舞い、地に積み上がる白色は体力を奪ってくる。村の家々は何かを恐れて扉をピシャリ。風以外で聞こえるものは、ドラゴンらしき雄たけび。ボロ屋を震わせる。
「ルイスさん」
村の人と話をつけた御者が近づく。真剣な表情で言う。
「どうか、ご武運を」
村人に案内され村長の家へ。貧しいながらも料理を出され、暖炉のそばで話をする。
「近隣の山に一匹、強大なドラゴンがおるのです」
老村長は、火に薪をくべた。
「小柄で真っ白、四つ足に羽が二対あります。奴が現れてから雪は止まず、風は強く、冬越えのための食糧は食べられるばかり」
温めたワインを口に含める。少量のスパイスが体を熱くする。突風が吹き扉がうるさい。
「そして……金品も奪うのです。あれで村の家々を修繕しようとみんなで話していたのに」
ドラゴンらしい奴だ。奴らはキラキラ光るものに目がない。光っていればハゲでも持ち帰る節操のなさだ。
「ルイス様、どうか、あのドラゴンめをとっちめてください」
コクリと頷く。別に断る理由もなし。それより、目標を殺したら村の人と仲良くできるかもしれない。そして、数日前に見た面白い夢の話できるだろう。ドラゴンも倒せて話も面白い強面の男なんて、ギャップで老若男女からモテるに違いない。
早速登山準備を完了させ村を進む。道中人はほぼいない。唯一いたのは物を運んでいる幼女。俺の顔を見て震えたので、ニッコリと笑って見せた。彼女は過呼吸になってしまった。親御さんには謝られた。クソ、俺の何が悪いんだ。
雪山を登る。本来、吹雪く雪山に上るなど自殺行為。だが魔物を狩ると決めたなら、例え雪の中土の中肉の中女子風呂の中、どこでも進まなければいけないのが冒険者。ちなみに女子風呂には実際入った。女性の四肢が浮かぶ血の海が羨ましいならぜひ変わってほしかった。しばらくは肉を食べられなかったなぁ。
ドラゴンの体臭、ブレスの残り香、風の向きと勘で足を進める。視界ゼロなので目を閉じていても変わらない。そんな状況下、いきなり太陽が現れた。顔を殴る風が止み、冗談みたいな晴天が目を焼く。そして目の前には洞窟。間違いなく、ここにドラゴンがいる。
邪魔な荷物を降ろす。身体強化魔法をかけ、呼吸を整える。大剣にまとう布を外し、戦闘態勢。左手でエクスプロージョン・ミニを使う。小さく熱い火球ができた。上級魔法だ。上位冒険者なら誰でも使える。
洞窟の中に火球を投げこむ。大地が真っ赤に光り、溶け、大きな火柱が天を貫く。その中から突風。火の粉を散らしてドラゴンが現れた。白く、小さく、巨大な魔力を滾らせている。洞窟は完膚なきまでに破壊した。あの中には村の金品や食料があっただろう。だがそんなこと気にしてドラゴンとは戦えない。
「貴様……人間風情が我の城を……!」
風が自在に吹き荒れる。ドラゴンは雪玉を風でかき集め、高速で射出。鋼にように硬い雪玉が迫りくる。
強化魔法の力により駆けて避ける。疾風より早く動き、炎ブレスをかわす。地を蹴って進み、ドラゴンの真下に来て空へ跳ぶ。バリスタの矢のように鋭いタックルを浴びせ、ドラゴンをひるませた。空中で方向転換。ドラゴンに乗った。
「コォーッ……」
息を整え、ドラゴンの首を高速斬撃。一秒間に千の乱打。肉を裂き、骨を砕く。
「グオオ!」
ドラゴンは鱗を飛ばして俺を落とした。首は回復魔法で治され、今にも逃げそうだ。地面に落ちた俺はすかさず閃光魔法を撃ちまくる。空は光に支配され、ドラゴンは一時失明。
雪に剣を突っ込む。氷をまとわせ、鋭く、鋭くして刃とする。再び空へ跳ぶ。上段に構えて背中を一撃。氷ごと背骨を折った。
「ガアア!」
ドラゴン墜落。もうマトモに動けなさそうだ。
とどめを刺そうと頭に向けて剣を振り上げる。
……あ、夢の話はこいつにすればいいじゃん。もう誰にも話せていないし、忘れる前にこいつに話そう。そしたら次はこの白いのと戦った話で盛り上がれる。
はなそ。
「俺は数日前にある夢を見てな」「な、なんの話だ」「それはとても……すごくてな」「我を……愚弄するか! クッ、殺せ!」「えーっと、あれ、何だっけ」「なんなんだ、貴様ッ。ク、体が」「確か猫が未来にいて、男女が付き合っているんだっけ」「何の話だ! 人間めが!」「でも、男がいたような。復讐だっけ」「狂人めが。おのれ狂い人め!」
俺が夢の内容を思い出そうとしていると、ドラゴンの魔力が動いた。反射的に剣を振り下ろし、ドラゴンは死んでしまった。
「あっ」
雪山に晴れが広がる。
ギルドマスターは珍しくニコニコしている。
「やはりキミに任せて正解だった。傷一つなくトカゲを狩ってくれるとは。今度個人的に歓待をさせてくれ。我が領土を守ってくれた英雄だ」
報酬は俺専用の倉庫に送られる。ギルドの人からまた資産運用について文句を言われつつ酒場へ。そこには、憧れに目を輝かせる冒険者たちが集う。
「ルイスさん! 戦い方を教えてくれ!」「雪山でドラゴンに勝てるなんて!」「頼むよ、ルイス!」
戦闘の教授か。でもオレは、あの村で食べた鍋の話をしたい。
「ルイス……老いてなお健在か。かなわないな」
金髪の青年が微笑んで呟く。
俺……お前と同い年なんだけど。二十歳なんだけど。
先週に小説を投稿予定だったことを今思い出した。
それがボクです。