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青空隊  作者: 葱鮪命
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悪事吹き飛べ春疾風!! 後編

 その日の夜、香苗(かなえ)は物音に目が覚めた。玄関の方でガチャガチャと音がする。すぐに答えはわかった。誰かが扉のドアノブを回そうとしているのだ。香苗は恐怖に失神しそうになった。


 間違いない、あの男だ。今までこんなことはなかったというのに。

 もしかして、夕方に小空(こそら)たちと共に帰ったのが原因なのだろうか。彼女らに全てを打ち明けられたと勘違いして、相手も焦っているのかもしれない。


 香苗は震える手でスマホを手に取った。こんなとき、一体どうしたらいいのだろう。警察......両親......。


 頭がぐるぐると回った。今度こそ涙が溢れた。


 どうしてこんな目に遭わなければならないのだろう。自分はただ夢に向かって頑張りたいだけだ。仕事以外のこんなことに苦しめられるなど、自分の夢は諦めざるを得ないのか。


 その時、香苗は思い出した。夕方、小空と別れる際に彼女に貰ったあのメモ用紙_____もし、彼女が言っていることが本当だとしたら、助けに来てくれるのだろうか。


 香苗は机の上に置いてあったメモ用紙を手に取ってすぐに番号をスマホに打ち込んだ。発信のボタンを押そうとして、指が止まる。目に入ったのはスマホの左上に表示された時計だった。


 23:53。


 普通の高校生ならもう寝ている。今日は木曜日なのだから、明日だって学校があるはずだ。


 だが、彼女の言葉を思い出す。


『誰にも言いづらかったらすぐ電話ください。絶対守ります。いつだって駆けつけるんで』


 そう、今がその状況なのだ。彼女しかいない。


 香苗は意を決して通話ボタンを押した。発信音が聞こえる。1コール、2コール、3コール......。

 片耳ではまだガチャガチャと音が鳴っている。涙を拭きながら、スマホから聞こえてくる音に集中する。


「お願い......出て......」

 香苗は声を絞り出すようにして言った。6コール、7コール______


『もしもしっ!!』

 あの声が聞こえてきた。


「あ、小空ちゃん______」

『はい!! 出ましたか!?』

 香苗は「うん、玄関にいる」と言った。覚えてくれていたようだ。


『了解です! 私少し手が離せないので、違うやつ二人向かわせます!! 三分で着きます!! 玄関の扉開けちゃダメですよ!! あと、家中の窓の鍵は全部閉めてください!!』

「うん、うん、わかった......」

『私も少し遅れて行きますね! 大丈夫、絶対助けますよ!!』


 頼もしい声だった。電話が切れたあとで、香苗は何とか立ち上がって、部屋の窓の鍵を確認する。しっかり施錠されている。それからトイレ、風呂場、キッチンを確認した。全て閉まっていた。


 再び布団に戻って、香苗はスマホを見つめる。手が離せないと言っていたが、何だろうか。宿題でもやっていたのかもしれない。だが、それにしては電話の向こう側が騒がしかったようにも思える。


 三分で着くと言っていたが、その三分が長く感じた。


 布団に入って数分後、あのガチャガチャ音が止んだ。香苗は恐る恐る布団から出て、玄関の方に行く。すると、


「小空に言われて来ました。香苗さんですね。犯人の顔を確認していただきたいのですが、よろしいですか?」


 爽やかな男の声がした。香苗は覗き穴から外を覗いた。すると、二人の男が立っているのが見えた。

 優しそうな顔の青年と、無愛想な顔をした少年。青年の腕には誰かが抱き抱えられている。気絶しているのか、自分で体重を支えているように見えない。だがこの服装と顔は、コンビニで見たあの男だった。


「はい、そうです。この人です」

 香苗が言うと、青年は頷いた。


「分かりました。ご協力ありがとうございます」

 そう言って彼は男を背中に背負った。


「あの......気絶しているんですか?」

「はい。でも大丈夫です、死んではいないですよ」

「は、はあ......」


 気絶している人は初めて見た。映画ではよく頭を打ったり、後頭部を打ったりして気絶するがそういうものなのだろうか。そんなことを考えていると、


「おつかれー」


 そんな声が聞こえてきた。香苗はハッとしてすぐに扉を開いた。夜の空気が一気に流れ込んでくる。


 さっきまで居なかったもう一人の人物。制服は着ていなかったが、彼女だった。淡い色のパーカーにマスタードイエローのハーフパンツ、頭にはキャメルのキャスケット帽が乗っている。


「小空ちゃん......」

「お、香苗さん!! 無事でしたか!?」


 小空は香苗の手を取る。香苗は何度も頷いた。彼女は「よかったよかった」と笑って、


「実は此処最近ストーカー被害が増えてるって聞いてたんですよ。こいつ、色んな女にハシゴしているみたいで。とんでもないクズ野郎ですよ。私がコテンパンにしとくんで、今日はもうお休み下さい!」


「うん......ありがとう。ごめんね、こんな夜中に。あの......それと、もう一つお願いがあって......」


 香苗は少女の手に目を落とす。すべすべした柔らかい手だ。だが、とても頼もしく思えた。香苗がその次の言葉を吐こうとすると、その手に力が加わった。驚いて香苗が顔を上げると、そこにはあの悪戯っぽい笑みが浮かんでいた。


「警察沙汰にしないで欲しいってことですね。安心してください、これは私が引き受けます! お姉さんはもう何も怖がんなくていいですよ」

「え......本当に......?」


 警察に言われるのだけは、親の耳にも入るだろうと恐れていたのだが、どうやらそれも小空には見抜かれていたようだ。


「でも、どうするの......? 小空ちゃん、普通の女子高生_______」


 言っておいてそうでもないな、と思った。ストーカーを見抜いて、こうして夜中に駆けつけて、警察沙汰にはさせないと宣言するような子がただの女子高生と思えるわけが無い。


 言葉が詰まった香苗を見て、小空は「あはは」と笑った。


「いえいえ、普通の女子高生ですよ。困ってる人を助けるヒーローごっこしてるだけです。もちろん、半端な仕事はしないですけど」

 小空はそう言って、香苗の頭を撫でた。


「困ったら周りを頼ってください。一番怖いのは、あなたが居なくなることなんですから」

「......」

「偉いですよ、ちゃんとヘルプ出せたの。この調子でどんどん助け求めちゃってくださいね!」


 小空はパッと香苗から離れた。


「......うん、そうする」

 香苗は頷いた。


「じゃ、また。今度は遊びに来ます!」

「うん、待ってるね」


 彼女らは夜闇に姿を消していった。香苗は彼女らが消えていった辺りを少しの間じっと見つめていた。


 夜風が眠気を誘うように、気だるげに吹いてくる。


 *****


「ああーー、事情聴取なっがあぁぁあいっ!」


 白み始めた空に向かって小空は叫んだ。


 警察にストーカーを引き渡すと、すっかり遅い時間になってしまった。被害者は一応自分の名前で出した小空だが、事情聴取が此処まで長いとは思っていなかったのだった。


「被害者の名前に俺じゃなくて雨斗(あまと)でも出すべきだったじゃん、これはもう。ねえ?」


 小空が横を歩く男二人に問う。


「たしかに雨斗は顔立ちが綺麗だからねえ。ストーカーの被害に会うとなると納得するところもあるけど......きっと彼に構ったら社会的に消されるよね」


 青年_____ 青咲(せいさく)がのほほんとした声で言うと、小空が「あー......」と納得した顔で頷く。


「でもこれだけ長いなんて聞いてない。夜明けちまったじゃねえか。俺、必要あったのかよ」


 そう言ってため息をつくのは髪に紫のメッシュが入った青年_____ 透真(とうま)である。


「まあまあ、しょうがないって。あんな綺麗なお姉さんが無事でいられるんだから。それに透真が居なかったら、あんなに綺麗にあのストーカーを気絶させられなかったよ」


 と、そう言って笑うのは青咲だ。


「結局あの女目当てだったのかよ」


 透真が呆れ顔で言う。


 仕事だと言われてついて行けば、ストーカーの処理。これだけ長いとは知らされていなかったので彼はすこぶる機嫌が悪い。何故なら彼の大事な睡眠時間とゲーム時間が奪われたのだから。


「しかし、まあ......本当に美人さんだったねえ」


 青咲は透真ではなく、今度は小空に言った。小空も、途端に顔を輝かせて、


「やっぱ、そうだったよな!? ありゃあ、ナンパしたかいがあったわー。また放課後会えるといいなー」


「嵐平には聞いていたが、まさか本当にナンパしてやがったのかテメエは」


 透真が小空を軽く睨む。


「放課後ってナンパする時間でしょ?」


「んなわけあるか」


「ついて行って正解だったじゃんか、最終的に電話番号も渡せたわけだしさあ」


「警察に捕まるのはお前の方だったんじゃねえのか」


 女性の話題で盛り上がる小空と青咲を見て、透真は再び大きなため息をついて空を見上げる。白み始めた空に鳥が一羽溶けるようにして飛んで行った。

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― 新着の感想 ―
[良い点] 早くも2つの事件を解決した青空隊。日常的(←いずれも刑事事件であることは置いといて)な問題を思春期の少年少女たちが「颯爽」と解決する様は気持ち良いです。やはり中心人物の子空ちゃんが魅力的で…
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