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青空隊  作者: 葱鮪命
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色なき風に、われから色を。 中編

「ただいま」


 青空隊のリビングに天助てんすけ透真とうまが入って来た。ソファーでくつろいでいた小空こそらは、真反対の視界に二人の姿を映す。背もたれに足をかけ、座面に背中を乗せていたのだ。


「おー、二人ともお帰り」

「一緒に出掛けてたのか」


 雨斗あまとがヘッドフォンを外して、意外そうな顔で透真を見上げる。

 透真が答えようとしたところで、天助がテーブルに飛びついてきた。


「ねえ、透真って凄いんだよっ!」


 天助の頬が紅潮している。よっぽど興奮することがあったのだ。


「ゲームセンターに居たヤンキー、とっちめたんだよ! 俺が奪われた景品、全部取り返してくれたの!!」


「おー、そっかそっかー」


 小空は反対のままスマホのカメラを構えてやる。必死な天助が可愛かったのである。

 シャッター音を聞きながら、雨斗の目は透真に移る。


「天助を連れて行ったのはそういうことだったのか」


「危険なことさせると、後で青咲せいさくに怒られる」


 嵐平(らんぺい)は床に放り出された景品袋を覗き込み、奥にお菓子の存在を認めると、猫のように袋に顔を突っ込んで取ろうとしている。その横腹を透真は足でつつきながら、


「別に良いだろ。ケガはさせてねえんだから」


 そう言って、テレビの前に移動する。

 天助は最初の勢いを失って、テーブルに腹を乗せたまま嵐平、雨斗、小空、そして透真を順に見た。


「どういうこと?」


 今からおよそ三時間前、透真が出かけると言って、珍しく自分を誘ってきたので、天助は喜んでそれについていった。透真が遊びに誘うのは本当に珍しいことで、天助は何処に行くかも分からないまま家を出たのである。


 結果、行先はゲームセンターだったのだが、今の会話では、透真が意図的に自分をゲームセンターに連れ出したかのようである。


「あそこのゲームセンター、最近は不良の巣窟」


 嵐平は目当てのものを探し当てたようで、袋から出てきた。手には大きな箱菓子を持っている。


「雨斗が透真に、その不良をやっつけるように言ってた」


 天助は目を丸くして透真を見るが、彼は既にゲームに没頭しているようだ。画面の中でキャラクターが目にも留まらぬ速さで動いている。


「その不良っていうのが、一人の子供を狙うやつらで____その子のお金とか、取った景品とかを巻き上げる輩らしい」


 嵐平の口には既にお菓子が入ったらしい。徐々に聞き取りづらくなっていく。


 天助は透真に倒された二人の少年を思い出していた。

 あの二人は確かに、自分の手から景品も財布も奪い取ってしまったのだ。透真は最初から、彼らをやっつけるつもりだったのである。


 つまり、


「任務だったってことっ?」


 天助の目は雨斗を見る。雨斗は頷いた。


 自分は知らないうちに任務に駆り出されていたのだ。透真が華麗にそれを解決してしまったのである。


「ゲーセンの客から、困ってるから何とかしてほしいって依頼が来てたからな」


「お前、あんま言いすぎると____」


 透真が画面から目を離して天助を見る。彼の位置からでは天助の背中しか見えないが、彼がどんな表情をしているかは見ずとも分かった。


「雨斗ー!! 俺も、俺も何か任務したいーっ!!」

「そら来た」


 透真は次の試合が始まったのでテレビ画面に戻る。天助はテーブルの上で腹の位置を移動させて、ずりずりと雨斗に近づいていった。


 青空隊に入って二か月以上が経過した天助。雨斗にはまだ一つの任務すら貰えていない。

 雨斗曰く、青空隊員に備わる飛行能力が天助にはまだ使いこなせていないから、らしい。大抵の任務でその力は使われないのだが、いざという時には命が関わってくる大切な力だ。

 しかし天助は、己でその力が完璧に操れると信じていた。現に、最近は空の中を自由に飛び回れるようになってきているのだ。


「俺も任務欲しいっ! もう二か月経った!!」


 任務の管理は全て雨斗の仕事だ。だから、彼に頼めば何かしら仕事が貰えるのだが____。


「だよなー。天ちゃんもそろそろ任務したいよなー」

「乗せるな」


 小空は天助の味方らしい。天助の懇願に、雨斗は迷惑そうだった。眉を顰めながら、


「あのな、任務遂行には何か突出した能力が必要なんだぞ」

「突出した能力って?」


 天助は唇を尖らせながら問い返す。


「透真みたいに喧嘩が強いとか、小空みたいにコミュニケーション能力が高いとか、俺みたいに英語が喋れるとか____」

「俺、景品取った!」


 天助は右手をピンと上げて、大半が嵐平の腹に消えたお菓子を指さした。「俺がな」と透真。


「俺、料理できるよ!!」

「青咲のお手伝い」


 嵐平が言う。


「リコーダー吹ける……」

「リコーダーじゃあね」


 小空が苦笑する。そして、天助の肩が震えるのを見た。元気よく上がった腕が、塩のかかった菜っ葉のように、しおしおとテーブルに降りて来る。「あ、やばい」と小空。


「お、俺もっ!! 何かしたいーっ!!!」


 天助のその日一番の叫び声が、玄関を突き抜けて通りまで響いた。


 *****


 その日の夕方、天助は小空と共に飛行練習に出かけた。秋になって、巨大な入道雲は姿を消したものの、雲が無い分、空の広さを存分に味わえるのだ。満足げな様子で帰宅し、天助はリビングのソファーでうとうとし始めた。


 リビングでは次なる大きな任務の会議が始まっていた。キッチンでは仕事から帰って来た青咲が料理をしているが、今回の任務で彼の出番は無いのである。


「今回も俺がパスワードを盗む役だな」


 雨斗がパソコンを操作しながら言う。すかさず小空がその顔に悪戯っぽい笑みを浮かべた。


「ま~たあまっちゃんは~。ほんと、す~ぐお偉いさんと関係持つ~」

「やめろ」


 話が盛り上がったところで、リビングとキッチンを繋ぐ扉から青咲が顔を出した。


「天助、お皿に盛るの手伝ってくれる?」

「んがっ」


 うたた寝をしていた天助はその言葉で目を覚ました。気づけば良い香りがリビングに立ち込めている。今日の夕飯はミートソーススパゲティなのだ。


「あれ、寝てたの」

「うん」


 青咲の手伝いが好きな天助である。眠気はすっかり覚めたようだ。

 そして、リビングの中に広がる生真面目な空気を感じ取ったのだった。そう言えば、夢の中で何度も小空と雨斗が難しい話をしていたのだ。


 ソファーから降りて、青咲のもとに向かいながら、天助は悪びれもなく口を開いた。


「ねえ、青咲。俺も何かお偉いさんと関係持てないかなあ」


 次の瞬間、青咲どころかリビング全てに氷が張った。スパゲティの香りだけが呑気にリビングの中で踊っている。


「俺だって雨斗のお仕事できるよ。マクラにシワができたら伸ばすお仕事でしょ」


 時間はまだ止まっている。


「……うん、そうだねえ」


 ようやく、青咲が返事をした。彼の顔には優しい笑みが浮かんでいる。


「でもね、結構奥が深い仕事なんだよ。それに、天助にはまだちょっと早いかなあ」

「えー。そうなんだ」


 天助は欠伸をしながらキッチンの方へ消えていく。青咲もキッチンの方へ向かおうとして、


「みんな」


 と優しい声で、その場で固まったままの隊員を呼ぶ。「ハイ」と統率の取れた返事。


「後で話があります」

「ハイ」


 ぴしゃ、と扉が閉まった。


 *****


「そろそろ天ちゃんにもお仕事あげたら良いのに」


 青咲からの説教の後、小空は正座を胡坐に崩して、食後のデザートとして準備された林檎に手を伸ばす。


「そういうわけにもいかないよ」


 雨斗に言ったつもりが、返事をしたのは青咲だった。


「天助のお母さんには、天助に危ないことはさせませんって言ってあるんだから。みんなみたいに空を自由に飛ばすことだって、本当ならなるべくやらせたくないんだよ」


 当の本人は入浴中である。泡風呂をしたいということで、嵐平が買ってきた泡風呂用の入浴剤を入れて二人で遊んでいる。楽しげな声はリビングまで届いていた。


「でも、天ちゃんも隊員の一人なんだよ?」

「そりゃそうだけど……」

「買い物代行とかならできそうじゃない?」

「まだ中学生だよ。お金のやりとりさせるのはなあ」


 小空と青咲の会話に、雨斗は入ってこない。パソコンを見ながら、適当な相槌を打つだけである。


「今日は透真の任務についていったんでしょ? 本人はそんな気はなかったみたいだけど……。誰かと一緒に任務をするっていうのなら、天助も納得してくれるんじゃないの?」


 青咲の目は雨斗に向いた。

 雨斗は「まあ」と上の空である。仕事の返事で忙しいのだろう。


 代わりに小空が口を開く。


「天ちゃんはきっと、自分一人で遂行できる任務が欲しいんだよ。誰かの後ろに立ってるだけじゃなくて、きちんと自分を必要としてくれる依頼者がくれた仕事が良いんじゃないのかな」


 リビングはそれっきり静かだった。透真は説教が終わるや否や自分の部屋に戻っていったので、いつものゲーム音は無い。

 風呂の方はあがったらしく、ややあってリビングの扉が開いた。


「お風呂あがったー」


「泡風呂どうだった?」


「楽しかった! 嵐平が買ってきた入浴剤ね、凄いんだよ!」


 天助は髪を乾かすために青咲に連れていかれる。


「あの様子じゃ、任務のこと忘れてそうだなー」


 ケラケラ笑う小空の傍で、雨斗はパソコンの蓋を閉じた。


 *****


 此処は二階の寝室。床に敷かれた簀子の上に、ベッドが作られている。そこに雨斗、嵐平、天助、青咲の順番で並んで横になっていた。

 この四人は同じ部屋で寝起きしているのだ。


 もともとは嵐平は実家から青空隊に通っていたので、この部屋には青咲と雨斗の二人だけだったのだが、現在は四人という、すし詰め状態である。


 規則的な生活を望む青咲のおかげで、隊員の就寝時間は統一されている。皆、十時までにはそれぞれの部屋に入るようにというルールなのだ。天助が来ることで、さらにそれは徹底された。


「明日のおやつ何が良い?」


「カステラ!」


「へえ、天助、カステラ好きなの?」


「ううん、特に好きじゃない」


「……雨斗でしょ。もう、自分の口で言いなよ、そういうのは」


 青咲側のベッドサイドには小さな本棚がひとつだけある。ベッドに入った後は、三十分ほど各々自由な時間を過ごすのである。大抵、青咲は天助と明日のおやつを決めるためにレシピ本を開くのだった。


「カステラかあ。作ったことないや」

「鈴カステラにしよう。たこ焼き器で作れる」

「嵐平に食べられたんじゃ、焼く方が追い付かないよ」


 青咲は天助越しに嵐平を見る。嵐平はスイーツのレシピ本が熟読書だ。開かれているのはカステラのページだった。


 顔を上げたついでに、青咲は時計を見た。「そろそろ寝ようか」と本を閉じる。


「雨斗も、寝るよ」


 嵐平は既に眠りに落ちたようだ。食べるのも早ければ、寝るのも早い。

 雨斗もその向こうでスマホを置いた。ショートスリーパーの雨斗は、朝が来るまで起きていることもあるのだが、天助が来てからはせめて標準的な就寝時間に合わせるように言ったのだ。といっても、天助が寝てしまえば、彼はまたスマホを手に取るのだが。


 青咲は目を閉じた。冷蔵庫の中身を思い出しながら、明日の仕事帰りに買いに行くべきものを頭に思い浮かべる。記憶の中にある野菜室の扉を閉め、冷凍庫の扉に手をかけた時、


「天助」


 雨斗の声がした。目を開くと、間接照明の光だけがぼんやり光っている。


「なに?」


 天助は眠たげだった。


「任務来たぞ」

「えっ!?」


 ぼんやりした明かりの中で、天助が起き上がったのが分かった。


「本当にっ!?」


 天助は嵐平の上に乗っかる勢いで雨斗に迫っていく。青咲も体を半分起こす。


 天助に任務の依頼が来たというのか。


 青咲は夕食後の会話を思い出す。

 小空と自分の会話に、雨斗はほとんど顔を出さなかった。しかし、天助に依頼を与えるかどうか、最終的に決めるのは彼なのだ。


「大丈夫なやつなの?」


 当然、天助への依頼となれば、危険なものは任せることはできない。天助は隊員の一員ではあるものの、それを除けば母親が臨月のために家で預かっているただの中学生なのだ。母親が出産すれば、家に帰すことになっている。


 雨斗はスマホを触っているわけではなさそうだ。彼の方は間接照明の明かりが届かない、暗い闇が広がっている。


「ただし、重い責任のある仕事だからな」


 雨斗の声は静かに響いた。


「一人の人生を決めかねないことだ。それでもやるか?」


 青咲は依頼の内容を想像する。

 買い物代行のような仕事ではないのだろうか。命に関わるような仕事は任せられないことを、雨斗ならば知っているはずだ。


 天助は、小空のようにまだ空も上手く飛べない。雨斗のように体を張った任務もできない。透真のように喧嘩も強くないのだ。


 天助は答えに迷っているようだった。

 四つん這いの状態で固まったままピクリともしない。


 やがて、


「うん」


 返事は決まった。


「やるっ」


「じゃあ、詳しい話は明日するから。ちゃんと寝て、体力戻しておいて」


「うんっ」


 天助は四つん這いのまま戻って来た。布団に頭から潜り込む。足がじたばた激しく動いた。


「良かったね」

「うんっ……」


 天助は顔をゆっくり外へ出した。その顔には満面の笑みが浮かんでいる。


「雨斗、ありがとー!」


 雨斗から返事は無かった。

 天助はまた布団に潜りこんで、中で声を押し殺して笑っていた。

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