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青空隊  作者: 葱鮪命
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二つ星の二重奏-8

 人がほとんど居なくなった控室。Crowはあれから透真とうまに迫ることなく、素直に空いている席に腰かけて、スマホを眺めているだけになった。決勝まで残り15分。溢美いつみは、もう底が見えかけているペットボトルを傾ける。透真のペットボトルは、最初に口をつけただけであとは一度も減っていない。


 こんこん、とプレハブの窓から音がした。誰かが窓を叩いているのだ。溢美は其方を見て目を丸くした。そこには母が居た。溢美は急いで外に出る。後ろ手で扉を閉めるや否や「何してるの」と声をかけた。


「応援だよ、応援」

「わざわざ此処まで来なくて良いのに。観客席でしてよ、応援は」


 気恥ずかしい。透真は根から興味もなさそうにスマホをいじっている。あの二人を控室に残すだけでも恐ろしいというのに。早く戻りたい、と言いかけたが、溢美は次の母の言葉に耳を疑った。


「全部知ってたからね」


 全部、と繰り返す。


「まだマイナーな世界でしょう。本当に大丈夫なのか、お父さんと心配してたんだよ」


 たしかに、まだまだ知られていない世界だ。そういうことを専門としている大学を、たまたま家から通える位置に見つけられたのは奇跡だろう。行きたい大学の名前は言っていたが、理由は濁していたのだ。だが、全て気づかれていたのである。


 やはり、あの夜、たった一人で一位を取れたことが嬉しくて叫んだときだろうか。家を出る前にコントローラーは完璧に親の目から隠していたと思えていたが、そういうわけでもなかったのだろうか。


「見て、これ」


 母が送って来たのは、一枚の写真だった。若い父の写真だった。


「これ____」


 それは、小さなステージの上で、カメラに向かってピースサインを向ける父の姿だった。後ろには、見慣れた光景が広がっている。古い機種ではあるが、パソコンが向かい合うようにして並べらている。


「私たち、あなたには死ぬまで隠しているつもりだったんだけどね」

「これ、なに?」

「言ったことなかった? お父さんと何処で知り合ったか」


 母は少女のような笑みを浮かべた。


「ゲームの大会だったの。こんなに激しいゲームではなかったけどね。私も、あなたくらいの歳にゲームに魅せられて、たくさんやったんだから」

「ちょっと待って、聞いてない」

「言ってないって言ったでしょ」


 母は肩を竦めた。


「あなた生まれるときにこれからのことも考えて、ちょっとずつ売っていったの。物心つくころには、家にゲームなんて一台もなかったはずよ」

「……うん」


 たしかに、家でゲームなど見たことが無い。あの家で最も最初にゲーム機となったのは、自分の部屋にあるあのパソコンだと思っていたのだ。


「やっぱり親子だよね。困っちゃうね」


 母は笑う。溢美もいつしか笑顔になっていた。


「溢美がどんな道を進もうとしたって、私たちは止めないからね。大丈夫、全力で進んでみなさい」

「うん」

「頑張れ」

「ありがとう」


 溢美は母と頷きあった。


 自分がどうしてゲームの世界に魅せられるのか。ゲームが引き合った二人の間に生まれたから。何かしらの運命が自分を導いたのだろう。


 もう安心して進んでも良いのだ。夢への線路は出来上がったのだ。


「何があったって!?」

「わからん、突然データがぶっ飛んで____」


 プレハブは、ステージの斜め後ろに立っている。そこから、ステージの裏側が見えるようになっていた。何やら慌てた声が聞こえてくる。溢美と母の目が其方を見た。何かトラブルだろうか。


「あ、じゃあ母さん席に戻らないと。優しい子たちが、席を離れるって言ったら取っておいてくれるって。気を抜かずに頑張ってよ」

「うん、ありがとう」


 プレハブの前から去っていく母に言って、溢美はもう一度ステージの方を見やる。まだ係員らしき人たちの慌てた声は続いていた。ほとんど悲鳴に近い声であるが、会場の賑やかさがそれをかき消している。


 一体何があったのだろう。


 溢美は、気にしながらもプレハブの中に戻った。


 *****


「はあ!? 準々決勝からの引継ぎデータがぶっ飛んだ!?」


 小屋の中にCrowの声が響いた。溢美が母と別れてから数分後、小屋に慌てて入って来たのは、一人の若い女性係員である。


 準々決勝からは、集めていた武器や支給品を次の試合に引き継ぐことができる仕様になっていた。溢美もなるべく支給品の回復薬は使わないようにしていたのだ。弾薬も数を考えて使っていた。それが全て使えなくなったのである。


「申し訳ございません。ですので、決勝は初期データの状態でのスタートに____」

「ふざけんじゃねえぞ!」


 あれほど人前で良い顔を見せていたCrowも、顔を真っ赤にして怒っている。プレハブには、決勝に進出する者しか残っていない。溢美、Crow、そして透真。


 溢美は透真の顔を盗み見た。全く持って動揺していない。まさか、とは思ったが溢美は黙っていた。すると、Crowの目は係の女性から透真の方を向いた。


「こんな一大事にずいぶん冷静じゃねえか。さては、お前何か知ってるな?」


 透真は目を細めた。


「何が」

「とぼけんじゃねえ! お前が機材になんかしたんだろ!」


 溢美は二人の顔を交互に見た。たしかに、この状況で自分の相棒は冷静すぎる。優勝に向けて貯めていたものが全て消えたとなると、誰もが頭を抱えたくなる。


「さあな」

「さあな、だと!? このままじゃ決勝は行われねえぞ! こんな大会めちゃくちゃにして、機材をぶっ壊して、牢屋にぶち込まれてえのかっ!」


 溢美も係の女性も肩を竦めて事の成り行きを見守っていた。透真は表情を変えず、真正面からCrowを見据えている。


「一個だけ知っていることがある」

「言ってみろ! 場合によっちゃ警察を呼んでやるよ!」


 すると、透真の人差し指が何かを示した。それは、Crowの片腕だった。正確には、彼が右手に持っている、テディベアだ。


「それの中身、見せてみろ」


 Crowの顔から色が消えた。


「お前の相棒、ずいぶん優秀じゃねえか? 会場のゲーム内容を勝手に書き換えてやる優秀なハッカーだな」

「お前、何言って____」

「おかしいと思ったんだよ」


 透真がモニターを見た。今は何も映っていない。


「この会場で用意されているあのゲームにおいて、お前の武器だけ異常に精度が高い。素人の目なら騙せると思ったか? 弾のスピードから、爆弾の威力____草の上を踏む音ですら何もかも違う。たしかに、地方のゲーム会場が用意した専用のゲームだ、簡単にプログラムいじるくらいできるだろうが……」


 Crowはわなわなと震えていた。


「それが世界ランキング二位のプロゲーマーか? ずるしてのし上がるのがそんなに楽しいか? 人の目をだまして得る金が惜しいのか」

「黙れっ!」


 Crowが床にテディベアを投げ捨てた。


「お前に俺の何が分かる! あの時あんなしくじりしなきゃ、俺だってこんなクソみたいな大会に顔を出すなんてことしなくて良かったんだよ!」


 彼の言うしくじりとは、この暴力的な性格のせいでゲームの世界から押し出されたことだろう。プロと言う言葉だけで集まった人の数に、彼は少なからず快感を覚えたのだろう。素人相手ならば、自分を魅せられる踏み台になると思えたのだろう。それだけに限らず、最終的には金が貰える。五万という、プロにとっては雀の涙の賞金だとしても、仕事も減った彼からしたら喉から手が出るほどに欲しいものだったに違いないのだ。


「いいか!? お前らみたいに、ゲームをただのお遊びだと思っているような奴らが、俺に勝てるわけがねえんだよ! 絶対にだ! 俺はプロだ! この世界では俺が一番上だ! ランキングが二位だ? お前はプロでも何でもない、ゲームを趣味としか思っていないただのモブキャラなんだよ! 華々しい世界で活躍している俺とは、雲泥の差がある!」


 Crowは透真に向かって早口でまくし立てた。


「プロの実力を見せてやる。お前らが所詮俺を立たせるためだけの飾りにしかならないってことを分からせてやる。初期武器でも初期装備でも、全て知り尽くした俺なら完璧に操れるんだからな」


 彼はそう吐き捨てて、プレハブを出て行った。係の人も慌ただしく彼についていく。決勝までもう三分もないのだ。部屋には二人だけが残った。


 溢美はちらりと透真を見る。彼はやはり表情が無い。


「……佐倉井さくらい


 溢美は目を伏せた。


「私、本当にこの大会で優勝しても、得られるものがあるのかわかんない」


 Crowの言葉は、ほとんどが透真に向けられているものだった。だが、それは同時に溢美の心にも深い傷をつけていた。


 Crowは人間性の問題を抜いてしまえば、たしかに上手いのだ。実力と言うのは本物だ。彼がプロの世界に居られたことが全てを物語っている。自分が目指している世界にはあのような者が必ず居るのかもしれない。自分の腕を盾に、様々な手を使って地位を確立させる者が。


 プロの世界に入るということは、自分の腕が認められるということ。それはどんなに嬉しいことか。さっきの母との会話の中で、自分の夢を応援されたことだけでも嬉しかったというのに。


 きっと、その嬉しさを知ってしまったら、次に欲望が芽生えるのは至極当然な結果だろう。


 この地位に居続けたい。下に誰かが居るのだと知れば、人はその地位を保つか上に上りたくなるのだ。ランキングから外れないようにしたくなるのだ。だからこそ、Crowの気持ちが分かる。


 こうした大会で、純粋にゲームを楽しんでいる人が嫌に見えるのも、納得できる。


 Crowは、夢が叶ったらどうなるかを物語った自分そのものに思えた。


 自分もああなってしまうのかもしれない。人を蹴落としてまで、ルールを破ってまで地位を守りたくなるのかもしれない。嫌なプライドを持ち続けてしまうかもしれない。


 本当に自分が目指しているのは、純粋にゲームを楽しもうと思える世界なのか。


「お前が俺をここまで連れてきたんだろうが」


 透真が言った。溢美は伏せていた目を彼に戻した。


「嫌な奴はどこの世界にも居るんだ。次は自分があんなふうになるって、鏡見てるみたいに見えたんだろ」

「……うん」

「ランキングに居たいって思えるのは当然だ。俺だって上って来るような奴らが居たら、突き落とす」


 でもな、と彼は続ける。


「誰のおかげでその地位が自分の手元にあるのか、きちんと確認しろ」

「……」

「俺はお前に時間を譲ってやった。貴重なゲームの時間をお前に費やした。お前に負けたプレイヤーは、みんなお前に地位を譲った。みんな踏み台にしたんだ、お前は」


 透真は床に落ちたテディベアを拾い上げた。背中にチャックがついていた。開くと、白い綿がぱんぱんに詰められている。その中に、小さな機械が入っていた。赤いランプが点灯している。彼はそれを手のひらに転がす。


「感謝を忘れないで、ってことね」


 溢美は彼からテディベアを受け取る。大会を壊すために持ち込まれた、可哀想なぬいぐるみだった。


「俺はそう言うのが面倒くさいからプロにいかないんだ」

「佐倉井らしいね」


 溢美は苦笑した。


「あいつも踏み台にすれば良いんだね」


 Crowが出て行った扉に目を向ける。


 今まで関わってきた人にリスペクトの欠片もない。あんなやつに負けていられない。


「私、ゲームの世界に初めて魅力を感じた時に凄いなって思ったんだけど____私たちが今やっているゲームって、草を踏む音とか、敵の息遣いとか、本当の戦場みたいですごく感動したんだ。ただのゲームなのに、こんなに臨場感があるものなんだって」


 テディベアのチャックを閉めた。


「ゲームへのリスペクトって言うのかな。大事なことだと思う」

「ああ」

「絶対にやっちゃダメなことだよ。ずるとか、ゲームの本来のプログラムじゃない動きをさせたりだとか」


 残り二分。もういかなくてはならない。


「踏み台にしろ、あいつは」


 透真が表情を変えた。その横顔に、笑みが浮かぶ。最高に悪い笑みだった。


「どっちがお飾りになるのか、徹底的に分からせてやるぞ」

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