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青空隊  作者: 葱鮪命
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二つ星の二重奏-7

 ステージ上には、計四人のゲーマーたちが、二人ずつ向かい合うようにして並んでいる。観客から見えるように大きなモニターが設けられ、それぞれの視点が代わる代わる映し出されていた。


 観客たちは時に歓声を上げ、時に息を呑んで試合の行く末を見守った。


 ゲーマーたちはヘッドフォンで完全に外界と音を遮断している。ゲームの中に意識を集中させることができなければ、最高のパフォーマンスができないのだ。


 モニターにカウントダウンが表示される。ゲームの内容は、時間内にフィールドの中央にあるフラッグを手に入れ、そのフラッグを時間までにその手に持っていたペアが勝ちと言うシンプルなものだ。もしくは、時間までにフィールド上の敵をすべて倒せば、その時点で勝ちとなる。


 激しい戦闘の末に、フラッグを一人のプレイヤーがその手に取った。試合終了の合図が鳴り、勝敗が決まった。


透真とうま溢美いつみペア、準々決勝進出決定!」


 実況が声高々に叫んだ。観客席で歓声と拍手が沸き上がる。二人の正面に座っていたのは、中学生のペアだった。


「S.Tさんですよね。ずっと応援してます。同じステージで試合ができただけで光栄なことです。ありがとうございました」


 中学生の一人が、透真に手を差し出す。溢美に促されて、透真はその手を握る。さらに拍手が沸き上がった。


「すごい有名人なんだなー」


 観客席では、前から二番目に小空こそら嵐平らんぺいが座っていた。小空を挟んで嵐平の反対側には雨斗あまとの姿もある。

 ステージ上で中学生と握手を交わす透真を見て、小空はそう言った。


「世界ランキング一位だからな」


 雨斗はさっきからスマホをいじってばかりである。時々顔を上げて試合を見ていたが、まるで最初から結果が分かっていたかのように、彼だけが盛り上がっていない。裏で何か操作をしていたのではあるまいな、と小空は彼のスマホの画面をちらりと見やったが、特にそういうことをしているわけではなさそうである。


「透真、次何分後?」


 嵐平が小空を挟んで反対側の雨斗に問う。雨斗が「三十分後くらいだな」と答えた。


「もう一度サツマイモ食べたい」

「お、良いね嵐ちゃん。さっきの店番のお姉さん美人だったもんな。俺も行こうっと」


 小空と嵐平が立ち上がって、席を離れていく。雨斗だけが席に残された。

 ステージ上では、次のプレイヤーが場所を入れ替えるところだった。


「透真、勝ったんだってね」


 小空と嵐平と入れ替わるようにして、此方でも席に座る人が変わった。天助てんすけ、そして青咲せいさくがやって来たのである。天助は雨斗の隣に座り、青咲に買ってもらったらしいサツマイモのソフトクリームをぺろぺろと舐めている。


 青咲は、後方で今の試合を見ていたのだ。フラッグを手に取ったのは、あの溢美という少女だった。透真に熱血指導をされただけあって、良い動きをしていた。一方で中学生のペアも、中学生とはいえ侮れない動きを見せていた。案外レベルの高い大会のようだ。


「ああ。まあ、決勝まではいくだろう」


 雨斗は相変わらずスマホから顔を上げない。


「さあ、続いては飛び入り参加! 世界ランキング保持者、Crow選手の登場です!!」


 観客席が再び盛り上がりを見せる。雨斗がそこでスマホからようやく顔を上げた。ステージには三人のゲーマーが立っていた。


「なんと、Crow選手は今回の大会、唯一たった一人で試合に臨む選手になります! 一人とはいえ、彼の腕は世界レベル! どんな戦いを見せてくれるんでしょうか?」


「ひとりでゲームするの?」


 天助は口周りにソフトクリームをつけながら、ぽかんとステージを見上げる。青咲がその隣で「ついてる、ついてる」とポケットティッシュを取り出すところだった。


「みたいだな」

「ペアが見つからなかったのかな」

「さあな」


 ゲーマーたちは試合前に一人一人挨拶がある。Crowと戦うのは、年老いたプレイヤーと、その孫らしい若者である。彼らが話し終えた後で、マイクはCrowに渡った。


「特に言うこともありませんが____一人は寂しいので、こいつに見守っていてもらいます」


 Crowは後ろ手に何かを隠していた。その手を前に持ってきて、頭上にそれを掲げる。それは、テディベアだった。会場からどっと笑いが起こる。


「いかつい見た目だけど、案外かわいいところあるんだな」

「どんな戦い方するんだろうね」


 観客席からそれぞれそんな声が聞こえる。


「では、試合開始一分前! それぞれ着席をお願いします」


 試合が始まるようだ。雨斗はスマホをしまった。


 *****


 プレハブ小屋の中では、壁に掛けられたテレビに、試合の様子が映し出されていた。


「あのおじいさん強いね」


 溢美は隣の透真に言う。透真もじっとモニターに目を向けていた。試合に負けた者は、控室から出て行くことになる。準々決勝への出場が決まった二人は、再び部屋の隅の席に座っているのだった。此処が二人の定位置と化していた。


 現在ステージで戦っているのは、あの年老いた男性プレイヤー。切れのある動きをキャラクターが魅せている。腕は確かなようである。しかし、あの選手____Crowはやはり上手かった。既に孫の方である青年のプレイヤーは、Crowの攻撃を食らって瀕死の状態だ。試合の進行度を速めるために、特別ルールとして支給品は一度しか届かないようになっている。回復薬を一度使ってしまえば、あとはもう何もない。


 Crowはそんな瀕死のプレイヤーを容赦なく襲った。しかし、その際も見せる技は素人の目でも分かる技術の高さだ。敢えてヘッドショットは狙わず、近くに爆弾を仕掛けて遠くから爆発させるなど、手の込んだ攻撃の仕方をする。


「プロは違うな。魅せ方を分かっている」


 控室のところどころでも小さくそんなことが聞こえた。


 あんな態度でも、プロはプロなのだ。この道を極めた者なのだ。


 溢美はそれでも納得ができないのだった。あんなやつがステージに上がることが許せないのだ。プレイヤーとしては最高でも、人としては最低なのだ。


佐倉井さくらいは、ああいう人をどう思う?」

「ああいう人って、Crowのことか」

「うん。ゲームの世界って、そういうものなのかな」


 溢美は目を伏せた。プレハブの外から、観客席の大歓声が聞こえてきた。ついに、あの若者のプレイヤーが倒されたらしい。残るは彼のペアである、あの老いたプレイヤーだけだ。


「どの世界にもあんなやつたくさん居る」


 透真はスマホに目を落とした。誰かからメールが来たらしい。彼はそれを読んでいた。


「正々堂々勝負できない弱者は、絶対に何処かで痛い目見るんだ」


 二度目の大歓声。部屋の中もざわめく。


「俺が一位に居るのは、そういうやつらを蹴落とすためだ。徹底的にぶちのめす」


 試合終了の笛が聞こえた。


 *****


「最後の爆弾を使ったパフォーマンスは素晴らしかったですね! さすがは世界レベル! 次の試合ではどんな魅力的な戦法を見せてくれるのでしょうか?」


 実況の声は興奮が冷めやらない様子だ。続いて、次のペアがやって来た。雨斗がそこで腰を上げる。


「トイレ」

「ああ、うん。行ってらっしゃい」


 青咲が言う。天助はソフトクリームでふやふやになったコーンを齧っていた。


「それにしても、凄い人の数だね」


 青咲は改めてステージ周辺を見る。皆、このゲーム大会のためにやって来たと言っても過言ではない。イスに座り切れない者は、後方で立って観戦しているのだ。雨斗が座っていた席に、一人の女性がやって来た。「いいの?」と天助が青咲を見るが、青咲は「うん」と頷いた。


 やがて、次の試合が始まった。


 *****


 小空と嵐平は立って観戦をすることとなった。決勝が近づいてくるにつれて、会場の込み具合も酷くなってきた。出店も「売り切れ」の文字が目立ち始めている。


「えーっと、今何時?」

「16時」

「じゃあ、あともうちょいか」


 透真たちの出番はこの次辺りになろう。小空は買った大学芋をひょいと口に放り込む。


「んで」


 小空は目を細めた。


「何を企んでいるんだろうね。うちのあまっちゃんは」


 小空の目は、ステージの横に向けられていた。見知った黒髪が、ステージの裏に姿を消すのが見えたのだった。


 *****


 試合は着々と進んだ。準決勝では、透真たちのチームが圧勝した。此処でも溢美の活躍は大きかった。彼女はステージの上で照れ臭そうに笑い、そして観客席に母の姿を見つけた。職場からそのままやって来たのだろう、目が合うと少しだけ口元を緩める。それを見てホッとした。


「さあ、今回の特別ルールとして、準々決勝からは武器や支給品がそのまま次の試合に継続して持ち込める仕様となっています。此処までの試合で育ててきた己の武器、各自使いこなして優勝を目指してください!」


 決勝までやって来た。


 溢美は大きく息を吐く。


 隣の少年はぴくりとも表情を動かさない。緊張をしているわけではないらしい。あまりにも表情が無いので、せめて何かアクションをするように言うと、べっと舌を出した。なるほど、こういうところがあのプロゲーマーに嫌われるのだろう。


「決勝は三十分後! 皆さん、見逃さないようにトイレは済ませておいてくださいね!」

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