二つ星の二重奏-6
「掘り出し物が見つかるかもしれません! 古本市、どうですか?」
「ほくほくの焼き芋あります!」
「芸術の秋に、お絵かき教室いかがですか?」
屋台やワークショップが並ぶ、広い駐車場。例年の秋祭りを遥かに超える人の数である。子連れが焼き芋やお絵かき教室の列に並ぶ。小空は嵐平と共に焼き芋の列に並んでいた。
「嵐ちゃん、いっぱい食べておなら出すなよ」
「小空も」
嵐平の目はキラキラと宝石のように輝いている。焼き芋の品種は全部で三種類。近くの畑で収穫された大きいサイズのもので、隣では大学芋も配られていた。甘い香りが辺りに漂っている。
「食欲の秋があって良かったね、嵐ちゃん」
「うん」
「まあ……食欲の春夏秋冬の方が正しいのか」
一年中食欲が爆発している彼を思って、小空は苦笑いした。
『さあ、今年は新企画! 食欲も読書も芸術も良いですが____今やスポーツと化したゲームの秋も捨てがたい! 世界で人気のFPSでこの町一番のプレイヤーを決めましょう! もちろん、町外からの飛び入り参加も大歓迎! 既に名のあるプレイヤーたちが実力を試しに続々とエントリーしています!』
小空たちの背中の方向では、大きなステージが設けられている。飛び入りOKの演歌のステージが終了したらしい。プログラム順で行くならば、次は例のゲーム大会である。小空がステージを見ると、若者たちが続々とステージ前の観覧席に集まり始めている。
「町のお偉いさんたち、大喜びだろうね」
小空が言うと、嵐平もステージに目を向けているところだった。例年に比べて若者の参加者や来場者が多いことで、ゲーム大会による集客は大成功と言って良いだろう。世界的なゲームの熱い戦いが見られるとのことで、少し前からネット上でも話題になっていたのだ。
「透真大丈夫?」
嵐平が問う。さあ、と小空は肩を竦めた。
「まあ、くじの神様が味方してくれたんだろうね。シードだって」
「すごい」
小空たちの視線はステージから少し離れたプレハブに向けられる。あそこが参加者の控室になっていたはずだ。透真たちはあそこに居るのだろう。ステージでは、間を持たせるための出し物が始まった。その後ろで続々とゲーム大会用の仕様にステージが書き換えられていく。
ゲーム大会はトーナメント戦。二人一組で、優勝を目指して競い合うのだ。優勝ペアには五万円の賞金が贈られるのだとか。
「あ、小空。列動いた」
嵐平の声が弾んだ。いつも表情が乏しい彼も、どれだけ食べても怒られない食の祭典にもなれば、表情が豊かだ。二人はほわほわと湯気を立てる黄金のサツマイモたちに向かって足を動かすのだった。
*****
「差し入れのお茶です。良かったらどうぞ」
「ありがとうございます」
この祭りの係の人間だろう、初老の優しそうな女性が段ボールに入ったお茶を配っている。溢美は段ボールの中から二本取って、礼を言った。
ゲーム参加者が集う控室。エントリーは13歳から可能とのことで、地元の中学生らしい少年から還暦は迎えているだろう者まで、幅広い年齢のゲーマーたちが集まっていた。
「はい、佐倉井」
溢美は隣でスマホを横にして眺めているパートナーに、もらったばかりのお茶を差し出した。「ん」と手を出されたのでそれを渡した。飲むわけでもなく、前のテーブルに置いた。溢美は早速渡されたお茶に口をつける。緊張をしているのか、喉がひどく乾くのだ。
部屋を見回すと、皆スマホに目を落としていたり、近くの人と雑談をしていたりと自由に過ごしている。透真はというと、彼はスマホでずっとゲームだ。相変わらずだな、と思いながら溢美はペットボトルから口を離した。
「佐倉井って、どうしてゲームの世界に進まないの?」
何となく聞いてみた。ゲーム中だから答えは返ってこないだろうな、と思いながら。やはり返答はない。集中しているらしい。そっとしておくのが良いだろう。溢美は閉めたばかりのペットボトルのキャップを再び回した。すると、
「すみません、エントリーしたいんですけど」
控室の扉が開く。係の者がすぐに反応して、受付所への案内を始めた。飛び入り参加が可能なので、続々と人が増えていく。溢美たちはシードなので、出番は少し後になる。
いろんな人が居るのだな、と溢美は改めて部屋を見る。子供はきっと軽い気持ちでこの大会にエントリーしたのだろう。ゲームと言うものが身近な彼らからしたら、この秋祭りの試みはぐっと心を掴まれたに違いない。他の人たちはどうだろう。この中に、自分と同じように夢を追いかけようとしている人間は居るのだろうか。
溢美はそれらしい人を探して視線を彷徨わせる。プロのゲーマーは若い人が多い。溢美が今まで見てきたプロたちの動画に映っていたのも、ほとんどが若者だった。長い間同じ体制で集中しなければならないとなると、やはり若者の方が有利なのだろうか。
参加者の中には溢美の想像を超える年齢の人間も居る。あんな歳になっても、ゲームを楽しめるのは良いことだ。人生の経験までゲームのステータスに関わって来るとなれば、今まで面白くない人生をおくって来た自分はきっと負けてしまうだろうな____溢美はそう思って、唇をお茶で湿らせた。
「此方でお待ちください。トーナメント表は随時更新しますので」
さっきの係の人が戻って来た。プレハブ小屋にまた一人、プレイヤーがやって来た。緑色のパーカーを着た、大学生くらいの若い男性だ。髪を金色に染め、目つきは鋭くプレハブの入り口から部屋の中を睨むようにして見回している。彼から感じる威圧感に、溢美は目を伏せた。
目を伏せた先に、スマホを見つける。あと五分でエントリーの受付が終了する時間である。
両親には、出場する時間だけを伝えた。果たして来てくれるのだろうか。ゲームに一ミリも関心が無いと思っていた自分の娘が、地元の秋祭りとはいえ、ゲームの大会に参加するとは思いもしないだろう。これで優勝して、ゲームの世界の道に進むことを許してほしい。大学に行かせてもらうということは、それなりのお金が必要なのだ。これが、彼らを納得させる第一の資料となれば良いのだが。
トークアプリを開いて、家族のグループトークのページを開く。『大体14時に出場予定です』と書いた。既読が二件ついたものの、返信は無い。父は親戚の店を手伝うとのことで、会場には居るはずだ。母は仕事がそろそろ終わったころである。
「ねえ、ちょっと」
突然、声が降って来た。溢美が驚いて顔を上げると、さっき小屋に入って来たばかりの若者が、溢美と透真の前に立っていた。溢美は「はい」と返事をしたが、彼の目は溢美ではなく透真に向けられているようだった。透真を見ると、ちょうどゲームが終わったらしい。顔を上げて目の前の若者を見た。
「そこ、座りたいんだけど」
冷たい声だった。溢美は「すみません」と避けようとした。
「席は自由なので」
透真が短く言った。そして再びスマホに顔を落とした。溢美は背筋が凍る思いがした。
「はあ? 俺が座りたいって言ってるんだから退けろよ」
若者が声を荒げたので、小屋の中はしんとなった。ちょうど係の者が誰も居ないので、新しい席に案内するような人は居ない。溢美が「ちょっと」と透真の腕を掴む。
「避けようよ。佐倉井」
「何でだよ」
透真は溢美の手を振り切った。
「空いてる席に座れば良いだろ、他にも席あるんだから」
「お前、調子乗ってんじゃねえぞ」
「うるせえな」
透真が立ち上がった。目の前の若者よりも身長は劣るというのに、威圧感は何倍もある。低い声がさらに低くなった。
「自分の要望が通らなきゃガキみたいに喚くことしかできねえのか。空いてる席に座れよ、不満なら床にでも座っとけ」
「このガキっ! 俺のこと知っておいてその態度取ってるんじゃねえだろうなっ!?」
今にも掴みかかりそうな勢いで男性は透真に迫る。溢美はどう間に入ったら良いのか分からず、黙っていた。他の人々も今や二人を固唾を呑んで見守っている。
「知るか」
透真は鼻で笑った。
「こんなガキも、このゲームできるんだな」
「こいつっ!」
腕が上がった。溢美は思わずハッと目を見開いた。透真は拳を簡単に避けた。
「対象年齢は13歳からだ。分かったなら空いてる席探して座っとけ」
拳が空を切って行き場を失った若者。彼は透真が座っていた椅子を蹴り飛ばした。壁にぶつかってそれは激しい音を立てる。そして、どんどんと足を踏み鳴らしながら彼は小屋から出て行った。
小屋の中はそれからしんとなった。誰かがぼそぼそと喋り出すと、少しずつ前の活気が戻り始める。溢美は男性が出て行った扉を見つめていたが、彼が見えなくなると相棒に目を戻した。彼は涼しい顔で椅子の位置を戻すと、腰を下ろしてスマホゲームを続行した。
「佐倉井、大丈夫?」
「何がだよ」
ゲーム中とはいえ、彼は今度は返事をしてくれた。
「ああいう人も居るんだよね。当たったらどうしよ」
「あいつ、世界ランキング二位のやつだろ」
「えっ?」
溢美はぎょっとして聞き返す。
「今なんて言ったの?」
「世界ランキング二位。お前、その道目指すんだったら知ってて当然だろ」
呆れ顔で彼はスマホから顔を上げた。溢美の口から「嘘」と力ない声が漏れ出る。驚きと同時に、自分の浅はかさに打ちのめされそうになる。世界ランキング二位。ユーザーネームはたしか、「Crow」と言った。いつも例のゲームのランキングに名前が載っている人だ。
耳を澄ませていると、皆口々に彼の話をしていた。中には興奮気味に話をしている者まで居る。
「蹴散らしに来たんだろうな、こういう小さな大会を」
透真の目は溢美から、あの男性が出て行った扉に向けられる。
「前にも、他の会場でこういうことがあったんだよ。ネットニュースになってた」
「そうだったんだ……」
「素人だけが集まる大会だった。小遣い稼ぎにはちょうど良いんだろう。ああいう性格だから、ある大きな大会でヘマやらかしてから、呼ばれなくなったらしい。金が無くなりゃ、こういうこともするようになるってことだ」
溢美は扉を見た。エントリーの受付は締め切ったころだろう。控室にまた彼が戻って来る。
ぶるっと全身に震えが走った。新しい世界に飛び込むということは、いろいろな人と会うということだ。決して平和な、楽しいだけの世界が広がっているわけではないということだ。頭に入れておかなければならない。
「絶対勝とうね」
溢美は透真を振り返った。
「あんなやつに負けたくない、私。二位だとしたって」
「当たり前だ」
透真がふん、と笑った。
「一位に居るのは俺なんだから。負けてたまるか」




