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青空隊  作者: 葱鮪命
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二つ星の二重奏-5

 溢美いつみは部活が終わるなり急いで帰宅した。


「何かあったの?」


 そう心配して声をかけてくる亜衣奈あいなに、「ちょっとね」とだけ言って、体育館を飛び出す。

 家に帰ってパソコンをつければ、透真とうまは既にゲームで部屋を作っていた。溢美はそこに入った。チャットに「よろしくお願いします」と打って、ヘッドフォンをつける。両親はまだ仕事から帰ってきていないが、声を出さずにする方が集中できる。


『二時の方向、二人。六時に五人』


 彼は目がいくつ付いているのだろう。敵に照準を合わせて、ヘッドショットを狙いながら溢美は思う。彼はすぐに敵の位置と人数を把握してしまう。ゲームの腕が良いことは、男子との会話の中で何となくわかっていたが____想像以上だった。何でも屋が用意してくれたのが彼だったことにも驚いた。なるべく依頼主と近しい人の中から選んでくれるシステムだとしたら、頷ける。


『そのままフラッグ取りに行け。今ならまだ誰も到達してない。あ、待て。一人そっちに行った。建物があるだろ____そうだ、それだ。その中に隠れろ』


 透真に言われた通り、近くのぼろ屋に身を顰めた。透真のキャラクターも近くにいるが、彼は援護はしない。溢美の目となるだけである。彼がまとう武器や装備は、一目で強者だと分かるのか、近づいてくる人の中にはチャットで何かを残していく人も居た。透真はそれに触れたことが一度もないが。

 彼はこの手の界隈では有名な人なのだ。自分が手も届かぬほどに。


『窓から狙撃できる。フラッグを取りに行くなら、みんな此処を通るはずだ。同時に後ろにも気を配れよ。狭い部屋の中だと戦闘も難しいからな』


 彼はどうしてゲーマーと言う道を選ばないのだろう。学校では成績も優秀だし、周りの話では大学の推薦狙いだという。その大学でゲームを専攻するのかと思えば、そういうわけでもないらしい。極度の面倒くさがり屋だから、そんな手を踏んで夢を掴みに行くようなこともしないのだろう。天才肌なだけなのだ。


 毎日真剣にコントローラーを握る自分とはまた違って、彼はただ待っているだけで人の夢が近づいてくる存在だ。こんな人間が近くに居て、何だか自分の飛び込もうとしている世界が小さく見えてきた。


『後ろにいるぞ』


 ハッとして振り返ったころにはもう遅かった。手榴弾を部屋の中に投げ込まれて、画面に『LOST』の文字が浮かぶ。溢美は大きく息を吐いてコントローラーを置いた。


『前ばっか見るな。後ろも見ろ』


 透真のキャラクターはまだ生きていた。彼は手榴弾では死ななかった。それに耐性のある防具を身に着けているようだ。やはり、彼は凄い。彼のように楽々とあの世界に飛び込めるならば、どんなに良いだろう。


『良いか、近くに居る敵は逃がすな。この音で他の場所からも敵がやって来る可能性もあるから、さらに周りに注意を払え』


 透真のキャラクターはすぐに外に出ると、辺りを見回す。溢美の目にも留まらぬ早さで敵が倒れていく。ゲームだというのに、目にも留まらぬ早さで。


『フラッグに行くぞ。まだ誰も到達していないみたいだな』


 透真はフィールドの中央に刺さっているフラッグに向かって行った。到達するなりすぐに取りはしない。


『全方向に気を配っていれば、誰かしら来るからな。時間ギリギリまで敵を近づけないのが良い』


 たしかに彼の言う通りで、皆時間を気にしてフラッグに近づいてきた。透真はそれを打ち抜いていく。全てヘッドショットだ。一体どんなスコープをつけているのか、と見てみたが、溢美が持っているものと全く同じである。


『終わったな』


 試合が終わった。時間にならずとも、人が居なくなればそこで試合は終了する。


 溢美はいつの間にか呼吸を忘れていた。彼に聞こえないと分かっていても、口から「すごい」と声が出た。


『次のマッチングまで時間あるし、武器変えておけ。お前のその武器だとリロードに時間がかかる。配給される弾も少ないからな。いろいろな武器に慣れておけ』


 溢美はキーボードを引き寄せた。


『すごい』


 そのままの言葉だったが、透真は何の反応も示さなかった。チャットは目に入っているはずだが、と思ったが、彼はわざわざ反応するようなことはしないだろう。


『次は湿地帯のフィールドだ。ぬかるみに入ると足が遅くなる。叢には注意だ。匍匐前進が基本の場所だ。敵は這って近づいてくるぞ。息遣いが聞こえるようにボリューム上げとけ』


 画面に試合が始まるカウントダウンが始まった。溢美はキーボードをテーブルの奥に押しやった。


『次は絶対一位を取れ』


 *****


 エントリーしてからは、あっという間に時間が過ぎて行った。下がり始めた学校の成績には見向きもせず、ただひたすらにコントローラを握る日々。透真もいつ眠っているのか、ずっと練習に付き合ってくれた。


『三時の方向』

『四時』

『後ろ』


 彼の指示は日を追うごとに短くなっていく。溢美はその短い指示から、自分がするべきことを考えて行動に移さなければならなかった。本番では、彼だって身の回りの敵に手いっぱいになるだろう。自分のことは自分で片さなければならない。


 やがて、大会の三日前になってとうとう彼は一言も喋らなくなった。共に行動せず、それぞれが別の場所で黙々と敵を倒す作業が行われた。カチャカチャというコントローラーの音だけはした。


 溢美は一人でも敵の位置と人数を把握できるようになっていた。それらに確実にヘッドショットを狙えるわけではないが、それでも最初に比べたら雲泥の差だ。


 三回に一度は、フラッグに触れることができた。透真の指示無しではまだ一位は取れないが、それでも明らかに成長しているのだ。


 面白かった。それと同時に、不安があった。


 自分は、彼無しであの世界に入って行けるのか。彼のサポートが無くても、あの世界で歯が立つだろうか。


 自分は今、彼の後ろに隠れているだけだ。


『佐倉井』


 キーボードを引き寄せて、文字を打つ。


『次の試合、私一人でやってみたい』


 透真は少しの間黙っていた。


『まあ、良いんじゃないか。死んだらぶっとばす』


 そう返って来た。


 *****


 結果は惨敗。透真は何も言わなかったが、試合が終わった後でいくつかアドバイスをくれた。


 一つは、音をもっと聞くこと。敵の位置が分かる最大の情報は音だ。音楽を聴くならば耳が痛くなるくらいにまでボリュームを上げろ、とのことだった。そうすると、確かに聞こえる。敵の足音、息遣い、リロードの音、遠くで爆発する手榴弾____。


 タダのゲームなのに、此処までリアルに作られているのか____。


 まるで本当の戦場に居るようだった。ゲームの世界に溶けていくようだ。


『敵の死角を狙え。下手な奴は振り返らない。ずっとついていっても良い。地雷で自滅する奴も居る』


 数日前の自分のことを言われているようで恥ずかしかった。自分でかけた罠に自分で引っかかって死んだのだ。透真が全くのノーリアクションだったことで、さらに恥ずかしかった。もう少し何か言っても良いのに、とキーボードで打ちかけたが、彼はあくまで自分と友達感覚でゲームをしているわけではないのだ。


 これは遊びではないのだ。人生の全てをかけた、ひとつの試験だ。


『大体は教えた』


 透真が言った。


『あとはお前が本番に同じ動きができるかどうかだ。言っておくが、俺に頼りすぎるな。たしかに一位しか認めないが、プロの世界に行くなら俺は一から十まで面倒を見るわけにはいかないんだ。お前が一人で、お前だけの力でのし上がれ』


 再び不安が混み上げてくる。しかし、悟られないように『わかった』とだけ返した。


 *****


 暗い部屋の中で、溢美はぼんやりと画面を見つめていた。画面に開かれているのは、動画サイトだ。プロのゲーマーたちの試合を見ているのだった。


 透真の動きを見ていると、彼らとほとんど同じなのだと分かる。敵の把握の仕方も銃の構え方も、時間ギリギリまでフラッグに触らないところも。


 彼はその技術を全て独学で得た。そして、下手をすればゲーマーよりも上に立っている。でも彼はゲームの世界に飛び込んでいない。


 彼でさえ背を向けているこの世界に、自分は一人で飛び込んでいくことができるのだろうか。


 動画のランキングに知っている名前を見つけた。それは名前の横に王冠のマークがついていた。


『あ、S.Tさん。相変わらずランキングはどのゲームもこの人が一番だなー。絶対チーターだよね』


 そんな言葉が聞こえてきて、思わず動画を閉じた。


 静寂が訪れる。動画のコメント欄が更新された。


『スマホゲーもほとんどS.Tさんに汚染されてるよな』

『それ。なんなのアイツ。絶対チーター』


 ちがう、と声が出る。


 画面を消した。部屋は真っ暗になった。日はとっくに沈んだらしい。


「溢美、ただいま」


 遠くで母親の声がした。それにはいつもならば返事をする彼女も、今日は何も返す気になれなかった。


 黒い、どろどろとしたものが胸の中に広がっていく感覚を覚える。

 皆、彼の実力を知らない。彼はずるをしてなど居ない。的確な指示も動作も、全て自分の手で生み出しているものだ。


 もう一度画面を付けた。コメント欄の返信の欄を開く。しかし、何も打つ気になれなかった。一人の名も知らぬプレイヤーへの罵詈雑言を、溢美は光の無い目で見つめていた。

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