二つ星の二重奏-1
放課のチャイムが鳴ると、クラスは糸がほどけたように賑やかになった。家に帰る者、部活に向かう者、教室に残って駄弁る者に分かれる。
「透真ー」
窓際の席に、二人の少年が集まった。そこは、黒髪に紫色のメッシュを入れた少年____透真の席だ。帰る用意をしている最中だった彼は、近づいてくる二人の生徒に気づいて手を止めた。
「なんだよ」
いかにも早く帰りたいという雰囲気を醸しているが、彼の場合面倒ごとに巻き込まれたくないという理由がそこにはある。それを知っているので、二人の少年は彼に逃げられる前に席に近づくのだった。
「この前、フェス始まっただろ。新武器ゲットのために何時間もオンしてるのに、全くゲットできないんだけど?」
一人の少年が透真の背中に泣きついた。透真が「離れろ」と眉を顰める。
「透真なら今回の新武器、既にゲット済みだろ? ちょっと助言をいただきたくてね」
そう言って、もう一人の生徒がスマホを取り出す。「知らねえよ」と透真は止まっていた手を動かし始めた。
「だいたい、お前らあんなに課金してるだろうが。それで手に入らないってなったら、運の問題だろ」
「やっぱそうなのか? 日頃の行いが悪かったから、神様が新武器はあげませんよ、ってか!?」
「知らね」
「透真ぁ、頼むよ、二個ぐらい持ってるんだろ? 俺に譲ってくれよ~」
「やらね」
透真は鞄のチャックを閉めて立ち上がる。背中の生徒を力技で引きはがし、「帰るからな」と二人を振り返る。
「そんなあ。せめて、ゲットしやすくなる条件みたいなもの教えてくれよ……俺はあの武器に、今月の小遣いの大半をつぎ込んだんだ! お前ばっか毎度ずるいんだよ、何か裏技を知っているんだろ?」
「……」
透真は大袈裟なため息をついた。二人の目が輝くことに苛立ちを覚えながら、
「レベル」
と短く漏らす。
「え? 何て?」
「レベル。マックスまで上げろ。新武器が手に入りやすい条件の一つはそれだ」
「まじで!? それだけ!?」
「ネット見たらそれできないってやつ多いから……」
不安げな二人の目に、透真は鼻で笑って肩を竦める。
「少なくとも俺はそれで取ったけどな。のめり込み具合が違うんだよ」
「かっこいー」
「かっこいいか……?」
去っていく透真を見る二人の生徒は、さっそくスマホを取り出すのだった。
*****
「あっちー」
小空は駅のベンチに腰かけていた。夏休みの課題が終わらず、強制的に居残りをさせられた彼女。ジュースを奢ると言われて、嵐平も隣で宿題を見ていてくれた。
夏の日差しがまだ残るこの時期は、衣替えにはまだ早い。白いシャツの袖を極限まで捲り、小空は首筋に買ったばかりの缶ジュースを押し当てた。冷たい血が体に流れ始める感覚があるが、生ぬるい風がそれをかき消した。
「溶けるー。死ぬー」
小空は隣の嵐平に言った。嵐平はジュースを飲み干して、名残惜しそうに缶を手のひらで転がしていた。ジュースを飲むことで体の内側は冷えたものの、この日差しである。彼の体も既に汗が浮かび始めていた。
「あーあ。まさか居残りさせられるなんて。厳しい世の中」
「ちゃんとやらないのが悪い」
「夏休みは休む期間だろー!? 宿題がある方がおかしいんだよ!」
「一理ある」
嵐平は完璧に課題は済ませていた。聞くところによると、夏休みが終わる二週間前には全て片付けたらしい。雨斗に頼んで、効率的に進められるプランを考えてもらっていたようだ。嵐平にはなぜか甘い雨斗が、小空は分からなかった。
「あ、電車来た」
遠くから、ガタゴトと近づいてくる気配がある。近くの踏切がカンカンと鳴り始めた。小空はベンチから立ち上がった。嵐平も立ち上がる。
二人が乗り込んだ電車は、ほとんど人が居ない。この夏日に外に出たがる人も居ないのだろう。近くの公立の高校は、今日は午前の短縮授業である。小空のように居残りでもしなければ、みんな早々に家に帰ったのだ。
空いているので、二人は隣同士で座った。小空はスマホを見る気にもなれず、ぼんやりと車内のポスターを見上げる。近くの病院の案内から、スマホのアプリ、そして、
「秋祭りだ」
目に付いたのは、この町で二番目に大きい祭りである秋祭りの案内ポスターだった。町の大きな公共施設がある。体育館として使われているそこは、夏祭りと秋祭りの会場でもあるのだ。広大な駐車場に屋台が並び、夜には近くの川から花火が上がる。
大きなステージも同時に設けられて、のど自慢や漫才、早食い競争などが開かれるのだ。
「ゲーム大会だって」
小空が読み上げた秋祭りのポスターには、でかでかとそんなことが書いてあった。夏祭りは老若男女問わず多くの人が訪れるものの、秋祭りにもなるとその数は半減する。夏祭りと規模は変わらないが、秋祭りはどちらかと言えば、秋の醍醐味を中心としたものが開催される。地元の野菜を使った料理が振舞われたり、お絵かきや編み物をするワークショップ、「読書の秋」とうたって古本市が開かれたりなど。年齢層が上になれば楽しみが分かるのだろうが、若者を引き付ける魅力は夏祭りに劣る出し物が並ぶ。
町の広報委員が必死に考えた案なのだろう。「こどもと言えばゲーム!」と安直な考えだが、どうやら一位には賞金があるらしい。これならば、たしかに若い者でも祭りを楽しめるのかもしれない。反対に、ゲームを知らない者が退屈をしないのかが気になるところだ。
「賞金が五万って、結構だね。高校生の小遣いにしては良い方じゃない?」
小空が嵐平を見ると、彼も同じポスターを見ていた。しかし、その目線は若干ずれている。彼が見ているのは、ポスターの片隅で肩身の狭い思いをしているだろう、「ほくほくの焼き芋もあります」の字だろう。字だけで、彼の腹で虫が泣き喚いている。
小空は半ば呆れて、ポスターに目を戻した。
「透真に出てもらって、小遣いもらってきてもらおうよ」
「うん、焼き芋も食べる」
「はいはい」
小空はそこでスマホを取り出す。すると、青空隊の共有メールに一件の新着メールがあるという表示を見つけた。開くと、写真が一枚、雨斗から送られてきている。それはまさしく小空たちが今見ていた秋祭りのポスターだった。
*****
「秋祭りに参加してほしい依頼?」
帰宅した透真は、冷蔵庫からサイダーを取って来て、雨斗の言葉を繰り返す。
「ああ。今度の秋祭りでゲーム大会をするらしい。そこで一位を取りたいそうだ」
「俺がその依頼受けるのかよ」
「ペアでするゲームらしいからな。お前がやってるFPSだ。できるだろ」
雨斗は淡々と言った。
今回の以来の依頼主は、どうやら近々開催されるこの町の秋祭りのゲーム大会で優勝をしたいらしい。賞金も出るような少し大きな大会のようである。
「嫌に決まってるだろ。何で人に見られているような場所でゲームしないとならねえんだよ」
透真はサイダーを飲み干し、キャップを閉めながら軽く雨斗を睨んだ。雨斗はパソコンから顔を上げない。
「まあ、嫌なら良い。断っておく」
透真はふん、と鼻で言って、自室に引っ込んでいった。
『今度の秋祭りで、一位を取りたいのでゲームが得意な人を探してください。お願い致します。』
雨斗は指を動かす。
『分かりました。少しだけお待ちください。』




