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青空隊  作者: 葱鮪命
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神立 後日談

「おはようー」


 青空隊のリビングに、少女が入って来る。髪が乱れ、ボタンを掛け違えたパジャマは実にだらしない。


「ちょっと小空こそら、今何時だと思ってるの」


 部屋の掃除をしていた青咲せいさくは、床から顔を上げて少女に注意をする。小空は壁に掛けられた時計を見た。


「まだ十時じゃん」

「もう十時でしょ」


 小空は適当な返事をしてソファーに座った。リビングには、朝のおやつタイムを終えて満足げな少年・嵐平らんぺい、二人掛けのソファーを独りで陣取ってスマホゲームに夢中な少年・透真とうまが居る。


「あまっちゃんは?」

「お皿洗いしてる」


 小空の問いに青咲が答える。「ふーん」と小空は返して、スマホを開いた。SNSで女優やアイドルの最新情報を追うのだ。


「透真、ちょっと足避けて」


 青咲が言うので、透真は足を上げて彼が通れる道を作った。続いてカーペットの上に座っていた嵐平も避けるように言われて、彼もソファーの上にやって来た。彼の目はテレビの中の美味しいもの特集に夢中である。夏なのでアイス屋の紹介がされていた。彼は食べ物に目が無いのだ。


 やがて、青咲が掃除機を止めた。そして、ごろごろと各々の時間を過ごしている彼らを一通り見回した。


「みんなダラダラしてるけど宿題終わったの?」

「うわっ、青咲兄さん」


 小空が思わずスマホから顔を上げて、青咲を軽く睨んだ。


「その話題は禁忌でしょ」

「だって、そろそろ夏休みが……」

「まだ一週間もあるし!」


 青咲の言葉を、小空は最後まで言わせない。これはあとが大変になるぞ、と青咲は思うのだった。海外任務から戻って来て、雨斗あまとが皆を気遣って新しい仕事を持ってこなくなったために隊員はだらけまくっている。雨斗には少し鬼になってもらいたいところだ。


「皿洗い終わったぞ」


 青咲が思っていると、リビングに黒髪の少年が入って来る。彼が雨斗だ。その後ろから橙髪の少年もついてきた。


「終わったー!」


 まだ幼さが残る少年は、明るい声をその部屋に響かせる。小空がスマホから再度顔を上げた。


「あれ、天ちゃん来てたの」


 天助てんすけはこの夏から青空隊に入隊した新入りだ。地元の中学校でいじめにあい、青空隊が助けたのである。夏休み期間はこの家にやって来て自由にくつろいでいる。


「うん、来てた」


 天助は答えて、リビングのテーブルに置いていたノートを開いた。鉛筆を握ると、そこに何かを書き始める。雨斗は彼の隣でノートパソコンを開いた。夏休み明けの任務の準備でもしているのだろう。


「天助、今日のおやつ何作る?」


 青咲が掃除機を片付けてきて、今度はリビングのごみ箱の中身を入れ替え始めた。天助はノートから顔を上げて、「ゼリー!」と答える。嵐平がぴくりと反応した。


「ゼリーか……寒天買ってこないと」

「俺も行く!」

「じゃあ、あとで一緒に買い物に行こうね」

「ん!」


 天助がこの隊で最も親しくなったのは、青咲だった。掃除や洗濯の際に率先して手伝ってくれるので、青咲も助かっているようだ。他の隊員だとこうはいかない。


「あ、麦茶のやかん火にかけたままだ」


 青咲が何かを思い出した様子で慌てて台所に姿を消す。リビングは静かになった。天助はノートに戻り、真剣な表情で鉛筆を動かしている。そして、テーブルの下に手を入れるとそこから何かを取り出した。


「なんそれ」


 スマホで情報を追い終えた小空は、始終天助の動きを目で追っていたのだ。


「工作!」


 天助が短く答えて、小空に見せてくる。小さな菓子箱だ。蓋には貯金箱のように平たい穴が空いている。天助はその蓋を取って中身を見せてくれた。折りたたまれたメモ用紙がいくつも入っている。


「ここから一枚お題を選んで、それに書かれた質問に答えるの。俺、此処に来たばかりだからみんなのこと良く知らないし、これ作ったらもっと仲良くなれると思って」


 天助が蓋を閉じて言う。


「今質問募集してるの」


「へえー」


 天助はまだ何も書いていないメモ用紙を取り出して、鉛筆の先を付けた。


「好きな色とか、好きな食べ物とか王道だから……もっと踏み込んだ質問が良い! みんな聞かないようなやつ」

「みんなが聞かないようなやつねえ」


 小空がスマホに目を戻す。


「好きなカップのサイズとかは?」

「カップって何?」


 天助は隣の雨斗に聞く。


「コーヒーカップのでかさ」


 雨斗がパソコンの画面を睨みながら答えた。天助は「なるほど」と新しい質問をメモ用紙に刻む。それを箱に入れて、再び新しいメモ用紙を取り出した。


「ほかに何かある?」


 彼の目が小空を見た。


「好きなAV女優」

「こらっ」


 台所から青咲の声が聞こえてきた。天助は何故彼が怒っているのか分からないので、真剣な表情で文字を紙に刻んだ。丁寧に折りたたんでそれも箱に収める。それからも小空にアドバイスをもらって、彼はついに作品を完成させたらしい。嬉しそうに箱を掲げて、「できたー!」と太陽のような笑みを浮かべている。


 続いて、さっきも開いていたノートに再び鉛筆の先を付けた。


「それは?」

「日記! 夏休みの宿題なんだよね」


 天助が答えて、ふと顔を上げるときょろきょろとリビング内を見回し始めた。


「今日って何曜日?」


 彼はカレンダーを探していたらしい。雨斗が「水」と答える。そこに小空が「きん」と乗せた。


「地火木」


 雨斗が返す。


「土天海」


 小空が応じた。


「誰か突っ込めよ」


 たまらずに透真が入って来た。しかし誰も突っ込まない。天助が隊に来てから、雨斗がボケに回ることが多くなった。ボケだけが混在しているこの空気にツッコミ体質の透真が耐えられるはずもない。


 しかし、天助は二人のボケ合戦に何の興味も示さず、日記の日付部分を埋めた。続いて文章に入るらしい。雨斗に時折漢字を聞きながら、欄を文字で埋めていく。


「えっと、質問ボックスを完成させました。AV女優と、カップ……」

「ちょっと待て」


 まさか、そんな日記を夏休み明けに教師に渡すことができるわけがない。透真がスマホをしまって、彼の隣で宿題を見ることにした。


 天助は高校生組よりも夏休みがまだ残っている。日記の欄にはまだまだ空きがあった。


「夏休み、もう少しで終わるんだな」


 天助の日記を眺めていた透真が漏らす。その言葉にぴくりと反応するのは小空だ。「うん」と天助は鉛筆を握りながら答えた。


「だから、後半の大きな目標を立てるの。前半の目標は、工作と宿題を終わらせることだったから」


 どうやら、夏休み期間を二つに分けて、それぞれの目標を立てることにしているらしい。後期の目標は決まっているのか、と透真が問うと、今度は首を横に振るのだった。しかし、「あっ!」と何かを思い出すと嬉しそうな顔を見せた。


「俺、自転車乗れるようになりたいんだ!」

「自転車か」

「うん!」


 残念ながら青空隊で自転車に乗って移動するのは透真くらいである。


「新しいの買わないと無いぞ」

「透真の借りるし!」

「あんな難しいのお前には乗りこなせない」

「何で!」


 不満そうに頬を膨らませて睨みつける天助。すると、台所の方から青咲が顔を出した。


「天助、買い物行くから準備しよう。こっちおいで」

「わかった!」


 天助が日記帳を閉じて立ち上がる。そして台所に姿を消した。青空隊のリビングには静寂が訪れる。


「自転車」


 嵐平がぽつりと言った。


「空飛べるから要らなくないか」


 透真が雨斗を見る。


「注文しといた」


 パソコンの中にネットショッピングのページが開かれている。「ご購入ありがとうございました!」の文字が浮かんでいた。仕事をしていたと思ったらいつの間に、と透真は呆れ顔で彼を見る。


「お前、天助来てから財布のひも緩くないか」

「透真だってこの前、新しいゲーム機購入してただろ。自分が遊ばないタイプの」

「……」


「二人とも甘いなー」


 ソファーの上から一連の会話を聞いていた小空が入って来た。


「俺も財布のひも緩めないとな」


「何か買うのか」


「綺麗なお姉さんがいっぱい載ってる____」


「却下」


「一回本当に青咲に叱られろ」


 嵐平はそんな会話をぼんやりと聞きながら、食べ物特集からニュースへ切り替わってしまったテレビを見る。夏休み終わりに向けて、帰省を終えて戻って来る人によって道路や駅が混雑するだろうということを、ニュースキャスターが喋っている。


 夏休みも終盤。


 嵐平の頭には、小空の部屋の机が浮かぶ。まだ手の付けられていない大量の課題が、彼女の机の上には乗っていたはずだ。果たして、あれはいつ手を付けるのか。


 もちろん、彼が心配することは無いのだが。


 まだ何か言いあう後ろの三人の会話を聞きながら、少年はうたた寝を始めたのだった。

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