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青空隊  作者: 葱鮪命
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立ち向かえ神立!-5

 天助てんすけは公園に向かった。母には、友達と遊ぶと伝えてある。本当のことを話してしまえば、きっと止めるに違いない。母には心配をかけたくなかった。


 公園に着くと、ブランコが大きく揺れているのが見えた。そのブランコには小空こそらが乗っている。彼女は高校生だと言うが、時々子供っぽい一面を見せる。


「あ、天ちゃん!」


 公園に入って来る天助に気が付いて、小空はブランコを漕ぐのをやめた。


「おはよう」


「おはよう! 心の準備はできたか?」


「うん」


 天助は頷く。そして、辺りを見回した。透真とうまが居ないのだ。


「透真ならベンチでゲームしてる。今日は大事なイベントがあるんだってさ」

「そうなんだ……」


 スマホゲームのことだろう。彼はゲーマーだと聞いている。此方はゲームのことなど頭に無いほど緊張しているのだが、彼はそんなこと一切気にも留めていない様子だ。所詮、中学生のお遊びだとでも思われているのだろうか。


「お、木の棒発見」


 小空が地面にしゃがみこんだ。たしかに自分と彼女の間に、木の棒が落ちている。小空はそれを拾い、地面に絵を描き始めた。天助は公園の時計を見上げる。集合時間は10時。あと五分もない。


「天ちゃんってさ」


 小空が口を開いた。彼女に目を戻すと、地面に「天助」という文字を書いていた。


「良い名前してるよね」


 初めて言われたことだった。天助は自分の名前があまり好きではない。「〇〇すけ」など、昔の人の名前のイメージがある。今の子はもっとかっこいい名前をもらうのだ。海靖かいせいや、央大おうだいみたいに。


「天、って空って意味なんだよ」

「うん」

「天ちゃんは空が好き?」


 変な質問だった。空が好きか嫌いかなんて考えたことが無い。晴れていれば良いな、と思うくらいだ。今日の空は、悪くはない天気である。


「どっちでもない」

「そりゃ良いね」


 小空が枝を放って立ちあがる。


「時期に好きになるよ」


 彼女の言う意味が分からず、天助は口を閉じた。空を好きになる。どういうことだろう。


「来たぞ」


 透真の声がした。手にはスマホを持っているが、その画面が消えている。彼は公園の入り口を見ていた。天助も其方に目をやる。あの二人が、此方に向かって歩いてくるのが見えた。思わず体を固くした。痣になった場所が痛む。不安になって小空を振り返るが、彼女は首を横に振った。


 あくまで、彼女らが後ろに居るのは護衛のためだ。彼らに手を出されそうになった時だけ動いてくれる。全て天助の口から、伝えるべきことを伝えなければならないのだ。


 意を決して前を向く。すると、後ろから小空の声がした。


「天ちゃん、自分の言葉で言うんだよ。全部吐きだしちまえ」


 海靖と央大が足を止めた。小空と透真に気づいたのだ。


「なんだ、天助。お前、他の友達ができたのか」

 央大が言う。天助は何も言わず、彼らを見ていた。


「これは俺らとお前だけの問題だろ? 来るなら一人で来いよ」

 海靖が鼻で笑う。


「じゃあ、お前らも一人で来いよ」


 天助は口からすんなりと出てきた自分の声に驚いた。心で思っていたことが、口から出てきた。二人は、目を吊り上げる。


「はあ? なんだ、後ろに味方が居るから態度がでかいじゃん、え? この前まで金無くてぴーぴー泣いてたくせに。約束の金はきちんと用意してきたんだろうな」


 天助は首を横に振った。二人の顔が怒りに染まっていくのを感じて、手が震え始める。拳を作って、太ももに押し付けた。


「良いのか、こんなことして。お前、クラスで浮いた存在になるぞ? 転校生ってだけで既に浮いてるのに。これ以上浮いたら、もう誰もお前のこと何か見てくれないからな。俺らの存在のありがたみを知るだろうな」


 頭には言葉があるのに。彼らの言葉が、それを出させまいとしてくる。天助は大きく息を吸い込んだ。


「金さえ出せば良いのにな。五万は言いすぎたか。じゃあ、二万ならどうだ? 出せないか?」


 後ろの小空と透真が手を出さないと分かったのか、二人の言葉に拍車がかかる。


「これはいじめじゃないんだよ、天助。俺とお前は親友だろ。金があれば良いんだよ。殴ることもしない。優しいもんだぜ、転校生にこんなに尽くす俺らって」


「あの、さ」


 天助は口から何とか言葉を絞り出す。さっきのようにすらすら出てきたら良いのに、今は突っかかる上に蚊の鳴くような声しか出ない。当然、目の前の二人には聞こえていないようだ。べらべらと喋っている。偽物の言葉で、嘘まみれの友情を語っている。


「あのさっ」


 次は聞こえた。二人は、喋るのをやめた。


「俺、もうお前らとは友達じゃないからっ」


 二人の口から「は?」と声が出る。


「俺、お前らにもう金なんか払わないから。金で買うようなもんじゃないって、わかった」

「何言ってんだ、お前」


 海靖の低い声がする。口を閉じそうになるのを天助は堪えた。


 吐き出してしまえ。


「俺……」


「仲間増やしただけで何偉そうにほざいてるんだ? 面白くないんだけど、その冗談」


 じわりと視界が歪んだ。今は泣きたくない。泣くのは、すべて吐き出してからだ。


「俺は……」


 天助は頭の中で言葉を手繰り寄せる。体が震えている。傍から見たら、面白いことになっているに違いない。彼らの目が笑っている。


「怖いのか? 泣くか? 泣けよ。今ならまだ許してやる。土下座しろ。謝れよ」


 嘗めるな。


「俺は_____」


 天助は息を吸い込んだ。


「お前らなんか大っ嫌いだっ!!」


 後ろから「おお」と声が聞こえた。小空だった。久々に背中の存在を感じた。すると、言葉はスムーズに口から出てきた。


「俺は金で友達なんか買いたくない! 俺は自分で友達を選ぶんだ! お前らみたいなやつと、これ以上一緒に居られるか!!」


 天助の気迫に、海靖と央大が数歩下がる。そして、今度は顔を真っ赤にして迫って来た。


「お前、誰にそんな口を利いて_____」


 海靖が拳を振り上げる。


 来る。


 天助は頭を抱えて蹲ろうとした。どう考えたって、彼らの動きの方が早いのは分かっている。いつものあの痛みが体に到達する前に_____背中の二人が動いた。


 鈍い音が二つ、それに続いて地面に重いものが落ちるような音が二つ、天助の耳に飛び込んできた。しゃがみ込んだ天助は、ゆっくりと顔を上げた。自分といじめっ子の間に、小空と透真の背中があった。


 海靖と央大は腹を抑えて蹲っている。口から呻き声のようなものを出していた。


「よく言えた、天ちゃん」


 小空が央大の腹に足を乗せる。


「最高にスカッとした」


 そんな彼女の横顔に、悪戯っぽ笑みが浮かぶ。天助は小さく頷いた。


「くそ……天助、こんなことして許されると思ってんのかっ!」


 海靖が唾を飛ばして喚いた。彼の顔面に透真の蹴りが入った。海靖が飛ばされる。


「あー、透真。顔はダメ。雨斗あまとには体だけにしとけって言われてただろ」

「口は顔についてるからな」

「そうだけども」


 小空がやれやれ、と顔を振って、央大の腹から足を浮かした。そして、飛ばされた海靖のもとへ行く。顔を抑えている彼の前髪を、彼女は勢いよく掴んだ。


「なあ、いじめっ子」


 彼女の声が低くなる。


「土下座すんのはお前の方だからな。人の親の金で食った飯はどんな味だ? 警察と学校と、お前の親に全部話はしてある。家に帰ったら楽しみにしとけ」


 小空がパッと手を離すと、海靖は力が抜けたように地面に顔を伏せた。小空は振り返る。天助に向かって、向日葵のような笑みを向けた。


「よっしゃ! 仕事終わりー! 腹減ったし飯でも食おうぜ!!」

「まだ十時だけどな」

「透真、堅苦しいこと言うなって!」

「言ったか?」


 小空は天助の前まで駆けてくると、まだ地面にしゃがみ込んだままの天助に手を差し出した。透真もやって来ると、同じように手を差し出す。二人の手を借りて、天助は立ち上がった。


「あの……ありがとう」


 天助は今までの全てを感謝した。出会ってから、この瞬間まで、彼らには何度助けられたのか分からない。


「いいの、こういうのを見過ごしてる方が胸糞悪いっしょ」


 小空が笑って、天助の頭に手を伸ばした。


「本当に頑張ったね」


 ぽん、と優しく頭に手を置かれて、天助は初めて「んっ」と頷いて、笑って見せた。


 *****


 駄菓子屋と言うものに、天助は初めて入った。スーパーではお菓子コーナーの端に追いやられている駄菓子も、此処では主役として棚を飾っていた。お菓子以外にも、玩具がずらりと壁を占領している。


「これ、全部十円?」


 天助は目の前の棚に並ぶお菓子たちを、目を輝かせて見ていた。


「そ、こっちは五十円。あっちは百円。ほい、これ」


 小空が何かを投げてきた。彼女の親指に弾かれたそれは、綺麗な放物線を描いて天助の手のひらに落ちた。見てみると、鈍く輝く五百円玉だ。天助は戸惑いながら彼女を見る。彼女はにんまり笑っていた。


「今日のお疲れ様料金。それで好きなもん買いな」

「でも、良いの?」

「良いの。頑張ったらご褒美よ。ああ、言っておくけど友達料金じゃないからな。勘違いするなよー」


 小空はそれだけ言い残して、棚の陰に消えていく。それと入れ替わるようにして、透真が棚の影から姿を現した。手にはソーダ味のラムネを持っている。


「なんか買うのか」


 透真がぶっきらぼうに問うので、天助は五百円玉を見せる。


「これで、何買えるかな」

「何でも買える。百円でも持ってりゃ富豪だからな、駄菓子屋って」


 透真の言葉に天助の心は跳ね上がる。何を買おうか、と目の前の棚に目を走らせたその時、


「えーーっ!!」


 小空の声が棚の裏から聞こえてきた。天助はびくっと肩を竦める。


「うるっせえな、何だよ」

 透真が棚越しに小空を睨む。


「良子ちゃんの写真が無いんだけどおばちゃん!! あれ売れたの!? 狙ってたのに!!」


 続いてドタドタと走る音が聞こえ、小空がレジに座ってニコニコと優しい笑みを浮かべる女性に走り寄るのが見えた。


「おばちゃん、昨日まで飾ってたじゃんか!」


 小空の気迫には一切動じず、女性はおっとりとした声と表情で「あらあら」と言った。


「全然売れないものだから、処分しちゃったわ」

「良子ちゃんを、処分……!?」

「ごめんなさいねえ、まさか小空ちゃんが狙ってたなんて……。そんなに欲しかったの」

「そりゃもちろん! あんなえっっ……魅力的なブロマイド、毎日拝めるなら最高じゃん! 欲しくないわけないじゃん!!」


 天助は彼女たちのやり取りを固唾を呑んで見守っていた。何だか緊迫した空気感が漂っている。小空だけだが。


「良子ちゃんって誰?」


「昭和のアイドル」


 透真が答える。


 昭和のアイドルと聞いて、天助の頭にはワンピースを着て一人でステージに立つ少女が思い浮かぶ。彼の昭和のアイドルのイメージである。すると、透真が写真を見せてくれた。驚くことに、そこに映っていたのは、天助の母よりも年齢が上の女性である。


「この人の写真が欲しかったの?」

「おう」

「な、何で?」

「あいつは大の女好きだからな」


 透真はスマホをしまう。天助は小空を振り返った。彼女は相当ショックを受けたらしい、カウンターに泣きついている。店番の女性が「あらあら」と彼女の頭を撫でていた。


「それなら、最近話題のツユちゃんの写真は?」

「ツユちゃんのがあるの!?」

「あるわよ。人気だからすぐ売り切れちゃうと思って、まだ並べていないんだけど......どうする?」

「それにするっ! おばちゃんありがとう!!」


 小空は今日一番の顔を見せている。


「アイドルのトーレディングカードでもあるの?」


 天助は再び透真に聞いた。透真の手には、今は玩具入りの菓子がある。五百円コーナーから持ってきたもののようだ。


「ただコレクションしてるだけだ」

「コレクション……」


 天助が呟くと、小空へのブロマイドを取りに行くために店の奥までやって来た女性が、天助と透真に微笑んだ。


「透真ちゃん、今日はアイス食べる?」

「今日は、サイダー飲もうと思っていたんで」

「そうなの。じゃあ、おまけ。用意しておくからね」

「......あざっす」


 そんな会話の後、彼女の目は天助に向く。


「其方の子は、初めてお会いする子ね」


 天助は自分のことだと分かって、軽く会釈した。彼女もこっくりと首を縦に振って、会釈した。


「天助だよ、おばちゃん。うちの新入り」

 小空がレジの方から女性に言った。


「へえ、賑やかになるわね」


 女性は手に持ったブロマイドを小空に渡すために、その場を離れていった。天助はもじもじとしていたが、彼女が離れていったことでようやく口を開けるようになった。


「二人は此処の常連なんだね」

「まあ、そうだな。夏休みは毎日のように顔を出すし」

「へえ」


 毎日のように行く場所。学校でもなく、塾でもない。子供の味方であるお菓子に囲まれる場所_____天助は深間商店が自分の中のお気に入りになった。


「お菓子が好きなんだ」

「それもあるけど、」


 透真が下に手を伸ばす。店の棚は、小さい子供でも手が届くように低く設けられているので、手前のお菓子を取るときは、腰を屈めないとならないのだ。透真が手に取ったのは。丸いボトルに入った、青い飴玉だった。その飴玉を一つボトルから取り出し、天助に見せてくれる。ビー玉のような綺麗な球体に、白い粒が付いている。袋には「ソーダ味」と書かれていた。


「お使いをしにきてる」

「お使い?」


 お使いと言うことは、この飴を買ってくるように毎日頼まれているということなのだろうか。考えられるのは、あの家のリビングに居た少年たちだ。雨斗と、それから嵐平と言っただろうか。彼らのどちらかがこの飴を買ってきてほしいと言っているのだろう。


「誰に頼まれてるの?」


 天助が聞いたとき、レジで小空の声がした。


「ツユちゃんゲーーット!!」


 どうやら、彼女の目的が果たされたらしい。レジが空いて、天助は透真に軽く背中を押された。


「後でわかる」

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