雨宿りのソーダ水
「じゃ、また明日」
小空はそう言って、クラスメイトと別れた。梅雨の真っただ中だが、夏の気配はすぐそこまで来ている。教室に設置された二台の扇風機も、それを感じさせる要素の一つだ。
廊下に出ると、帰ろうとする生徒でごった返していた。
「小空」
その中でも一際目立つのは、高身長の男子。黒髪に緑のメッシュを入れた少年だ。
「嵐ちゃん? 今日部活でしょ?」
「うん」
彼は嵐平。小空と同じ家に住む同い年だ。
「今日、帰り遅くなる。部活の友達と外食」
「まじか。可愛い子は?」
「男子で」
「じゃあいいや」
嵐平は家庭部に所属している。料理がメインの部活なので、食べることが好きな彼にはうってつけの部活だ。
「外で食うなら夕飯いらんな」
「いる。帰る時間が遅くなるだけ」
「飯食ってきたのに、帰ってからも食うのかよ」
小空は笑って、「いいよ、わかった」と頷く。
「嵐ちゃんに友達ができるなんて小空ちゃんは嬉しいなあ。爆食して引かれない程度に楽しんできな」
「うん」
嵐平はそう言って、人ごみの中に消えて行った。小空も人の波に乗る。人が密集しているのでかなりの熱気だ。早く帰ろう、と彼女は足を速めた。
*****
「あら、偶然!」
校門を出ると、目の前を過ぎようとしている自転車が居た。そこには髪に紫のメッシュを入れた少年が跨っている。透真だ。小空を見て、彼はブレーキをかけて止まった。
「何で居るんだ」
「いや此処、私の学校」
小空は透真の自転車を見つめる。そして、
「やだ、透真ちゃんったら! 私を迎えに来てくれたの?」
「乗るな」
小空は彼の自転車の後ろに跨った。
「女の子は紙一枚分の重さやで」
「お前は例外だ」
「ひでー」
透真はため息をつきながら自転車をこぎ始めた。案の定、スピードはゆっくりである。
「降りろ」
「やだね」
小空は空を見上げた。雲が多くなってきた。梅雨なので、天気も不安定だ。スマホで天気予報を確認すると、そろそろ雨が降り出すという情報が入っていた。
「透真、雨降るって」
「じゃあ降りろ。その方が早い」
「却下」
そう言っているうちに、ぽつぽつと空から降って来るものがある。それは数分の内にバケツをひっくり返したような大雨に変わった。
「あーあ、言わんこっちゃない!」
「お前が降りりゃとっくに家だわボケ」
透真が立ちながら漕ぐので、小空は前の景色が見えない。体を横にして見ると、Y字路に差し掛かったところだった。透真は左にハンドルを切ろうとする。
「なあ、雨宿りしね?」
「はあ? 止まないだろ」
「大丈夫! 深間商店寄ってこうぜー!」
小空の言葉に透真はため息をつく。彼は左に切っていたハンドルを右に切った。
自転車はY字路を右に曲がっていった。
*****
「すごい雨だなあ」
剥げたベンチに腰かけて、小空はぼんやりと通りを見る。彼女手にはラムネの瓶があった。彼女らの頭上の赤と白のビニール屋根から滝のように雨水が降ってきている。
「制服濡らすと青咲に何言われるかわからねえのに」
透真も小空の隣で瓶ラムネを手にして、激しい雨で白くなった地面を見つめている。
「まあまあ、通り雨は仕方ないよね」
小空はそう言って、瓶に口をつけた。傾けるとビー玉のカランコロン、という涼しげな音が鳴る。
「おばちゃーん、ごちそうさま!」
小空はベンチの横にある、開け放たれた引き戸の向こうの女性に声をかけた。店の中は薄暗く、年老いた女性がひとり、カウンターの奥でニコニコと笑っていた。
やがて、雨脚も弱まって来た。遠くで雷の音がするが、雲間から太陽の光が差し込み始める。
「夏が来たって感じだなあ」
小空が満足げに言った。
「そうだな。お前がうるさくなる季節だ」
「猫の発情期みたいに言うやん」
「猫の方がましだ」
雨が完全に止む。二人はベンチから立ちあがった。
「帰りは歩けよ」
「えー、何でさ!」
「夕方になるだろうが」
「良いじゃん!」
小空は再び自転車に乗るが、透真は許さないようで激しい攻防が繰り広げられる。結局さっきと同じスピードの自転車が、店の前から走り去っていった。
カウンターの中の女性はニコニコとまだ笑っている。
「今日も賑やかで良かったねえ、空大君」
どこかで、風鈴が鳴った。
いつも読んでいただきありがとうございます!
青空隊の投稿を、ゆっくりペースに戻そうと思います。
理由としては、B.F.シリーズを集中的に書きたいからです。
そして、夏にやりたいことを詰め込みすぎました。反省です。
この夏の目標は、『エスペラント』のベルナルド編を書き終えることと、『青空隊』の新キャラ登場回を書き終えることでした。新キャラ登場回は、プロットの段階で五部構成ですが、まだ一話目すら書き終わっていません......。
夏のど真ん中のお話だったので、蝉が鳴き終わるまでに書いてしまいたかったのですが、焦らず自分のペースでゆったりペンを動かしていきます。
まずは長い間苦戦していたベルナルド編が書けただけでも偉い、と自分を褒め称えることにしました。
色んな話を行ったり来たりする私ですが、暖かい目で見守ってくださると幸いです。
最後に、感想やブックマーク、いいね等ありがとうございます!
増える度にニヤニヤしちゃう人です。
まだ暑い日が続くので、皆さんお身体ご自愛ください。
長文失礼しました。




