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青空隊  作者: 葱鮪命
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憎き鹿の袋角-3

 城本(しろもと) 実樹(みき)は、親友の大川(おおかわ) 有彩(ありさ)と服を選んでいた。ゴールデンウィークは、二人で人気バンドのライブに行く予定なのだ。


「双子コーデしようよ! 可愛いの見つけたんだ!」


 有彩はネットで拾った写真を実樹に見せてくれた。二人の少女がポーズをとっている写真が次から次へと流れていく。


「これとか可愛いよね!! あ、でも予算オーバーかな」


 有彩は一人で喋っていることに気づき、実樹の顔を覗き込む。実樹は冴えない表情で、スマホの画面を見つめていた。


「実樹、どうしたの? 具合悪い? あ、生理前だったっけ」


 スマホをしまって、有彩は実樹の背中を撫でた。そこで実樹がハッと我に返った。有彩に「大丈夫」と笑みを向ける。


「ちょっと疲れてて。最近、バイト始めたんだ」

「え!? 初耳! たしかに、実樹お金いっぱい持ってるもんね! 単発バイト? 私にも紹介してよー!」

「どうしようかなー。有彩は単発バイトでもすぐ飽きるでしょ」

「そんなことないよー!」


 二人は服の迷路の中をさ迷った。お互い、服の上から気になる服を合わせたり、実際に試着をしたりして時間は過ぎた。


 二時間で服は決まった。合計五店舗を周り、かなり高価な買い物をしたが、実樹の財布にはまだ余裕があった。


「本当にすごいね、実樹のバイト」


 買い物を済まして、実樹は有彩にアイスを奢った。有彩の財布は買い物が終わる頃には薄っぺらくなっていたのだ。


「そんなにすごくないよ」


 返す実樹の声はやはり元気がなかった。


「数時間でそんなに稼げるのかー。本当に私にも紹介してよー」

「ダメ!」


 実樹の声が強まった。有彩はキョトンとして、アイスに口をつける。


 空気が明らかに変わったのを彼女は察したようだ。


 実樹は急いで笑顔を繕った。


「だから、有彩には続かないよ。単発でも、飽き性なら無理」

「えー」


 その時、スマホが震える感覚があった。実樹の体が硬直する。有彩から影になるように、そっとスマホを開く。


「......有彩、ごめん。私帰るわ」


 実樹はそう言って、食べかけのアイスを口に突っ込む。頭がガツンと痛くなった。


「え!? まだアクセサリー見てないじゃん!」

「ん」


 ごめん、と顔の前で手を合わせる。有彩が再び口を開く前に、実樹はその場を後にした。


 *****


 裏バイトというものを知ったのは、お小遣いの足りなさに嫌気がさして稼げるバイトを片っ端から探している時だった。


 その時は、何も考えなかったのだ。

 トイレに私的なカメラを取り付ける作業だと知っていたら、きっと応募しなかった。


 実樹は家に届けられたダンボールを開封した。今回は三つだ。小型カメラにも程がある。一体こんな小さなカメラ、どうやって作っているのか。


 買ってきた服が入った紙袋を置いて、カメラをポケットに忍ばせる。


 時計を見ると、夜の八時を回ろうとしていた。


 スマホの画面がパッとついて、未読メッセージが映し出される。


『今度はアクセサリー買いに行こうね!』


 それは有彩からだった。

 文面からすぐ彼女の声が想像できる。


 彼女を置き去りにして帰ってきた自分に罪悪感が芽生える。本当なら今すぐにでも止めたいバイトだ。そもそも、こんなものが周りにバレたら。


 実樹はゾッとした。


 すぐに頭を振って嫌な考えを取り払おうとした。


 今回で最後にしよう。


 そう心に決めて、実樹は部屋を出た。


 *****


 都内の公園を転々として、それぞれの公衆トイレに忍び込んだ。既に防犯カメラがある場所は諦めて、防犯カメラが無い場所を選んだ。


 超小型カメラは、個室のドアノブのネジに取り付けられるようにされたものだ。ふっと息を吹いたら飛んでいってしまいそうなほどに小さいので、実樹は慎重にカメラを取り付けた。


 一台つければ一万円。今日は三台取り付けるので、合計三万円がもらえる。早ければ一時間以内で終わるのだから、悪くはないバイトだ。


 そう思っていたのも、最初だけだったが。


 こんな分かりやすい犯罪行為を、警察が黙っているわけがない。主犯の男が捕まれば、情報が漏れて全てバレる。そうしたら、高校は通えなくなるだろう。自分は捕まるだろうか。両親を泣かせる未来も、そう遠くないかもしれない。


 二つ目のカメラをつけ終え、次なる場所に向かった。


 今夜は蒸し暑い。それとも、変に気持ちが焦っているからだろうか。何だか、気持ちがザワザワと逆立っている感覚があるのだ。


 実樹は早々に済ませようと、最後の公衆トイレに向かった。


 その公園は、ここらで一、二の広さを誇る公園だ。遊具はないが、大きな池を囲むようにランニングコースやサイクリングコースが設けられている。


 スワンボートの禿げた目が、じっと実樹を見つめている。


 実樹は逃げるようにトイレに駆け込んだ。大きい公園だからかトイレも広い。どのトイレにつけても良いだろうが、実樹は足を止めた。


 個室は数えると八部屋。一つだけ扉が閉まっている。


 誰か居るらしい。


 そう言えば、と前に此処へ設置に来た時のことを思い出す。


 広い公園なので、時折警察が巡回しているという。


 警察。


 実樹は踵を返して戻ろうか迷った。何故なら自分の格好に問題があるからだ。


 有彩と遊んでいて、そのままの格好で来てしまった。彼女は制服だった。この時間帯に制服を着た少女が、一人で公園に来ていては怪しすぎるだろう。


「......」


 トイレに入っていれば、カメラを設置しているなんて考えるだろうか。

 自然を装って入ればいいものを、彼女はそのタイミングをすっかり逃してしまった。


 というのも、閉まっていた扉が開いたのだ。


 水が流れる音がしなかったので、実樹はさらに面食らった。


 慌てて個室に飛び込むのも変かと、実樹はじっと開いた扉を見つめる。その個室から出てきたのは、背の低い少女だった。黒髪を後ろで短く一つ結びし、余した髪を横に垂らしている。背の小ささもあるためか、妙に子供っぽい感じがある。彼女もまた、何処かの制服を着ていた。


 しかし、そんな彼女を見て実樹はギョッとした。


 彼女の腕から、血が滴っている。


 白いワイシャツの袖は赤く染まり、彼女はそれをハンカチで拭おうとしているところだった。


 そして、呆然と立ち尽くす実樹と目が合った。


「あ、こんばんは」


 ニコリと少女は微笑んだ。

 実樹も慌てて会釈する。


「こんな夜にどうしたんですか? ......って、それは私もか」


 少女はヘラヘラと笑っている。実樹はどうしようか、と悩んで、左隣にある洗面台の鏡を見た。


 鏡に、自分と少女が映っている。


「あ......」


 実樹は鏡に写った少女のもう片方の手を見て、息を飲んだ。


 少女は怪我をしていないもう一方の手に、赤いプラスドライバーを持っていた。


「此処のトイレ______」


 少女も鏡越しに実樹を見てきた。


「カメラあったんで、入らない方いいっすね」

「......」

「ドライバーで無理やり外そうとしたら、怪我しちゃったんで」


 てへ、と少女が再び笑った。


「......」


 ゆっくりと鏡から目を逸らし、実樹はポケットの中にある最後のカメラに触れようとした。すると、反対ポケットでスマホが震える。


 実樹は震える手でスマホに手を伸ばした。


 何と言えばいいのか。

 バレたと話したらいいのだろうか。


 今までの報酬を返すよう言われたら、一体何処からお金を持ってくればいいだろう。


 実樹はスマホを取り出して見つめた。


 何度見てきた画面だろう。


 今は、涙で見づらくて困る。


「裏バイト、こんな感じで危ないし、グレーなんで.......辞めちゃった方が良いっすよ」


 気づくと少女が目の前まで迫っていた。

 その顔にはいたずらっぽい笑みが浮かんでいる。


「私、どうしたら......」

「大丈夫、任せてくださいよお」


 少女がそう言って、実樹の手からスマホを取り上げた。


「あっ」

「はい、笑ってー」


 カシャ、と音がする。


「......え?」

「はい、そ〜しんっ」


 少女がスマホを返してきた。実樹は慌てて画面を見る。バイトの雇い主とのトーク画面が開かれていた。今撮ったらしい写真が送られている。少女と実樹の顔には黄色いニコちゃんマークのスタンプが貼られていた。


 実樹は慌てて送信を消そうとするが、


「記念に残しておきましょうよ! 大丈夫、ちゃんとクビになりましたから!」


 そう言って少女は外に出て行った。


 少女が残した赤い痕を見つめ、実樹は再びその場に立ち尽くす他なかった。


 *****


 最上(もがみ) 康太郎(こうたろう)は、バイトとして雇った少女から送られてきた写真に舌打ちした。


「ふざけてるのか?」


 思わず声に出した。


「こう君、どうかした?」


 キッチンで果物を剥いていた成佳が顔を上げた。

 康太郎は慌てて「何でもない」と笑みを向ける。


 そして、画面に目を戻した彼は、


「はっ!!? なんだこれ!!!」


 と、大声で言って立ち上がった。


 事務所とのトーク画面に、今送られてきた写真と、今まで撮り溜めていた動画、メール文がファイルになって送られているのだ。


 何も操作はしていない。


 しかし、画面は勝手に動く。


 次々と「既読」の文字がついた。


「こう君?」


 今度は返事ができなかった。唖然としているうちに、トーク画面に事務所の一人がメール文を送ってきた。


『康太郎さん、どういうことですか?』

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