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青空隊  作者: 葱鮪命
18/54

思い出引っ提げ花車 後編

「いただきまーす」


 青空廊下は、雨天時以外解放されている渡り廊下のことだ。渡り廊下の屋上という方が正しいかもしれない。天気が良い日は混むので、昼休みになればすぐに移動しなければ食べる場所が埋まってしまう。


 小空(こそら)は今日もそこに居た。隣には黒髪に緑のメッシュが入った少年・嵐平(らんぺい)が居る。


「うっま!!」


 今日の彼女たちの弁当は、たまごサンド、カツサンド、ポテトサラダとハンバーグだ。嵐平の弁当箱には小空の二倍の量が入っているが、既に大半が彼の胃の中に消えている。


「今日の体育、ハンドボール投げしたー。(らん)ちゃんのとこはもうやった?」


 小空がハンバーグを口に運び、嵐平を見る。彼は顔を輝かせて口を動かしていた。聞いているのか怪しいが、小空は特に返事を待たず続ける。


「俺ね、女子に応援されちゃった! これって愛されてるってこと!?」

「......」

「あの峯岸みねぎしさんが応援してくれるなんてさ、張り切って壁まで投げちゃった!」

「......」


 嵐平は黙々と口を動かし、やがて手を合わせた。


「ごちそうさま」


 彼は弁当箱を片付けると、フェンスに背中を預けて目を閉じる。いつもの昼寝タイムに入るらしい。


 こうなると基本的に反応がないので、小空は諦めて食事に集中する。春の陽気に、彼女も欠伸を耐えられない。それもそのはず、今日は一睡もしていない。誘拐事件に巻き込まれた女児の救出作戦で、昨日からずっと起きているのだ。


 無事に解決して家に戻ってきたら、登校時間になってしまった。


 同じく現場に居た嵐平(らんぺい)もさすがに眠いようで、既に寝息が聞こえてきた。


「家帰ったら寝なきゃなあ」


 小空は最後のポテトサラダの一口を口に入れ、弁当箱を閉じる。


「ん?」


 ブレザーのポケットに入れていたスマホが震えた。小空はスマホを取り出して画面をつける。新着通知が一件。雨斗(あまと)からだった。


 メールアプリを開いてメッセージを読むと、買い物代行に行って欲しいとのことだった。


「またー? 人使いの荒いやつめ」


 小空が眉を顰めて返信を打つ。


『家に透真居るじゃんかー』


 返信は直ぐに来た。


『出かけてる』


「......逃げやがって」


 誘拐事件の現場にもう一人居た隊員の透真(とうま)摺建(すりだて)高校の二年生だ。彼は現場から帰るや否や自室に向かった。学校も休むと言っていたのだ。


 しかし、家にいると面倒な依頼が飛んでくることを分かって外出しているらしい。


 家にすぐ帰って眠れると思っていたのに。

 ベッドはまだお預けのようだ。


 *****


「またお願いします」

「はーい」


 無事に任務を済ませた小空は、雨斗に完了のメールを送って家に向かう。


「はあ、すっかり夕暮れですよー」


 空は赤く、夜が確実に近づいていた。


 依頼主の家は小空の家からかなり離れていたが、彼女はもちろん徒歩である。これも運動だと自分の足に鞭を打って、彼女は団地の坂を降りていく。


 この時間は様々な家から夕食の香りがするので、彼女の腹の虫も鳴いた。カレー、味噌汁、肉......その家その家の夕食を頭に思い浮かべているうちに団地をすぎ、人気のない道に出た。


 街灯がぽっぽっ、と付き始めた。


 近くに踏切があるようで、カンカンと音が鳴る。何となく彼女は其方を見た。渡るわけではないが、音につられて視線を送ったのだ。


「ん!!?」


 踏切の真ん中に何かある。


 街頭に照らされ、光を反射して輝くのはタイヤ部分。ホイールだ。車ではない。自転車でもない。


 それは車椅子だ。

 そして、それに誰かが乗っている。


 遠くでガタゴトと電車が走ってくる音が聞こえた。


「やばい、やばい!」


 小空は踵を返し、下がり始めた遮断機を潜り抜けて車椅子に走り寄った。


 乗っていたのは歳をとった女性だった。タイヤがはまって動けなくなっているらしい。電車の音が近づいてくる。


「大丈夫ですか!」

「ご、ごめんなさいね」


 小空は車椅子を動かそうとするが、見事にはまって抜け出せそうもない。


「くっそ......」

「電車が来てるわ.......お嬢ちゃん、逃げなさい」

「半端な仕事はしないんで! 肩に腕回してください!」


 小空が言うと、女性はおずおずと肩に腕を回す。小空は女性の頭に手を添え、片手を地面に向けた。


「ちょっと浮きますよ!!」


 彼女の手から突風が生まれる。その瞬間、二人の体はふわりと宙に浮いた。小空は足が地面から離れる感覚に、地面に向けていた手を女性の体にしっかり添えた。


 遮断機を飛び越え、二人は地面に落ちた。主に地面についた面積が大きいのは小空だった。彼女は背中からアスファルトに落ち、摩擦で背中が熱くなる感覚を覚える。


 小空は体を捻り、女性を地面に下ろした。


「ちょっと待っててくださいね」


 小空がそう言って瞬時に立ち上がり、再び遮断機に向かう。


「待って、ダメよ!」


 女性がそれに気づいて彼女を止めようとするが、少女は再び線路内に入った。もう電車は近くまで来ていた。ライトが彼女の体を照らす。


 風が巻き起こった。それが電車による風か、さっき自分たちを浮かせた不思議な風かは分からない。


 電車が目の前を過ぎ去っていく。四両編成だが、過ぎ去るまでの時間が永遠に感じられた。


 最後の車両が過ぎ去ると、女性は思わず「お嬢ちゃん......」と声を絞り出した。


 反対岸にて、車椅子を下ろして安堵のため息を漏らす少女の姿は、まさにヒーローだった。


 *****


「ごめんなさいね、車椅子まで助けて貰っちゃった」


 今度は遮断機が上がり終えてから、小空は地面に座り込んだままの女性のもとに行った。


 車椅子に座らせると、彼女は泣き出しそうな表情で小空に謝った。


「いやいや、無事でよかったです。怪我ないですか?」

「ええ......もうだめかと思っていたのに......すごいわ、ヒーローみたい」


 女性の言葉に小空は「あはは」と頭を掻く。


「心配してるんじゃないですか? ご家族さん。良かったらお家まで送りますよ」


 小空が提案すると女性の顔が曇った。何か後ろめたいことがあるのか、俯いて口を閉じてしまう。


 小空は背中に違和感を覚えた。そっとブレザーの背に触れると、見事に破れていた。


「......」


 女性を支えていた手からも血が出ているが、問題は背中の方が重い。


「桜......」


 女性がようやく口を開いた。小空が「え?」と首を傾げる。


「桜を、見たくて」


 女性の声は震えていた。


 *****


 彼女の名前は雲川(くもかわ) 千代(ちよ)と言った。


「明日からね、遠くの施設に入るのよ」


 彼女は車椅子の上で、そう言った。

 車椅子を押すのは、小空だ。


「去年の春に夫が亡くなって、一人暮らしになってしまって。昔から足が悪いから、どうしようもなくてね。息子は遠くに住んでいるし、親戚も居ないから......」


 彼女の声は寂しさを孕んでいた。


 人気のない静かな通りを、小空は彼女が示す方へと進んで行った。坂を上り、下り、川を渡り、やがて辿り着いた。


 それは、小高い丘に生える、一本の枝垂れ桜だった。ライトアップもされていないのに、その桜は光っているようだった。闇の中にぼんやりと赤を宿し、重そうに枝を垂らしている。


「毎年見に来ていたのだけれど......今年で最後になりそうよね」


 千代は微笑んで、もう少し近づくように小空に言った。


 枝先に触れられるまで近づく。その大きさに小空は静かに圧倒されていた。樹齢何百年だろうか。倒れないように支えがあり、地域で大事にされているもののようだ。


「夫と会ってから、此処に来ない春はなかった」


 千代はそう言って、目の前の枝に触れる。


「毎年春が楽しみだったわ」


 小空も桜に触れてみる。薄い花弁が柔らかく手に吸い付く感覚がある。


「今年は一人で来るものだと思っていたけれど......」


 千代は振り返り、小空に笑みを向ける。


「あなたと来られて良かったわ」


 サワサワと音がした。枝が互いにぶつかり、弾んでいる。


「......来年も来ましょうか」


 小空の言葉に千代は思わず「えっ?」と声を漏らす。


「毎年来ましょうよ。もったいないでしょう、そんな思い出に蓋をするのは」

「......」


 小空の言葉に千代は考え込むようにして黙った。桜を振り返る。


 此処に来ないということは、きっと薄れていく。彼との思い出が。春の楽しみがひとつ、いや、生きていく上での楽しみが消えるのだ。


「......また、連れてきてくれるかしら」


 千代が問う。


「はい、いつでも呼んでくださいよ」


 小空が答えた。


 *****


 チャイムが鳴った。放課後を知らせるチャイムだ。


夏凪(なつなぎ)、今日暇?」

「いや、ナンパしに行くから暇じゃない!」

「それ暇って言うでしょ」


 リュックを背負って颯爽と帰ろうとする小空の耳に、ピンポンパンポンと校内放送の音が聞こえた。


『1年5組夏凪 小空、夏凪 小空。至急校長室まで』


「え」


 小空の足がピタリと止まる。周りの視線が彼女にグサグサと突き刺さった。


「何やらかしたの」

「校長室って」


「身に覚えがありすぎる」


 眉を顰める彼女に周りが「ナンパのしすぎで通報されたか」とザワザワし始めた。なるほど、と小空も納得する。


 彼女は早足で校長室に向かった。


 *****


「嵐ちゃん、来年の春予定空けておいてね」


 二人の男女が散り始めた桜の中を歩いている。


「なんで」


 少年が問う。少しだけくぐもった声だった。


「何でもよ」


 少女が手の中で転がしていたお菓子の袋をようやく開ける。桜の形をした饅頭だ。


 千代が引越し先から送ってくれたものだった。お礼の気持ちということらしい。あの後学校にも電話をしたようで、饅頭を学校まで送ってくれたそうだ。


「美味しいねー、この饅頭」

「うん」


 六つ入りの饅頭だが、小空が食べたのは二個だけだ。あとは全て隣の彼の胃に消えた。


「雨斗曰く、踏切についてたカメラに写ってたらしいんだよねー、一部始終が」


 小空が苦笑した。


 当たり前のようにハッキングしている副隊長の恐ろしさについて、彼女は触れないでおいた。


「それで、お礼に?」

「まあ、そういうこと。助けただけなんだけどなー」


 小空は最後の欠片を口に放り込む。


 饅頭を追いかけるようにして、小さな花びらも一緒にそこへ吸い込まれていった。

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