思い出引っ提げ花車 前編
いつも読んでくださりありがとうございます!
今回のお話は二部構成です!
「でえええっ!!! 今日の体育ハンドボール投げ!!!」
十人弱が集まっていた教室に、その日一番大きな声が飛び込んできた。全員の視線は其方を向き、皆口々に「おはよう、夏凪」「小空おはよー」とそう言った。
教室に飛び込んできたのは、夏凪 小空。このクラスで最も変人と呼ばれる女子生徒。もちろん、良い意味でである。
「何、まずいことでもあんの?」
クラスメイトの一人、館山 隼登が遠くから彼女に聞いた。
「体育館の壁に当たって跳ね返ってもカウントされるのかなって......」
真剣な顔で言う彼女に「そんな球投げれるわけないだろ」と彼はケラケラ笑った。
「投げたら女性全員に告白されるかもしれない」
「お前ほんっとそればっか」
*****
体育館に集まった小空たちは準備体操を終えた。体育は二クラス合同で行われ、小空が居る五組は六組と合同だ。
「あ、湯島ちゃんやっほー!! お、白鳥さん今日も可愛いよー!! ああ、瀬野ちゃん愛してる!!!」
体育はナンパの時間なのか、彼女は他クラスの女子の名前を次々と呼んでは一言加えるということを繰り返していた。女好きの彼女は、軽い有名人らしい。
だが、隣のクラスの生徒たちは知らない。さっきの古典の授業で、彼女があまりの眠気に椅子からひっくり返った事実を。よっぽど夜更かしをしていたらしく、授業の開始二分で夢の世界に突入していた。
「夏凪って、運動できるしコミュ力あるし、勉強さえ出来りゃ完璧だよなー」
國枝 夏音が練習用のボールを選んでいると、隣でそう言ったのは隼登だった。彼の隣には六組の男子が居る。
「まあ、ちょっと非があるくらいが好かれるポイントか?」
「じゃあお前は超好かれてるな」
「それどういう意味だよっ!」
夏音は小空の姿を探す。隣のクラスで可愛いと言われている女子生徒と話をしているところだった。会話が弾んでいるのか、二人の間の雰囲気は明るい。周りの人も会話に乗せており、ひとつのグループが出来ていた。
「夏音ちゃんもー! ちょっと気合い入れるためにこっち来て!!」
ぼんやり立っていた夏音は驚きながら彼女に近寄る。
「気合い?」
「そうそう!! 可愛い子に元気づけられたら私たぶん、体育館突き抜けるボールを投げられると思うんだ。はい」
真剣な顔でボールを胸の前に持ってくる彼女に夏音は思わず笑ってしまった。
「頑張ってね」
「よっしゃ!! ありがとう!! これで完璧!! あ、待って、木下さん忘れてた!! ちょ、そこの可愛い子!!」
こういうところが本当にすごいのだ。
誰も置き去りにしないところが。
中学生の頃、輪に入れず困り果てて寂しい思いをしていた。
そんな気持ちにしないところが、小空の凄いところだ。これで勉強ができたら、完璧すぎて近づけなくなるだろうか。
いや、彼女ならそんなこと関係なく、変わらず輪に入れてくれるだろう。
「そろそろ始めるから、男子から番号順に並んでー。女子は最初、ボール拾いと測定をお願い」
先生の指示が聞こえ、パラパラと生徒が動き始める。さっき入った輪に混ざって夏音も動いた。
「じゃ、始め」
ボールが遠くから此方まで飛んでくる。野球部やバスケ部は毎度の如く、こういう場ではとんでもない記録を出す。中学の頃と比べて、記録の平均は高い。
「さすがだね」
隣でボール拾いをしているのは、峯岸 結。本好きの生徒だと、夏音は記憶している。
「私運動苦手だから......皆の前で投げるの、ちょっと恥ずかしいな」
結はそう言って恥ずかしそうに笑った。彼女の仕草は一つ一つが綺麗だ。笑うと周りに花が咲くような感覚がある。椿など、そんな和を感じさせる花だ。
夏音も運動は得意では無い。吹奏楽部と言われると、楽器を吹くからか肺活量があると言われるが、運動はまた別だ。
「私も苦手。球技は特に」
夏音が言うと、結も「一緒」と頷いた。
二人の間をボールが通り過ぎた。思わず「うわっ」と夏音が後ろに下がる。拾わなければならないのに下がってしまった。慌てて追いかける。
こういう鈍臭いところが自分の嫌なところだ。
やっとボールに追いつく頃には、体育館の壁まで来ていた。拾い上げて戻ろうとすると、
「危ない!」
誰かの声が聞こえて夏音は気づいた。ボールが目の前まで迫っていたのだ。野球部が投げたのだろうか。壁際まで届くなんて凄い。
呑気なことを考えている場合ではないのだ。しかし、体が咄嗟に動けば体育でも苦労しないわけで。
バシュッ!!
ボールと夏音の間に、飛び込んできた人影。それは小空だった。
「館山ぁあ!! 危ねーだろーが!!」
小空がボールを投げた男子に言った。
「わり......! 國枝、怪我ないか!?」
遠くから隼登が声をかけてきた。夏音が頷くと、彼は「マジでごめん」ともう一度謝った。周りを確認しなかった自分も自分だ。
「夏音ちゃん、大丈夫?」
小空がボールを小脇に抱えて夏音を振り返った。
「うん、ありがとう。すごいね、小空ちゃん......さっきまで遠くにいなかった?」
夏音の記憶では、小空は自分からかなり離れた場所に居たような気がする。夏音がボールに気づいてから走ってくるとすれば、とんでもない瞬発力だ。いや、果たして瞬発力で片付けられることだろうか。
「可愛い女の子が怪我するのは許せないからさ!! 頑張って走った!!」
小空がニッと笑って、「行こ」と手招きをした。
「夏凪、足速いねー」
女子が固まっている場所に戻ってくると、山吹 円香が口を開いた。
「まあね? なんて言ったって小空さんですから」
「運動会、リレー選手だった?」
「いや、目立つの嫌いで......」
「嘘つけ」
その場が笑いに包まれる中、夏音はまだ考えていた。やはり、あの距離をあの速度で動くのは並大抵の人間ができる技ではないような気がしてならない。
彼女は一体、何者なのか。
*****
やがて女子が投げる番となった。夏音の前にいる生徒はみんな15、16mという記録を次々に出した。ソフトボール部はやはり飛ぶもので、中には男子の記録と同じ記録を出した子まで居た。
「すごい......」
次は自分の番だが、男子にも見られて、後ろに女子まで控えているので夏音はやりづらい。ボールを持つ手に汗が浮き出る感覚があった。
「いっけー、夏音ちゃん。館山にぶつけて気絶させようぜ」
後ろからとんでもない応援が飛んできた。小空だ。
「む、むりだよ」
「大丈夫、館山ー、ちょっとこっち来い」
「お前何考えてるんだよ!!?」
遠くでボール拾いをしていた隼登の声が聞こえてきた。
「まあ、届かなくても私が当ててあげるから安心して」
そんな声を背に、夏音は前に進む。白いテープで線が引かれている場所から投げるのだが、中学校の頃の記録はたしか6m。高校生になったのだから、ちょっとは伸びて欲しいところだ。
「い、行きます!!」
助走をつけてボールを投げた。明らかに飛ばないであろう丸い弧を描いて、ボールは床に落ちた。
「8mでーす」
メジャーの横に立っていた男子が言った。
その数字を聞いて夏音はパッと気持ちが晴れた。
(伸びてる!!)
前の女子たちに比べたら酷い記録だろうが、自分の中では過去最高記録だ。嬉しくて飛び跳ねたいのを我慢して二球目を投げた。同じく8mだった。
応援が聞いたのかもしれない。決して隼登を狙ったわけではないが。
「伸びてた?」
結が聞いてくる。
「うん、伸びてた! 小空ちゃんの応援のおかげかも......!!」
嬉しさが堪えきれず、思わず笑顔で報告した。結も嬉しげに「良かったね」と言ってくれた。
小空を探すと、ちょうど投げる番が回ってきたところだった。助走をつけるために数歩下がり、鼻歌交じりに場所を決めている。
「どのくらい投げるんだろ」
「あれは飛ぶでしょ」
周りの女子も会話を止めて興味津々に彼女を見つめていた。
「小空、行きまーす」
タッタと助走をつけ、彼女はボールを放った。
......が、
「5m」
「ほう、悪くない」
「待て待て」
満足気に二級目を用意する小空に男子も女子も思わず突っ込みを入れた。
「え? 運動できそうな感じだったじゃん」
「夏音ちゃん助けた時動けてたよな?」
小空は「んえ?」と首を傾げて振り返る。
「だって、みんな応援してくれないんだもん......可愛い子の応援あったら頑張るけど......」
唇を尖らせてそう言う小空に、女子が「がんばれー」と声をかける。夏音も加わってみた。結も「頑張ってー」と手でメガホンを作って言っている。
小空が「おっしゃ!! やったる!!」とボールを構える。助走をつけ、投げた。
ブン、と空気を切り裂く音が聞こえたのは気のせいだろうか。
「ああっと、手が滑ったー!!!!」
「うおおおおっ!!!???」
それは弧を描くことすらせず、一人の男子のもとへ一直線に向かう。それは隼登だった。彼は既のところで横に避ける。
ボールはそのまま壁に当たると、跳ね返った。
「......は?」
周りの男女全員の口から同じような声が出た。
「計測不能でーす」
体育館の一番端まで行って計測していた男子が言った。
「あちゃ、まじか」
「お前今俺のこと狙っただろ!」
「ボールの範疇に居ちゃダメじゃんか」
「そういう問題じゃなかったろ、今のは!?」
二人の掛け合いに体育館がどっと笑いに包まれた。
結局彼女はもう一度投げることになり、その時の記録は16m。他の女子とさほど変わらない結果を残して、彼女の番は終わった。
「見たか?」
「この学校の伝説として受け継がれるな、あれは」
男子のコソコソと話す声を聞きながら、夏音は小空の方に向かった。




