07強敵の襲来
まだ治療も行わずに倉庫まで戻ってきた例の三人組だが、どうも様子がおかしい。
覚束ない足取りで、三人固まって俺に掴みかかって来ようとしている。
剣さえ抜いていない。
さながら死霊術師に操られた、ゾンビのようだ。
「あああああーー」
気持ち悪い喘ぎ声を発しながら襲いかかってきた先頭の奴を、剣の柄で殴り倒す。
簡単に打ち倒せたが、そいつはまるで何事も無かったかのように起き上がり、再び襲いかかってきた。
なんだコイツら、本当にゾンビか?
だが、死んでいるわけでは無いようだ。
俺は後退しながら三人組を打ち倒し続けた。
コイツらは足を骨折させてやっても、まだ這いずって迫ってくる。
まるで痛みを感じていないらしい。
不味いな、さすがに本当に殺してしまう訳にはいかない。
俺が手をこまねいている間に、ゲイラはアリーシャへと迫ってきていた。
「初めて見たときからお前に目を付けていたんだよ。さあ、おじさんと遊ぼうねえ」
「誰があんたなんかと、このデブ!」
「つれないねえ、お嬢ちゃん。ぶひひっ」
ゲイラは両手を振り上げた。
すると袖口からぼとぼとと何かが大量にこぼれ落ち始めた。
それは蟲だった。
体長5センチぐらいはある白いウジ虫。
先端にある口の部分からは数本の触手がウネウネと蠢いていた。
「何これ……気持ち悪い」
「ぶひひっ、女の子はみんな最初はそう言う。でもすぐにトロトロになって、この子達無しでは生きていけなくなるけんね」
蟲使い。
触手使いと並び賞されるぐらいの嫌らしい技。
こんな奴を騎士団に入れるんじゃない。
妖術師部隊にでも入れとけよ。
「お嬢ちゃん、おじさんはね、産まれ落ちたときから、こんな醜い姿で、誰からも相手にされなかった……話し掛けただけで、嫌悪の表情で唾を吐きかけられた」
アリーシャは剣を振り回して斬り払っていたが、後から後から群れをなして湧いて出てくる蟲達に、やがて壁際へと追い詰められてしまう。
「……だから、蟲達と友達になった。蟲達は凄かった。蟲達を使えば、あれほどおじさんの事を蛇蝎の如く嫌っていた女性達が、自分から進んで身体を差し出してくるようになった」
逃げ場を失ったアリーシャの足元に蟲達が群がり、脚から這い上がって次々と服の中へと潜り込んでいく。
「い、いやああーっ!」
涙声になりながら蟲を振り払おうともがくアリーシャ。
しかし数が多すぎてとても振り払えない。
くそっ、このままではアリーシャが……
だが、こっちはこのゾンビモドキ3体に手一杯で……
「サイラス様!」
呼ばれて振り返るとセシルがいた。
自力で残りのロープを振りほどいたようだ。
俺は背中に背負っていたザックを外し、セシルに向かって放り投げた。
「セシル!その中に入っているものを、アリーシャに投げつけろ!」
「わ、分かりました!」
セシルはザックに入っていた白い玉をアリーシャに向けて投げつけた。
中々のナイスコントロールでアリーシャに命中すると、玉は破裂して、白い粉が辺りにぶわっと広がった。
「けほっけほっ……何これ」
咳き込むアリーシャの身体から、蟲達がペリペリと剥がれ落ち始めた。
足を上に向けてピクピクと震えている。
「ぶひいぃぃ、俺の可愛い蟲達があぁぁ」
泣き叫ぶゲイラ。
やはり、蟲を駆除するには殺虫剤が一番だ。
「セシル、こっちにも頼む」
セシルに投げつけられた殺虫玉を喰らうと、ゾンビモドキ3人組は痙攣しながらその場に崩れ落ちた。
耳の穴から、細長い蟲がにょろっと這い出てきた。
やっぱり蟲で操られていやがったか。
俺はその蟲を、靴のかかとで踏みにじって潰した。
「ぶひぃ、いつから俺が蟲使いだと気がついていたんだ?」
「最初からだ。お前のその臭い蟲使い独特の口臭を嗅いだときから、な」
だから殺虫玉も用意していた。
いずれ対決する時が来る。
そういう予感がしていたのだ。
俺は抜剣したままゲイラに向かって走り込む。
「おごぉっ!」
ゲイラの口が大きく開き、野太い芋虫みたいな舌がビューッと伸びてくて俺に襲いかかる。
俺は一重でその攻撃を避けると、下から切り上げてその野太い舌を切断する。
「うぎゃあああ」
切り捨てられた舌は、地面に落ちた後もビチビチと跳ねていた。
良く見ると舌じゃなく蟲か?
いや、舌に寄生するタイプの蟲か。
どっちにしろ悪趣味で気持ち悪い事に変わりは無い。
「あわわわわ」
逃げ出そうとするゲイラに、セシルの投げた殺虫玉が、追撃するかのように命中する。
数をかぞえられないのは、お前の方だったなあゲイラ。
こっちは二人じゃない、三人だ。
白い粉に包まれたゲイラの身体から、蟲の死骸がぼろぼろと剥がれ落ち始めた。
それにともない、肥満体だったゲイラの身体がみるみる痩せ干そっていく。
「ふひゅう、ふひゅう、ふひゅ……」
特注サイズだった騎士団の制服も、今ではぶかぶかだ。
そんなゲイラに、アリーシャはつかつかと歩み寄って行って、
「これはさっきやってくれた事のお返しよ。本当に気持ち悪い」
剣の腹で後頭部に強烈な一撃を喰らわせた。
その一撃で、ゲイラは完全に伸びてしまった。
ーー
「気色悪い奴だったわね……こんなのが帝国にはいっぱい居るの?」
と、アリーシャ。
「いや、さすがにあまり居ない……と、思う」
ゲイラよ、蟲を使って相手を無理矢理意のままに操ってやろうとする、その考え方。
お前の容姿なんかより、よっぽど醜いぞ。
「サイラス様……」
「セシルも無事で良かった。
……中々見事なピッチングだったな。最後は君のおかげで勝てたんだ」
俺がそう言うと、セシルは嬉しそうに笑った。
「もう部屋に戻ろう。コイツらは憲兵隊に引き渡して……」
と、その時、伸びていたゲイラの身体がモゾモゾっと蠢いた。
股間の辺りから這い出した赤黒い蟲が、物凄い速さでアリーシャの脚に忍び寄り、ジャンプして鋭いアゴで素足に噛みついた。
「痛っ!」
「アリーシャ!」
野太いその蟲を引きちぎって壁に投げつけて始末した。
引きちぎられてもその蟲の頭部は、鋭いアゴでアリーシャに噛みついたままだった。
アリーシャのしなやかな脚から頭部を取り外し、地面に叩きつける。
「アリーシャ、大丈夫か?」
「あ……熱い、身体……が……」
崩れ落ちそうになるその身体を支えてやる。
妙に火照っていて、熱い。
「変なの……身体……熱く…て……」
「サイラス様、これはっ……」
心配そうなセシル。
「淫蟲だ……かなり強力な毒を打ち込まれたな」
俺は吐き捨てる様にそう言った。