06奴隷の奪還
中庭の裏手の辺りは、人通りもほとんど無く、かなり閑散としていた。
目的地の倉庫の扉を慎重に開け、警戒しながら先に進んで行くと、倉庫の奥にロープで縛られた小柄な女性がいた。
セシルだった。
セシルもこちらを見つけたらしく、何かを訴えようともがいているが、口に猿轡をされていて、ぐぐもった声しか出せない様だった。
「よう、お早いお着きだな。そんなに奴隷が大事か?」
奥から現れたのは、やはり例の帝国騎士団の三人組だった。
「たかが奴隷に、ご熱心なこった」
「……いいのか?騎士団員同士でやり合えば、憲兵隊もさすがに黙ってないぞ?」
俺がそう言うと、三人組はせせら笑いながら、
「なにも殺しまではしねえよ。まあ、半殺しぐらいで我慢しといてやる。小煩い憲兵の連中も、よくある隊員同士の喧嘩で済ませるだろ」
「……。」
「大体、お前は生意気なんだよ。騎士団に入ったばっかの新人で、年下の癖に妙に態度がでかくってさあ!」
「お前をぶちのめした後、目の前でお前の奴隷で遊んでやるよ。わざわざもう一人、遊び相手を連れてきてくれたしな」
「……っ!」
下卑た視線を浴びせかけられ、アリーシャはキッとなって剣を構えた。
中々堂にいった構えだな、と俺は思った。
「半殺し、ならセーフか……」
「あ?」
「じゃあいいぜ、俺も半殺しで、お前らを許してやるよ」
「……舐めやがって」
三人組は抜剣し、こちらへ向かってきた。
俺とアリーシャが左右に広がると、俺の方へは二人、アリーシャには残りの一人が対峙してきた。
アリーシャは任せて大丈夫だろう。
こっちは二対一だが、それでもなんとかなりそうだな。
構えからして、だらしなさが見てとれた。
「おらあああっ!」
まだ十分に距離も詰まっていないのに、相手の一人が大上段からの大振りで走りながら斬りかかってきた。
素人丸出しのいきなりの強攻撃。
こいつら、本当に戦闘訓練受けてるのか?
軽く横へかわし、すれ違い様に足を引っ掻けてやると、相手は簡単にすっ転んで地面に突っ伏した。
剣を取り落としてしまった相手の右腕に、ちょっと深めに剣を突き刺し、直ぐに引っこ抜く。
「ぎゃ、ああああっ!」
たったそれだけの怪我で、相手は大袈裟に喚いて地面をのたうち回った。
こいつはもうほっといて、残りの一人の方へ対峙する。
あっという間に倒された仲間を見て、そいつは明らかに動揺していた。
俺が剣を向けて少しづつ近付くと、微妙に後退しながら距離を取ろうとする。
今度は慎重になりすぎだ。
戦いの主導権を、みすみす相手に渡してどうする。
軽くフェイントを掛けてやると、直ぐに構えが崩れ、俺は相手の懐に入り込めた。
そのまま剣の柄で相手の顔面を殴打し、鼻の骨を折ってやる。
「ぐわっ!」
相手は尻餅を付いて後ろへ倒れた。
もう完全に戦意喪失しているのが見てとれた。
駄目だこりゃ。
これが精鋭と歌われた帝国騎士団の実態か。
ここまで弱体化しているとは……
アリーシャの方も既に相手を圧倒していた。
相手はアリーシャに剣を弾き飛ばされ、地面にへたり込んでいた。
「これまでね、観念なさい!」
相手に剣を突き付けるアリーシャ、だが……
「へへっ」
相手は薄ら笑いを浮かべながら立ち上がった。
「……本当に斬るわよ」
「やってみろよ、お嬢ちゃん」
「……っ!」
「お上品な戦い方だなあ、あんた、実際に人を斬った事無いんだろ、ああ?」
そのまま一歩前進する、アリーシャは気圧されて一歩後退した。
相手に呑まれちゃってるな、これじゃ駄目だ。
俺は相手の後ろから、肩口に剣を伸ばして首筋に刃を押し当てた。
相手の動きがピタリと止まる。
「お互いに刃物を抜き合って戦っているんだ。相手を斬る事を躊躇ってはいけないよ」
刃を捻って縦らせると、そのまま上に斬り上げた。
切断された耳がポトリと落ちる。
相手は叫び声を上げて崩れ落ちた。
「半殺し、で終わるのならここまでだ。それとも本当の戦場みたいに最後までやりあうか?」
俺がそう言うと、三人組は方々の体で逃げ出して行った。
まあ、治療術師のとこまで行ければ助かるだろ。
大金はふんだくられるだろうが。
「あなた、結構やるのね」
「違うよ、相手が弱すぎるんだ」
「ふーん……」
ちょっと感心したような目で俺を見るアリーシャ。
「それじゃあ、セシルさんを……」
縛られているセシルの所まで走って行き、猿轡を外してやる。
「サイラス様、申し訳ありません、こんな事でお手を煩わせてしまって……」
「良いんだ、セシルは何も悪くない、悪いのは……」
セシルを縛っているロープを半分ぐらい外し終わったところで、俺は一旦手を止め、倉庫の奥を見据えた。
「どうしたの?」
「まだ、居る」
「えっ?」
俺は再び抜剣し、剣を構えた。
「いるんだろ、出てこいよゲイラ」
俺が叫ぶと奥から肥満体が現れた。
ゲイラだった。
「ぶひっ、よく分かったなあ、俺がいると」
「そんだけ臭けりゃな」
「ぶひひひひっ」
ゲイラは耳障りな声で笑った。
その声にアリーシャは眉を潜め、
「二体一になるけど、それでもまだやるの?」
「二体一?お前、数もかぞえられないのか?」
ニヤっと粘着質な笑みを浮かべるゲイラ。
ハッとして振り返ると、逃げたはずの三人組が戻ってきていた。
「二体四だよ、バーーカ、ぶひっつ」