05お茶の時間
一夜明け、朝になり、魔導目覚まし器が鳴る音に起こされた。
現状、ベッドを女性二人に取られてしまい、俺はソファで寝ることになっている。
侍女達は城で個室の寝室なんか貰えないだろうから、集団生活には慣れているとは思うが、さすがに男女同部屋は無いだろう。
せめてカーテンでも何処から調達して来て、最低限のプライベートはなんとか確保すべきだ。
でなきゃおれ自身も生理現象的に困る。
朝礼に出席するため、準備を整える。
セシルは侍女らしく甲斐甲斐しいほどに着替えとかを手伝ってくれたが、アリーシャは相変わらず何もしてくれない。
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いつもの会議室へ向かう途中、ライネルに会った。
「よお、他の小隊の連中とやり合ったそうだな」
耳が早いな。
「ええ、奴隷の取り合いでちょっと」
「あんまり奴隷に熱を上げるなよ?所詮は奴隷だ、いずれは使い捨てる事になる」
「……ああ、気を付けるよ」
ライネルはまた俺の肩をバシバシと叩き、二人で会議室へと入った。
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コーサー小隊長の話によると、アリシア王女の行方はいまだに不明らしい。
あの状況で、城から抜け出せたとは思えないが、王族しか知らない秘密の通路等が無いとも限らない。
あるいは混乱の最中で人知れず命を落とした可能性もあるが、それらしき死体も見つかっていないそうだ。
帝国本国のセドリック皇子からは、なんとしてもアリシア王女を捕まえろと矢のような催促らしい。
スピネルの宝石とまで歌われるアリシア王女を、どうしても自分のハーレムに加えたくて仕方がないようだ。
首都の制圧は完了したが、周辺地域にはランサー王国軍の残党がいまだ活動を続けており予断を許さない状況だそうだ。
「帝国騎士団は別命あるまで待機せよ。以上だ、解散!」
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自室に戻ってきて、セシルにお茶をいれてもらってティータイム。
そこら辺から適当に調達してきた丸テーブルと椅子とで、狭い部屋が更に圧迫されてしまったが、お茶の時間の為には仕方がない。
「アリシア様は、まだ見つかっていないのですか……」
と、不安そうな表情でお茶を飲みながらセシルが言った。
「セシルはアリシア王女に会ったことはあるのかい?」
「いえ、とてもとても……雲の上の人ですからね、バルコニーに立って国民に話しかける姿を、遠くから拝見しただけです」
「王女様は、深窓の令嬢だったわけですか」
「……そうでも無いそうですよ?よく、お城から抜け出して居なくなった、という噂話を聞いたことがあります」
「……ぐくっ」
セシルの話を聞き、アリーシャがお茶を噎せていた。
急にどうしたんだ。
「でも、書庫には立ち寄ってくれませんでしたね。本を読むより、身体を動かす方が、好きだったのかも知れません」
普段は清楚に振る舞ってはいるが、実際はおてんば、ってタイプかね。
「王女様は国民の為を思って色々な事をしてくれた人でした。みんな王女様の事を慕っていたし、誇りに思っていたと思います」
嬉しそうにアリシア王女について話すセシル。
そんなセシルの事を、アリーシャはただ黙って見つめていた。
「アリシア王女は、国民から慕われていた、優しい王女様だったんだな」
俺がそう言うと、アリーシャはどこか遠い目をしながら、
「……ええ」
と、だけ答えた。
だが、それでもランサー王国は滅びた。
力なき理念は、絵に描いた餅でしかないのだろう。
逆に理念なき力はただの暴力だ。
今の帝国に理念なんてあるだろうか?
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「お水があと少ししかないから、汲んできますね」
と、セシル。
「外を一人で出歩くのは危険かもしれない、ついていこうか?」
「すぐ近くですし、大丈夫ですよ」
指定奴隷の首輪を着けているから、属領兵とかは手を出して来ないだろうが……
結局セシルは一人で水を汲みに行ってしまい、部屋に居るのは俺とアリーシャの二人だけになった。
ーー
その後もアリーシャとたわいもない世間話をしていたが、水を汲みに行っただけのセシルの帰りが妙に遅い。
「どうしたのかしら、もしかして、昨日の私みたいに……」
アリーシャがいぶかしんでいると、急にドアがノックされた。
「空いてるよ、誰だ?」
返事は無い。
ゆっくりとドアを開けてみると、一枚のメモが畳んでドア下に挟んであった。
広げて中を見ると、
『お前の奴隷を預かった、取り戻したければ中庭裏の倉庫前まで来い』
と、書いてあった。
「これって……誘拐ってこと?」
不安そうな表情のアリーシャ。
……やはり、一人で出歩かせるべきじゃなかったか。
わざわざ誘拐までして俺を誘き寄せたい奴、となると、昨日の三人組の仕業だろうか?
俺はザックから小型水晶板を取り出した。
「それは?」
「……君とセシルが付けている首輪には、追跡装置の機能もあるんだ。本来は逃げ出した奴隷を捕まえる時に使うものだが……」
水晶板を操作すると、セシルの居場所が光点となって表示された。
やはり、中庭裏の辺りで合っているようだ。
「それのおかげで、今回は役に立ったな」
俺はザックを背負い、帯剣した。
「助けに行くのですか」
「当然だ」
即答する俺を、アリーシャはただ静かに見つめていた。
「行ってくる、君はここで待っていてくれ」
「私も行きます」
「まず間違いなく、戦闘になるぞ」
「侍女だからって、見くびらないで。私も戦えるから」
侍女の中には、主人を守るために、護衛術を身に付ける者もいるという。
アリーシャもその類の侍女なのかも知れない。
「分かった、予備の剣を渡しておく」
アリーシャに剣を手渡し、二人で部屋を出た。