03衣服の調達
俺は椅子に座り、アリーシャは離れた位置にあるソファへ座った。
「……。」
「……。」
別命あるまで待機、の状態なのだが、お互いに何もすることがなく、何となく気まずい沈黙が続いた。
今頃他の騎士団員達は何をやってるんだ?
……ああ、そうか今頃は自分の獲物相手に「英気を養っている」最中か……
その考えが頭に浮かぶと、スレンダーだがわりと胸のあるアリーシャの身体へ、自然に目が移っていってしまう。
ああ、いかんいかん。
俺はスッと椅子から立ち上がった。
「暇過ぎるから、ちょっと本でも調達してくるよ。君も何か欲しい物はあるかい?」
アリーシャはおずおずとした表情で、
「……出来れば、着替えの服を……」
うーん、女性の服なんて分からんな。
「そういうのは本人が自分で選ぶのが良さそうだけど……まあ、なんか適当に見繕って来るよ。
まだ君が外に出るのは危険だからな」
そう言い残し、俺は部屋から出た。
ーーーーー
外はまだ酷い有り様のままだった。
そこいらに破壊された物が散乱し、壁や廊下には血飛沫の跡、掃除する使用人も今は機能していないから、荒れ放題だった。
いくつかのドアの向こうからは、女の悲鳴や苦悶の喘ぎ声が外に漏れている。
ライネル風に言えば、あれこそが正しい帝国騎士団の暇の潰し方、なのかもしれないが。
俺は城内の書庫へ向かった。
ランサー王国は結構な量の書物を集めていたようで、ちょっとした図書館並みの施設が備わっていた。
だが、金になりそうな書物は軒並み略奪されていて、今では荒れ放題だった。
俺は適当に何冊か本を選んで、持ってきておいたザックに詰め込んだ。
カウンターには司書のような人は居ない。
これじゃ俺も略奪だな、と考えていると、奥のドアの向こうで何かガタンっという物音がした。
不審に思いドアを開けた。
そこは司書兼使用人が使う小部屋のようだった。
物音がしたと思ったが、中には誰もいない。
例によって荒らされた形跡はあるが、多少なりとも整頓が行われていたようで、誰かが掃除でもしていたのかも知れない。
小部屋の隅に衣装箪笥のような物があった。
そういえば、着替えの服が欲しいと言われてたのだったな。
衣装箪笥の両開き戸を開けると……
「あ……」
そこには眼鏡を掛けた小柄な娘が入っていた。
年齢はアリーシャより一、二歳年下だろうか?
ライトブラウンの髪をショートヘアにしていて、顔には赤縁メガネ。
衣装箪笥の中に隠れられるぐらい小柄で華奢な身体。
アリーシャを美しいと表現するならば、彼女は可愛いと言うべきか。
それにしても、何故こんな所に。
暴漢に見つからないように、隠れていたんだろうか?
「……。」
どうしよう、見なかった事にして戸を閉めようか……と思っていたら、書庫の方が何やら騒がしくなった。
「お?ここ空いてますぜ!」
「ならここでいいか、ガハハッ」
ドアの隙間から覗いてみると、五人ほどの属領兵が女の髪の毛を引っ掴んで入って来ていた。
手には酒瓶を持っている。
既に相当酔っぱらっているようで、これから五人がかりでその女に何をするのか、大体想像がついた。
面倒ごとに巻き込まれる前に退散した方がいいが、あの箪笥に隠れていた娘を、そのままにしておくのは……
あいつらに見つかれば、宴に強制参加させられのは、間違いないだろう。
俺は衣装箪笥へ戻り、
「ここに居ては危ない、ちょっと来てくれ」
「えっ?」
小柄な娘の手を掴み、引きずり出した。
「あっ……あっ……」
恐怖に引きつったその娘の手を引き、ドアを開けて書庫へ出た。
奥から現れた二人の新手に、女に群がっていた属領兵達は訝しんでいたが、俺の服装を見るなり態度が一変した。
「これは……騎士様。奥でお楽しみの最中とは露知らず。御無礼を……」
酔っ払った覚束ない足取りで五人とも横へ並んだ。
帝国騎士団の制服は効果覿面だな。
属領兵達は俺が小柄な娘を引き連れているのを見ると、
「どうです、ダンナも俺達と一緒に」
「馬鹿やめろ」
等と囃し立てて来たが、
「いや、遠慮しておく。君らもほどほどにしたまえ」
そう言い残し、小柄な娘の手を引いて書庫を後にした。
ーーーーー
俺は少女の手を引いたまま、廊下を進んだ。
「あの……騎士様?」
戸惑うような少女の声。
騎士様か、そう呼ばれるのも悪い気分では無いが。
「私を……助けてくれるのですか?」
「ああ、そういうことになる」
俺がそう答えると、小柄な少女の顔が少し和らいだ様に見えた。
「俺は帝国騎士団のサイラス。君の名前は?」
「……セシル、です」
呟くような小さな声。
「では、セシル。女性の使用人が使うような服がどこにあるか教えてくれないか、いくつか着替えが必要なんだ」
「分かりました、サイラス様。ご案内致します」
なんとなく、声に嬉しそうな響きが混じっているような気がした。
それにしても、これこそが侍女の正しい姿だな。
アリーシャとは大違いだ。