02王国の行方
翌日、騎士団の朝礼に出席するため俺は早朝に起きて準備を始めた。
俺が着替えている間、アリーシャは背中を向けてこちらを見ないようにしていた。
侍女なら着替えの手伝いぐらい何度もやったことがあるだろうに。何を恥ずかしがる必要があるんだろ。
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アリーシャを部屋に残し、指定された会議室へ向かった。
騎士団小隊長のコーサー以下、帝国騎士団コーサー小隊三十名全員の到着を待ち、朝礼が始まる。
報告によると、この度の戦争はグランツ帝国の圧勝に終わりそうな様子であった。
ランサー王国の首都である、ここスピネルは陥落したし、他の主だった地方都市も概ね制圧完了。
ランサー王国がグランツ帝国の新しい属領国家に組み込まれるのは、もうほぼ決まりであろう。
「全て順調、だが唯一気がかりなのは……」
ランサー王国の国王、フィート四世は拘束され、その妃も十二歳の王子も同様だったが、残るもう一人の王族、アリシア王女だけが未だに行方不明、目下捜索中だという。
アリシア王女は現在十七才、父親譲りの金色の長い髪と、母親譲りの碧眼と美貌を持つ、スピネルの宝石とまで吟遊詩人に歌われた、見目麗しい女性だそうだ。
昨日のあの一団の中にそんな人はいただろうか?
「諸君らもそれらしき人物を見かけたら報告せよ、コーサー小隊は別命あるまで城へ駐屯し待機する」
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朝礼は終わり、自室へ戻る事にした。
別命あるまで待機、ということは、要するにしばらくは暇だということだ。
王女の捜索等は下っぱの属領兵や徴用兵が行っているのだろう。
「よう、あの女の具合はどうだった?」
帰り道で話し掛けてきたのは、騎士団員のライネルだった。
「……ああ、中々良かったぜ」
「そうかそうか、これでお前も一人前の帝国騎士だなあ」
そう言いながら俺の肩をバシバシと叩く。
「飽きてきたら俺の獲物と交換しようぜ、それまでは殺すなよ。大事に扱っとけ」
そう言ってライネルは自分の部屋へと帰って行った。
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自室へ戻り、ドアを開け中へ入った。
窓際に立って外を見ていたアリーシャが、一瞬ビクッとして振り返った。
スレンダーな身体に、不釣り合いなゴツい革製首輪を着けた、その姿。
少しだけどぎまぎする。
ドアには施錠していなかったが、アリーシャは逃げ出したりはしなかったらしい。
懸命な判断だ。
窓の外から見える首都スピネルの惨状は酷い有り様だった。
今頃は帝国の属領兵や徴用兵が、破壊と略奪の真っ最中だろう。
貧しい生活を強いられている彼らにとっては、またとない臨時収入のチャンスだからだ。
「……これから、王国はどうなってしまうのですか……」
呟く様にアリーシャが言った。
「ま、王国は占領され、これからはランサー王国ではなく、グランツ帝国属領ランサー国、に変わるんだろうな」
素っ気ない態度で俺は言った。
「下じもの庶民の生活は変わらないよ、王様の首がすげ変わるだけ」
納める税金は数倍に跳ね上がるだろうけどな。
まあ、その事はあえて言わず、俺は椅子に腰を降ろした。
「お……王様は、フィート国王陛下はどうなるのですか」
「見せしめに処刑だろうな」
「……っ!」
目を見開いて驚愕するアリーシャ。
そんなに驚くことだろうか?
敗戦国なら当たり前の事だと思うが。
「国王と王妃は見せしめに処刑、幼い王子が新しい王様に祭り上げられるだろうな」
「ルーク……王子が……」
「だがその幼い王はしょせん飾り物、実際の権力は新しく帝国が設置したランサー総督府になるだろう」
「……。」
「あと、もう一人、王族のアリシア王女というのがいるらしいが……まだ見つかって無いそうだ。君は何か心当たりはあるかい?」
「……いいえ、何も……」
ふーむ、そうか……。
「その、アリシア王女は、捕まったらどうされてしまうのですか?」
不安そうな表情で俺に尋ねるアリーシャ。
「すぐに処刑はされないだろうが……」
俺は少し考えてから、
「恐らく、帝国皇族の誰かの側室に入れられる。年齢からするとセドリック皇子辺りだな。
アリシア王女が身籠り、子供を産んだら、即位したばかりのルーク王には何か理由をでっち上げて王座から出ていってもらい、その子供が王位に付くだろう。
当然、帝国の傀儡だという点は変わらないだろうが」
「……子供を、産まされた後の、アリシア王女とルーク王子は?」
「ハッキリ言って、そうなったら二人は帝国にとって用済みだ。どこかの離宮へ移されて、下手すりゃ暗殺もありえる。
反乱の火種になりかねんからな」
「……っ!」
「ああ、そう言えばセドリック皇子は好色な男で、盛大なハーレムを築いてるって話だ。
アリシア王女は側に置いておかれるかも。
王女は金髪碧眼で長い髪が美しかった、というが、そうだったのかい?」
「え、ええ……」
アリーシャは俺から目を逸らしつつそう言った。
スピネルの宝石、とまで歌われるアリシア王女の姿を、俺は見たことがない。
国民からの人気も絶大だったというその姿、一度ぐらいはお目にかかりたいものだ。
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ふと、アリーシャが左手の薬指に着けている指輪が気になった。
ただの侍女が着けるにしては、ちょっと高価過ぎる代物じゃあないか?
「その指輪……」
俺がそう言いかけると、アリーシャは左手をサッと後ろに隠してしまった。
「随分値が張りそうなやつだけど、君はもしかして……」
緊張した表情で俺を見詰めるアリーシャ。
「……落城のどさくさに紛れて盗んだんだろう。バレバレだぞ」
「え、ええ……」
「……まあ、帝国兵の俺が言えた事じゃないけど、外して隠し持っておいた方が良いぞ、それじゃ憲兵隊に怪しまれる」
俺は椅子から立ち上がり、アリーシャの方へ近付いた。
「何をするつもりですか」
「いや、ちょっと……」
「辱しめるつもりなら、舌を噛んで死にます!」
部屋の隅へ後ずさって逃げるアリーシャ。
「そういうつもりじゃ無い。少し指輪を見せてくれ」
だが、アリーシャは手を後ろに隠したままで、頑なに指輪を見せようとしない。
「……分かったよ、そこまで無理強いはしない」
俺はアリーシャから離れ、椅子に戻った。
ここまで嫌がるとは……指輪を奪われるとでも思ったのだろうか?