01捕まえた敵国の少女に奴隷契約の首輪を着ける話
「嫌あっー!」
「やめてっ!」
女性達は悲鳴を上げながら、また一人また一人と部屋の外へと引きずり出されていった。
属領兵達に斧で脅されながら、ひとかたまりになって身を寄せ合いながら震えている。
「よーし、お前ら。オタカラの山分けといこうぜ。俺はこいつだ」
ライネルはそう言い、一人の女性を引っ張り上げた。
おさげ髪のメイド服を着た少女だった。
「ひっ……あ……」
恐怖に引きつった顔。
その表情に満足したライネルは、嫌がる少女を無理矢理抱きすくめた。
「ああっ……」
少女は顔を背け、ひたすらその仕打ちに耐えている。
それをかわ切りに騎士団員達は次々に自分の獲物となる女性を引きずり出した。
「じゃあ、これは俺が貰った」
「俺はこの娘でいいや」
泣き叫ぶ悲鳴、下卑た笑い声。
激しく抵抗する女性もいたが、騎士団員に強烈な一発を腹に喰らい、すぐに大人しくなった。
それが見せしめとなり、以降は他の女性達も抵抗するのを諦めてしまった。
(なんなのだ、これは……)
目の前で平然と行われる非道な行為に、俺は呆然となった。
(これが、栄光ある帝国騎士団の実態だというのか……)
ふと、俺は身を寄せあっている女性のうちの一人と目が合った。
年齢は十代後半ぐらいだろうか?
恐怖に怯えてはいるが、どこか凛とした芯の強さを秘めた翡翠色の瞳。
スミレ色のミディアムヘア、どことなく気品を感じさせる風貌。
素直に美しい娘だと思った。
「ぐへへっ、俺はこいつにするぜ」
横からでっぷりと太った騎士団員のゲイラが手を伸ばし、その少女の手首を掴もうとする、刹那。
「俺は彼女にする」
俺はそう言いながら、ゲイラより先にスミレ色の髪の少女の手首を掴む。
「ああ?俺が先に目を付けたんだぞ、小僧」
ゲイラが目を剥いて俺に凄んできた。
その肥満体でよく騎士団が勤まるな、というでぶっとした巨体。
犬の糞のような口臭が、ツーンと鼻に付く。
「そう言うなよゲイラ。そいつは今回の戦が初陣なんだ。好きに選ばせてやれ」
ライネルがそう言い、ゲイラはしぶしぶ引き下がった。
「チッ、しょうがねえな。おい、その女に飽きたら後で俺にも回せよ」
ゲイラはそう言いながら、別の女を選んで引きずり出した。
「それじゃ今日はもう解散、お偉いさんによると当分はここに駐屯するらしいから、お前ら、英気をたっぷりと養っとけよ」
ウェーイ、という気の抜けた返事を上げ、騎士団員達は自分の獲物を引き連れて自室へと帰って行く。
と、その後ろで。
「嫌あーーーーっ!」
という女の悲鳴と、ビリビリと服を引き裂く音が聞こえた。
ゲイラが、自分の獲物の女の服を引き裂き、廊下へ押し倒していた。
部屋へ帰るのももどかしく、この場で獲物を頂くつもりらしい。
泣き叫ぶ女の声を聞きながら、俺はスミレ色の髪の少女の手を引き、自室へと足早に進んだ。
ーーーーー
なんとか自室へ到着し、少女を押し込むように中に入れ、自分も部屋に入ると、俺は慌てて鍵をガチャリと閉めた。
どっと疲れが出て、半ばへたりこむ様に椅子へ腰を降ろした。
国内で流布される「栄光ある帝国騎士団」の幻想と、現実の戦場における騎士団達の野蛮な振る舞いの格差に、眩暈がしそうだった。
吹っ切るように頭をブンブンと振り、改めて室内を見渡す。
この部屋は元はランサー王国の騎士の誰かが使っていた部屋なのだろうが、接収され、今では俺の部屋となっていた。
前の持ち主がどんな奴だったかは知らないが、かなり綺麗好きだった事は確かだ。
ベッドが一つ、ソファが一つ、今俺が座っている椅子と作業机のセットが一つ、奥に箪笥が二つ。
手狭だが、騎士団員の独り暮らしには十分過ぎるほどの部屋だ。
だが、今ここにいるのは二人だった。
スミレ色の髪の娘は、怯える様な表情で俺をじっと見詰めたまま立ち尽くしている。
「とりあえず……俺は君に乱暴な事はしないから安心してくれ。俺の名前はサイラス、帝国騎士団の一員だ。君の名前は?」
「……アリーシャ」
「アリーシャか、その服装からすると、どこかの貴族にでも使えていた侍女のようだね」
「……。」
「家族はどこかにいるのか?あるいは帰れる場所は?……ここから帝国へ帰国する時に、途中までなら送り届けられるかもしれない」
「……。」
何も教えてくれないか。
「……まあ、この部屋の中にいる内は安心だ、外は地獄だが……」
「安心ですって?」
キッとした表情で俺を睨み付けるアリーシャ。
「いきなり攻め混んできて、王国を蹂躙して、大勢の人を殺しといて、私一人だけ救ったから安心しろって言うの?」
やれやれ、やっと口を開いたと思ったら随分と喧嘩腰だ。
「俺は帝国騎士団の一員だが、ついこないだ入隊出来たばかりの新人で、家も下級貴族の三男坊だ。帝国のお偉いさんに意見出来るような立場じゃないし、帝国と王国の政治闘争についてはゴシップ記事以上の事は知らない」
「……。」
「あの部屋にいた女性全員を救うのは……俺には無理だ。俺に救えたのは、あの場にいた君ただ一人だけ。
いや、まだ救えるのかどうかも分からないか……」
俺は自分のザックの中から、革製の首輪を取り出した。
かなり強固な造りで、帝国の紋章があしらわれた金属製の鍵付きバックルで留めてある。
ずっしりとした重厚感と、グロテスクな禍々しさがあった。
「な、なにそれ……」
怯えた表情になるアリーシャ。
「こいつは俺の指定奴隷であることを示す首輪だ。こいつを着けている限り、属領兵の連中や他の騎士団員は君に手出しが出来ない」
「……その首輪を、私に着けるっていうの?」
「本当に奴隷にするわけじゃない。着けていれば他の奴に乱暴されることが無くなるだけだ」
アリーシャは暫し躊躇していたが、やがて諦めたようで、
「……分かったわよ……」
と、静かに言った。
俺はアリーシャに近づき、首輪のバックルを開いて彼女にあてがった。
アリーシャの、か細い肩が小刻みに震えていた。
気丈に振る舞ってはいるが、本当は不安で押し潰されそうになっているのかもしれない。
「……早くやりなさいよ」
「ああ」
わりとあるアリーシャの胸の膨らみ。
そして甘い汗の香り。
俺は自分を押し殺しながらアリーシャに首輪を装着した。
ガチャリという音を立てて鍵を閉める。
「あっ……」
アリーシャは数歩後退り、自分の首に装着された首輪を指でそっと触れた。
心なし、少し涙ぐんでいる様にも見えた。
か細い少女の首に課せられた、禍々しい凶悪な首輪。
そのアンバランスさは、ある種の倒錯した芸術作品を連想させた。
「これで君は、俺の指定奴隷だな……」
その姿にどこか見とれてしまった俺が、無意識にそう言うと、アリーシャはハッとした表情になって俺を睨み付けた。
「……っ!」
「だからって何もしないよ……なんとか君一人だけでも救えないか、努力はする」
俺は両手を広げて肩を竦めて見せた。
その時、きゅうううっという可愛らしい音でお腹が鳴る音がした。
俺ではない、ということは……
アリーシャは赤くなってそっぽを向きながら、
「今日は、朝からまだ何も食べてないから……」
「ああ、じゃあ食事にしよう。今はこんなものしか無いが……」
俺は軍用の野戦食を取り出し、アリーシャと分けあって食べた。
栄養と腹持ちの良さだけを追求して作られた野戦食は、お世辞にも美味しいと言えるような代物ではないが、それでもアリーシャは貪るように食べた。
よほどお腹が空いていたのだろう。
時刻はもう夜。
明日は朝から騎士団の朝礼に出席しなければならない。
そろそろ寝ねばならぬが、この部屋にはベッドは一つしかない。
「……俺はもう寝る。ベッドは君が使ってくれ。俺はソファーで寝るよ」
俺は騎士で彼女は侍女だが、こんな状況だ。
レディに譲ってやるべきだろう。
俺は軍靴を脱ぎ、ソファーへごろんと横になった。
ーーーーー
アリーシャもベッドへ入ったようだ。
こんな小部屋で男女が一緒、意識するなという方が無理である。
お互いに中々寝付けない中、ふとアリーシャが聞いてきた
「ねえ……何であの時、大勢の中から、私を選んだの……?」
探るような声。
「それは……」
「……。」
「……あの人達の中で、君が一番可愛かったから」
「えっ?」
「冗談だよ」
「……。」
それから間もなく二人とも眠ってしまった