17国王の処刑
処刑場は、スピネル城の正門前広場だった。
巨大なギロチン装置が広場の中央に設置され、覆面を被った執行人達が装置の調整を行っている。
すでに広場には大勢の見物人が押し寄せ、ごった返していた。
俺は広場の護衛役として他の騎士団員や属領兵と共に、見物人達に対峙している。
「何かあったら迷わず剣を抜け」と命令を受けてはいるが、なるべくならそんなことをしたくはない。
ここにいる大勢の群衆が暴徒となって一斉に襲いかかってきたら、自衛のためにも戦うしかないだろうが、かなりの数の死傷者が民間人に発生する事になるだろう。
ふと城の方を振り返ると、バルコニーにセドリック皇子と老執事が立っているのが見えた。
ランサー王国が健在だった頃は、あの場所から国王が演説を行っていたのだろうが、今ではその場所が国王の処刑を見物する特等席だ。
皮肉なもんだな。
ーー
群衆のざわめきがひときわ大きくなった。
捕縛された国王、フィート四世が正門から引き立てられて来たのだ。
「国王様!」
「なんと、お痛わしい……」
「帝国の連中め……酷いことを!」
口々に叫ぶ群衆達。
そんな群衆のざわめきを掻き消すような、大音響が響き渡った。
「アリシア王女に告ぐ!」
国王を引き立ててきた帝国騎士団の大隊長、ヴェルリードの一声だった。
「出頭して来ぬのであれば、直ちに国王の処刑を執行する。これが最後のチャンスである!」
恵まれた大柄の体躯から発せられる大音声。
その迫力に、群衆は我を忘れて静まり返った。
ヴェルリードはしばし待ち、誰も名乗り出てこない事を確認すると、
「よし……執行人、国王を断頭台に掛けよ」
大隊長の命を受け、覆面の執行人が国王を両脇から掴み、ギロチンの台座へと続く顔段を歩かせ始めた。
国王は抵抗することなく、確かな足取りで処刑台へと歩いて行く。
国王が処刑台に近付くと、群衆が再びざわめき始めた。
やがて頭がギロチンにセットされると、群衆のざわめきはピークに達した。
今にも暴動が始まりそうな雰囲気だ。
ヴェルリード大隊長も自分の大剣に手を掛けている。
俺も万一に備え、自分の剣に手を掛けた。
クソッ、やるしかないのか……
と、その時。
「ランサー王国の民達よ、狼狽えるな!」
またも轟く大音響、今度はギロチンに掛けられた国王、フィート四世その人が叫んでいた。
恐らくは最後の言葉になるであろう国王の声を、群衆達は固唾を飲んで聞き入った。
「私は無能な国王だ、国防の重要性を見誤り、帝国軍の跳梁跋扈を招き入れ、首都スピネルを失ったばかりか、余多の王国の民達に多大なる犠牲を支払わせてしまった……許せ……」
国王の言葉を聞き、騎士団の一人が剣を抜きかけたが、ヴェルリード大隊長によって静止させられた。
「これから我が国が受ける苦難は尋常ではないだろう、だが、優秀なるランサー王国の民よ、我が国はまだ滅びてなどおらぬ!これからの王国の再建と繁栄への責務は重く、その道のりは遥かに遠い。
だからこの無能な王になど殉ずるな!生き延びよ!
生きて、生きて、生き延びて、ランサー王国は不滅であることを、後世に知らしめよ!」
処刑台一帯がシーンと静まり返った。
ヴェルリード大隊長も瞳を閉じ、静かに聞き入っていたが、やがて目を開き、執行人に命じた。
「処刑を執行せよ」
覆面の執行人がロープを引き、ギロチンの刃が高く登っていく。
やがて刃が登りきり、後は手を離すだけで処刑が執行される、刹那。
「処刑を中止しなさい、私はここにいます!」
街の中心地にある、時刻を告げるための鐘突き堂。
その頂上の鐘のそばに、金髪碧眼のロングヘアーでドレス姿の女性が立っていた。
アリシア王女だった。
ーー
「王女が現れたぞ!」
「引っ捕らえろ!」
街中に張り巡らされた検問所から、帝国兵達が一斉に鐘突き堂へ向かって走り始めた。
俺も今すぐに持ち場を捨て、王女の元へ走って行きたかった。
だが、今はまだ、動くべき時では無い。
(アリーシャ、無事でいてくれ……アリーシャ!)
ーーーーー
「ついに現れおったか!」
城のバルコニーから一部始終を見物していたセドリック皇子は、アリシア王女の出現に狂喜乱舞していた。
「何をしておる、早くあれを持て」
従者の一人が、遠眼鏡を持って来てセドリック皇子に手渡した。
その遠眼鏡には細長い管が付いており、バルコニーの後ろに置いてある例の判定装置と繋がっていた。
遠眼鏡を利用して、アリシア王女の姿を確認するセドリック皇子、そして……
「な、なんだと……」
取り落とした遠眼鏡が床に落ち、カランと物悲しい音を立てた。
「そんな……そのような……」
青ざめた顔で後退り、崩れ落ちるように椅子に下手り込んだ。
「いかがなさいました?皇子」
老執事が皇子に尋ねると、
「セバス、余はもう……どうでもよくなった。この国は、淫蕩な女しかおらぬ邪悪で堕落した悪魔の国だ。
一刻も早く、帝都に戻りたい。そして余のハーレムに籠るのだ」
「承知いたしました、後はこのセバスめにお任せを」
老執事は魔導拡声器の前に立ち、
「皆のもの、よく聞け。セドリック皇子は先程のフィート国王の言葉に深い感銘を受けた。死刑を中止せよ、死刑を中止せよ」
ここで一旦間を置いて、
「ランサー王国の民よ。セドリック皇子はフィート国王の覚悟を受け止め、寛大な処置で政策を進めることをここに約束する。諸君らは王国の民であると同時に帝国の民でもある。共に歩み、共に栄えようぞ。帝国万歳、皇帝陛下万歳」
そう言うと、拡声器のスイッチをOFFにした。
「従兵、皇子を寝室へお連れして。それからレーンヤ将軍に早馬を出せ、大物を釣り上げる準備が整ったと、な」