16敵国の騎士
少しずつ平穏を取り戻しつつあるスピネル城だったが、一気に眠気を吹き飛ばすような事態が起きた。
スピネル城の正門前に帝国軍が掲げた、一枚の高札。
そこにはランサー王国の国王、フィート四世の処刑について記されていた。
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「国王陛下は、処刑されてしまうのですか……」
さすがに沈痛な表情でセシルが言った。
「敗戦国の指導者としては、当然の末路……だが、帝国の思惑は別のところにあるようだ」
あの高札には処刑の条件が記されていた。
期日までにアリシア王女が帝国に出頭すれば、処刑は中止すると書いてあったのだ。
「要するに、国王の命を餌にしてアリシア王女を捕まえよう、という魂胆なのだ。セドリック皇子辺りが考えた作戦だろう」
「……っ!」
アリーシャはあの高札が出されて以来、激しく動揺していた。
「なんとか……助け出せないものでしょうか」
「……。」
「この前みたいに、夜になってから忍び込んで、国王陛下と王妃を救出に」
「……俺は、手伝えないよ。アリーシャ」
俺がそう言うと、アリーシャは俺にしがみついてきて、
「どうして!?セシルを皇子から助けたときは……」
「俺は帝国の騎士なんだ……敵国の国王の脱出計画に加担することは出来ない」
アリーシャが俺からスッと離れた。
「敵国」という言葉を聞き、少し顔付きが変わった。
「……そうね、なんか最近馴れ合ってたけど、あなたは帝国の騎士。『敵国』の騎士だったわね」
「アリーシャさん……」
にわかに漂い始めた剣呑な雰囲気に、セシルは心配そうな顔になる。
俺は少し間を置いてから、諭すように。
「アリーシャ、もし処刑されるのが君の……侍女の父親の一般市民なら、俺は救出に手を貸しているかもしれない」
「……。」
「だけど、国王は無理だ。俺は、祖国を裏切れない」
「茶番はもうよして……本当は、薄々感付いているんでしょう?」
「それは……」
俺は言葉を詰まらせ、返答することを躊躇った。
アリーシャは、少し悲しそうな目で俺の事を見つめた。
「……俺に出来るのは、侍女である君を匿い、当局に突き出したりしないこと……までだ」
「……そう、分かったわ」
アリーシャはドアへ向かい、部屋から外へ出ていこうとした。
「アリーシャ!」
「大丈夫、侍女が外で一人でやっていけるような情勢では無いって事ぐらい、理解しているわ。
……ちょっと御手洗いに行ってくるだけ、すぐに戻るから」
アリーシャは部屋から出ていった。
部屋には俺と心配そうな顔のセシルが取り残された。
「アリーシャさん、どうしちゃったのかな。国王陛下の事を、そんなにお慕いしていたのでしょうか?」
「アリーシャにとって、フィート四世閣下は……父親同然の人なのだろう」
俺はただ、そうとだけ答えた。
ーーーーー
国王処刑の具体的な日時が決まり、帝国騎士団も処刑場の警護や、市中の検問等に駆り出される事になった。
俺の所属するコーサー小隊も処刑場の警護の一部を担うことになり、訓練やリハーサルに明け暮れる日々が続いた。
前のように朝礼後はヒマだった頃とは違い、部屋に戻ってくるのは夜遅くになることが多くなった。
ーー
「あ、お帰りなさいサイラス様」
部屋へ帰ってくるとセシルが出迎えてくれた。
「ただいま」
セシルは暇潰しに本を読んでいることが多いようだった。
今はネクロマンサーがアンデッドの部隊を率いて戦争するとか、そういう感じの本を読んでいたようだ。
「あれ、アリーシャは?」
部屋の中に姿が見えない。
「アリーシャさんは、最近一人で外出していることが多いですよ、中庭市場へ行っているみたいです」
城の門は多数の帝国兵が張り付いて、常時厳しいチェックが行われているから、奴隷の首輪を付けたまま城の外へ抜け出すことは無理だろう。
中庭市場といえば、あの銀髪の女戦士を思い出す。
彼女と連絡でも取り合っているのだろうか?
ーー
そしてついに国王の処刑当日がやって来た。
警護へ出発する前に、俺は二人に言っておかねばならないことがあった。
「今日が国王の処刑が行われる日だ、もしかしたら暴動とかが発生するかもしれないから、十分注意してくれ」
「アリシア王女は現れるのでしょうか?」
と、セシル。
「分からないが、何か行動を起こすかもしれないな」
「……。」
アリーシャは何も言わず、ただ目を伏せただけだった。
「警護に行く前に、これを渡しておく」
俺は帝国の紋章が刻まれている金属製の鍵を二人に渡した。
「それは指定奴隷の首輪の鍵だ、もし俺がここに戻れなくなったら使ってくれ」
「サイラス様!」
「本当に良いの?それで……」
「ああ、首輪を付けていた方が良い時、付けてない方が良い時、色々あるだろうから、上手くやってくれ」
「サイラス様、絶対に戻ってきて下さい。セシルはもう、サイラス様に一生ついていくと決めたのですから……」
そう言いながらセシルは俺に抱き付いてきた。
「はは、そう簡単にはくたばらないさ。それは万が一の時の為さ」
俺はそう言ってセシルの髪をくしゃくしゃっと撫でた。
「アリーシャも。もし、帰れる場所や行くべき所があるのなら、迷わずそこへ行ってくれ。元々その為に、君をあの時助けたんだ。だけど……」
ここで一旦言葉を区切って、
「……出来れば、あまり遠くへは行かないで欲しい」
俺がそう言うと、アリーシャは少し考え、
「……うん、分かった」
コクリと頷き、そして、
「ありがとう、サイラス」
と、静かに言った。