12皇子の寝室
ーーーーー セシル視点
王族の使用する浴場へ入るなんて、産まれて初めての事だった。
言われるまでもなく、身体を隅々まで洗った。
こんなチャンスは滅多にない。
今までは、たらいに水を張って行水するぐらいが、関の山だったのだ。
入浴を済ませると、皇子付の侍女につれられて、城の奥の部屋へ通された。
豪華、というわけではないが、広々とした良い部屋だった。
サイラス様の部屋の数倍はある広さ。
ふかふかのベッド。
柔らかなクッション。
ここは誰の部屋だったのだろう?
「ここはね、アリシア王女の部屋だよ。65番目の妻よ」
振り返るとセドリック皇子が立っていた。
トドを連想させる顔をした、小太りの男だった。
「そして君が余と、初夜を迎える部屋でもある」
そう言われ、思わず少し後ずさった。
「なんで私なのですか、もっと綺麗な人だっていっぱいいるのに……」
「それはな、君が清い身体をしているからなのだよ。余はね、家具と女は新品しか扱わない事にしている」
「……。」
「一つ、例え話をしようか。
ここに一つの飴玉があるとする。どこの誰かも分からぬ者がその飴玉をしゃぶり、吐き出した。
君はその飴玉を自分でしゃぶりたいと、思うかな?」
「……人間は、飴玉なんかじゃありません」
「同じだよ、余に取ってはな。余はね、清い身体のままの女をしゃぶり尽くす事を、無上の喜びとしておるのだ」
「……。」
「だから、余の64人の妻は全員、今も清い身体のままだ」
「えっ?」
「余の妻となった女は、余以外の男と触れ合う事など、絶対に許さぬ。姿を見ることすらダメだ。余の後宮の中でのみ過ごし、一生外に出る事は無い。後宮の中で、余に清い身体を差し出す事だけ考えて、生きておれば良いのだ……」
セドリック皇子はニチャアと笑い、
「君にもそうしてもらう」
一歩前進してきた、
「こ、来ないで……」
後ずさって距離を取る。
「なあに、余の舌の味をたっぷりと覚えたら、自分から身体を差し出す様になろうて……」
「……い、いやだぁ」
後ろへ逃げようとしたが、セドリック皇子は掴み掛かって来て……
「良いぞーその表情。純真無垢で清らかな相手を力付くで屈服させる、この喜び。背筋がゾクゾクするほどの心地よさだ」
ヨダレを垂らさんがばかりの、その表情。
「余は、今生きている。活きている。
その事を、実感できる、唯一の方法なのだ……」
「いや……や、やめて……」
「そこまでよ、変態皇子」
「何奴……っ!」
振り返ろうとしたセドリック皇子の頭に、剣の柄が叩きつけられた。
どうと倒れるセドリック皇子の身体。
いつの間にか、覆面の男女が部屋に入り込んでいた。
ーーーーー サイラス視点
アリーシャの強烈な一撃を、いきなり後頭部に叩き付けられたセドリック皇子は、一発で伸びてしまった。
「こんな歪んだ性格、一体どうやったら生まれるのかしら」
「産まれ落ちたときからの恵まれた贅沢な生活。
命ずればどんなことでも意のままになる環境。
それが、彼のような怪物を産み出したのさ」
俺がそう言うと、アリーシャはゆっくりと室内を見渡し、
「……そうね、そうかも知れないわ。程度の違いはあっても」
静かにそう言った。
「あの、あなた達は、もしかして……」
不安げなセシルに対し、俺は覆面を半分ずらして顔を出して、
「俺だよ、セシル。君を助けに来た」
「やっぱり……サイラス様」
「アリーシャが、王族専用の秘密の隠し通路の存在を知っていてね、緊急時の脱出なんかに使うものなのだそうだ」
の、割には何度も頻繁に使用された形跡があったが……
「ありがとう、アリーシャさん」
「いいのよ、この通路を作らせておいて……いや、作ってあって本当に助かったわ」
アリーシャは嬉しそうに微笑んだ。
ーーーーー
さて、助けたは良いが、ここからが問題だ。
このまま俺の部屋にセシルと一緒に帰っても、また連れ戻される公算が強い。
ずーっと隠し通せるわけでもないだろうし……
「それについては、私に良い考えがあります」
セシルはそう言って、俺の耳元に近付き、小声で「作戦」を述べた。
「……本当に、良いのかい?それで……」
「はい!……これでセドリック皇子は、私を自然にサイラス様の元へ返すだろうと思います」
「しかし……それでは……君が……」
「アリーシャさんには、やっていたじゃないですか……それを、セシルにも……」
セシルはモジモジとしながら、
「それとも、私とは嫌ですか?」
「そんなことはない、ぜひ喜んで。
……いや、喜んで……という言い方は、ちとおかしいか……」
なんとなく、しどろもどろになってしまう俺。
「じゃあ、お願いします……サイラス様……」
少し顔を赤らめながら、はにかんだ表情でセシルはそう言った。