10皇子の来訪
セドリック皇子がスピネルに到着する日がやって来た。
スピネルに駐留する全ての帝国騎士団が、皇子を迎え入れる為に城から外に出て、整列した。
俺も城の正門脇の端の方に立っていた。
照りつける日差しの中、もういい加減来てくれないか、と回りの連中がぼやき出した頃に、セドリック皇子の一団が現れた。
前後を帝国親衛隊に護衛されながら、ゆっくりと進む白い馬車。
その馬車の中に皇子が乗っていると思われたが、俺の場所からは中の様子はよく分からなかった。
そして皇子の馬車のすぐ後ろには、大きな幌付の荷台を引いた荷馬車が続いていた。
これはなんだろう、何か大きな魔導装置の様にも見えるが。
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城に到着するなり、セドリック皇子は布告を出した。
城に滞在する全ての妙齢の女性を「判定装置」に掛けるという。
この作業は、全ての業務よりも最優先で行う事とする徹底ぶりで、即日実行に移された。
何日も掛けて判定作業は行われ、そして俺の所属するコーサー少隊にも判定装置に掛けられる順番が回ってきた。
捕まえている奴隷を全部出せという。
「判定装置って、いったい何を判定する装置なの?」
と、アリーシャ。
「俺にもよく分からない。何かの魔導装置を使うみたいだ。
セドリック皇子はアリシア王女捜索の陣頭指揮を取ると言っていたから、それに関連する事なのかもな」
俺がそう言うとアリーシャは明らかに動揺していた。
「ねえ、なんとか判定をやり過ごす事って出来ないかしら。順番が終わるまで、どこかに隠れておく、とか」
「それは無理だ、俺が指定奴隷を二人持ってるって事は、ゲイラと戦った一戦以来、騎士団で噂になっている。今さら隠せないよ」
渋がるアリーシャを何とかなだめすかして、セシルも一緒に三人で判定会場である講堂へ向かった。
講堂内は既に大勢でごった返していた。
講堂の奥の方に、例の馬車で運ばれてきた魔導装置が備え付けられていて、数名の魔導技術者達が装置の調整を行っている。
装置の近くにはセドリック皇子本人とその側近たち、そして皇子専属の帝国親衛隊が剣に手を掛けて周囲に目を光らせていた。
セドリック皇子はトドを連想させる顔をした、小太りの男だった。
半ばウンザリした顔で装置の前を通る女性たちの方を見ている。
今判定されているのは、女性使用人達の列だった。
女性が装置の前を通ると、装置に付随しているランプが光った。
ほとんどの女性が、赤色のランプ判定になっている。
「むぅ、ランサー王国にはふしだらな女しかおらぬのか?」
苛立った声を上げるセドリック皇子。
「セドリック様、落城した城で捜索しても、中々見つからぬと思います。兵達が手を付けてしまっておるでしょうから」
側近の一人がそう言った。
「分かっておる、だが万が一ということもあろう」
と、装置に白いランプが灯る女性が現れた。
一旦列の流れが止められ、白判定の女性が親衛隊員によって皇子の前に引き出される。
皇子は席から前のめりになって、その女性の顔を見たが……
「うーーん、パス」
と言って下がらせた。
列の流れが再開された。
再び赤判定のランプが続く。
……俺にはこの魔導装置がいったい何を判定しているのか、朧気ながら察しが付いた。
セドリック皇子は、わざわざ帝国の魔導技術院を総動員して、しょーもない装置を組み上げさせたものだ。
拗らせすぎだろ。
女性使用人の列が終わり、いよいよコーサー小隊の騎士団員達の奴隷を判定する順番が回ってきた。
ライネルもあの時のお下げ髪のメイド服の少女を連れてきていた。
メイド少女が装置に掛けられると……判定は赤。
ライネルは判定の終わった少女を抱き寄せると、足早に講堂を後にした。
なんだかんだ言いながら、ライネルもあの奴隷を大事に扱ってるな。
その後も騎士団員が所有する奴隷達の判定は続けられたが、ことごとく赤判定だった。
そりゃそうだろうな。
そしてついに俺の番が回ってきた。
アリーシャは不安な顔で俺の事を見つめている。
「大丈夫、君は赤判定だよ」
「なんでそうと言いきれるの?」
「……いや、なんとなく」
アリーシャが装置に近付くと、セドリック皇子は「ほう!」と言って身を乗り出してきた。
「スピネルの宝石、とまではいかぬが、中々の上玉である。
ささ、装置に乗るがよい」
アリーシャは戸惑いながら装置に乗り、判定は……
……やっぱり赤。
「な、なんじゃとっ!」
セドリック皇子は驚愕しながら判定装置のパネルを見た。
「なんと……まだ、つい最近ではないか……口惜しい事をした、もう少し早く、到着していれば……くそっ!くそっ!」
地団駄を踏んで悔しがるセドリック皇子。
「ああ、お前は余のハーレムに加わるには相応しくない。とっとと去るがよい」
とぼとぼと席に戻るセドリック皇子。
アリーシャも不満を押し隠しながら俺のところへ戻ってきた。
「なんなのよ、いったい」
「アイツのハーレムに入れられなくて、良かったじゃないか」
「それは、そうだけど……あの装置って何を判定してるの?」
「……知らない方がいい」
「なんだかよく分からないけど……酷い侮辱を受けた気分」
アリーシャの判定が終わり、次はセシルの番になった。
「多分、セシルも赤判定だろう」
「はい、行ってきますね、サイラス様」
セシルは、少し緊張ぎみな表情で判定装置に近付いて行った。