09治療の経過
「あれ」から、何日か過ぎたある日の夜。
「だいぶ、落ち着いてきたな……『治療』は、今日が最後で良いだろう」
「えっ……?」
俺がそう告げると、アリーシャは少し驚いた顔をしていた。
「明日からは……もう、やらないの?」
「ああ、今まで良く頑張ったな。もう大丈夫だ」
「う、うん……」
アリーシャは何か言いたそうにしていたが、顔を赤らめてモジモジしたまま、それ以上は何も言わなかった。
「セシルも、ごめんな。毎日、隣で……こんな……」
「大丈夫ですよー」
セシルは作り笑いめいた表情を浮かべながら、
「わたし、こう見えても、結構ケイケンホーフなんですから、あれぐらい、どうってことありません」
「え、そうだったの?」
人は見かけに寄らないものだな。
「そ、そうですよ。あははは……」
ーーーーー
倉庫での戦闘から何日か過ぎた。
スピネルには、後続の統治部隊や、治安維持に当たる憲兵総隊が続々と到着し、占領のフェーズが制圧から統治へと移行し始めていた。
もうこうなっては、兵士達は今までのように毎日のドンチャン騒ぎを起こせなくなってしまった。
かろうじて生き残った城の使用人達や、他の属領から強制的に連れてこられた新規の使用人達によって、城の業務は少しずつ元に戻りつつあった。
「セドリック皇子は、何故アリシア王女をいまだに捕獲出来ないのかと、大層ご立腹だ」
いつもの朝礼の席上でコーサー隊長がそう言った。
「そこで、皇子自らがスピネルまで赴き、王女捕獲の為に陣頭指揮を執られる事となった」
……本気かよ、たかが女性一人をハーレムに入れるために、帝国の皇子がそこまでするのか。
「セドリック皇子は既に帝都を発たれておる。近日中にはスピネルへお越しになられると思われる。到着の際には帝国騎士団総出でお出迎えをすることになるだろうから、準備を整えておけ」
コーサー隊長は、一人減って29名となった小隊全員を見渡し、
「以上だ、騎士団員は別命あるまで待機とする。解散!」
ーーーーー
「へえ、帝国の皇子様がスピネルまでやって来るのですか」
カップにお茶を注ぎながら、セシルがそう言った。
「セドリック皇子ってどんな方なのですか?やっぱり白馬に乗って颯爽と現れたりして」
「……いや、そういうタイプの皇子ではないぞ」
セドリック皇子は現在37歳。
自分専用のハーレムに64名の妻を住まわせる、好色皇子だそうな。
「64人って……それだけいて、まだ新しい人が欲しいのですか?」
「狩猟型の人間は、次から次へと新しい獲物を欲しがるものだ」
俺には分からん感情だが。
「アリシア王女は、スピネルの宝石とまで歌われるほどの美貌だったという。だから、自分のコレクションに加えたいのだろう」
「サイラス様はどうなの?
やっぱりアリシア様の様な人を妻にしたいですか?」
「俺はアリシア王女の姿を見たことは無いが……俺みたいな下級貴族の一騎士団員にとっては、王女や皇子なんてのは住む世界が違う人だよ。向こうも俺の事なんか、気にも止めて無いだろ」
そんな俺とセシルのたわいもない会話を、アリーシャは複雑な表情で聞いていた。
「そういえば、アリシア様には許婚がいるんですよ。知ってますか?」
「いや、知らない」
「確か……オルティア王国の、インテリア王子だったかな」
「インテグラ王子よ。産まれたばかりの頃に、政略結婚の相手として決められてた。お互いに赤ん坊の頃に会ったっきり、一度も顔を会わせた事はない……」
アリーシャがセシルの間違いを補足した。
「へえ、よく知ってるな」
と、俺。
「……そういう噂話を聞いたことがあるだけよ」
「アリーシャさんって誰に使えていた侍女なのですか?そんなに詳しく知ってるって事は、もしかして、アリシア様の……」
「ええ、まあ……」
「それは黙っておいた方がいい。アリシア王女の侍女だと知れたら、帝国は君を拷問に掛けてでも何か情報を得ようとするだろう」
俺がそう言うと、アリーシャはハッとした表情になって、
「……っ……分かったわ」
「俺もここだけの話にして黙っておくよ。もし、当局が、お前の奴隷を差し出せって言ってきたら、俺は逆らえない。たとえ指定奴隷の首輪を着けさせていても、ね」
「……。」
「しかし、許婚が居るというのなら、アリシア王女は案外もう城から抜け出して、その王子の所へ身を寄せているのかも知れない。でなきゃ捕獲どころか死体すら見つからないなんて不自然すぎる。
アリシア王女にとっても、それが一番幸せかも知れないな」
俺がそう言うと、アリーシャは少し考え込んでしまった。