1 入学式からだなんてあんまりだ
この日のことは殆ど覚えていない
というか写真でしか覚えていない。
未来の私だったら絶対着ないようなまっピンクのヒラヒラスカートの服を着て校門前で当時好きだった男の子と一緒に撮影された一枚の写真。
思えば小学校の破滅フラグはこの男の子を好きになったことから始まった。考えただけでも腹が立つ。あの男の子さえさっさと消していれば私もここまで皮肉れることもなかっただろうと考えるだけでも苛立たしい。
もう今消してしまおうか。でもそんなことをすると全員に復讐することは叶わないだろうなぁ…折角全く罪に問われない小学一年生だというのに…
今日再びあのピンクの洋服が待っていると考えると目を開けることすら嫌になり私は布団を引き上げて寝たふりをした。
どうか病気だと思って起こされませんように。
「ほーら!今日入学式でしょ!?楽しみ楽しみ!」
くそっ。楽しみじゃねーての。
ピンクのヒラヒラを考えるだけで吐き気がする。
母が引っ張る布団をとられまいとつかむが流石にそこは大人と子供の違いであっという間に布団は引きはがされた。
無理矢理立たされ食卓に誘導すると若い父や祖父母の姿があった。
「サプライズ!!」
にはなっていないが、目の前につるされたピンクの洋服が私をカオスへと導く日時が今日であることを告げる。
「おばあちゃんが用意してくれたのよ!良かったわねぇ。お姫様みたいっ」
テンションがだだあがりの母とは逆に私のテンションは朝から下がりっぱなしだった。
願わくば黒がいい。
百歩ゆずってヒラヒラは我慢するとして黒が良い。
今日は私の人生の葬式だから。
あぁこのナンセンスな洋服を燃やしてしまえば代わりの私服がでてくるんだろうか?それか何かで染めてしまうとか…
ビデオや今日の準備を嬉々として用意する家族をみると結局はため息しか出なかった。きっと私がそんなことをしたら皆ががっかりするんだと分かっているから。
目の前の御馳走に手を付けると覚えのある味だった。
久しぶりの母の手料理なのだ。
私が20を過ぎたころだろうか?母は一切料理をしなくなった。鬱病になっていた母は何事にも手がつかなくなり日々ヒステリックに叫びあたりちらしそれどころではなかったのだ。
あぁこの時代なら母の手料理が食べられるんだと柄にもなく思ってしまった。
「ほらあと一時間しかないぞ。早く着替えてこい」
食べ終わったのを見計らった父に先程のピンクのヒラヒラを押し付けられ私はありがとうという言葉とは裏腹な表情をした。
体調でもわるい?そう心配はされたが大丈夫というと安心して早く着替えてと皆に言われ洗面所に向かった。
くっそースカートなんて何十年ぶりだよ
現世ではパンツスタイルばかりだった私は高校の制服以来初めてのスカートになる。
そしてこの派手なピンクを着たのは小学生以来だ。
鏡に映った自分に絶望的な表情を浮かべ、かなりすーすーする足元が気になり脱がされるのを覚悟の上でパジャマのズボンをそのまま履いて行った。
「なにその恰好!?」
「透ちゃん!ズボンは脱ぐものよ!」
「これはこれで面白いんじゃないか!?」
「冗談いわないで!こんな服装でうろつくようになったら大変よ。」
「ズボン脱いでらっしゃい!」
「え…」
「いいわね?ここで脱がされたい?」
私の抵抗はむなしく脅迫されて結局ズボンは履けずパンツ一丁にスカートというなんとも恥ずかしいことこの上ない格好で再び出ていくと納得したように各々褒めちぎった。少し思い出した。私は家族の着せ替え人形だった。特に小学校時代は本当に酷く周囲がシンプルな服装の中私だけがヒラヒラのスカートばかり着ていかなければいけなかった。あぁまたあの苦痛を繰返さなきゃいけないのか…
結局その恥ずかしいことこの上ない格好で私は入学式に向かった。
案の定そこでこんなピンクの派手な格好をしていう子供はいなくて、おそらく壇上に上がった全員が一度は目に留まるであろう服装に大人だというのに顔が熱くなった。
入学式の歌も口パクですませ入学おめでとうの粗品も周囲の視線を一斉にあつめ気絶寸前でこらえながら受取りようやく終わるのかと思いきや教室に向かう羽目になった。
「透ー今日緊張してね?」
あぁこいつだこいつ。私にとっての破滅フラグ。さっきまで恥ずかしさのあまり下ばかり見ていたからいるなんて気づかなかったわ。
「みんな緊張してるでしょ」
「ばーか!俺が緊張するわけないだろー。ウルトラマン見習いなら人前でもどうどうとしろってかぁちゃんが言ってた!」
馬鹿だこいつ…言われること真に受けてなんて残念な…
当時の私よ、こんな馬鹿が好きだったのかい?
「あっそ」
「ちょっとまてよー!」
そう言いながらヒラヒラの裾をつかむそいつに再びため息がでた。
小学一年生のガキにこんなにイラついていたら後が続かないぞ自分!と言い聞かせはしているが、子供が大の苦手なんだからしかたないだろう。
今からその苦手な子供の中で子供を演じなきゃいけないなんて考えると自殺したくなる。
自殺は嫌だし憂さ晴らしに少しからかってやろうじゃないか。
「やめてよ大樹くん。ヒーローなら服じゃなくて手をつないでよ」
裾をつかんでいた手を握ってつないだ。
あぁ本当にこいつには近づきたくない。どうやって破滅フラグのこいつをとうざければいいんだ。
とりあえずまぁこの手つなぎは違うな。
「ごめんね、やっぱり恥ずかしいからはなすね!大樹くん、もう他の子の服もひっぱっちゃだめだよー。」
そう言いギャップに驚く大樹を置いて私はさっさと教室に向かった。
私的にはさっさとこの入学式を終わらせてさっさとこの服を脱ぎたいんだ。だから教室では無心で過ごすし先生のはなし?まぁ小学一年生の担任なんてたいしたことは言わないだろう。だってあの担任は5年にも担任として来たけど結局学級崩壊して右往左往してるだけの女だったから。
最初の席は窓際の真ん中の席だった。結構いい位置で日当たり良好で寝るのには丁度いい席だ。ぼんやりと外を眺めていたら教師が当然のことながら注意をして、私は何十年ぶりに見る担任を見た。
「入学して早々にそんなんじゃ後が大変よ?」
私の後じゃなくてあんたの後でしょうが。
心のそこで悪態をつきながらこれ以上注意されても困るので教師の鼻一点をじーっとみつめることにした。こうすれば満足だろ?
「じゃぁこれから自己紹介をしてもらいます。幼稚園から一緒だったお友達もいると思うけど新しい子もいるから元気いっぱいに自己紹介をしましょう。」
児童が『ハーイ』と大きな声で手をあげるなか飽きれた顔でそれを見ているのに気付かれ教師に再び睨まれてしまった。
自己紹介で聞く名前はどれも今まで復讐してきた相手の名前だった。今後6年間私はこいつらに散々いじめられ大人になってようやく復讐できるがそれまでは苦しめられ続ける。聞くだけで反吐がでるし今すぐにも殺してしまいたいほど未だに憎い。例えばこいつは画鋲で背中を指してきたことがあるしこいつは泥水をかぶせてきた…あげたら本当にきりがない。もうすでに周囲は敵だらけじゃないか…
「とーちゃん、とーちゃん」
だれが父親だ。無視してやろうか…
「もーとーちゃんったら!さっき大樹くんと何はなしてたの?」
最初の数人ですっかり自己紹介タイムに飽きてしまったとなりの席で幼馴染の茜が声をかけてきた。この茜はなんというか私から言わせれば良心をおしつけるタイプの人間だった。あなたのためだからと言いながら自分の都合の良いことをさせることもあったし見た目がいいのも自覚していたようで前世でいうスクールカースト上位にしれっと入ってしまう人物だった。そしていじめられて可哀そうといいながら私と隠れてよく遊ぶ間柄だった。当時の私はそれでも良かったが、冷静に考えるとそういう人間ほど信用できないものはない。
「別に?」
「茜ちゃんの服可愛いねー。いいなぁ」
「本当!?昨日パパと一緒にタイヨーに買いにいったんだ!!」
タイヨーとは数十年後には倒産してしまったが当時は高級服なんかを取り揃えた洋品店の名前だ。あえてタイヨーという名前をだす時点でこれは自慢してるんだなぁ…
「凄いねぇ!!タイヨーかぁ!!可愛い服だもんね!!さっすが茜ちゃん」
自慢げに胸を張る茜にやはり自慢したかったかと、飽きれながらその後も続く茜の自慢話に相槌をうって賞賛し続けた。
「ちょっとそこ!静かにしてなさい。」
茜の自慢が5分ほど続いてようやく気付いたのか1年生の教師、もうヒステリックマダムと言おう。彼女がようやく注意することにしたようだ。
「透ちゃんがうるさくすると周りの子も困るでしょ?お話はちゃんと聞きましょう」
どちらかというと最初の相槌以外は「そうなんだ」とか「へぇ」とかばかりだった私が何故注意されるのかというとズバリ権力だ。茜の家は代々医者の家系で地元の権力者だから教師は茜を注意することはない。泣いて親が出てきたら教師の方が困ることになるからだ。
将来私に殺されることになるこのヒステリックマダムは最後までこういう節があった。
小さい体に抑えきれない殺意を隠し私は教師ではなく挨拶の途中で口を挟まれた可哀そうな児童をみた。本当に可哀そうに自分の挨拶に口を挟まれて泣きそうじゃないか…
「ごめんね、夢佳ちゃん。続けて」
小学三年で早々に転校してしまった彼女と私の交流は殆どなかったが、顔だけは不思議とぼんやり覚えているものだ。夢佳は嬉しそうに微笑み挨拶の続きをはじめヒステリックマダムは注意をやめ自分が立っていた教団に戻ていった。
殆ど順番の最後にいた私の自己紹介が回ってきてピンクのヒラヒラに注目されながら嫌々私も自己紹介を強要された。
「竜崎 透。よろしくね。」
こんなもんで十分だろうと思ったのにいい加減にしろとばかりに青筋だったヒステリックマダムが再び口を出してきた。
「透ちゃん?もうちょっとないのかな?」
「もうちょっとって何ですか?」
「皆の自己紹介を聞いてたら分かるでしょ?好きなものとか嫌いなものとか将来の夢とかそういうこと」
「それならそうと言えばいいのに」
そう答えるとヒステリックマダムは笑顔のまま青筋だって今にも怒り出しそうな雰囲気になった。そしてとなりでは茜が「とーちゃんどうしたの!?どっか痛い?」と心配そうに声をあかけてくる。茜に大丈夫だと答えながらヒステリックマダムとは一切目も合わせず言われた通りに行動した。
「好きなものはバイキンマンで嫌いなものはアンパンマン。将来の夢はいま決めてもわかるのでわかりません。これでいいですか?」
「いいわ。次の子」
ヒステリックマダムは気に入らないように鼻息をあらくしているが流石に他の子どももいる手前これ以上注意することも出来ず諦めたようだ。
過酷な自己紹介がようやく終わると幼馴染の3人が周囲にあつまりびっくりしたと口々に話した。そりゃするわな。小さな小学一年生が先生に反抗しただけじゃなく正義の見方アンパンマンを嫌いだといったころにゃ変人扱いまっしぐらだ。
「透ちゃんどうしたの!?」
「ぜってー透のことだからプリキュアとかいうのかと思った」
「お前急にクールになったなー」
「私、あの先生嫌い…」
口々に驚かれる中私はついうっかり本心を話してしまった。
あったばかりの教師が嫌いだということは明らかにおかしい行動だ。
「だって茜ちゃんが折角色々教えてくれてたのに注意するんだもん」
だからそう言い泣きまねをしてみた。これで胡麻化せたか?
泣き続ける私の背中をさすりながら注意しすぎだと正義の見方を目指す大樹はは怒り茜もまた自分と話していたことで注意され教師が嫌いになったのだと知り同じようにヒステリックマダムを非難した。
たいした変人になることもなくようやく切り抜けられた入学式も殆ど終わりとなり未来にも残る汚点の写真タイムとなった。あまりの汚点で私はこの写真を燃やしてしまうのだがそもそも撮らなければいいじゃないか。幼馴染4人で校舎を出ると各々の家族が今か今かと待ちわびていた。当然私の家族もそこにいて父の手にはバッチリ写真をとるという意気込みでカメラが構えられていた。
「写真でもどうですか?」
当時インスタントカメラが主流だったのに一眼レフを持っていたのは父の趣味が大きい。その一眼レフを掲げながら他の家族に声をかけると他の家族は断ることも遠慮することも無く賛同した。
「お母さん、帰りたい。」
そう必死に頼むがそれは許されず笑顔で拒否されてしまう。
「お父さん折角カメラ持ってきたんだから記念に何枚かとっていきましょ!」
ほらほらと幼馴染4人を並べ親同士満足そうな笑みを浮かべる。
子供たち3人は思い思いにヒーローのポーズをとり写真が撮られるのを待機するが私はどうすればいいのか分からずピースだけをした。
「ほら透、恥ずかしがってないでちゃんとポーズとりなさい!」
これが精一杯だっての。ポーズと言われピースをしている手を前に突き出して構えると納得できなかったようで茜と同じポーズをするように指示をした。
撮られる瞬間最後の抵抗でそっぽを向いたがすぐに見つかってしまい再度とることとなったのは言うまでもない。
その後もツーショットや他の家族の写真も何枚もとりようやく写真タイムが終了した。
…が甘かった。今度は撮ってもらった茜の父が代わりにと私たちの写真を撮るようだ。
逃げ出そうとする私はさっさと両親につかまり祖父母の間に抑えられる。私にとっての最悪な瞬間だ。当然何度いわれても笑顔になることはなく一番笑顔な写真はというと両親に頬を引っ張り上げられ伸び切った顔で撮った写真だった。
その写真に周囲の家族が苦笑するのは言うまでもない。