最強になりました。セクハラをしてみます。
――Sランク冒険者
それは最強の代名詞であり、別格だと認められた者にのみ送られるランク。世界中で十数人しかおらず、増えることは滅多にない。
「レイン様。この度、Sランクへの昇格が決定いたしました。おめでとうございます!」
笑顔で報告したのは、受付嬢のマリア。美人で愛想もいいが、婚期を逃し……適齢期なので相手を探している。冒険者からの人気も高いが、Cランク以下お断りと言って一蹴している。控えめに言って巨乳だ。
「ありがとう」
そっけない返事をしたのは、17才という若さでSランクとなったレイン。顔立ちは整っており、黒を基調とした動きやすい服装をしている。
(やっとだ……ようやくSランク冒険者になった!鍛え続けて十年ちょっと、ついに何にも縛られることなく過ごせるんだ!)
Sランクになれば何があろうと自由にやれるという師匠を信じ、生活の全てを強くなることに注ぎ、一切の娯楽をすること無く過ごしていたレイン。受付嬢や女性冒険者から『難攻不落』『売りに出ない超優良物件』などと呼ばれている。また、好意に対し鈍く『無心』とも呼ばれる。
ただひたすらに強くなろうとしていただけで、本来は多感な思春期男子。しかし強くなること以外に目を向けなかったため、常に冷静沈着で女性に興味がないと思われている。
しかし!!
最強と言われるSランクになり!
誰にも止めることが出来なくなったレインは!
ついに欲望を現すことになる!
(今見るとマリアさんの胸大きいよな……触ってみたいな……。ダメだとは分かってるけど。いやでもSランクになった僕を止められる人なんていないしやっちゃってもいいのでは?)
小さい。Sランクとなったにしてはあまりにも小さすぎる欲望だった。最強なんだからもっとがっと!引かれるレベルのことを!胸くらい触ればいいんだ!いけ!!
(……やめとこう。どんな風に思われるか……)
チキンか!!もう行き遅れになるって焦ってるやつなんだから!!むしろ自分から触らせてくれるぞ!!
「どうかされましたか?」
「なんでもない。じゃあ、また」
「はい!お待ちしております!」
(胸ばかり見て時間経ってたし、不審に思われたかな……そもそも周りに大勢の冒険者もいたし、触れるような状況じゃなかったな)
そんなこと気にしなくていいから!!むしろ他の冒険者もとうとう興味を持ったかと盛り上がるから!!
「よっ、流石『全能』様!」
「Sランク昇格に立ち会えたなんて感激だぜ!」
「宴だ!」
「「「かんぱ〜い!」」」
「なんでお前らが騒ぐんだ……」
呆れてそう言いつつもギルドに併設された酒場に金貨を渡すレイン。
「まぁ、今日はいい機会だ。存分に騒げよ」
「「ひゃっはー!流石Sランク様!太っ腹〜!」」
「レイン様も一緒にどうですか?」
「俺は帰る」
「ふられてやんのー」
「うっさい!」
(あ〜格好つけちゃったよ。早く帰ろ……いやでもSランクだしこのくらい当然だよね?なんならBランクやCランクの人がやってることだし……)
小心者である。すでにキャラとして確立されており、何の違和感もなく振る舞えるが中身はこれだ。落差が酷い。もうギャップ萌えを狙うしかない。
いつもの宿屋への帰り道。
「おーい、レイン!Sランクおめでとう!」
「エルか。ありがとう」
レインを呼んだのは元パーティーメンバーだったエル。鮮やかな緑髪のエルフで、弓、支援を得意とする。レインと変わらない年代でかなりの美少女だが、どこがとは言わないが貧相。
(エルはあんま胸ないな……でも全く無いわけでもなく膨らみはあるんだよな……触ってみる……?許してくれそうだよな……)
「どうかした?」
「いや、なんでもない。わざわざありがとな」
「ちょうど話したいこともあったし……それで、なんだけど」
少々顔を赤らめながら、意を決して話し始めるエル。
「レインさえよかったら、一緒に」
「レイン様ーーー!!」
そこへ突撃してきたのは金髪美少女。やや低めの背ながらも出るところは出て引っ込むところは引っ込んでいる。勢いそのままにレインに抱きついた。
「Sランクおめでとうございます!会いたかったです!お祝いパーティーをしようと思いますので家へ行きましょう!」
「アイリスか、ありがとう。行かせてもらう」
「邪魔するなクソ女!」
「何かしら貧乳さん?」
「はぁぁ!?殺すわ!」
「やれるもんならやってみなさい!」
喧嘩を始めるエルとアイリス。よく喧嘩をしている二人を見て、レインはじゃれ合いだと思っているようだが原因はお前だぞ……まぁこんなやつには察しろなんて無理があるか。
(また喧嘩始めた……ほんとこの二人仲良いよね……というかアイリスってこんな大きいんだ、思いっきり身体に押し付けられてるけど柔らかいな……今なら触ってもバレないのでは?流石に身体動かすとバレるかな、位置がよければ触れたんだけど……)
押し付けられてるんだからもっと大胆にいっても大丈夫だ!あっちが望んでるんだから!完全に受け入れてくれる状態だろ、なぜ分からない!
「とりあえずアイリスちょっと離れて。それで、途中だったけどエルの話ってなんだったんだ?」
「はぁはぁ、あ、うん。レインもSランクになったし、そろそろ落ち着いたらと思って。よければ、私と一緒に家でも買って住まないかなって」
「家、か……金に余裕もあるしありだな」
「でしょ!」
「でもなんでエルが一緒に?」
これである。同棲に誘われて理由を聞くアホがいるのか?理由なんて一つしかないのに……強くなることしか考えなかったこれまでの生活が響いてるな。
「それは、その……」
「抜け駆けは許しませんよ!レイン様は今日パーティーだから忙しいんです!帰れ!」
「まだいたの?あんたには関係ないでしょ」
「私はレイン様と帰ります!パーティーが終わっても家で暮らすのはどうでしょうか?」
アイリスは貴族である。当然家はとても広い。部屋も余っている。
「パーティーはともかく家に住むのは迷惑だろ。あとで商業ギルドでいい場所探すか……」
「ざまぁ。私も一緒に行く。広いところがいいよね」
「いや、エルは別の家がいいと思うぞ。流石に一緒に住むのはな。師匠のこともあって、一人の方が気が楽だし」
「え」
「ざまぁ」
これはひどい。何が彼をそこまで独身ルートへ駆り立てるのか……いっそ既成事実を作ってしまえ。
(あ、でも一緒に住めば風呂でバッタリ、なんてことも……気配で分かるからダメか……偶然を装うのは無理だ。夜の寝間着なら無防備なところが見れるかもしれないし、断ったのは早計だったかな?)
むしろ乱入しろ。戸惑いながらも喜ばれるぞ。そのままやっちゃってもいいくらいだ。夜に誘惑されれば流石に気づくか?なんにせよ同棲するのがいいぞ!
(まぁなしかな……師匠のこともあって誰かと住むのは抵抗があるし。風呂も寝室も安全じゃないなんて……)
あー……小さい頃の経験か。なら仕方ない……のか?むしろ免疫が付きそうだけど。
「こんなやつほっといてパーティーへ行きましょう。遠慮なく。馬車も用意してます」
「あ、あぁ。じゃあな、エル」
エルが軽く放心している間に、やや強引に連れていくアイリス。ちゃっかり胸をレインの腕に当てている。
(やっぱり柔らかい……これはもう触ってもいいのでは?でも相手はまだ成人したばかりの子供(成人は15才)。そんなことをしていいのかどうか……ここは我慢だ、馬車でもチャンスはある)
腰抜けである。そもそも触る度胸があれば冒険者ギルドでマリアの胸を揉んでいたはず。ドラゴンの懐にさえ飛び込む度胸があって何故こんなにもチキンなのか……。
馬車では御者とアイリスのメイドのミナが待っていた。ミナはスラッとしたクール系美人だ。
「お待ちしておりました。これを連れていくんですね」
「これではなくレイン様です」
「失礼いたしました」
(これって物扱いですか……ミナさんも綺麗だしスタイルいいよな……)
「ジロジロと見ないでいただけますか愚物。胸ばかり見て汚らわしい。お嬢様、やはり棄てましょう」
「ミナ!すみませんレイン様、ミナは少々口が悪くて。私には優しいのですが」
「いや、大丈夫だ」
(むしろ見下した目もちょっとイイ……あ、いや、変な扉を開きそうになった……というか見てたのバレてるのか……気をつけよう)
むしろ性癖をつくれ!もっと欲望に忠実になるんだ!誰も止める人はいない!
人の多い街の中を馬車は進む。高級なので振動もほとんど無く、快適に過ごせる。そこそこ広い街ということもあり、まだ時間はかかりそうだ。
(馬車の中はアイリスとミナしかいないし、今なら触れる……?アイリスなら頼めば触らせてくれそうだし、ミナさんにほんの少し軽蔑されるだけで他に不都合はないからチャンスかも)
「あー、アイリス」
「なんでしょうか?」
「お嬢様、そんなやつの言う事なんて聞く必要ありません。汚されてしまいます。欲望に満ちた下劣な要求をされますよ」
「……いや、なんでもない」
「そうですか?なんでも言ってくださいね!」
図星をつかれて日和ったな。これだからチキンは。実力があっても覚悟が足りない。むしろミナにこそいけ!きっとツンデレだ!なんだかんだで受け入れるタイプだぞ!(偏見)
(うっ、バレてるのかな……今までなら何も気にせずに鍛えるだけだったから何も気にならなかったけど……いざ力をつけてなんでも出来るとなると印象が気になる……)
人生経験が戦闘に寄りすぎたのか。いっそ子供よりも初心なのでは?対人関係に対する度胸が無さすぎる。普通ならそれでいい、むしろ行動に移すと犯罪だろうが、Sランクになってまで我慢する必要はないんだ、気づけ!
(……誰かと二人きりになる時を待とう、そうしよう。他の人に見られるのはちょっと……うん、Sランクでも自重は大事だよね)
違う、違うんだ!確かに他人の目があるところで堂々とセクハラをするのは即通報案件だが、お前はSランクになったんだ!英雄色を好むという言葉もある、むしろお前の色恋沙汰を多くの人が待っているんだ!
「あ!」
「どうした?」
「私、少し用事がありました。先に家に行っててください。ミナ、ちゃんとレイン様を案内してね」
「かしこまりました。しっかりと処理します」
「ミ!ナ!」
「…………ええ」
長い葛藤の末に頷く。レインに対する印象よりもご主人様に対する忠義が勝ったようだ。
(もしかして二人っきり……?これはチャンス、ここで自分の好きなようにすることで自分の壁を超えるんだ。今触れないといつ触ることができるんだ。女性の胸を触る機会なんてない、Sランクになって全てが僕の思い通りということを自分自身に刻む!)
そうだ!いけ!お前を縛るものは何も無い!最強になったお前は好き勝手しても止めるやつはいない!その小さな欲望を発散しろ!
「ミナさん」
「……」
「あの」
「……」
対面に座るメイドにはなんの反応もない。目をつぶったまま動かない。
(反応すらしてくれない……いやでも無言は肯定、行動全てを許可してくれたと考えれば……よし。いくぞ、やるぞ、触るんだ)
そう決意し、動き出そうとしたレインを咎めるかのように目を開き鋭く見つめるミナ。そしてゆっくりと体の力を抜くレイン。
負けるなよ!なぜそこで諦める!一気にやれ!抵抗なんてお前には無意味だ!
「なにか?」
「いえ」
「ところで」
「はい」
「胸ばかり見る愚物が、潰してやろうか」
「見てません、気のせいです」
屈した……。もうだめだ、レイン。お前には早かった。そうだよな、彼女でも奥さんでもない女性に触ろうなんて無理だよな。修行もクエストも全部やめて、少しずつ平和な生活をして感性を育てていこう。きっとお前を好きな人に気づくだろうから。どれだけ強くなって自分勝手に動けるといっても、堂々としたセクハラなんて向いてなかったんだよ。まだ男ではなく男の子なんだ、お前は。
(ミナさん美人だしスタイルもいいのにな……触ってみたかったな……きっとそう考えることすら汚らわしいとか思われるな……はぁ)
落ち込むな、お前はいい男だ。容姿も、強さも、金もある。Sランク冒険者という権力だってあるんだ。すごいやつなんだよ。少し欲望が小さくて、良心が強すぎるだけなんだ。
レインの小さな欲望は誰にも気づかれない。いつか行動に移す日はくるのだろうか……。
深夜って頭おかしくなるよね。
思いついた時はちゃんと初手セクハラ決める予定だったのに何故かチキったんだ……おかしいな。