変貌
9
アーファは剣に手をかけて、弓矢の飛んできた入口方面を振り返った。
そこには、数名の兵士がいた。
「お前ら! この村に王女のなれの果てが来たと聞く! 誰一人として逃げられると思うな!」
この調子であれば、どうやら囲まれているようだ。どうすれば――。
ふと、老婆に目を遣った。老婆は小刻みに震えている。
よく観ると、周りの人間全てが小刻みに震えている。
――いや、それは恐怖ではない。
咄嗟にアーファは悟った。
「恐れることはありません」
言葉が響き渡った。中央に居た男の声だ。これは、いったい――。
男は立ち上がると、自分の胸に刺さった矢を引き抜いた。
血が一滴も出ていない。男も小刻みに震えている。
いや、〝振動〟していると形容したほうがいいか。
「後れを取るな! 矢を放て!」
兵士たちから数十の矢が放たれた。しかし、村民は振動しているだけだった。
アーファは咄嗟に自分の身を盾にして、乳母車に覆い被さった。
「う、うわぁぁぁあああああ!」
司会の男の腕が、姉が差し向けてくれたゴーレムの腕のようになっている。兵士を握りつぶした手は、兵士の眼球を抉り出し、内臓を破裂させ、様々な方法で兵士たちをすり潰していく。
「お嬢ちゃん」
アーファがふと顔を上げると、老婆にまで変化が現れていた。
身体が倍ぐらいに膨れ上がっている。
みると、周りの人間も膨張し続けていた。
「アタシらは、これから王都中に溢れる。伝染っていく。そんなときは、私たちの身体をじっと見つめれば良い。アンタなら、私たちの真の名を読むことが出来る。真の名を読めば、アタシらは退散する。……覚えて……おいで……」
周りから煙の臭いがする。どうやら火をかけられたかのようだった。
しかし、そんなものなんのその、膨れ上がった村民の一人が天井をぶち破って投げ告げていた。外では悲鳴が上がっている。
「いいかい、もし……名前が見つからなければ……若しくは普通の人間だったら……。その乳母車を使うんだよ。戦いな」
言うことを言い終えたかのように、老婆も思いっきり膨れ上がった。
アーファの目には、渦巻く文字と数式の塊に見えていた。