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子連れ王女と誓言  作者: rare
5/8

村と老婆。

          5

 血の臭いで目を醒ました。

 アーファが目を開くと、獰猛な獣に食い荒らされたと覚しき人間の死骸が戸口に転がっていた。

 急いで立ち上がる。――あの子は。

 見ると、新品の乳母車の中ですやすやと眠りについていた。

「……よかった……」

 アーファはその場にへたり込んだ。

 さて、どうするかと思い、考え込む。

――このまま歩いていって、先はあるものか。しかし、この子を連れているからには、行くしかないだろう。

 立ち上がると、アーファは乳母車を押してみた。――スルリと動く。とても軽い。

 乳母車は白い〝何か〟で出来ていた。金属とも布ともつかぬ。判らない。

 形は一般的な乳母車で、半円形の明かりよけまでついている。

 フリルも何もなく、硬質な感じはするが、白を基調に丈夫そうな感じは伝わってきた。

「……行くか」

 アーファは戸口を一瞥したが、そこにはすでに骨と蛆が這う死骸しか転がっていない。

 無視していくことにした。

 乳母車を押していく。地面は決して平行なわけではないのだが、どうにも大理石の上を移動しているような感覚しか伝わってこなかった。

 死体を避けて戸口を出る。道はずっと下方行につながっていた。

 アーファは他に行くところもなく、道を下っていった。

 

 歩き始めて半日。小さな集落のような場所につながった。

 質素な戸建てが二十戸ほど建っている。どうやら村といっても差し支えがないようだ。

 村の中央には、よく普通の村に見られるように、大きな建物がある。村長の家か、集会場か、それともどちらともか。

 夕暮れが迫っている。一晩はここで明かさなければならないだろう。

 それにしても人が居ない。家々からは湯気が立ち上っている。料理をしているのだろうか。

 しかし、衛兵も居ないとは……。無防備にもほどがある。

 いや、待てよ――。

 王族の逃げ道に存在する村。特殊な〝何か〟があるのだろうか。

 それとも単に人の目につかないだけか。

 それでは産業は何か……。

 考えていると、近くの家から老婆が出てきた。

 アーファは話しかけてみようとした。

 すると、老婆のほうから先に、

「アンタ、ちょっと入りなさい!」

 と、小さな戸建てに引き込まれた。

 アーファは連れられるがままに戸建てに入っていった。中にはランタンが灯っている。鍋からシチューの匂いがする。美味しそうだ。

「アンタ、そんな王族とすぐ判る格好で何やってるんだい?」

 老婆が叱ってきた。

「しかもアンタ、乳母車まで……って、これは……」

 老婆がじっと乳母車を見ている。

「あの……。実は、私の子供なんです」

 アーファはおずおずと話したが、老婆は微動だにしない。

「あの、お婆さん、大丈夫ですか?」

「<振動>……」

「はい?」

 アーファは訳が判らなかった。

「まあ、ちょっと椅子にお座りよ。話してあげるよ、アンタに」

 アーファはテーブルの席に着いた。

 老婆はシチューを木鉢に入れると、木のスプーンと共に提供してくれた。

 良い匂いだ。この匂いはウサギの肉を使っているかも知れない。

「アンタ、王族だったら、一応の帝王学は学んでいるだろう」

「ええ、まあ……」

 アーファはシチューを啜りながら答えた。

「しかし、帝王学では呪術は教えても、本質は教えない」

「……本質、とは?」

 アーファは肉の塊を一心不乱にかき込みながら訊いた。

「呪術の呪言の本質を知っておるかい?」

「……内容では?」

 老婆が鼻で笑った。アーシャはムッとしたが、顔には表さなかった。

「<振動>。<共鳴>さ。アンタは王都から来たんだろう? それなら判るはずさ。例えば大勢の人間が一箇所で話すとする。数人、数十人、数百人でもいい。そうすれば、言葉の内容が本質であれば、各人の話した言葉の切れ端が繋がって、偶然に恐ろしい魔術になって襲いかかってきてもおかしくないだろう?」

「……まあ、それはそうですね……」

 アーファは食べ終えて、木のスプーンを横に置いた。

「アンタも王族なら、魔術を使う瞬間を見た経験ぐらいあるはず。そうすれば、呪術師の言葉がいかに異様なものだったか判るはず」

 アーファは思い返していた。そういえば、奇妙な発音だった。

「いいかい、アレは<空間>に言葉の<振動>を<共鳴>させているのさ。そこで<空間>に<歪み>を生じさせて……。――おかわりはいいかい?」

「あ、是非」

 アーファは礼をして、木鉢を差し出した。

 老婆が木鉢を受け取る前に、席を立つと、なにやらごそごそと探し始めた。

「ああ、あったあった」

 なにやら汚い布を取り出してきた。

「これは私が若い頃に旅をしていたときに纏っていたローブさ。いざとなればどんな形にでもなる優れものさ。アンタにやるから、今すぐ着な」

「はあ……」

 アーファは受け取ると、鎧の上からローブを纏った。着心地は悪くない。

「これで王族の気配は消えるはずさ。他のことについちゃあ何の保証もないがね。見えないモノが見えても、受け入れるんだよ。それらは違う振動率で出来ているんだから」

「……そうですか」

 アーファはふと、乳母車を見た。

 そこには、凄まじい装備らしきものがついた〝何か〟の中で眠る子供が居た。

「……これはッ!」

 老婆が笑いながら、「それが本来の姿さ。科学を究めたという大昔の者も、それを見るには時間がかかったもんだよ」と、木鉢を持ってシチューをよそいに行った。

 老婆が背中越しに、「今夜、集会がある。そこで詳しい話をしてあげようじゃないか」と、話しかけてきた。

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