使い。
4
一日ほど歩いて行くと、山小屋があった。
その間も、赤ん坊はすやすやと眠っているばかりだった。
水ぐらい……とは思ったものの、アーファは眠っている赤子を起こすわけにもいかず、山道を歩き続けた。
山道の立林を刳り抜いたかのように存在する山小屋の扉を押すと、容易に開いた。錠も何もかかっていない。また、押しても引いても開くようだった。
中には、テーブルと簡易椅子、また、木箱があった。
恐る恐る木箱を開ける。中には薫香に燻されたと覚しき肉の塊が入っていた。
「ここは……。王族の避難所か」
肉の塊を取り出し、かぶりつく。旨味が物凄く、幾らでも食が進む。
ちょっと待っててね、と、アーファは赤ん坊を椅子に寝かせると、肉を食いちぎっていた。
止まらないほど美味しい。止まらない、止まらない。
夢中になって喰っていると、そのうちなくなった。
満足したアーファは、赤ん坊を抱き上げた。
――それにしても、保存食とはいえ、そんなに長くは保たないはず……。
そう考えていると、山小屋の扉をノックする音が聞こえた。
アーファは赤ん坊を左手に抱きかえると、右手で剣を抜いた。
「何ものだ!」
すると、ノンビリとした声が返ってきた。
「王の使いの者で~す」
声の訛りに、粗野なものが感じ取られた。
アーファは扉を開けるのを躊躇っていたが、扉は簡単に開かれた。
入口に居たのは、二人の屈強な男だった。
一人はレザー・アーマーを纏い、もう一人は鋼の鎧を纏った大剣使いだった。
「……何のようですか」
アーファは気を抜かずに剣を構え続けている。赤ん坊を抱きしめる左手に力が入る。
すると、レザー・アーマーの男が詔勅を取り出し、見せた。確かに王の印が押されている。
「これからあなた様をお守りする、名前は――」
そこから先の言葉を発する前に、男の顎から上が吹き飛んでいた。
アーファは立ち尽くしていたが、大剣使いの男が剣を構えて、外の横側を向いた。
「お前……! いや、貴様は誰だぁ!」
血を拭いて倒れるレザー・アーマーの男を尻目に、外の空間に向けて大剣を振るった。
次の瞬間、金属が弾け飛ぶ音。咄嗟に振り返って逃げようとする屈強な男。
その男の喉を、醜い肉の塊が掴み、握りつぶした。
アーファの足はガクガクと震えていた。
目の前で屈強な男二人が殺された。それも一瞬で。どうする?
ただ立ちすくんでいるアーファの前に、謎の襲撃者が姿を現した。
醜い肉の塊に見えたその化け物は、よく観ると、すべて〝言葉〟で構成されていた。
「アンシン……シテ……。アーファ……」
「っ……! お前は……、いや、その声は……」
アーファは剣を降ろした。安心したせいか、涙が零れた。
「……お姉様!」
「アーファ、オチツイテ、キキナサイ……。コレ、ハ、〝ゴーレム〟――〝コトバ〟デツクラレル、イニシエノヒホウ……」
「お姉様……」
「キキナサイ。コノモノドモハ、オトウサマガアナタヲコロスタメニシムケタモノ……。ワタシハ、イニシエノ〝カガク〟ニヨリ、アナタニ〝コトバ〟ヲツタエマス」
ゴーレムの手が上がり、その先から見た覚えのない、いや、どこか懐かしい言葉が紡ぎ出された。
「これは……」
「コレヲ、アナタノミミニキザム。トキガキタラ、ヨメル。ワカル」
文字の行列は、アーファの耳に吸い込まれていった。
不意に、アーファを眠気が襲う。
「……こ、これは……」
「アナタハ、スイミンヤクイリノ、ニクヲタベタ」
「……あれ、が?」
そうか、美味しすぎたのは、そのためか……。
「シバラク、ヤスミナサイ。ソレト、コレハ、モウヒトツノ、オクリモノ……」
ゴーレムが分解を始める。分解された〝文字〟は、一つの乳母車になった。
「……コレデ、タスカル……」
聞き終わると同時に、アーファは昏倒していた。