旅立ち
3
次の日になった。
赤子は結局なにも食べず、アーファだけが食事を摂っていた。
アーファには妊娠に関する知識、子育てに関する知識は一切なかった。
また、食事を運んでくる給仕も見覚えのない女性ばかりだった。
朝、アーファが目を醒ますと、ベッドに隅に軽い鎧とロング・ソードが一振り、用意されていた。
アーファは鎧に着替え、剣を佩くと、決意を持って赤子を抱え上げた。
「――行こう」
お包みに包まれた赤子の笑顔だけが救いであった。
「それにしても、侍女たちはどこに……?」
そのとき、男が入ってきた。
産廟に入れる唯一の男性――国王だった。
「お父様……。私は――」
「従いてこい」
国王は強い口調でアーファに告げ、そのままさっさと歩き始めた。アーファも後ろを歩いて行く。
どこもかしこも静まりかえっていた。人の気配がない。
不審に思いながらもアーファは赤子をしっかりと抱きしめ、国王に従いていった。
しばらく歩いた後だった。
「ここまでだな」
ここは王族しか知らぬ城の裏門。見送りには国王しか来ていない。
「お父様、これから私はどうすれば――」
アーファの声には不安が籠もっている。
「大丈夫だ。此処から一日ほど下っていくと、一軒の家が山沿いの道にある。そこに居たら使いの者を寄こす」
「そうですか……。それでは、お父様、私はなんとしてでも生きていきます。この子を護って……」
国王は背を向けると、「健闘を祈る」と言葉を吐き捨て、城に戻っていった。
アーファはそれ以上することもなく、裏口の扉を開ける。すると、むっとした腐臭が立ちこめた。
裏口の向こうの山道の沿いに、十数体の女性の磔死体が立ち並んでいた。
アーファは絶句した。拷問を受けた後に腹を割かれ、苦悶に満ちた表情で内臓をまき散らしている死体の中には、あの女医の変わり果てた姿もあった。
アーファは吐きそうになるのを必死で堪え、赤子をぎゅっと抱きしめた。
――どうして、こんなことに……!
噎せ返る血と臓物が放つ腐臭の中、赤ん坊だけが笑みを浮かべていた。