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聖玉と巫女の物語  作者: ともるん
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王子フリンツ

 王族たちに初めて会ったのは、いつだろう。

 

 小さな頃は、祝賀祭などで、遠くから王族たちを見たことがあった。

 十七代カインデル城主、ホルティスは威厳のある恰幅のいい王だった。その妻である王妃メレディアとの間には一人の王子、そして母違いで二人の王女がいた。他に、王族の親族が数えきれないほどいた。

 

 フリンツ王子はアシュリータより一つ年下だった。

 

 正式に王族と対面したのは巫女候補に選ばれてからだ。ファルサは魔族狩りのため不在だった。城に入ったのは、その時が初めて。他の巫女候補たちと、きらびやかな謁見の間に見入っていた。ざわめきが起こって、王族たちが現れた。

 

 ホルティス王が玉座に座り、その左にフリンツ王子が立っていた。王子は、澄んだ青い目をした、ふさふさの茶色い巻き毛の可愛い少年だった。


 王の挨拶が終わるまで、巫女候補たちは緊張していたが、王の隣にいるフリンツが優しい笑顔でこちらを見ていたので、思わず笑みがこぼれる巫女もいた。

 まるで、好奇心いっぱいで、一緒に遊びたいと思っているような、いたずら気のある笑顔だった。

 

 それから何回か、巫女候補たちは城へ呼ばれた。祝賀会や、季節の祭りや、王族の赤子のお披露目など、様々な事で呼ばれ、神殿で習わされている伝統の歌や踊りを披露した。          


 しかし、一度としてファルサは出席していなかった。


 パーティの後など、フリンツ王子は巫女候補たちに気さくに話かけてくれた。

「今回の歌も素敵だったね。でも、父上の話の長いのには眠くなりそうだったけど。これって秘密だからね」


 フリンツは王族たちといるよりも、巫女候補たちといる方が楽しそうだった。はじめは女の子たちが好きなのかと思っていたアシュリータだったが、彼が毎回、城下町での暮らしや、神殿での講義などを詳しく知りたがるので、好奇心からなのだとわかった。お忍びで、ちょくちょく神殿にもやって来ては、こっそり巫女候補たちと一緒に長老の授業を受けたりしていた。もっとも、神殿では知らぬ者は誰もいなかったが。


「ほんとは魔族狩りの事についても知りたいんだけどね。ついて行きたいくらい。でも、それを言うと父上や母上にものすごく怒られるから。だからさ、もしこの中の誰かが次代の巫女に選ばれたら、その時は、僕に色々教えてくれる? 約束だよ」


 アシュリータが巫女に選ばれて、巫女の屋敷に移った時、まさかその約束を王子自ら果たしにくるとは思ってもなかった。アシュリータは新しい生活に慣れるのに精一杯で、王子との約束の事などすっかり忘れていた。


 アシュリータが十四代に選ばれたのは、その年の魔族狩りの一回目の遠征が終わり、ファルサが一時帰還していた時の事だった。

 

 ある晩、アシュリータが館の二階の寝室で眠っていた時のこと。下でひそひそ声が聞こえたので彼女は目を覚ました。なんだろうと思って、こっそり起きて、一階をのぞいて見たら、ファルサが誰かと話をしていた。


「こんな時間にしのんできたら、退治されても仕方ありませんよ」

 珍しくファルサが怒っている。


「だって、こうでもしないと巫女に会って話を聞けないじゃないか」

 声を聞いて、アシュリータは驚いた。


「どうして」

 

 思わず漏らしたアシュリータの声に二人は振り向いた。

 ファルサと対峙しているのは、フリンツ王子だった。


「やぁ、アシュリータ。会いたかったよ」

 

 まるで恋人に会いにきたみたいな台詞に、アシュリータは顔を赤くした。

 この当時、二人はまだ十三才と十二歳でしかなかった。ませているのは十二歳のフリンツの方だった。

 

 ファルサはやれやれ、という顔をしていた。

「もし見つかったら、処罰されるのは私たちの方なんですよ」

 その言葉に一瞬大人しくなったものの、すぐにフリンツは、

「じゃあ、その時は僕が君たちを守るよ。絶対」

 そう言って、どうしても帰らなかった。


「とりあえず、今日はダメ。でも、あさって、西の森の中心にある大きな椎の木の所で講義をするから、その時にいらっしゃい」

 とうとうファルサが根負けして、フリンツの我がままは許され、彼は意気揚々と帰って行った。


「まったく、何て子なの」

 ファルサの言葉に、思わずアシュリータは笑みを漏らした。


 講義の当日、目印となる椎の木の所に着いたが人の気配がなかった。

「あら、迷ったのかしら、まだ来ていないのね。それとも上手く城を抜け出す事ができなかったのかしら」

 アシュリータも、すでにフリンツ王子が来ているものだと思っていた。

 後で来るかしら? そんな事を考えながら、ファルサの講義を聞いていた。


「……で、これがイラクサ。茎や葉にトゲがあるから気をつけて。色んな薬効があるので、すごく重宝するの。私たちの祖先が、このイラクサを、一族の紋章にしたのもわかる気がするわ」


「えっ!」


 その時、驚いた声が上がり、草むらからバッと何かが起き上がったので、ファルサもアシュリータも驚いた。


「フリンツ王子!」


 二人の女性に名前を呼ばれ、王子とは思えない葉っぱまみれの少年が姿を現した。

「ごめっ、驚かすつもりゴホッ、なかっゴホッゴホッ」


 あきれ顔のファルサの横で、アシュリータは可笑しさをこらえきれずにクスクス笑っていた。

「あー、つい居眠りしちゃって。風がすごく心地良かったんだ。で、今何の話をしていたの? 巫女の一族のイラクサの紋章がどうのこうのって」

「それを今から説明するところです」

 ファルサの講義をフリンツはとても興味深そうに聞いていた。


「ねぇ、イラクサの文様の周りに不思議な細かい装飾が施されてるよね?」

 フリンツのその言葉にファルサはとまどった。

「どうしてその事を?」

「見た事があるから」


 アシュリータには何がなんだかわからなかった。

 イラクサの紋章はアシュリータの小物にもあるし、兄もその紋章を身につけている。

 しかし、いずれもイラクサのみの文様で、その周りに不思議な装飾など施されてはいない。


「その昔、婚礼用の衣装箱にイラクサとその他の装飾が彫られていたらしいわ。でも、ずっと昔の話よ。私も見たことはなくて祖母から話を聞いたことがあるだけ」


「そっか。もうそういう風習は残ってないんだ。すごく綺麗だったな。王家の紋にもイラクサが描かれてるけど、それはバイサファルの剣のまわりを縁取ってる。それとは違う。たぶん、あれは月と星だと思う。あと、色んな動物や植物が描かれてた」

「どこで見たの?」

「母上の実家で、小さい頃。おばあちゃんが見せてくれたんだ。内緒だよって。婚礼衣装とかが入ってた箱らしいんだ」


 その時、ファルサもアシュリータも、ある事を思い出した。フリンツ王子の母、メレディア女王は貴族の出なのであるが、先祖に巫女から嫁いだ者がいた、という噂が流れた事があった。しかし、その時は、王族によって正式に否定された。

 だが、噂は本当だったのか。


「どうして隠したがるのかわからないけど。母も口を閉ざしているし。何か支障でもあるのかな」

 フリンツの言葉にファルサはこう答えた。


「たぶん、巫女の事をこころよく思わない王族もいるからでしょう」

 その言葉にフリンツも一瞬黙ってしまった。


「王子、私たちにあまり関わらないで下さい。私たちとは身分が違います」

「身分だなんて、今どき」

「事実ですもの」

「アシュリータはどう思う? さっきから黙ってるけど」

「私は……」


 アシュリータはまだ身分の違いを実感してはいなかった。

 しかし、ファルサの言動から徐々に自分の立場を理解しようとしていた。


「とにかく、迷惑なんです。あなたが巫女に近づく事は」

「はっきり言うなぁ、ファルサは。僕に対してその言葉遣いはないよ。まぁ、そのくらいの方が好きだけど」

「からかわないで!」

 ファルサが王子を特別扱いしないのは、アシュリータも不思議に思っていた。

 結局、フリンツのいい加減な態度でお茶を濁され、話は元に戻された。


「で、その衣装箱どうなったと思う?」

 アシュリータがキョトンとしていると、彼女に向かって言った。

「消えちゃったんだ。おばあちゃんが死んだ後にね。本当は持っていてはいけないものだって。意味がわからなかったけど。もしかしたら、一緒に燃やしてくれって言ったのかな」


 アシュリータが見た事のない、巫女の一族に伝わる婚礼衣装の箱の模様……。

 巫女は力が弱まる為、次代の巫女に聖玉を引き継ぐまで、純潔でいなければいけない。だから、巫女に選ばれた者は、一生独身で通す者も多くいた。


 巫女に選ばれなかった一族の女性は、貴族とも結婚する事ができ、後々にはそこから王族へ嫁ぐ者もいた、その事実を知ってアシュリータは少なからずショックを受けた。

 

 普通の生き方。


 女性としての生き方。

 

 自分が選択できなかった未来を、初めて羨ましいと思った。

 

 フリンツはその後も度々、ファルサの苦言を尻目に、何事もなかったかのように巫女の館を訪れた。

 そして、こんな事も言っていた。

「今日は城下町も散策してきたんだ。すごく楽しかったよ。みんな僕だって気付かないんだ」

 そして、ため息をついて彼は言うのだ。


「ああ、城壁の外にも出てみたいな……。なんで王族は魔族狩りに参加できないんだ? こんな狭い中で一生を終えるなんでゾッとする」


 アシュリータは彼ならそれを果たしそうな気がした。

 一緒に魔族狩りに出かけられたら。


 しかし、そんな淡い夢もある出来事で泡と消えた。

 アシュリータが魔族狩りをはじめて、もうすぐ四年目という年、貴族主催の仮面舞踏会が城であった。

 

 王や女王は出席しておらず、広間には若い貴族や貴族の姫などが着飾って出席していた。名目は、フリンツ王子の従姉妹の誕生パーティだったが、若い貴族や姫が集まるので、男女の出会いの場でもあった。


 アシュリータは招待されていたわけではなかったが、フリンツが誘った。

 自分と一緒なら大丈夫と、フリンツに仮面と衣装を渡されたアシュリータは、別室で着替えてみて驚いた。


(これ、私?)


 目の前の大きな鏡には、いつもくすんだ色を着た大人しい印象の娘はいなかった。


「どう、準備できた?」


 代わりに、フリンツが言葉を失うくらい美しい姫君がそこにはいた。

「びっくりした。今まで見た事ないよ、こんなに……」

 フリンツの目は嬉しさで輝いていた。


「これを君に」

 彼は赤いバラの花飾りをアシュリータの髪にさした。


「すっごく似合う。その……綺麗だ」


 フリンツと舞踏会に出るなんて夢のようだった。

 ファルサはもう巫女の館を出て、神殿の東側にある居住地へ移っていたので支障はなかったが、侍女には行くのを止められた。しかし、フリンツが例の調子で事を推し進めた。

「大丈夫、大丈夫。どうせ仮面舞踏会だし、誰だかわからないよ」


 しかし、彼は自分が思っているより貴族の姫たちから注目を浴びていた。

「だれ、王子の隣にいる方は?」

 仮面をつけていても、事前に連絡がいっているようで、王子の事はすぐにわかり、フリンツが連れてきた女性の事が話題になった。


「まさか、アシュリータ巫女?」

「そんな……」


 二人は自分たちの存在が周知のものとは知らず、いつの間にか周りを囲まれて、会話に参加せざるを得なくなった。

 はじめは他愛の無い話だったが、やがてそれは魔族狩りの話になった。


「ほんとに巫女ってすごいわ。私たちには無理よね。だって、妖魔を殺すんでしょ? 怖いわー」

「だから、王族は巫女の一族を遠ざけているんでしょ? だって、妖魔の血で汚れているものね」


「そんな嘘を言うな!」

 思わずフリンツが怒って、その場がシンとなった。


「行こう」

 フリンツはアシュリータを広間の外へ連れ出した。アシュリータは黙ったままだった。


「ごめん、連れてくるべきじゃなかった」

 フリンツは内心、ファルサが常々言いたかった事をやっと理解した。


 彼はアシュリータが泣いているのではないかと心配になった。

「仮面をとっていい?」


「だめ!」

 フリンツはいたたまれなくなって、ギュッとアシュリータを抱きしめた。


「きっと、羨ましいんだよ。巫女には巫女の一族にしかなれないんだもの。僕は……君が好きだよ」

 フリンツに抱きしめられながらも、アシュリータは彼を遠く感じた。今までよりずっと。


 それから、フリンツが巫女の館に会いに来る事もなくなった。

 舞踏会の一件以来、出入りが厳重になり、王子もそう簡単に城を抜け出る事ができなくなっていた。


 アシュリータは寂しさと同時にホッとする部分があった。

 きっと、好きになってた。

 可愛い少年から、背も高くなり、声も太くなり、アシュリータを抱く腕も胸板も思っていたより大きかった。


 忘れなくちゃ、もう。


『この間、望楼に上がる機会があったんだ。遠く北の森の方まで見渡せた。お供つきの身で一生、北の森には行けないだろうけど。……一度、魔族狩りに同行してみたいな』


 この言葉も。

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